■月の紋章―戦いの果てに―■
川岸満里亜
【3087】【千獣】【異界職】
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
『月の紋章―戦いの果てに<夢現>―』

「それじゃ、よろしくね」
「わかった、早く戻ってきてよ! 怖いし」
「怖くないってば」
「でも、魘されて暴れだしたりしたらさーっ」
「寧ろ、暴れられるほどの元気が戻って欲しいわ」

 女性の声が耳に入っていた。
 だけれど、内容までは理解ができない。
 それは、小鳥の声のようだった。
 心を和ませる声だった。

 気付けば、目を開いていた。
 天井を見ていた。
 そうだ……ここは、小屋の中。
 カンザエラとアセシナートを隔てている山の中。確か、彼女はそう言っていた。
「うわっと」
 驚きの声と共に、ベッドの側の椅子がひっくり返った。
 千獣は淡い意識の中、音の方へと顔を向けた。
「目、覚めたんだ。なんか食べる?」
 リミナ……と、彼女の名前を呼ぼうとしたが、直ぐに気付く。
 目の前の女性は、リミナではない。
「あ、うん。私はリミナじゃないよ。リミナの姉の、ルニナ。カンザエラで会ったよね」
 こくり、と小さく千獣は頷いた。
 リミナより、強い目をしている。
 リミナより、少し日焼けしている。
 ああ、この人が、リミナが守りたかった相手――姉なのか。
「……リミナ、無事? ……元、気……?」
「うん、お陰さまで無事だよ。助けてくれたんだってね。ありがとう」
 よかった。
 そういえば、ずっと側に……リミナがいたような気がする。
 千獣は淡い意識の中、いつもよりもゆっくりと、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「……リミナ、から、話……聞い、た……。手引、き、してた……? 冒険、者、アセ、シナート、に……」
「うん。言い訳するつもり、ないよ」
「……事、情も、聞いた、から……」
 千獣はルニナのことも、責めるつもりはなかった。
 だけれど、聞いておきたいことはあった。
「……キャビィ、の、身体、で……捕ま、る、つもり、だった、けど……リミナ、も……捕ま、る、かも、しれ、ないって、こと、わかって、やった……?」
「うん、お互いに分かってたよ。一緒に捕まった後、私達は解放してもらえるはずだった。リミナは嫌がっていたけど、私達にはそれ以外方法がなかったから、私が説得したんだ」
 姉の言葉に一応は頷いたものの、リミナはずっと迷い……そして、一人で交渉に臨むことをも、考えていたのだろう。
「……アセ、シナート、約束、守ら、なかった……?」
「私一人でやっていた頃は、私は手を出されなかった。だけど、今回は特別だったんだね。「出来るだけ多くの人を連れて来い、成功したら願いを叶えてやるから、妹も連れて来い」……って言ってた。多分、彼等は私達のことも実験体として使うつもりだったんだ」
 ルニナは怒ってはいなかった。
 ただ、自分自身に失望しているようだった。
 手が小さく震えているのがわかる。
 彼女はリミナのように泣かなかった。
 だけれど、心の中では、妹と同じように泣いているのだろう。毎日、毎日――。
 千獣は手を伸ばして、ルニナの指を掴んだ。
 彼女の心を、少しでも感じ取れるように。
 同じ気持ちで、アセシナートという敵と向かい合えるように。
「私さ、もう絶対しないとは言い切れないんだ」
 ルニナが苦笑交じりに言った。
「また、同じ交渉を持ちかけられたら、同じことをするかもしれない」
 千獣はその言葉に、首を左右に振る。
「……守って、くれ、ない……アセ、シナート、約、束、守って、くれない、から……」
「わかってる。……わかっていてもさ、希望があるなら、すがりつきたくなる。方法があるっていうんなら、どんなことでもするつもりなんだ」
 “誰かの為に、誰かを犠牲にしていいなんてこと、あるわけがない”と、リミナは言っていた。だけれど、姉、ルニナの言葉は違った。
「人は皆、守りたいものの為に、何かを犠牲にして生きている。聖都が自分達の平和の為に、カンザエラを見捨てたように。私は、カンザエラの仲間とリミナを助けるためには、どんな犠牲も厭わない。自分自身さえも」
 千獣は、姉妹の言葉、どちらが正しいのか、直ぐには答えを出せなかった。
「でもね」
 ルニナが更に言葉を続けた。
「あなたのことは、もう仲間だと思ってる。もう絶対犠牲にしようなんて考えないし、守りたいと思ってる」
「……仲、間……」
 千獣の言葉に強く頷いて、ルニナは千獣の手を握り締めた。
「リミナのこと、守ってくれて、本当にありがとう。……そして、ごめんなさい」
 その言葉を聞いた後、千獣の意識は再び遠くなった。
 “ありがとう”
 “ごめんね”
 自分にも、いっぱいいっぱい伝えたい気持ちがある。
 自分は一体、何を為したのだろうか。
 そのありがとうの言葉を。
 その、謝罪の言葉は。
 自分が受けるべき言葉なのだろうか……。

 力の抜けた千獣の手を、ルニナはそっとベッドの中に戻した。
 リミナが戻ってきたら、自分は街へ下りよう。
 そして、皆と一緒に、新たな地で生きる準備をするんだ。
「やれることは、なんでもするよ、私。だって今はまだ、若くて元気だから」
 千獣の寝顔に語りかけ、ルニナは淡い笑みを浮かべた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
月の紋章後日談へのご参加、ありがとうございました。
ルニナはちょっぴり千獣さんに恐怖していたみたいですが(疚しくもありましたしね)、それも今回の会話で無くなったようです。
3人で、笑い合える日は来るのでしょうか。
それでは、またどうぞよろしくお願いいたしますー!

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