コミュニティトップへ



■休息■

川岸満里亜
【6424】【朝霧・垂】【高校生/デビルサマナー(悪魔召喚師)】
●東京―呉家―
 呉・水香は何も言わない。
 妹の苑香も、無言だった。
 今までは、寄り添い、励まし、世話をしてくれるゴーレムがいた。
 けれども、水香のゴーレムはもう動かない。
 もう傍にはいない。
 全てが間違いだったのか。
 全て、忘れてしまうべきなのか。
 悪魔契約書は、未だ水香の手の中にある。
 自分の記憶を消し、本を手放せば――昔に戻れるのだろうか。
「利己的な選択。だけど、すごく私らしいかも。私はこんなところで立ち止まっていたくないし」
 水香は一人、呟いていた。

●魔界―国境近くの宿屋―
 国境近くの小さな宿屋で一同は休息をとることにする。
 ジザス・ブレスデイズと時雨は、部屋での夕食後、テラスで語り合っていた。
 ジザスはカツラとサングラスで変装をしている。ジザスの外見は、人間に変えられる前も今も、さほど変わりがないとのことだ。
 時雨については、皇族の力を有しているものであっても、彼がフリアルの魂を持った人物であるとは判らないはずだ。……触れて探りさえしなければ。
「兄さんを復活させた仲間というのは、誰ですか?」
 こちらの世界に戻ってきてから、時雨の記憶は急速に戻ってゆき、現在ではほぼ生前の記憶がある。
「ルクルシーと彼女の側近だ」
 ルクルシー……。
 本名ルクルシー・ブレスデイズ・クレイリア・バルヅ。ジザスと同じ母を持つ、第一皇女。ジザスと時雨の魂――フリアルの姉だ。
 ジザスとは何かと対立しており、不仲であった。
 しかし、事態が事態である。兄弟が殺され、城を追われたこの状況下では、姉弟間の対立など些細なものと考えたようだ。
「では、皆様をどう紹介します?」
 共に、東京からやってきた者達がいる。
 異界人と協力をするとなると、お堅い姉が納得をする理由を考えねばならない。
「権力争いとは無関係だからな、城の側近より信頼できる。男は側近でも、親衛隊でもなんでもいいが、女は……」
 しばし考えた後、軽く笑いながら、ジザスはこう言った。
「俺の婚約者ということにするか」
「は?」
「妻以外の女に内情を聞かせるわけにはいかないだろ? お前の婚約者ってことでもいいんじゃないか」
「いやそれは……」
 時雨は苦笑する。
 なにせ、ここまで来てくれた女性達である。
 強い精神力を持った彼女達が、そんな案を受け入れるとは思えないが――。
「案外、面白がってくれるかもしれないぞ」
 にやりと笑う兄に、時雨はやはり苦笑を返すのであった。
『休息〜婚約者〜』

 一同、部屋に集まり、談笑をしていた。
 ジザス・ブレスデイズは、これまで皆と相談したことを、決定事項として皆に話した。
 終始、穏やかな口調で。
 とても和やかな夜だった。

「少しお話がしたいのですが、お部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」
 時雨は朝霧・垂に穏やかに微笑みながら問いかけた。
「いいよ」
 軽快に答えて、垂はソファーから立ち上がった。
「じゃ、時雨のことちょっと借りるね!」
「襲うなよ」
 ジザスの悪戯気な言葉は「さあね」と笑い飛ばしておく。
 垂は時雨と共に、その部屋を出て、隣の部屋へと移った。
 隣室は皆で集まっていた部屋より少し狭い。
 こちらは、女性の寝室として借りた部屋である。
「兄の申し出……婚約者として振舞うという件、飲んで下さりありがとうございます」
 時雨が頭を下げた。
「ああ、そう固くならないでよ。座ろっか」
 狭いソファーに向かい合って腰掛けた。
 部屋の中は少し薄暗い。
 建物も古く、陰気な感じさえするが、2人ともあまり気にはしなかった。
「ええっと、あなた……時雨じゃなくて、フリアルのことを色々教えてくれないかな? 婚約者だってのに、相手のことを何も知らないのっておかしいじゃん?」
「そうですね……でも、何からお話し致しましょうか?」
 少し考えた後、垂は口を開く。
「好きな音楽や食べ物、趣味や癖とか」
「音楽は、クラシックのようなものを好んで聞いていました。趣味は竪琴の演奏です。癖は……自分ではわかりません」
 垂は時雨の言葉を頭の中に叩き込みながら考える。自分との共通点は今のところなさそうだ。
「好きな食べ物は、ミレーゼが作ったお菓子です」
「へー、ミレーゼってお菓子作り得意だったんだ?」
「得意ではありませんでした。ですが、とても一生懸命作っていましたので、ミレーゼが作ったものは、何でも美味しく感じました。考えてみれば、音楽も自分よりミレーゼが好きな音楽を一緒に聞き、演奏していた覚えがあります」
 争いの耐えない国、陰謀渦巻く宮廷内では妹の存在が唯一の癒しであったらしい。
「他には? 何でもいいよ、もっと聞かせて」
「……本を読むことも好きでした。特に、異世界の物語を好んでおり、いつかは兄のように留学をしたいと考えていましたが……身体が弱く、自分は宮廷から出ることはできませんでした。しかし、弱いといっても、普通の人より多少風邪を引きやすく、拗らせやすかったくらいで、普通に武術も学んでいました」
「剣が使えるの?」
 垂の問いに、時雨は頷いた。
「ただ、私達皇族男子の場合、持ち歩いている剣は殆ど飾りです。魔力で空気の刃を作り出した方が、操りやすいですから」
「なるほどね……」
 しかし垂は、魔術師でもなければ、魔法剣士でもない。やはり共通点が見当たらない。
「んー、接点が見つからないね。私達、どうやって知り合ったことにするのが自然かな?」
「一目惚れでいいと思います」
「私が、時雨に?」
「いえ、そうではなく、私が垂様に、です」
 言って時雨は柔らかく微笑んだ。
 さすが水香の最高傑作。美しい笑みを見せる。
「主の家で、友人の垂様と出会い、私が一目惚れしてしまった。記憶が戻った後も垂様への想いは変わらず、プロポーズをした……そんなところでどうでしょう?」
「まあ、シンプルでいいかもね」
「では、垂様のこともお聞かせ願えますか? 好きな食べ物は見れば分かりますけれど」
 時雨はにこにこと笑みを浮かべている。
 垂が暇さえあれば食べている――煎餅。それが好物だろうと。
「ははは、そうだね……。私は、知ってのとおり、デビルサマナーだよ。護身術、武具の使い方、契約、召喚の仕方なんかを師匠から習った。だけど、それ以前のことは覚えてないんだ」
「覚えていないのですか?」
 頷いて、垂は言葉を続ける。
「師匠に助けられて、色々教えてもらったんだけどね。それ以前の記憶は無いんだ……」
 更に、呟きのように言葉を続ける。
「“大切な人が居る”って事以外は、ね」
「大切な方……恋人ですか?」
「いやいや、師匠に助けてもらった時私子供だったし! 恋人じゃないよ。もっと、それよりももっと近い存在のような気がする」
 垂の言葉に、時雨は少し考え込む仕草を見せる。
 間を開けた後、時雨はこう言った。
「多分、垂様の大切な存在も、あなた様のことを大切に思っているのでしょうね。思い出し、再会が出来ることを祈っています。……私達兄妹のように」
「うん、ありがとう。でも、あなた達兄妹はまだ再会したとは言えないからね。まずは、私があなたの大切な人達にあなたを会わせてあげるよ」
「ありがごうとざいます」
 時雨が深く頭を下げた。
「だから、畏まらなくていいって。皇族が一般人にそういう態度だと、訝しがられるって」
「そうですね」
 笑い合った後、垂は立ち上がった。
「さて、そろそろ戻る? それとも今晩から一緒に寝る? 今はまだしも、今後いつ狙われるようになるかわからない訳だし、婚約者なら一緒にお風呂入ってても大丈夫でしょ?」
「いえ、それは無理です。水香様に叱られます」
「だっから、真面目に答えるなっ、冗談に決まってるじゃない。なんか恥ずかしくなるじゃないか」
 言って、垂は笑った。
「もちろん、わかってますよ。よろしくお願いいたします、垂様」
 そして、時雨は再び頭を下げた。
(ううーん、これはどうなんだろう。私の方が立場が上に見えるよなー)
 仲間との合流まで、まだ少し時間がある。
 それまでの間に、せめて自分を相手にする時だけは、もっと自然な振る舞いになるよう指導しなければならない。
 垂はそう感じていた。
「ともあれ、これからフリとは言え婚約者になるわけだし、改めてよろしくね!」
 垂は右手を差し出した。
 時雨は自らの右手で、垂の右手を取った。
 軽く微笑んだ後、膝をついて垂の手の甲にキスをした。
 それは、水香に習った時雨としての振る舞いか。
 それとも、皇族としてのフリアルの振る舞いか。
 どちらにしろ、彼に似合っている行為であった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6424 / 朝霧・垂 / 女性 / 17歳 / 高校生 / サマナー(召喚師)】
【NPC / ジザス・ブレスデイズ / 男性 / 30歳 / バルヅ帝国第一皇子】
【NPC / 時雨(フリアル・ブレスデイズ) / 男性 / ?歳 / ゴーレム(バルヅ帝国第五皇子)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸です。
ゲームノベル『休息』にご参加いただき、ありがとうございました。
本編開始時……仲間との合流時には、もう少し仲良くなっていることと思われます。
続く展開を楽しみにしています。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。