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■貴方のお伴に■

伊吹護
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 人と人とは、触れ合うもの。
 語り合い、分かり合い、時にはぶつかって、支え、支えられて生きていくもの。
 けれど、だからこそ。
 誰にも打ち明けられないことがある。
 癒したいのに、見せることすらできない傷がある。
 交わることに、疲れてしまう時がある。

 そんなとき、貴方の元に。
 人ではないけれど、人の形をしたものを。
 それらは語る言葉を持たないけれど、貴方の話を聞くことができます。
 貴方の痛みを、少しだけ和らげてあげることができるかもしれません。
 どんな人形が欲しい、と具体的に決まっていなくとも構いません。
 貴方の悩みを、これまでの色々な出来事を、思いを教えていただけますでしょうか。
 ここには――たくさんの、本当にさまざまな人形をご用意しております。
 男の私に話しにくいことがあれば、代わってアンティークドールショップ『パンドラ』店主のレティシア・リュプリケがお聞きいたします。

 きっと、貴方に良い出会いを提供することができると、そう思っております。
 人形博物館窓口でも、『パンドラ』の店主にでも。
 いつでも、声をおかけください。
 すぐに、お伺いいたします。

貴方のお伴に 撮影会

 見慣れた風景。左手には久々津館。道の反対側には、アンティークドールショップ。
 そんないつもの光景だけれど、今日は少し違う。道の端々はうっすらと、白く染められている。
 昨晩降った雪が、微かに残っていた。
 風は強くはないけれど、底冷えのする寒さ。何枚も重ねた服の上から、冷気が少しずつ染み込んでくるようだった。
 でも、今日は気分は沈んでいない。ノリノリかというと、どちらかといえば気乗りしなくはあるのだけれど。それでも、気は楽だ。
 だからだろうか、寒さなんて気にもならない。ここ最近久々津館を訪れることは多いけれど、こんなに軽い心持ちで門をくぐるのは久しぶりに思えた。
 ちなみに、今日は大荷物。専用のキャリーケースを抱え込んで。それは、子供ならすっぽりと納まってしまうような大きさだ。館の前までタクシーで来たけれど、出費なんて痛くもなかった。彼女のためなのだから。
 球体関節人形のマリー。素直じゃないマリー。可愛いマリー。大切な友人。同居人。
 そのメンテナンスが、目的の一つだから。ケースの中には彼女が入っている。
 古めかしい呼び鈴を鳴らすと、炬が出迎えてくれた。荷物を見て、すぐに気づいてくれた。
「マリー、の、メンテナンスですネ」
 そう言うと、玄関ホールに運び入れるのを手伝ってくれる。人形博物館もある久々津館だが、今日も客はいなさそうだ。それを確認して、さっそくケースを開けた。
「あーもうっ、息苦しかったっ」
 中から、予想通りの悪態が発せられる。別にあたしはメンテナンスなんかしなくても、余計なお世話なんだから、動けないのをいいことに勝手に連れてきて……と、言葉はまるで機銃のように放たれ続けた。
 いつものことなので、放っておくことにする。下手に相手をすると話が長くなる。あまりに放置すると拗ねるのが厄介だが、その辺りの機微はもう完全に掴んでいるから心配はない。
 ――そこも可愛いところなんだけど。
 そう呟いて、マリーに気づかれない程度に笑みを漏らす。
「ええ、でもまずはちょっとレティシアさんに別の用事があるの。今日は約束もしておいたんだけど、いるかしら?」
 そんな問いを投げかけると、炬は頷きを返しながら奥へと消えていった。呼びにいってくれたのだろう。大人しく待つことにする。
 ほどなく、奥の、いつもの応接間に通された。
 そこで待っていたのは、満面の笑みを浮かべたレティシアだった。
「待ってたわよ、ほんともう、毎回こういう依頼にしましょうよ、ほんと」
 言葉尻に音符が見えるような、明るい調子。
 今回は要件は伝えてある。
 ――人形にしてください。
 依頼はまたもや、それだった。けれど、レティシアの喜色満面な様子もから分かるように、明らかにこれまでとは違う類のものだ。
 実は、前回酷い目にあった部活の歓迎会の後。その話を家族にしてみたところ、こう言われたのだ。
 ――記念写真は? 撮ってきてないの? せっかくなのに。
 誰が最初に言い始めたのか。そんな意見に、家族全員が同意する。話は乗りに乗って、いつのまにか、再度久々津館へ行くことになったのだった。
 妹から一眼レフのデジカメを借りて(押し付けられて)、お姉様からは衣装数種類を手渡されて(持たされて)。
 ただし今回は、見た目だけ。動きは写真に写らないから、外見だけ人形にして、持たされた服を着て、記念写真。そんな依頼だった。
「みなもちゃんみたいな可愛い子が色んな服着てるところなんて、楽しみ、楽しみ。服は、マネキン用のものがうちにもたくさんあるから、自由に使っていいわよ。今回は、メイクなんかもただでしてあげる」
 ――その代わり、撮った写真、私にも頂戴ね。
 ステップでも踏み出しそうな勢いで、前のめりになりながら、レティシアは一気に語った。どうやら、それがハイテンションな理由のようだった。
 マリーについては、家族から「どうせなら、『人形姉妹』ってことで一緒に写ってくるように」とのお達しだった。当然マリーは嫌がったが、みなもとしてはどのみち逆らえないなら、道連れがいた方が良い。そろそろ一度メンテナンスもと考えていたから、ちょうど良かった。
 そして、マリーの運搬は鴉に手伝ってもらって、部屋を移動する。
 案内されたところは、殺風景な小部屋だった。しかし、目立つものがある。傘のようなもの。何度か見たことがある。テレビの中だとか、写真屋さんで。
 撮影用の照明。
「えっと……わざわざ、用意したんですか?」
 さすがに疑問が口を衝いて出た。まさかそこまで気合が入っているとは。
 その問いに、レティシアは首を横に振って答えた。商品としての人形の撮影や、小冊子の作成のためなどで、写真を撮ることがそれなりにあるらしい。それはそうだ。みなもの為だけにここまで準備する訳がない。
 何でもこなす久々津館の住人たちだが、まさかここまで自前でやっているとは。
 しかし、よくよく見ると――部屋の隅にはこれ見よがしに掛けられた数々の衣装。
「世界各地の民族衣装。お嬢様系から全身レザーの女王様系。何でもあるわよ。時間もたっぷりあるから、メイクも服装に合わせてしてあげる。さて、まずどれからいく?」
 前言撤回。
 明らかに、このためにかなり力を入れて準備している。
 ただし、みなもの為というよりは、自分が楽しむために、だ。
 しかしまあ、せっかくここまで準備してくれたのだ。特に民族衣装などは、それなりに興味がある。チャイナドレス、チョゴリ、アオザイ、サリー、アイヌのアットゥシ……アジアだけでもいくつも。見知らぬものもたくさん。
 頭がくらくらしてきそうだった。
「どんだけ力入ってんのよ……」
 そんなマリーの呟きに同意するようにため息をつく。
 二人の意見が一致するのは、珍しいことだった。

 そして、撮影会が始まった。
 まずはメイクをじっくりと。前回の完全な人形化とは違って、本当に化粧だけだ。ただ、かなりの技術なのは間違いないのだろう。見る見るうちに自分の顔の印象が変わっていく。
 その間に、マリーは別室へ連れていってもらう。鴉に、メンテナンスをしてもらうのだ。悲鳴とも恨み言ともつかないような呻き声を残して消えていったが、それもいつものことだ。プロに任せておけば大丈夫だろう。
 たっぷりと一時間ほどを掛けて、準備が終わる。その頃には、マリーも鴉に担がれて戻ってきていた。メンテナンスだけでなく、こちらも軽く化粧を施されている。心なしかぐったりしているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「「に、似合わないっ……」」
 見事に言葉がハモた。もちろん、みなもとマリーの台詞だ。意見どころかハモるだなんて、今日はまた雪でも降るのかもしれない。
 それはともかくとして。
 居並ぶ民俗衣装たちから順番に袖を通していく。
 ファインダーを向けられて、最初はやっぱり恥ずかしかったけれど。
 意外と、マリーに和装が似合うことを発見したり。
 だんだんと楽しくなってくる。
 時間は、あっという間に過ぎていった。
 最後に定番のゴスロリ調の格好をして、二人並んでフレームに入る。
 人形らしくなく、思わず軽く微笑んでしまったけれど。
 最後なんだからそれくらいはご愛嬌だろう。
 気づけばもう陽も沈もうかという時間になっていた。
 あっという間に過ぎた一日だったけれど。
 こんな日だって、あってもいいだろう。
 そう思った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、伊吹護です。
 がらっと雰囲気を変えて、書いてみました。テーマがずっと同じで色々書かせていただいているので、楽しませてもらっています。
 読んでいただいて楽しんでいただければ、さらに幸いです。