■月の紋章―戦いの果てに―■
川岸満里亜
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
『月の紋章―戦いの果てに<解放>―』

 額の痣。
 他人の魔力に干渉して操っている。
 溶け込むように、その一部と化して……。

 ウィノナ・ライプニッツは、そのような魔術を知らなかった。
 本当ならば、魔術の師に聞くのが一番なのだが……このことは話したくない。
 とはいえ、自分がキャトル・ヴァン・ディズヌフに深く関わってしまった以上、自分の師にしてキャトルをこの世界に生み出した人にも、ウィノナが見たキャトルの状況は全て筒抜けなわけだが。
 四六時中ウィノナを監視しているわけではないだろう。だけれど、その話題を師の前で出したのなら、確実にキャトルの状態に気づかれてしまう。それは避けたかった。
 図書館で調べても、そのような魔術については載ってはいなかった。
 どうやら、術を唱えて発動する魔術というよりは、呪いの類いらしい。
 対象の髪を一本手に入れ、人形に入れるだけで優れた呪術師は対象を意のままに操ることができるという。恐らくはその逆。
 自分の力を流し込むことで、対象を操っている。
 だからそれを消してしまえばいい。
 それよりも強い力か、解術で。
 ウィノナは散々考えた挙句、キャビィに連絡を取り、エルザード城で待ち合わせることにした。

「ウィノナ!」
 約束の場所に現れたキャビィは一人ではなかった。
「あの村に、行くんだよね」
 その言葉に、ウィノナは頷いた。
 キャビィの提案を受け、ウィノナはカンザエラの姉妹――ルニナとリミナに解呪を頼んでみることにしたのだ。
「その人は?」
 中年の男性がキャビィの隣にいた。
「医者。あの村に派遣されるんだって。案内頼まれちゃってさー」
「すみませんねぇ」
 中年の男性が苦笑する。
 あまり乗り気ではないようだ。それもそうだろう。カンザエラの人々は聖都の人を快くは思っていないらしい。
 そして、事情を聞いているのなら、聖都側の人間もカンザエラの人々をあまり良くは思っていないだろう。

**********

 臨時の馬車に揺られて数時間。
 ウィノナ達は、目的の村に着く。
 木々に囲まれた、小さな村だ。
 聖都のような華やかさは一切ない。
 だけれど……。
「素敵なところだね。なんだか、暖かみを感じる」
 ウィノナは素直な感想を口にした。
「おばちゃん、ルニナとリミナの家ってどこ?」
 キャビィが庭で洗濯を干している女性に聞いた。
 女性はキャビィの姿を見て、複雑な表情を浮かべながら一方を指した。
「あそこだよ」
「ありがと」
 礼を言って、キャビィが歩き出す。ウィノナと医者の男性も後に続いた。

 ノックをして数秒後、家のドアが開く。
 小さな木の家だけれど、やはりウィノナは暖かみを感じていた。
 顔を出したのは、2人が良く知る人物だ。
「千獣?」
「……キャビィ、ウィノナ……」
 それは、フェニックスの聖殿に共に向った千獣であった。
「久しぶり! ルニナとリミナに話があって来たんだけど、いる?」
 ウィノナの言葉に、こくりと頷いて、千獣はドアを奥まで開けた。
「どうぞ」
「いらっしゃい、どうぞ入ってください」
 小さな家だ、中にいた人物……ルニナとリミナにも、聞こえていたようだ。

 医者の男性はルニナと共に診療所に向った。千獣も2人についていった。
 部屋に招かれてすぐ、ウィノナはリミナに事情を話すことにする。
「フェニックスの聖殿で、卵を取りに行かされた人……キャトルって言うんだけどね、アセシナートの術師の術にかかってるみたいなんだ。それを解ける人を探してるんだけれど、リミナは解呪ってできる?」
「状態を見てみないと分からないけれど、多分出来ると思います」
「それじゃ、お願い!」
 リミナの言葉を聞くなり、ウィノナは頭を下げて頼み込んだ。
「そんな、頭を上げてくださいっ。私に出来ることでしたら、何でもします。あの時は、本当に、本当に申し訳ありませんでした」
 リミナはウィノナより深く、頭を下げた。
「はいはい、それじゃお相子ってことで、よろしく頼むわ」
 キャビィがパンパンとリミナの肩を叩いた。

 ルニナ達が戻ってくるのを待って、ウィノナとキャビィ、そしてリミナとルニナ、千獣も一緒に聖都に戻ることになった。
 本当なら、日にちを決めて都合のいい日にと言うべきところだが、いつアセシナートからの干渉があるか分からない。
 あれから随分と月日が流れた。一刻も早く、キャトルに掛けられた術を解く必要があった。

 馬車の中で、あれから今までのことについて、情報を交換した。
 ウィノナには、カンザエラの人々が活き活きとしているように見えた。
 最初にカンザエラに足を踏み入れた時、人々は皆、暗く沈んだ表情だった。
 全く希望を感じられない疲れた顔をしていた。
 しかし、今の彼等は違う。
 聖都で暮す人々と同じように、笑い合っている。手を取り合い、作業をする人々の様子が窺えた。
「ボクは詳しいことは知らないんだけれど、こちらは変わりないよ。事件も起きていない」
 聖都に関しては、さほど話すことはなかった。

**********

「うわっ、ホントに来てくれたんだ」
 キャトルはルニナとリミナの来訪に、飛び上がって喜んだ。
「入って入ってー。あ、千獣も来てくれたんだ!」
 キャトルの言葉に、千獣はこくりと頷いた。
「ああ、座りきれないほど、人が着てくれるなんて、嬉しーっ」
 そう言って、キャトルはウィノナを引っ張り、ウィノナのことは自分の隣……ベッドに座らせた。 
 エルザード城内の一室。宿の一室のような部屋だ。
「なんだ、元気そうじゃん」
「うん、あたしは元気だよっ」
 ルニナの言葉に、キャトルが元気よく答える。
 本当は元気じゃないくせに……と、ウィノナは小さく吐息をつきながら、ファムルから預かってきた回復薬を渡す。
「これは、特別制なんだ。今日の為に作ってもらったものだよ」
「そうなんだ……」
 少し緊張をしながら、キャトルは回復薬を受け取った。
「それじゃ、とりあえず状態見てみようか。薬飲むなら飲んじゃってよ」
 ルニナの言葉に、キャトルがウィノナを見た。
「大丈夫。薬飲んで、ベッドに横になって」
「……わかった」
 キャトルは言われたとおり、薬を飲むと、ベッドに横になった。
 ウィノナはキャトルの足の方に移動し、リミナがキャトルの傍に近付いた。
「少し、眠っていてくださいね」
 そう言って、リミナはキャトルの額に触れた。……途端、キャトルは安らかな眠りにつく。
 直接触れて流し込み、キャトルが受け入れれば、彼女にも魔法は効くらしい。
 リミナが後ろに下がり、今度はルニナがキャトルに近付く。
「ごめん」
 言ってルニナはウィノナとキャビィを見た。
「解くことは約束するけど、試してみたいことがあるんだ。まあ、彼女の身体に悪影響を及ぼすことはしないからさ」
 そう言って笑うと、ルニナはキャトルの額に、自分の額を当てた。
 しばらく、ルニナはそうしていた。
 皆、不安気に見守っていた――。
 数分後、ルニナが身体を起こす。
「もういいよ、リミナ、あと頼める?」
「うん」
 ルニナが下がり、リミナがキャトルの傍近付いた。身をかがめて、キャトルの額に両手を当てた。
 リミナが目を閉じる。
 ルニナより長い時間、リミナはキャトルの額に触れていた。
 ウィノナは、キャトルの身体に触れて、体内の状態を見た。
 ――リミナの力が、キャトルの中に入り込み、身体の中を巡回し浄化していく。そんな風に見えた。
 それはとても優しい手法だった。
 吐息をついて、ウィノナは身体を引いた。
 彼女に任せておけば、大丈夫だろう。

「もう大丈夫ですよ」
 およそ一時間後、リミナがそう言った。
 ウィノナが覗き込むと……キャトルの額から、あの痣が消えていた。
 丸い、満月のような痣。
 月の紋章が。

 ルニナとリミナは、そのまま村へと帰っていった。千獣も2人についていったようだ。
 キャビィはエルザード城に着いてすぐ、報告の為に王の元に向い、その後帰宅したようだ。
 ウィノナはキャトルが目を覚ますまで部屋にいたい気持ちがあったが、リミナの話では、当分目を覚まさないだろうとのことだった。
 キャトルの体内の状態を確認すると、ウィノナも立ち上がった。
 キャトルの保護者のような存在であるファムル・ディートと、キャトルの今後の体力回復について話し合っておきたい。 
「目が覚めたら、色々な人に会えるよキャトル」
 その言葉と、穏やかな笑みを残して、ウィノナはキャトルが眠る部屋を後にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
キャビィ・エグゼイン
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
解呪の手引き、ありがとうございました。
彼女にはまだ、色々な問題が付き纏っていますが、とりあえず一番危険な状態は脱したと思われます。
ご参加、ありがとうございました。

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