■封じられた過去(前編)■
川岸満里亜
【3425】【ケヴィン・フォレスト】【賞金稼ぎ】
 キャトルは、実家や城に赴き、情報収集に明け暮れていた。
 ファムル・ディートには過去の記憶がない。
 ファムルはキャトルの実家でキャトルの親に当たる魔女に師事していたのだが、ちょうどキャトルがこの世界に誕生した頃、諸事情により魔女と交流を断った。
 だから、キャトルはファムルの若い頃を見ていない。何故記憶がないのかも知らない。本人が望んだらしいのだが……。
 姉の話では、彼は滅びた村の生き残りだという。
 キャトルは情報収集を行なっているうちに、1つの手がかりに辿りついた。
 以前、キャトルが攫われた事件と同タイミングで、聖都で諜報活動を行なっていた者達の拠点を自警団等が叩いたことがある。
 その際に、マッドサイエンティストらしき老人を捕らえたのだが、痴呆症が進んでいるようであり詳しい話は聞けなかった。
 しかし、その老人が繰り返し発している言葉があるという。
『わしは天才じゃー、天才魔道士グレス・ディルダじゃー! 研究室はどこだー! 酒と女を持ってこいー!』
 “ディルダ”
 その姓には聞き覚えがある。
 自分とファムルを攫った人物の姓と同じだ。
 “魔道士”“グレス・ディルダ”“ファムル・ディート”
 それらの単語を、必死に調べた。魔女の屋敷、賢者の館、ガルガンドの館図書館、王立魔法学院、冒険者ギルド、様々な場所を渡り歩いて。
 そして、小さな手がかりを得たのだった。
「ずっと北の寒い地方に、魔道士の村があった。その村の村人の姓はディで始まる。そして、それぞれの分野で頂点を極めた【賢者】と呼ばれる存在が、常に3人いたらしい。村が滅びた理由は、3人の賢者の禁術を使った抗争の結果らしいけれど、詳しいことはわからない。でも、現地には資料館なんかがあるらしいから、行けば何かわかるかもしれない」
 そうキャトルは言った後、真剣な目でこう続けた。
「あたしは、過去を知りたいというよりも、力が欲しいんだ。その村の魔道知識をね。村に眠っている禁術や禁書を狙う!」
 更に、キャトルはこうつけたした。
「多分、あの人も狙っていると思うし。そのためにファムルが利用されるかもしれない」
『封じられた過去(前編)』

 乗り物を乗り継ぎ、時には徒歩で、一行は滅びた村へと向かっていた。
 道中は、意外と和やかな雰囲気であった。
 誰も重い話題には、触れようとしなかった。
 しかし、誰もが笑顔の奥に複雑な思いを秘めていた。
「あと少しだね。あたし絶対、強くなって前線で戦うんだから!」
「……お気持ちは分からなくもありませんが、もう少し冷静に回りを見てはくれませんか?」
 意気込むキャトル・ヴァン・ディズヌフに山本健一がそう言った。
 キャトルは変装をしていなかった。
 自分達と一緒ならば変装する意味はないと思ったのか。それとも、いっそのこと、攫われてでもファムル・ディートの元に行きたいと考えているのか……。
「あたしは冷静だよ」
「そうですか。それでは、ここに集ったメンバーを見て、どう思いますか?」
「どうって……」
 振り向いて、キャトルは仲間達を見た。青年が多い。
 キャトルには健一が何を言いたいのかが分からなかった。
「攻撃に特化したメンバーだとは思いませんか? ですから、あなたが覚えるのは、攻撃ではなく、補助や回復であってほしいと私は思うのです。ファムルさんが帰ってくる家を守っていて欲しい。帰れる場所を守って欲しいと思います」
 健一の言葉に、キャトルは首を左右に振った。
「わかってる。皆秀でた戦闘能力を持ってるってこと。でも、だからあたしは、そんな皆を守るために、皆より前に出られる力が欲しいだ。みんなを守れるほど強くならなきゃならない。みんなに守られるのも、庇われるのももう嫌。次は、あたしが盾になってでも、皆を守る」
 それに……とキャトルは続けた。少し寂しそうな顔をして。
「あたしはファムルのこと、家族だと思ってるけど、ファムルはあたしのこと、なんとも思ってないんだよ」
「そんなこと、ないと思いますよ」
 そう言いながら、健一は考え込む。
 彼女の考え方に、危険性を感じずにはいられなかった。
 恐らく、その場にいた全ての者も同じように感じただろう。
 だけれど、健一はそれ以上その場で発言はしなかった。
 ただ、心の中で密かに思う。
 彼女は焦り故に力を求めている。
 無力故に分不相応な力を。
 彼女はまだ若く、その精神も未熟である。
 また、世間知らずなところもある。
 彼女を守るためにも……禁術が存在するのなら、自分が手に入れるべきかもしれない、と。
「……獣は、戦う……でも、みんなが、みんな……牙や、爪で、戦う、わけじゃ、ない……いろんな、戦い方、が、ある……」
 代わりに言葉を発したのは、千獣であった。
 千獣は言葉をとめて少し考えたあと、再び口を開く。
「だから……えっと……キャトルは、キャトルに、あった、戦い方、を、見つければ、いいと、思う……」
 守りたい気持ちは分かる。
 戦おうという気持ちを否定することはできない。
 だけど、前に出ることだけが戦いではない。
 皆の盾になることが守るということではない。
 千獣にも理解できているとは言い難い気持ちだが、キャトルが傷つけば、苦しむ人がきっといる。
 多分、千獣もその一人だろう。
 苦しむということは、心が痛いということ。
 心に傷がつくということ。
 だから、それでは完全に守ったとはいえないということ……。
「あたしに合った戦い方かあ……」
 キャトルはそう言った後、視線を落として考え込んだ。
 悔いや嘆きは諦めたことと同義だ。
 それは千獣がカンザエラの人々と交わるうちに、得た答えだった。
 だから、千獣にはキャトルの気持ちを理解できた。
 だけど……。
「あたしに合った戦い方は、やっぱりつっこんで行くことだと思う。正面から、体当たりで」
 そのキャトルの言葉には首を左右に振っていた。
 それは、違う。
 言葉では上手く表せない。
 だけれど、それは違う。
 それは……そうしたいというキャトルの思い。彼女の意志であって、彼女に合った戦い方とは違う。
 しかし、千獣はそう言いきれるほど、キャトルのことを知らなかった。
 彼女がどういう能力を有していて、彼女にどんなことができるのか。
 まだ何も、知らなかった。
 ――2人の会話を聞いていた少年が、一人そっと目を伏せた。
 彼は知っていた。
 キャトルは、『魔女』という種族であることを。
 異世界の……恐らく“神族”に作られた存在、神の血を引く少女であることを。
 その身体には、計り知れない力が眠っていることを……。
 少年――蒼柳・凪は、その場では何も言わなかった。
 その事実を知っているのは、多分自分だけではない。
 彼女とより親しい者が何も言わないのなら、自分が口を挟むことではないと考えたのだった。
「凪」
 突如、名前を呼ばれて、凪は顔を上げた。
 キャトルの茶色の瞳が、自分に向けられている。
「来てくれてありがと。あたし、あなたと話したいこと沢山あるんだ」
 そう言って、キャトルは微笑んだ。
 凪は事情により『魔女』という存在を避けている。
 しかし、魔女について知りたいこと……知らねばならないことは、沢山あった。
「ダランに頼まれたから」
 凪はそう答えた。
 今回、凪がキャトルに同行したのは、ダラン・ローデスの頼みを受けてのことだった。
 ダランの頼みは、しばらく診療所にいけないので、時々様子を見にいって、キャトルが変なことをしでかさないかチェックして欲しい……というものだったが、素直に言葉で表さずとも、ダランがキャトルを心配していることは一目瞭然であった。
 そして理由をつけて診療所を訪れていた凪は、キャトルが危険な場所に行こうとしていることを知った。自分の説得ではキャトルを止めることは出来ないと判断し、彼女に同行することにしたのだ。
「そっか。ダランと仲良くしてくれてありがと」
 キャトルにそういわれると、なんだかおかしな気もするが……凪は軽く頷いておいた。

「キャトル……か。力を求めている。だが、皆肝心なことを忘れてはいないか? あの少女は、いざという時に、術で操られてしまうということを。キャトルがなんらかの力を手に入れたとする。その直後に彼女を操り、奴等……アセシナートの騎士団が奪うという可能性があるだろ。また、奴等が欲している人材を罠にかけることも可能だろう。力を手に入れたとしても、奴等の思うが侭だと思うのだが」
「その心配はありません」
 後方で呟いたクロック・ランベリーの言葉に対し、フィリオ・ラフスハウシェが説明を始める。
「彼女は確かに、アセシナートのザリス・ディルダの術にかかっていました。しかし、今はその術から解放されています。だから、キャトルは家へと帰されていました。そして、あの会議にも出席できたのです」
「術を解いたのは誰だ?」
「確か、カンザエラの姉妹と聞いています。ファムルさんの薬で体力を回復させ、姉妹の能力でキャトルの中のザリス・ディルダの魔力を消滅させたそうです」
 カンザエラの姉妹――ルニナとリミナ。この2人は有能な魔法使いだと聞く。
「そうか、それならばいいが……」
 しかし、クロックは小さなひっかかりを覚えていた。
「それから……」
 フィリオは更に言葉を続けた。
「キャトルが魔法を受け付けないことにアセシナートは目をつけたのでしょうが、彼女が魔法を受け付けないのは体内に膨大な魔力を秘めているからです。しかし、その力は生まれつき不安定で、彼女の身体に害を及ぼし続けていました。ですが現在、聖獣ユニコーンの施しにより、彼女の身体は改善されつつあります」
 そう言って、フィリオは微笑んだ。少しだけ複雑そうな顔で。
 2人の隣を歩くリルド・ラーケンが、ちらりとフィリオを見たが、何も口には出さなかった。
 彼女の身体を改善するために……実は、リルドの血も使われている。
 リルドは竜と同化した人間だ。
 類い稀なる力を秘めた竜族の血を体内に宿している。その血が、彼女の肉体を強化するための材料として、使われているのだ。
 その事実は、自分とファムル・ディート、そしてファムルから資料を受け取ったというキャトル以外、誰も知らない。……今は。
「まあ、禁術や禁書ってのが物としてあるのかわからねぇが……少なくとも罠があるって事はアタリだろ。わざわざ賢者様が禁術を使って罠設置って事はねぇはずだ。どの程度の罠があんのか不明だが、大したことねぇ罠なら、アセシナートに既に奪われてるだろうし、禁術に匹敵するほどの罠なら、俺等もただじゃすまねぇだろうな」
 リルドは笑いながら、そう言ったのだった。

    *    *    *    *

 その場所は、森の中だった。
 木の柵で囲まれた空間の中に、建物が三軒あるだけで、あとは何も無い。
 立ち寄るものなどいないと思われるほど、何も存在しない場所であった。
 しかし、木の柵で囲まれた空間はとても広い。
 草木が立ち並んでいるため、よくはわからないが……崩れた建物や、荒廃した大地の跡が窺えた。
 その空間を目にしたワグネルは、軽く顔を顰めた。
 嫌な感覚が襲いかかる。
 魔道士の村だった場所だとは聞いていた。
 分かっていて、キャトルのボディガードとしてついてはきたのだが……。
 魔術や魔法はワグネルが忌み嫌っている分野である。自分ひとりであるなら、冒険場所としてまず選ばない場所であった。
 しかし、戦略的にもこの滅びた村や資料館を押さえておくのは重要だと感じていた。
 歩みを止めたワグネルとは対照的に、足早に村の跡地へと入っていく青年もいた。
 一番やる気がなさそうで、一番何も考えてなさそうな男、ケヴィン・フォレストであった。
 しかし、キャトルの護衛などの意味合いで同行している人物が多い中、一番キャトルに共感し、力を欲してやってきたのは彼かもしれない。
 ケヴィンは三軒の建物を見回して「資料館」と看板に書かれている建物の方へと向かっていく。
 その後にワグネルが、そして一行も続くのでった。
 千獣とフィリオは皆を見送ってから、後方を振り返り、周囲を確認する。
 千獣は、匂いや音を探る。そして、自分達以外に後方からこの場所へ訪れる人物がいないことを確認する。
 フィリオは人物の存在と、その他の生物の存在にも注意を払った。
 更に、風を操り、周辺の物音に耳を澄ます。
 人が立てる物音は、建物の中から聞こえる。
 その他、人物の存在は感じられない。
 千獣とフィリオは慎重すぎるほどに、確認をしてから皆の元へと向った。

 資料館の中に、明りが灯された。
 辺りは薄暗くなっており、街灯のないこの場所では、外の様子がわからなくなりつつあった。
 館の中には、女性が一人いた。若く見えるが……40歳くらいだろうか。
「いらっしゃいませ。道に迷われたのですか?」
「ううん、ここに用があって来たんだ。人がいるとは思わなかった……誰かに雇われてるの?」
 キャトルの問いに、女性は微笑んで頷いた。
「近く村から来ているんです。昔、この村とは交流があったから」
「ええっ!? それじゃお姉さん、この村のこと、よく知ってるのっ」
「閉鎖的な村だったから、残念ながらよくは知らないわ。近くの村といっても、ここから私達の村までは1日以上の距離があるしね。昔、取引の為に何度かこの村に来たことがあるんだけれど、入り口までしか入れてもらえなかったから……殆ど何も知らなかったわ。残された資料を見るまではね」
 そう言って、女性は目配せをして館の奥へと進む。
 そこには、数十冊の本と、幾つかの道具、そして地図が並べられていた。
 資料館とは名ばかりの、焼け残った数少ない品物を展示しているだけの場所だった。
「ここにあるのが、彼等の研究資料。特殊な文字で書かれているから、読むことはできないわ」
 それぞれ覗き込んで見るが、誰にも読むことはできなかった。
「そして、これは魔法具。スペルカードのような力を持った道具よ。魔法を封じ込めたり、発動したりできるの。詠唱を必要としないで魔法を使えるから実戦でとても役に立ちそうね」
「あ、それなら……」
 何かを言いかけて、キャトルは口を噤む。
 凪には何を言いかけたのかが、大体わかった。
 魔法を封じ込めるアイテムならば、自分の実家でも作られている、と言いかけたのだろう。
 ダランが持っている魔法具の一つが、その類いの魔法具である。
 その他にも、その場所には色々な魔法具が並べられていた。
 しかし……。
「でも、ここにあるアイテム、全部レプリカなんだけどねっ」
 そう女性は言ったのだった。
「なんだ、模造品?」
「そう、魔法具としての効果はないわ。本物は別の場所に保管したり、寄贈しちゃったの。だって、こんな場所においておいたら、管理が大変でしょ? 私一人じゃ到底守れないし〜」
 笑いながらいう女性の言葉に、納得して一同軽く笑うのだった。
「ねえ、貴方達の目的も……この村に眠っているかもしれない、魔法具や魔術なんでしょ?」
「えっ……」
 キャトルは返答に困って、皆を見回す。
 その反応はイエスと言っているようなものだった。
 くすりと笑いながら、女性は先ほどの資料を指差した。
「ただ闇雲に探しても、見つかるわけも、たどり着けるわけもない。私ね、あの資料少しだったら読めるのよ。あなた達強そうだし、場合によっては、一緒に行ってあげてもいいわよ」
「いえ」
 その言葉に、真っ先に反応を示したのはフィリオであった。
「お言葉はありがたいのですが、今回は自分達だけで探索を行なおうと思っていますので」
 彼女がアセシナート側の人間ではないとは言いきれない。
 また、彼女の村までは距離があるという。素性の確認も行なえないのだ。
「そう。とりあえず、自作のパンフレットだけは渡しておくわね。今日は遅いから、泊まっていくんでしょ? 隣の建物使ってもいいわよ。ただ、寄付は沢山いただくけどね!」
「ありがとうございます」
 パンフレットを受け取って、フィリオは丁寧に礼を言った。
「あんた、“ディルダ”という姓に聞き覚えはないか?」
 突然、単刀直入にそう言ったのは、リルドであった。
 健一が咎めるような目で、リルドを見る。
「……あるわよ」
 女性は目を怪しく煌かせた。
「どういった一族だった? この村の住人だったのか?」
「この村には、3人の賢者がいた……という話は知ってるのかしら?」
 その言葉に、一同頷いてみせる。
「なるほど、ある程度の知識があって、ここに来たわけね。……ディルダはその賢者の一人の姓だったわ。賢者の称号は世襲ではないから、ディルダが賢者の一族ってわけじゃなくて、グレス・ディルダという人物が、滅びた当時、賢者であったってことだけど」
 グレス・ディルダ。
 その名前に、皆の目が険しくなる。
「……他の2人の名前も分かるか?」
 リルドの言葉に、女性は本棚へと近付き、一冊の本を取り出した。
「魔道鍛冶士グレス・ディルダ、魔道化学者レイレス・ディラル、そして魔道術師ジェネト・ディアの3人ね」
 グレス・ディルダは聖都に捕らえられている老人である。
 あと一人……ジェネト・ディアという名前に、千獣は聞き覚えがあった。しかし、どこで聞いた名なのか、思い出せなかった。
「じゃあ、ファムル・ディートは? そういう名前の人、この村にいた?」
 キャトルの言葉に、女性は手の中の名簿のような本を捲る。
「うん、載ってるわね。かなり詳しいデータまで」
「うそっ、何て書いてあるの」
 キャトルが、女性の元に駆け寄った。
「ええっと、文章が難しくてあまり読めないんだけど……どうも、レイレス・ディラルの右腕だった少年の名前みたいね。残念だけど」
「残念?」
 キャトルが聞くと、女性は肩をすくめて話す。
「村が滅びた原因は、グレス・ディルダの暴走と言われているわ。グレスが真っ先に狙った相手がレイレス。彼と彼の弟子達は惨い殺され方をして、研究資料は全て奪われたらしいの。まあ、彼等だけじゃなくて、最終的にこの村の住民で生き残った者は殆どいないんだけどね」
「ファムルは……」
 そのファムルが、自分の知るファムルならば……死んでなどいない。
 だけれどキャトルも、その場にいた誰も、そのことについては口に出さなかった。
「殆どってことは、生き残ったやつもいるんだろ? 誰だ」
 凄むような口調で、リルドが訊ねる。
 女性は眉を寄せながら、首を横に振った。
「生存者はいると思う。だけれど、その後この村で姿を見た者はいない。少なくても、グレス・ディルダとその娘はアセシナートに渡ったと聞いている」
 間違いない。グレス・ディルダはあの老人。そして恐らくザリス・ディルダはグレスの娘。つまり、この村出身の魔道士。賢者の娘だ。
「ここには、魔道の資料もあるのですか?」
 健一の問いに、女性は軽く首を傾げた。
「さあ、そういった難しい文章は私には読めないからよくわからないわ。だけど、世に知られていない魔術なんかは、もちろんこの資料館の中にはないわよ」
「それも、この辺りのどこかに、眠ってるんだね?」
「分からないわ。だけど、賢者が封印した『何か』はこの辺りに必ずあるはず。だけれど、誰も近付くこともできない。封印を解くためには、賢者の力が必要なのよ」
 その言葉に一同沈黙をした。
 だけれど……。
「でも、行く」
 キャトルが言った。決意の篭った声で。
 その言葉に真っ先に頷いたのは、ケヴィンであった。
 何も言わずとも、力を求める気持ちは一緒である。
 無力なままではいられない。
 取り戻したものが、守りたい人が、成したいことがあるのなら。
「では、今日はもう休みましょう。出発は明日です」
 フィリオのその言葉に、キャトルは素直に頷いた。
「ああ、女の子達は、私と一緒にここで寝る? 隣の建物だけじゃ、狭いと思うしね」
「ん……」
 悩むキャトルを、皆が複雑な表情で見た。
 なにせこのメンバー、男性が圧倒的に多い。見かけは兎も角、危険な男は(多分)いないので、皆で一緒に過ごすべきとは思うのだが……。それを強要しにくくもある。
「あたしはやっぱ、皆と一緒がいい」
「……私、は、キャトル、と、一緒……」
 キャトルと千獣の言葉に、一同ほっとする。
「それでは隣の家、お借りいたします」
 フィリオはそう言って、キャトルの背を押し、皆を促した。

 他の2つの建物は冒険者の宿泊用に作られた小屋であった。
 二つの小屋のうち、一つは他の冒険者のグループが使用しているようだった。こちらにも注意を払っておかねばならないだろう。
 一行が使う小屋は、9人で使うにはやはり少し狭かった。
 女性二人にロフトのベッドを譲り、男性達は床で雑魚寝をすることにする。毛布だけは沢山あった。
 就寝前に、持って来た保存食を食べながら、話し合いをすることにする。
「あの女性……どう思いますか?」
 フィリオの言葉に、皆、考え込む。
「特に悪意は感じられんが、警戒はしておいた方がいいだろうな。どんな人物であっても、だ」
 クロックがそう言った。
「でも、力を手に入れるには、あの人の知識、必要だと思う」
 キャトルのその言葉は、皆も思っていることであった。
 受け取ったパンフレットには、危険区域について記されている。数々の仕掛けが施された場所であり、何人もの冒険者が入り込んでは命を落としている……などと書かれている。当然、危険区域内の地図などはない。
「この立入り禁止の場所だけど、森を進んでいって、地下に入っていくってことかな」
「地下ということや、仕掛けを施した理由……つまり、禁書や魔法具が封印されているのなら、本や物を傷つけるかも知れない炎や氷、爆発系といった派手なものよりも、毒や精神攻撃的なものが多いんじゃないかな?」
 キャトルの言葉に続き、そう発言をしたのは凪であった。
「なるほど。物理的な罠なら解除できるんだが……魔術的な罠は発見は出来ても、俺には解除は難しい」
 ワグネルが吐息交じりに言った。本当なら魔術的罠が多い場所には、近付きたくないのだが。
「俺が使う『舞術』には、毒を祓ったり、特定の属性からの攻撃を完全に無効化する術もあるけど、この舞術の欠点はすぐに発動出来ない事なんだ。もしもの時は時間を稼いでくれたら、役に立てると思う」
 凪がそう言う。
「わかった、時間稼ぎ頑張るよ!」
 そう答えるキャトルの頭に、ワグネルはパシッと手を置いた。
「それは俺達の言葉だ。時間稼ぎができる能力まだねぇだろうが」
「ははは、そうかー。でも、この冒険を終えたら、あたしはきっと最強魔法戦士になってるはずだから!」
 キャトルの言葉に、そう簡単にいくわけがないと、一同苦笑するのであった。

    *    *    *    *

 朝、簡単な食事を済ませると、一行は村の探索を始めることにした。
 ケヴィン・フォレストはなんとなく、隣の小屋に近付いた。
 壁に寄りかかり、うたた寝……ではなく、耳を澄まして中の様子を伺う。
「やっぱ、戻ってこねぇよな」
「もう1週間だろ。諦めるしかねぇだろ。やられた奴等もいるんだしさ……」
「とにかく、一旦街に帰ろうぜ。資料館に手紙預けてさ」
 酷く落胆した声であった。
 どうやら仲間が行方不明になってしまったらしい。命を落とした者もいるようだ。
 一週間……。
 ケヴィンは緑に覆われた大地を見回した。
 この人里離れた場所で、一週間戻ってこないとなると、既にこの地を離れたか……生きてはいないか。
 身体を起こし、ケヴィンはその場を立ち去った。
 やはり、相当危険な場所ということか。

 健一は、草むらの中に、魔法陣の跡を発見した。
 最近使われたもののように思える。
 稀にとはいえ村の禁書や禁術を求め、訪れる冒険者がいるのだから、魔法陣の一つや二つ、気にすることもないのかもしれないが……。
 多分、奴等もこの場所に幾度となく訪れているだろう。
 アセシナートの騎士団。
 ザリス・ディルダがこの村出身の魔道士であり、この村に眠る力が、まだ奴等の手に渡っていないのなら。
 確実に、奴等はこの村を見張っている。

 凪は探索には参加していないかった。
 一人、念入りに舞術「八重羽衣」を舞っていた。
 八重羽衣は、仲間全員の物理的・精神的ダメージを肩代わりする防御の術だ。
 キャトルを止めずに付いてきたからには、守らなければならない。
 全力を持って彼女と仲間達をサポートするつもりであった。

 千獣は村を回り、怪しい人物に警戒を払った。
 難しいことはわからないが、キャトルが狙っている力は、アセシナートも狙っている力だと理解していた。
 万が一、鉢合わせすることになったら、罠よりも厄介だ。
 また誰かが連れ去られてしまうことも、傷つくことも、なんとしても避けたかった。
 資料館に気配が1つ。
 そして、自分達が使っていた小屋の隣の小屋には気配が3つ。
 その他、人の気配らしきものは、付近には存在しなかった。

 ワグネルは地形から判断し、宝が眠っていそうな場所に目星をつける。
 蔵や塔のようなものは存在しない。
 やはり、地下に宝は眠っているようだ。
 立入り禁止の看板に手をつきながら、柵を飛び越える。
 深い、森の中へ足を踏み入れて、進んでいく。
 虫や動物の鳴き声が響いている。
「動物なら、怪物化しててもわけねーんだが……」
 魔術的存在が現れたら、自分にはなす術が無い。
 道の先に、草で覆われた暗い穴を発見すると、ワグネルは一旦皆の元に戻ることにした。

 数分後、各々準備を整え、危険区域の前に皆集まった。
「はあーい、お待たせ!」
 看板の奥へ足を踏み入れようとした途端、軽快な声が響いた。
 振り向けば、あの受付の女性がいた。
「何よ、皆して睨まないでよっ。やっぱり、私も連れて行ってもらおうと思ってさ〜」
「いえ、危険ですから」
 フィリオが丁寧に断ろうとするが、女性は首を横に振って、皆に近付いてくる。
「私がいない方が危険よ。腕の立つ冒険者が沢山この場所で命を落としてるんだから、あなた達のような無謀な若者がね」
 そう言って、先へと進もうとする。……女性の腕をケヴィンが掴んだ。
 そして、キャトルが前に出る。
「あたし達、ちょっと事情があって、ここでは仲間以外信用しないことにしてるんだ。だから、一緒には行けない」
 素直なその言葉に、女性は皆を見回した。
「それじゃあ、私も正直に言う。私達がこの場所を代わる代わる管理してるのだって、封印されたモノに興味があるからよ。欲しいとは言わないけれど、複写や複製くらいしたいと思ってる。何の縁もない冒険者達に奪われるのって嫌じゃない。だから、一緒に行って、分け前を貰いたいのよ。ああ、身体の心配はいらないわ。危なくなったら、逃げるから」
 その女性の言葉に、皆考え込む。
 確かに、この場所を自分達より知る彼女には一緒に来てもらいたいところだ。
 しかし、ファムルが攫われたこともあり、皆の警戒心はかなり高まっており、他人を連れていく気にはとてもなれない。
「文字は読めないけれど……。先を見ることならできる」
 凪が意識を集中し、視界の野で周囲を探った。
「入って直ぐのところに、広範囲の落とし穴……」
「ああ、その手の罠なら、俺に任せてくれ」
 そう言ったのは、ワグネルだ。
「魔術的な罠でしたら、私が対処いたします」
 健一が言った。
「ま、罠をとっぱらった後は、俺が踏み込むぜ」
 リルドはそう言った。リルドは戦闘能力にも秀でており、生命力、回復能力が一般人より高いため適任といえる。
 リルドは極力、前に出るつもりであった。
 しかし、キャトルはぎゅっとリルドの腕を掴んだ。
「無茶しないでよ。リルドにもしものことがあったら、あたしの命にも響くんだから」
「分かってる」
 ぶっきらぼうにそう言って、リルドはキャトルの手を振り解いた。
「俺は真ん中を歩き、全体の動きを見よう」
 クロックがそう言う。
「私は……キャトル、と、一緒……」
 千獣は、一番弱いキャトルの近くで、攻撃に備えたいと希望した。
「では、私は周囲に警戒しつつ進みながら、キャトルに罠の回避について指導したいと思います」
 そう言ったのはフィリオだ。
「で……」
 皆の視線がケヴィンに注がれる。
 相変わらず、ケヴィンは女性の手を掴んだままだった。
 もし、連れていくのなら、女性の監視役はケヴィンの役目になりそうだ。
「一緒に行きたいなー♪」
 女性がケヴィンにウインクをする。
 ケヴィンは表情1つ変えない。面倒そうな顔でぼーっと見ているだけだ。
「くっ、私だって若いころは、美人だったんだから。あんたなんかあんたなんか……っ」
 何だか落ち込ませてしまったようだ。
「……ここで、待って、て、危険、だから……」
 千獣が女性に言った。
「それがいいよ。あたし達が目的のもの手に入れたら、見せることくらいはできるだろうし。それなら、一緒に行く理由ないじゃん」
 千獣とキャトルの言葉に、女性は首を横に振った。
「ううん。貴方達が心配っていうのも本当だから。気に入らない相手なら、忠告しても聞かなきゃ放っておくけど、貴方達には何か理由があるように見えるのよね。そういう話ももっと聞きたいし。帰ってこない可能性が高いところに、黙って行かせるのは嫌なのよ」
 そう言った後、女性はにっこり笑ってこう続けた。
「私の名前は、マイラ。この滅びた村の青年と婚約していたの。でも、彼は抗争に巻き込まれて、死んでしまったわ。私がこの村の管理に携っているのは、彼のことや真実をもっと知りたいから」
 そして、古びたノートを取り出して、読み上げる。

 愚鈍な者は不要
 甘い者は不要
 臆病な者は不要
 魔力無き者は不要
 向上心無き者は不要
 探究心無き者は不要

 欲しいのは冷徹な判断力
 博愛の精神
 仲間をも切り捨てる覚悟
 感情を抑える力
 “自己を制御する能力”

「それが、賢者に求められる資質。多分、ここに眠る力を得るためには、そうあらなければいけない」
 その言葉を聞いて、キャトルは複雑な表情をした。
「あたしは……そんな風になれないな。なんかそれって、王様達の考えに似てる」
 そう呟いた後、表情を不敵に変える。
「でも、手に入れる。なんとしてでも!」
 意気込むのはいいが……自分自身、今は何の能力もないくせに。
 ワグネルはキャトルの側で、密かに吐息をついた。しかし、その表情は穏やかで、優しい瞳でキャトルを見ていた。
 能力はなくても、これだけの人が集った。
 彼女が調べ、行動に移し、皆に声をかけたからだ。
 千獣が言っていたように、人それぞれ、自分に合った戦い方というものがある。
 道を間違わないで欲しいと、ワグネル……フィリオ、千獣、健一……その場に集った皆が思っていた。
 ただ一人、クロックは一番冷静な目で皆を見ていた。
 アセシナートの騎士団は人材集めを続けている。
 ファムル・ディートは有能な薬師として奴等に奪われた。
 ただ、それだけか?
 ザリスとファムル。
 同じ村の出身であるのなら、他にも理由があるかもしれない。
「仲間をも切り捨てる覚悟、か……」
 クロックは小さく呟いた。
 そして、仲間達を見る。
 キャトルを見守る友人達、優しげな吟遊詩人のような青年、無表情でやる気のなさそうな青年……。
 アセシナートの戦士達と互角に渡り合える我等が人材は、どうも仲間に対して甘くなる傾向がある。
 情に流されていては、この先、誰も生き残れないだろう。
 さて、自分はどう動くべきか。
 受付の女は連れていくべきかどうか。
 クロック、そして集った冒険者達はそれぞれの思いを抱きながら、顔を合わせるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 魔力使い】
マイラ(資料館受付嬢?)

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
『封じられた過去(前編)』にご参加いただき、ありがとうございます。
次回は地下へ入っていきます。
最深部に進むためには、それなりの覚悟が必要になると思います。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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