■【炎舞ノ抄】彼方の嵐■
深海残月
【3087】【千獣】【異界職】
 ――――――…夢と現の狭間の世界、聖都に届かぬ大地にて。

 土色の炎を纏った凄まじい暴風が舞い狂う。
 そう形容したくなる惨事が目の前で起きている。

 あまりに突然であり、暴悪極まりないその所業。
 まさかこれが、たった一人の人間の起こした事などとは思えぬくらい。…いや、これは人間か。人型をしてはいるが、既に人とは思えない。…既にその身は魔性のもの。
 黒血の如き虚ろの瞳。
 同じ彩りに濡れ汚れた袴姿の和装。
 頭後上部で束ねられ垂らされた総髪の長い黒髪は、荒々しい風に煽られ靡いている。
 手には、血刀。
 柄を握り持つ腕、はためく袖口から見えるその手首には手鎖の如き鐡の環が嵌められている。その環に付いている何処にも繋がらぬ断ち切られた鎖。暴風は重みのあるその鎖すら軽やかに暴れさせ、鍔にかち合い硬い音を響かせる。
 暴風と見紛うその者の佇まい。
 荒々しく舞い狂う獄炎の鬼気は、場にあるすべてを圧倒する。
 そんな異様な若者が何処からともなくこの場に降り立った事で、この場に唐突な破壊が――殺戮が齎された。

 どれだけ壊されたかわからない。
 どれだけ死んだかもわからない。

 若者の持つ黒血の如き虚ろの瞳が、己で毀した周囲を舐める。
 他者の姿が視界に入る。
 入るなり、血刀の切っ先もまた、自然とそちらに向けられる。
 次の獲物はそこにある、と。

 ――――――…他ならぬ、貴方に向けて。
【炎舞ノ抄 -抄ノ壱-】彼方の嵐

 …ただ、頼まれたお仕事の為に――少し遠出をしただけの筈だった。
 その筈なのに。
 こんな場面を見る事になるなんて、少しも思っていなかった。

 私が訪れた、その集落は。
 もうまともな建物がなくて、周囲一帯殆ど瓦礫の山だった。
 炎と煙に巻かれているその合間、今、私の視界の中には動いている人がひとりしかいない。
 他に動いていたのだろう人――本来こんな災難には遭う事なく動いているべきなのだろう人は、皆、倒れていた。
 ぴくりとも、動かない。
 すぐわかった。
 死んでいた。
 たったひとり立っている人は、大地の色をした荒れ狂う炎を操って――その身に纏っているように見えた。
 あまり見慣れない服装。
 右左と前身頃を合わせる形の、着物。その上に重ねて、ゆったりした直線的なシルエットの下穿き――袴を穿いている。
 髪型は見慣れないものでもなかった。ただ、頭の後ろ高い位置で、ひとつに束ねて流しているだけの黒い髪。
 片手には、細長い『牙』――刃を備えた武器らしいものを持っていた。
 ここソーンの人じゃなくて、異界の人、だと思った。
 そんな雰囲気だった。
 動いているのはその人だけだった。
 その人が、そこかしこに倒れている人を殺したようだった。
 その細長い武器――その刃が、たった今付着したばかりのような、真新しい夥しい血に塗れていたから。
 刃を構成する鋼の銀色が、見えないくらいだったから。
 私はそんな光景を見た。
 ここに訪れて、すぐの事。

 …立っている人以外、誰も動いていない。
 辺りをぐるりと見渡してみる。
 倒れている人――死んでいる人は、斬られているだけ――それか、酷く焼かれているだけ?のような。
 それも、無抵抗なままに。
 たったひとり立っている人は、夥しい血に塗れてはいたけれどそれは全てが返り血のようで。
 ほんの少しだけでも、傷付いたような、弱ったような――不自由そうな感じは何処にもなかった。
 だから、この惨状は一方的に作られたものだとも、わかった。

 でも。
 そうなると。

 …それこそ、わからない。
 わからないから、考える。
 自分の身に置き換えて、この惨状に――納得の行く理由はなにか見出せるかどうか。

 食べる、ためじゃ、ないよね……?
 でも……身を、守る、ため、でも、ない……。

 …じゃあ、それ以外に殺す理由ってなんだろう。
 わからない。
 これは、生きる為に必要でしている事じゃない、と思う。
 少なくとも私にはそう見えた。
 この人は、何故戦う事を選んでいるんだろう。

 ……人間、は、よく、わから、ない……。

 思ったところで。
 びりびりとした圧力が――敵意がこちらに向けられるのが感じられた。
 殺意、のようななにか。
 …ただ、殺意と言い切るのは何故か躊躇った。
 断じるのに躊躇った事自体に、軽く驚く。
 向けられたのはとてもわかりやすい敵対の意志だった筈なのに――どういう訳か、同時に奇妙な違和感があった。
 絶対にこちらに牙を向けようとしている意志にしか感じられないのに、それでどうして違和感があるのだろう。
 やっぱり、わからない。
 どちらにしろ、そんな違和感も感じながら、私は圧力を向けて来た当人を見返す。
 たったひとり立っていたその人から、『牙』を――刀の先端を、切っ先を向けられている。
 奈落の底のような深い深い赤色の瞳がこちらを見ている。
 私を見ている。
 標的と定めている。
 なら。
 どんな違和感があろうと、やることは、ひとつ。

 ……人間、は、よく、わから、ない……でも、私は、簡単。
 向け、られた、牙は、退ける……それ、だけ。



 互いの間合いは一瞬で詰められた。
 殆ど時差は無し。私がその人に躍り掛かるのと、その人が私に躍り掛かって来るのは殆ど同時。無意識の内に――本能の赴くまま解いていた腕の呪符。呪符を剥がした腕はすぐに適した形に変化させる。火属性に耐性ある狂猛な魔獣の前肢。そう変化させた腕の鋭く硬い爪と、対峙するその人の持つ刀が真正面から強くぶつかったのもまた殆ど同時。
 私の爪は硬い。その刀とて脆いものではないのだろうが、それでも魔のものである私の爪よりは脆い――ぶつかると同時にその刀はギィンと耳障りな音を立てて折れる。折れると同時に折れた先端部分は弾かれて明後日の方向に飛んで行く。それを認めつつ、変化させていたもう片方の魔獣の腕も使って私はその人に掴みかかった。…刀と言う牙を折る事は出来てもそれだけで相手の戦意が――殺意が消えているとは限らない。そもそも、この人の動きは――私に躍り掛かって来たその身のこなしは、牙が折れた程度で侮る事など出来なかった。
 私の中には千からの獣が居る――普段から常に呪符で封じてある千の獣。それらを顕現させることをしなくとも、私の身体能力は普段から人間離れして高い方になる。…その普段の私の動きと軽く張る動きをこの人はした。いや、張るどころか、少し上回っていると見るべきだったかもしれない。呪符を解くのが後ほんの少し遅れれば、初めの時点で恐らくは圧されていた――私の方が刀で切り裂かれていたかもしれない。今の一度の衝突だけで、この人はそのくらいの動きをするとすぐにわかった。
 掴みかかるそのまま、勢い良く押し倒すように相手の身を地面に叩き落とす。衝撃と勢いで跳ねるその人の身体。それを掴んでいる腕だけで押さえ込む――自分の身体は後から追い付く。一拍遅れて圧し掛かる。圧し掛かったそのままで一度も力を弱める事なく一気に首を締める。獣化させていない部位が飛び交う火の粉で焼かれるが、まだその程度では気にならない――どうせすぐに癒えるから力が抜けてしまうような事は無い。
 腕が腕なのでむしろ首から顎、鎖骨の辺りを押し潰すような形になっているが――とにかくそんな形に力をこめる。集中する。少し遅れてこの人に私の腕――魔獣の前肢が掴み返されるのがわかったがそれでどうと言う事もない。この人の意識の有無を計る為の――加減を考える為のただのバロメーターとしか思わない。そのままその人が自分の首を締める私の腕――魔獣の前肢を剥がそうとするが私は動じない。離さない。焼かれるだけでは無く乱暴に爪を立てられ掻き毟られもする。折れた刀の鈍い切断面を何度か突き立てられもするが、それだけのこと。なにも大した事はない。私はただ、こめる力はぎりぎりの線でと考えるだけ。…もう、出来る限り殺したくはないから――殺すつもりはないから。無力化が出来ればいい。気絶させられれば。そう考えた。
 が。
 途端、自分の方が圧倒的に優位に居る筈なのに、何故か、ぞっとした。
 ぞっとして――刹那の判断でその人の首から腕を解いて飛び退る。…間一髪。刹那の前に自分が居た位置に、ぶわりと大きな熱波が襲い掛かっていた。土の色の――まるで獣の顎のような形をしたそれ。私だけではなく私が押し倒したその人諸共に、大口を開けて喰らいつくような動きで飛んでくる。こちらが透かした途端、その形は錯覚だったかのように解け――異様な色の炎はその人を巻き込み荒々しく燃え上がっている。
 私はともかく、その人の方にはその熱波は――炎は直撃した筈だった。が――直撃した途端、あろう事かその炎は当然のようにその人自身のオーラと同化した。その上で、勢いを増し燃え狂っている。
 …その事に気付くまでには少しかかった。本当にそうなのだと気付いたのは――炎に包まれ焼かれている筈のその人の身体がゆっくりと起こされてから。私が殆ど打撃攻撃にも近い力押しのやり方でその身を押し倒し首を締めていた上に、凄まじい熱気――土色の炎が直撃した筈なのに、何事もなかったように平然と起きていたから。
 一度だけそっと、まるで確かめるようにその人は自分の喉の辺りを撫でている。僅かながらも今起きた出来事の影響――被ったダメージの影響のように見えたのは、それだけ。…それはこの人が大地の色をした炎を操っているようだったのは初めからわかっていた。けれど今のは――何なんだと思う。私を襲い、今はこの人のオーラと同化したあの異様な色の炎、明らかな危険を感じた。攻撃魔法のような、何か。そう思った。…攻撃魔法と言うものは、それを行使した術者には直撃しても効かないものなのだろうか。…そんなことは無いと思う。
 なにか、根本的なところで、おかしい。
 疑問を持っても答えが返る筈も無い――訊く間もないしそんな余裕があったら相手の隙を探すことを先にする。炎を纏ったその人は静かに立ち上がる。纏うオーラが――大地の色をした炎の勢いが更に増している。熱い。いつの間にか、何か無造作に片手に持っているようだった。銀色の――まるで、短い刀。但し、柄と鍔――持つ為に作られているところも刃と持つところの境目も無い、短刀――小型のナイフと言うにも違和感のある、やけに中途半端な長さの――。
 わかった。
 …それは、一番初めの衝突の時に折り飛ばした、刀の刃、先端、切っ先の側だった。
 戻って来ていた。

 どう、して。

 折れた切っ先は何処か、全然別の場所に飛んで行った筈だった。なのに今その人の手の中にある――何故か、元々握り持っていた筈の刀の柄側残り部分の方を持っていない。私がそこに気付いたことに気付くと、その人は折り飛ばした筈のその刃の切っ先を、私に見せ付けるようにしてそのまま素手で握り潰した――握り潰すように『消して』しまった。代わりに、握り潰したその手を覆い包む土色の炎が膨らみ、勢いが増す。そして、勢いを増したその炎から――その人は『新たな刀を創り出して引き抜いた』。

 …わかった。
 あれは――私の中の獣や魔と同じ。
 身体の、一部。
 だから使えた。
 私が折り飛ばしたあの刀も――この人にとっては『切り離された身体の一部』なのだろう。
 それで、切り離されても戻れるだけの生命力があるのなら。
 己の命を守る事が第一義なら。
 …あれでは、牙は折れた事にはならない。
 赤く底光りするその人の目が、見るともなく茫洋とこちらを見ている。
 …初めに感じた、違和感の正体がわかった気がした。
 その目があまりに虚ろで、人間どころか、いきものらしいものが――感情らしいものが何も感じられなかったから。

 ……人間、だと、思った、けど。
 違う、かも……しれない。

 そう思い直す。
 けれど自然のものとも思えない。
 自然の――野生の掟を守っていない。
 ならば、なにか、私の知らない、魔のものか。
 …そうじゃない気も、する。
 この人は私みたいに、人の形は、している。
 考えれば考える程、わからない。

 …どちらでもいい。
 私の身を脅かす敵であることには変わりない。
 生きる為には退けなければならない牙には変わりない。

 ならば次はどう動く。
 飛び退った位置、最大限に警戒し――すぐにも飛び掛かれるよう態勢を低く構えておく。腰を落とし、両足のバネを撓めた――獣の如き四つん這いに近い形で力を溜めておく。異様な色の炎を纏い、元通りに刀を握るその人を注視する。…いつでもすぐに動けるように――攻撃に移れるように。
 そうやって、見ていたら。
 虚ろな声が聞こえた。
 人が、話す声。
 …対峙しているその人の声だった。
 耳を疑った。
 思わず、声が漏れてしまった。
「……え……?」
「…去れ」
 言い直される。
 同じことを。
 …何故そんな事を言う。
「…?」
 言葉で応えずに警戒を強めた。
 目を細めて注視する。
 ただ、視線だけで応える――問い返す。
 その人は、動かない。
 …構えない。
「まだ、それで、済む」
「…」
「去れ」
 その人はただそれだけを繰り返す。
 去れ。
 それで済む。
 ならば。
「…ここ、お前、縄張り…?」
「違う」
 即答されて、浮かぶ疑問。
 去れと言うなら――それで済むと言うなら、今この人から向けられた牙は私を自分の縄張りから追い出す為の行為と思えなくもない。
 それなら、まだ、理解出来る。譲ってもいい。…私の縄張りは今は別にあるから。
 …だが、違うと言われては。
 やっぱり、わからない。
 この人はいったい何を考えているのか。
「我を理解しようとするな」
「…っ」
 息を呑む。
 こちらの考えていることが読まれたようなタイミングで、またその人から言葉が紡がれた。
「我の前に立つな。我に姿を見せるな。疾くと去れ。汝の安寧を守りたければ。我の存在は捨て置け。忘れろ」
 その人は今は佇んでいるだけで――話しているだけで、何故か、こちらに手を出して来る気配が無い。
 醸す異様な気配はそのままであるのに。
 話す以上は、何もしてこようとしない。
 刀は片手にぶら提げているだけ。
 振るわない。
 ただ淡々と、唇が動いている。
「疾くと去らねば汝も屠る」
 その人はそこまで言うと、それ以上言葉を紡ぐのを止め、こちらの様子を窺っているようだった。
 …ならば言われる通り、去った方が手っ取り早いのだとは思う。
 けれど、なにかが引っ掛かってどうしようもなかった。
 やり方は、縄張りから追い出そうとするような、やり方で。
 その人本人は、違うと言っていても。
 実際に、ここが縄張りではないのだろうけども。
 やり方自体は――やろうとしている事は、何故か、近いように思えた。
 一度牙を剥いた上で、諭す。
 それも妙に、諭し方が丁寧。
 縄張りを守る獣なら、諭す言葉はもっと短く簡単にだけ。そして相手に考える余地など求めない。ただ投げるだけ。その上で、警告はしたぞとすぐにまた牙を剥き実力で退ける。
 それよりずっと、言葉を重視したやり方。
 ならば、やっぱり人間だろうかと思う。
 でも。
 この場所で――これだけ、一方的に殺しているような人なのに。
 なんで私には去れなどと言ってくる?
 この場面で私に去れと言える頭があるのなら、どうしてこれだけ殺している?
 わからなかった。
 だから、抱いた疑問を、直接ぶつけることを選んだ。
 今ならぶつけられる余地があると思ったから。…この人が、どういうつもりなのかはわからなくても。
 警戒は怠らないままで――いつでも動ける臨戦態勢のままで、口を開く。
 …今この時には動くことがなくとも、いつどの瞬間にまた戦端が開かれるかわかったものではないから。
「どう、して、こんな、こと、する…?」
「尋ねても意味は無い」
「食べる、の、でも、身を守る、の、でも、なくて、殺す、どうして…?」
「…。…その理由を探している」
「…?」
「去らぬのなら、ここまでだ――参る」
 と。
 その人がそう言った、途端。
 その人の姿が消える――獣の如く異様に低い態勢で滑るように私に肉迫している。気が付いた時には、私の足許地表近い位置から赤色を引き摺る銀色の大輪が閃いていた。感じ慣れた灼熱と衝撃が脹脛を走る――足が深く斬り込まれていた。肉だけでなく骨まで。私であるから斬られた側からすぐに癒えるがそうでなければそのまま切断されていたくらいの傷。一度、がくりと力が抜ける。…自らの不覚を悟る。先程までの動きより、圧倒的に、速い。警戒していた筈なのに、急で、追い付けなかった。先程までの身のこなしだって充分鋭かったのに、それ以上の速さで不意を衝かれた。
 次。気が付いた時には私の横に回り込んで来ていたその人は、文字通り返す刀で連続して再び私に打ち込んでくる。躊躇いも無く、容赦も無い攻撃の筋。…今度は間に合う――間に合わせられる。抜けた力はすぐに戻る。腕で――獣の爪で受ける。今度は真正面からではなくその牙の引っ掛かりに掠めるような――鎬を削る形に狙われ強く打たれる。…今度は刀が折れない。何度か爪牙をかち合わせ、互いの攻撃を弾き合う――外れる。外れたそこで必然的に出来る僅かな隙――刀を握る腕が浮き体が開かれた瞬間を狙う。私は弾かれた腕を放り出したまますかさず体当たりを仕掛けた――体当たり気味にその人へと肉迫し、牙を剥いた。
 噛み付こうとした。そうしようと思った時には私は自分の口を獣の大顎に変化させている。噛み付いて揺さ振り弱らせようと考える。速さの面でも今度は油断は無い。これからは自分の中にいる獣たちの中でも一番速いものの速さで動くことにした――その為に足や必要な筋肉も獣化させている。炎纏う身に牙が達した感触。逃がすまいと力をこめる。がっちりと噛み付いたまま自分の首を乱暴にぶんと振る――肉を食い千切らないままで振ることが叶う。炎を纏うその人の身体が持ち上がる。…ちゃんと加減は出来ている。牙を突き立てた事で生温かい液体が私の顔に飛び散りはした。けれどまだ多くない。大丈夫。これならまだ死なない。
 じりじりと口が焼ける気がしたが離さない。もう一度首を強く振り、その人の身体を地面に叩き付ける――首を折らないように気を付ける。まだ動くか。それとも動かないか。離さないまま、確かめる。
 が。
 確かめようとした――途端、噛み付いているその相手の身が捻られる。捻られるように動く。目的を持って筋肉が伸縮しているようだった。少しも弱々しさはない動き――殆ど同時、横合いから風圧。感じた瞬間目を見張る。
 駄目だと思った。
 避けられない。
 受けられる用意がない。
 途端、肩口から灼熱と衝撃。
 炎を纏うその人の刀が私に向かって振るわれた。
 それで。
 かっと私の中でなにかが燃えた。
 与えられた灼熱ではない、もっと別のなにか。
 それで、加減を忘れた。
 獣の大顎をその人から離さないままで――衝動のまま思いきり、力をこめた。
 間違いようのない感触が、私の中に残る。
 骨まで噛み砕いた。
 私が牙を突き立てていたのは身体の芯に近い位置。
 顎に感じていた肉と骨の固さが――抵抗ががくりと失われる。
 どっと血が溢れた。
 …殺した。
 瞬間的に後悔する。
 が。
 動いた。
 ショックの、痙攣ではなくて。
 まだ。
 突然ぐいと頭が掴まれた。
 力尽くで顔を上げさせられる。
 …私の頭を掴んでいたのはたった今噛み殺した筈のその人で。
 顔を上げさせられたほんの数瞬、目が合う。
 相変わらず茫洋とだが揺らめく意志が見えた。
 …まだ、生きている?
 思った途端。

 首筋に、灼熱を感じた。



 …気が付いた時には炎を纏うあの人は居なかった。
 ゆっくりと身体を起こす。…倒れていた。なにか、生温かい液体に浸っている自分。生温かい液体で出来たごく浅い水溜りの上に自分が居る。少し遅れてその生温かい液体が、夥しい量の自分の血だと気が付く。…こうなるまでの経過がわからない。そのことで初めて、自分が気を失っていたことにも気が付く。
 多分あの瞬間、首が斬られた。
 はっきりとはしないが、そんな気がする。
 あの人も、私に噛み殺されて死んだ筈なのに死んでいなかった。
 なんだったんだろうと思う。
 ただ、声が聞こえた気がした。
 確か――『なれもこたえのひとつかもしれぬ』、と。
 あの人の声が、首を斬られた後の私に掛けられていたような気がする。
 それ以上は、はっきりしない。
 …私が死んだと思ってあの人は居なくなったのだろうか。
 違う気がした。
 あの人は、これでも私はまだ生きているとわかっていたんじゃないかと思う。
 そんな気がした。
 どうしてかは説明できない。
 私もよくわからないから。
 ただ、なにか。
 …あの人は、何処か、私と同じような気が、ほんの少しだけ、した。
 全然違うのに。
 私にはあの人のしていることがわからないのに。
 なのに。
 なんでほんの少しでも、同じような気がしたんだろう。
 変だ。
 自分の考えていることが、わからない。

 嗅ぎ慣れた臭いを思い出す――ここに来た時からずっとあるその臭いが、漸く私の意識に上ってきた。
 あの人に殺された人たちの臭い。
 こういう時、人間はどうする。
 …埋葬するべきだろうか。
 そう思う。
 近くの集落とかから、人手を頼むべきかとも、考えてみる。
 私にこの集落へのお仕事を頼んだ人に、知らせる必要もあるかもと考える。
 …もう、そうしていい気がする。

 あの人は居なくなったから。
 私はここで生きているから。

 あの人には意味が無いとも言われたけれど。
 それでもまた、考えてみる。
 あの人に尋ねたこと。
 あの人は――その理由を探している、と言った。
 それは、あの人は自分のしていることの理由を探しているのだ、と聞こえた。
 どういうことなんだろう。

 ………………食べる為でも身を守る為でもない、それで殺す理由はなんだろう。
 私には、わからない。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■大地の色の炎を纏う人(=佐々木・龍樹)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 日数上乗せした納期当日まで引っ張ってしまいました。お待たせしました。
 それとプレイングでのお気遣いもわざわざ有難う御座います(礼)

 ノベル内容ですが…派手に殺し合った上に相討ち…のような感じになりました。
 身体が身体なので最終的には千獣様は無事だったりしますが。龍樹も死んではいなさそうな感じです。
 また今回、何故か戦いが途中で一時的に止まった上で話をしていたり、千獣様には龍樹の事を少し気に留めて頂いてもいます。龍樹も恐らくは千獣様の事を気にしています――なので途中で話をしたとも言うんですが。
 …これらは千獣様のPCデータ内の何処かの設定が理由です。
 それと、舞台についてはお任せだったので色々考えてはみたんですが…何処と選んでも私の方でどうもしっくりこなかったので、何処かの集落と言う以上はあまりはっきりしない方向になってます。

 …にしても、シナリオ時点で提示してあるとは言え、色々と酷い目に遭わせてしまっております…それに対話時等、千獣様を悩ませてしまいそうな事になってしまっている気もしますが、如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝

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