■月の旋律―第〇話―■
川岸満里亜
【3681】【ミッドグレイ・ハルベルク】【異界職】
●名のない村
「ねえ、リミナ……。あれからどれくらい経ったかな」
 姉、ルニナの問いに、リミナはそっと目を伏せた。
 考えたくはない現実。
 だけれど、差し迫っている別れの時。
「半年以上は経ってるわね」
 リミナの言葉に、ルニナは自嘲的に笑った。
「10ヶ月くらい、だよね。……最近、体がとてもだるいんだ」
「うん、分かってた」
「私、最後まで頑張るから。最後まで、足掻いてみせる」
「……っ」
 リミナは声を詰まらせて、ただゆっくりと頷いた。
『長くて1年』
 あの女が言った言葉だ。
 姉、ルニナは余命宣告をされていた。
 リミナはそれを聞き、フェニックスに望みをかけてしまった。
 差し迫った時間に、心の余裕がなくなって。
 だけれど、それは間違いだった。
 リミナはもう、誰かを犠牲にするようなことはしないと誓った。
 だけれど、姉はまた行くのだという。
「身体……辛いようなら、私の身体使って。私もルニナと同じ気持ちだから。ずっと一緒にいたい」
「ありがとう、考えておく」
 ルニナはそう言って、リミナに手を伸ばして両腕を掴んだ。
 世界中で一番大切な存在。そして、彼女は自分の半身だ。

●広場の診療所
 診療所で、キャトルは用意した数々の薬から、どれを持っていくか迷っていた。
「あんまり効果の高い薬だと、また奪われちゃうかな」
 アセシナートに連れて行かれた時。
 キャトルは2つ薬を所持していた。
 本来、魔女であるキャトルは『盟約の腕輪』という銀の腕輪を嵌めていなければならない。
 この腕輪を嵌めると、キャトルの親に当る存在の魔女から、常に監視をされることになる。
 人間に深く干渉をしそうになった際には、腕輪を介して、転移術で実家に強制転移させられることもある。
 ただし、この腕輪は身の守りにもなる。同じく腕輪を介しての回復魔法の施しなども可能だからだ。
 しかし、キャトルはこの腕輪を嵌めてはいない。
 身体の状態が芳しくないため、マジックアイテムの類いは一切装備できなかったのだ。
 そのため、強力な回復薬を1つ必ず持ち歩いていた。外傷であれば、如何なる傷であっても一瞬で治す薬である。
 更にもう一つ。ファムル・ディートに作ってもらった『記憶を消す』薬も、持っていた。
 その2つの薬に、あの女――ザリス・ディルダは強い関心を示した。
 けれどもキャトルは薬について、一切語らなかった。
 家族の存在も、ファムルの存在も絶対に漏らすつもりはなかった。
 そして、ザリスを怒らせた。
 “それなら、貴女を使ってもっと優れた薬を作る”
 そう言って、あの女はキャトルの血を必要以上に採ったのだった。
 そして彼女は昏睡状態に陥った。
 ――キャトルは深くため息をつく。
「皆に、ちゃんと話さないと……。手紙が、いいかな……」
『月の旋律―第〇話<新たな事件>―』

 斡旋所で説明を受けて直ぐ、ミッドグレイ・ハルベルクはエルザード城に向った。
 犯罪者を追ってしばらく聖都から離れていたミッドグレイは、その報告も兼ねて城を訪れたのだが――城の前で、よく知った男性の姿を見て、軽く手を上げた。
「よう。久しぶりだね、レーヴェの旦那」
 ミッドグレイの姿を見ると、相変わらずの険しい形相のまま聖都の騎士レーヴェ・ヴォルラスが口を開く。
「引退したのではないのか。貴様はまともに剣を使えんのだろ」
 レーヴェの言葉に、ミッドグレイは苦笑をする。
 そう、ミッドグレイは剣があまり得意ではない。体力や敏捷性がないのでは決してなく、幼い頃の修行の影響で、上手に扱えなくなってしまったのだ。
「いや、剣なんて使えなくても今の仕事は十分やってけるっての。嫌な事聞いてくれるねぇ、旦那」
 ミッドグレイはレーヴェの肩をパンパンと叩くと話題を変える。
「そんな事より、懲りずにまたアセシナートが動いて来たみたいだな。今まで大人しくしていたんだから、そのまま大人しくしていりゃいいのにな、全く」
「貴様がサボってる間にも、色々とあってな……」
「いや、サボってねぇって、犯罪者を追跡してたんだよ。まあ、そんなことはどうでもいい。色々あったってどういうことだ?」
 笑みを消し、真剣な表情でミッドグレイはレーヴェを見る。
 レーヴェは小さく吐息をつくと、城の中へとミッドグレイを招いた。

 門衛の仕事を同僚に任せ、レーヴェはミッドグレイに説明をする。
 とはいえ、レーヴェは武闘派であり、説明などといった回りくどいことは大の苦手である。
 故にミッドグレイがレーヴェから聞き出せたことといえば、アセシナートの騎士団が占拠していたどこかの街で戦闘があり、それが原因して聖都にアセシナートの人物と因縁が出来たものがいる……という程度の情報であった。あとは攻めるべきだ、先手必勝だ、仕掛けてくれば、返り討ちにするだの、攻撃的な言葉ばかりであった。
 ミッドグレイは適当にレーヴェを嗜めると、その事件について独自に詳しく調べることにした。
 城に届いている報告書は、関係者以外閲覧が出来ないようになっていたが、ミッドグレイは身元が確かであり、テルス島の依頼についても受けるつもりでいたため、閲覧を許可された。
 資料にはアセシナートの『月の騎士団』が聖都エルザード、及び自由都市カンザエラ、そしてフェニックスの聖殿で行なってきたことについて、詳しく書かれていた。
 まず、聖都エルザードの近衛騎士として、アセシナートの手の者が紛れ込んでいたことに、ミッドグレイは強い衝撃を受けた。
 その男――ヒデル・ガゼットは元々エルザードの民であり、アセシナートのアカデミーに数年間潜入していた過去があったそうだ。
 無事帰還した後、エルザードの近衛騎士に就任したらしい。
 現在は捕らえられて城に監禁されているようだが、完全に黙秘を貫いており、何故彼がそのような行動に走ったのかは未だ不明だという。
 聖都の人々を攫い、行なわれていた人体実験。
 聖都から離れた地、子供だらけの集落で行なわれていた人体実験。
 そして、自由都市カンザエラでも人体実験が行なわれていたようだ。
 騎士団はフェニックスの聖殿ではフェニックスの卵を狙っており――その全は、アセシナートが行なっている研究へと結びつく。
 資料には特に注意すべき人物の名前が2人記されている。
 一人はグラン・ザテッド。騎士団の隊長を務めていた男だ。その身体能力は計り知れない。
 もう一人は、ザリス・ディルダ。人体実験を含む研究などに携っている魔道士。類い稀なる知識を有しているようだが、その程は定かではない。
「つまり、男の方が武術。女の方が頭脳……いや、聖殿での状況を見るに、連携が上手くいっているわけではなさそう、か」
 報告書を見ながら、ミッドグレイは唸り声を上げる。

    *    *    *    *

 一通り報告書や資料を見ると、ミッドグレイは城を出て街へと向った。
 自警団や家のつてを頼り、テルス島の状況について確認をする。
 テルス島は人口2千人ほどの、小さな島らしい。
 島に入る手段は現在の所、船を利用するより他ない。アセシナート公国の者も船で訪れたのだろう。
 ただ、エルザードに僅かなりとも飛翔船があるように、アセシナートにも航空機は存在すると思われる。また、羽のある種族や合成獣なども奴等は有しているだろう。
「詳しい作戦は現地に行ってからだな。出発は早い方がいいだろう」
 迎え撃つのなら、かなり厳しい戦いになる。寧ろ、勝ち目はあるのだろうか……。
 ここからだと距離がある為現在の状況は分からないが、随分前に立ち寄った者の話では、テルス島はとても平和な島であったそうだ。
 しかしそれは、聖都も同じ。
 表向きは平和であるのに、城で見た報告書の通り、アセシナートの手の者は民の中に紛れて生活をしている。
 ミッドグレイはショップに足を運ぶと、爆薬、煙球、その他潜入用の道具を買い集める。
 テルス島の事件は、聖都エルザードを守る上でも、放置できない事件だ。
 自警団に正式に要請はあるわけがなく、国からの派遣として行くことは叶わぬが、例えどんな立場であろうとも『エルザードの平穏を保つ』その言葉を胸に、自分は向うのだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3681 / ミッドグレイ・ハルベルク / 男性 / 25歳 / 異界職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第〇話―』にご参加いただき、ありがとうございます。
レーヴェの情報はあまり立ちませんでしたがっ、報告書などの閲覧で一通り知識を得たものとお考えください。
引き続き一話にもご参加いただければ幸いです。

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