■月の旋律―第〇話―■
川岸満里亜
【3087】【千獣】【異界職】
●名のない村
「ねえ、リミナ……。あれからどれくらい経ったかな」
 姉、ルニナの問いに、リミナはそっと目を伏せた。
 考えたくはない現実。
 だけれど、差し迫っている別れの時。
「半年以上は経ってるわね」
 リミナの言葉に、ルニナは自嘲的に笑った。
「10ヶ月くらい、だよね。……最近、体がとてもだるいんだ」
「うん、分かってた」
「私、最後まで頑張るから。最後まで、足掻いてみせる」
「……っ」
 リミナは声を詰まらせて、ただゆっくりと頷いた。
『長くて1年』
 あの女が言った言葉だ。
 姉、ルニナは余命宣告をされていた。
 リミナはそれを聞き、フェニックスに望みをかけてしまった。
 差し迫った時間に、心の余裕がなくなって。
 だけれど、それは間違いだった。
 リミナはもう、誰かを犠牲にするようなことはしないと誓った。
 だけれど、姉はまた行くのだという。
「身体……辛いようなら、私の身体使って。私もルニナと同じ気持ちだから。ずっと一緒にいたい」
「ありがとう、考えておく」
 ルニナはそう言って、リミナに手を伸ばして両腕を掴んだ。
 世界中で一番大切な存在。そして、彼女は自分の半身だ。

●広場の診療所
 診療所で、キャトルは用意した数々の薬から、どれを持っていくか迷っていた。
「あんまり効果の高い薬だと、また奪われちゃうかな」
 アセシナートに連れて行かれた時。
 キャトルは2つ薬を所持していた。
 本来、魔女であるキャトルは『盟約の腕輪』という銀の腕輪を嵌めていなければならない。
 この腕輪を嵌めると、キャトルの親に当る存在の魔女から、常に監視をされることになる。
 人間に深く干渉をしそうになった際には、腕輪を介して、転移術で実家に強制転移させられることもある。
 ただし、この腕輪は身の守りにもなる。同じく腕輪を介しての回復魔法の施しなども可能だからだ。
 しかし、キャトルはこの腕輪を嵌めてはいない。
 身体の状態が芳しくないため、マジックアイテムの類いは一切装備できなかったのだ。
 そのため、強力な回復薬を1つ必ず持ち歩いていた。外傷であれば、如何なる傷であっても一瞬で治す薬である。
 更にもう一つ。ファムル・ディートに作ってもらった『記憶を消す』薬も、持っていた。
 その2つの薬に、あの女――ザリス・ディルダは強い関心を示した。
 けれどもキャトルは薬について、一切語らなかった。
 家族の存在も、ファムルの存在も絶対に漏らすつもりはなかった。
 そして、ザリスを怒らせた。
 “それなら、貴女を使ってもっと優れた薬を作る”
 そう言って、あの女はキャトルの血を必要以上に採ったのだった。
 そして彼女は昏睡状態に陥った。
 ――キャトルは深くため息をつく。
「皆に、ちゃんと話さないと……。手紙が、いいかな……」
『月の旋律―第〇話<決意>―』

 バタン
 呼び声もノックもなく、突然ドアが開かれ、少女が部屋に飛び込んできた。
 家事をしていたリミナは驚きのあまり、皿を落としそうになる。
 部屋で寛いでいたルニナも飛び起きた。
「千獣、ど、どうしたの?」
 駆け込んできたのは、2人にとって大切な人、千獣であった。
 千獣は先日聖都エルザードに帰ったばかりなのだが。
 こんにちは、も、ただいま、も言わずに、千獣は真剣な表情で2人を見て、ルニナの方に近付いた。
「……話、聞いた……ルニナ……約束、した、よね……? 一人で、飛び、込まないって……」
「えっ?」
 ルニナは千獣の言葉に訝しげな表情を浮かべる。
「……エルザード、で、王、に……」
「あ、ああ……それね」
 その言葉に、ルニナは軽く目を逸らした。
 千獣は自らの手をぎゅっと握り締め、乱れる感情をぐっと抑えて、言葉を発していく。
「何か、ある、ん、でしょう……?」
 ルニナとリミナが目を合わせた。
 だけれど、2人は何も言わなかった。
 千獣は2人を見回して、声を絞り出す。
「だったら、話して……? 何も、知らない、ままで、いたく、ない……どんな、こと、でも、受け、止める、から……私にも、話して……?」
「千獣……。だって、あなたには、私達以外にも大切な人がいる。私はあなたのことを大切に思ってるから、その人達のところで、幸せに生きてほしいと思ってる」
 そのリミナの声には悲壮な響きが込められていた。
 千獣は首を左右に振った。
「……幸せ、じゃない……リミナと、ルニナも、幸せ、じゃなきゃ、幸せ、じゃない……っ」
「千獣、私は――!」
「リミナ」
 千獣を説得しようとしたリミナを、ルニナが制した。
「リミナ、ちょっと席外してくれる? 千獣と2人だけで話がしたいんだ」
 ルニナの言葉に、リミナはとても寂しそうな顔で首を縦に振った。
「診療所、手伝ってくるね」
 そう言って、リミナは家から出て行った。
「……座ってよ」
 ルニナはベッドに腰かける。
 千獣も、隣のベッドに腰掛けて、ルニナと向かい合った。
「一人で飛び込まないって約束したんじゃなくて、勝手に一人で飛び込まないって約束したんだよ、千獣。あんたには、ちゃんと話てから行くつもりだった。でも、そんな顔されると、却って言いにくくなるよ」
「……話して、くれなかった、こと、辛かった、だけ、で、話して、くれる、の、なら、どんな、話しでも、ちゃんと、受け止める、から……」
 千獣は真剣な瞳で、ルニナの次の言葉を待った。
 ルニナはゆっくりと頷いて語り始める。
「聖獣王から話を聞いてるのなら、その通り。私はあのキャトルって娘と一緒に、アセシナートのザリス・ディルダに交渉を持ちかけようと思ってる。正確な寿命なんてわからないけど、私はもう長くはないんだよ、千獣。だから、これが最後のチャンスとして、ザリスと接触をし、彼女を捕らえたいんだ」
「長く、ない……?」
「うん、まあ。明日死んでもおかしくないってこと」
 そう言って、ルニナは笑顔を見せた。
 その笑顔を見ていると、明日死ぬなどという言葉は嘘のように思える。
 だけれど、それは本当なのだろう。ルニナの命は……そう長くはない……。
 千獣は一瞬目を伏せる。
 しかし、再び真直ぐルニナを見つめて次の言葉を待つ。
「まあ、奴等に立ち向かう時は運命共同体だーなんて、以前言ったけど、今はそうは思ってないんだ。私はともかく、リミナはあんたの気持ちを酌んだ上で、少し距離を置くべきじゃないかって思ってるようだよ」
 チクリと胸が痛んだ。だけれど、その痛みを飲み込んで千獣はルニナの話を黙って聞く。
「千獣のことを、仲間であり姉妹のように思っていること、それは変わりないんだ。だけど、私達は千獣のこと、以前より沢山知ったからね。あんたにも、大切な人がいるってこと。キャトル達と仲良くしていること。それから多くの負担を抱え込んでるってこと。……これ以上、私達のことで、重荷を背負わせたくないんだよ。千獣を苦しめること、よくわかってるから」
「……仲間、はずれ、にされる、方が、ずっと、ずっと、辛い……」
「うん、そうだよね。だから私はちゃんと話すけど、リミナのことは、責めないであげてね」
 千獣は首を縦に振った。
 皆の気持ち、ルニナがやろうとしていること。
 村の人々の幸せ。
 自分が、どう動くべきかはまだ解らない。
 だけれど、千獣は決意した。
 大きく深呼吸をして、強い口調で話しだす。
「私は、みんなを、助ける。誰も、死なさ、ない。その、ためなら、どんな、こと、だって、する。自分の、身、なんて、省、みない。どんな、無茶も、無理も、する。だから。……だから……全部、終わって、ここに、一緒に、帰って、きたら……その、とき、また、私を、怒って……? この、前、みたいに……無理、して、どうする……って」
「こらっ! 自分の身なんて省みないとは聞き捨てならないな。誰も死なさないの中に、自分もちゃんと入れておいてよ?」
 早速叱られてしまった。
 だけれど、千獣はその言葉も真直ぐ受け止めて、強く頷き、しっかりとした笑みを浮かべた。
「約束破ったら私も自分の身なんて省みないからね〜」
 ルニナは意地悪気な口調で千獣に言った。
 2人はちょっと笑い合った後、ルニナは目をドアの方に向けた。リミナが消えた先に。
「リミナは盗み聞きするような娘じゃないけど、念のため、こっちに来て千獣」
 そう言って、ルニナは千獣の手を引いて、自分の隣に座らせる。
 そして、小声でこれからのことについて、話し始めた。
「共に戦うといっても、私とリミナ、もちろん千獣も別々の身体である以上、一緒にはいけないんだ」
「……なん、で?」
「それだと同じことの繰り返しになるからだよ。もし、私とリミナが一緒にあの女の下に行ったらどうなると思う?」
 千獣は少し考えた後、こう言った。
「一緒に、捕まって、実験、される……?」
「実験的利用価値があるなら、そうするだろうけれど、多分違う。私の方を捕縛して私の命を盾に、リミナを好きに使うんだと思うよ。まあ、だから、千獣と私が一緒に行ったとしても同じ。私を氷漬けにでもして、私の治療をしてやるから、必要な人材を捕らえて来いだとか、戦に出て、敵の首をとってこいだとか、散々好きに使った後、不要になったら、2人とも処分されるんだ。ここまでは、私もフェニックスの一件で学んだし、もう同じ間違いはしないつもり」
 ならば、どう共に戦えばいいのだろう……。
「私が今悩んでいるのは、リミナをどうするか、なんだよね。リミナも相手のやり方はもう良く分かってるから、一緒に行くとは言わないけれど、身体を使ってと言い出して……正直、この身体だと機敏な行動ができないし、リミナの申し出はありがたいんだけれど、やっぱ私、リミナは守りたいんだよ。だから、リミナが馬鹿なことをしないように、千獣にはリミナの側でリミナを守っていてほしいって思うんだけど……それだと、千獣が納得してくれなさそうだよねぇ」
 その言葉に、千獣は納得できないという意味で強く頷いた。
 千獣は、リミナも守りたいけれど、ルニナも守りたいから。
 だけれど、自分の身ひとつで全員を守ることが出来ないことも、薄々解っていた。
 それでも、全員を守るという強い決意を持っている。
 無理だとか、不可能だとか、理屈もどうでもいい。
 皆を守るために、自分は動く。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
ルニナ
リミナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第〇話―』にご参加いただき、ありがとうございました。
難しい状況だと思いますが、本編でどのように動かれるのか、緊張しつつ見守らせていただきます。
本編でもどうぞよろしくお願いいたします。

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