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■江戸艇 〜舞台裏〜■

斎藤晃
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。

 その艇内に広がるのは江戸の町。
 第一階層−江戸城と第二階層−城下町。
 まるでかつて実在した江戸の町をまるごとくりぬいたような、活気に満ちた空間が広がっていた。

【江戸艇】化け猫とゑるふと時々腐輪



 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。

 その艇内に広がるのは江戸の町。
 第一階層−江戸城と第二階層−城下町。
 まるでかつて実在した江戸の町をまるごとくりぬいたような、活気に満ちた空間が広がっていた。




 ■Welcome to Edo■


「これが腐輪?」
 日本橋近くにひっそり佇む小さな甘味処『あやこ』で、近くで商いを営む一人の男――柊が、出された器の中身を不審そうに覗き込みながら言った。
「んだ」
 茶店の女将お綾こと、あやこが自信満々に頷く。味見はまだだ。しかしその味には根拠は無いが絶大な自信を持っている。
 偉い蘭学の先生が作ったそれはべらぼうに旨かった。同じように作ったのだから、これも絶対に旨いはず。無問題。
 要するに柊は毒味という名の人身御供である。
 柊は匙で器の中身をぐちゃぐちゃと掻き混ぜた。
「具のない茶碗蒸し」
 少なくとも見た目はそんな感じだ。
 お綾がムッとして言い放つ。
「食ってみてから言うだ!」
「…………」
 柊は胡散臭そうに匙でそれを掬った。ぎゅっと目をつぶって、恐る恐る口の中へ。
「!?」
 ひんやりと舌の上でとろけるそれは、ほのかに甘く夏みかんのような香りがした。
「どだ?」
 お綾が身を乗り出して尋ねる。
「旨い……」
 柊は何とも意外そうに呟いた。
「だろ。あたりめぇだ」
 お綾は当然とばかりに胸を張った。何と言ってもこの腐輪は―――
「これを上様に献上すのか」
 柊が尋ねる。お綾は大きく首を縦に振って頷いた。今日、江戸城に持っていく事になっている。
「うーんと冷えてる方が旨いからな。今、井戸で冷やしてるんだ」
 そう言ってお綾は柊にも見せてやろうと、店の裏手にある井戸の方へ彼を促した。
 どうだ、と自慢げに庭の方に腕を伸ばしかけてお綾の手が止まる。
 井戸の蓋の上にいるそれと目があった。
「…………」
 時計の秒針が一周するぐらいの間、互いに固まり合う。
「化け猫だ!!」
 お綾が悲鳴にも似た声をあげた。最近の異常気象のせいかい夏は異様に暑い。そんな猛暑の中、猫が涼しいを場所を求めてやってきたというのだろうか。
「いや、人だろ、どう見ても」
 腐輪の器をしっかり持ったまま着いて来ていた柊が冷静に突っ込む。しかしお綾にはまったく届かなかった。
「てぇへんだ。このままじゃぁ、上様に献上する腐輪が。おのれ化け猫め!」
「だから、人だって。猫の面付けた」
 確かに柊の言は正しいように思われた。それは、子この面を付けた人が丸くなって蹲っているようにしか見えなかったからだ。
 しかしお綾は何かを確信しているようだった。
「退治してもらうだ!」
「まぁ、何ていうか。これが本当のどろぼう猫ってか。退治して貰った方が確かにいいな」
 残りの腐輪をかきこみながら柊が頷く。
 お綾は踵を返すと駆け出していた。
「源内せんせーい!」
「いや、番屋はあっちだから。あれ、化け猫じゃないから。あれ、人だから。頼むなら八丁堀の旦那だから……って、おーい……」



 ◇◇◇ ◇◇ ◇



「大変だぁ! オラの甘味処に化け猫さ沸いただ」
 貧乏長屋の一つ。その木戸を勢いよく開きながらお綾はそう言って飛び込んだ。
 中で何かよくわからない実験に夢中だった小柄でしわくちゃの爺――源内が顔をあげる。
「何じゃ、騒々しい」
「腐輪ちゅう冷や菓子を将軍様にお披露目せねばならんのに化け猫さ、腐輪の蜜壺から動かねぇ。暮六つまでになんとかしてけろ」
 お綾は早口でまくしたてた。
 源内先生。江戸きっての発明家。彼ならきっと化け猫を退治するための新兵器を貸してくださるに違いない。そう信じて。
 案の定、事情を聞いた源内は何やら策を思いついたらしい。立ち上がると箪笥の引き出しから薬包紙を一包取り出した。
「うむ、この源内に不可能は無いッ」
 そう言って、湯飲みに水を汲むと有無も言わせぬ早業で、お綾を捉える。
「この妖精丸を一服すればたちどころにッ」
 口の中に薬包紙の中身と水を放り込んだ。
「きゃあっ!? 私に何をしただ?」
 勢い飲み込んでしまったお綾が源内を睨みつける。しかし源内は動じた風もなく淡々とした口調で答えた。
「西洋のゑるふ族なる異形に変化したお前は、今日から耳長のお綾を名乗るが良い。なに相手は所詮猫、森羅万象冷風の術で一旋すれば猫は炬燵で丸くなる」
 源内はきっぱりと言い切った。
「ゑるふ族って何?」
 相変わらず腐輪の器を持ったままの柊が尋ねる。面白そうだったのでお綾に着いて来ていたらしい。
 だが彼の問いに答える者はなかった。何故なら彼らは既に自分達の世界に陶酔しきっていたからである。
「いざ、往け! 耳長のお綾よ!!」
 源内がどこか明後日の方向を指差した。
 いつの間にかどういうわけか、薬の効果なのか単なる見せ掛けなのか、お綾の耳はとんがり背中には白い翼が生えている。
「はい!!」
 勇ましい掛け声と共にお綾は走りだしていた。
「ま、いいんだけどさ」
 と呟く柊を残して。



 ◇◇◇ ◇◇ ◇



 お綾は自分の店の裏手にある井戸に戻ってくると、早速化け猫に戦いを挑んだ。
「しゃーっ!!」
 化け猫が威嚇してくる。
「出ただな、こん化け猫! オラの氷弾受けてみろ!」
 どこから取り出したのか桶いっぱいの氷を化け猫に向かって投げつける。
 化け猫がひらりとそれを避けた。井戸の蓋が被弾しぼろぼろになる。氷弾は更に井戸の中にまで落ちていき、時折何かが割れる音を紡ぎだした。しかしそんな事は既にまったく気にした風もないお綾である。最早当初の目的は遠く一万光年の彼方へ追いやって、今の目的は化け猫を倒すのみ。
「逃げるな化け猫!!」
「みゃあ♪」
 ってな具合である。
「おーい。将軍様への献上は?」
 やっと追いついた柊が、一応声をかけてみたが、その声も届かぬ態でお綾が飛翔する。化け猫も本物の猫のように軽やかに塀の上へ飛び上がった。対峙する二人。
 いざ江戸を救うため、今、ゑるふ族耳長のお綾は立ち上がるのだ。どどーん。
 仕方なく柊は半壊している井戸から腐輪の蜜壺を回収し、無事そうなのを分けて器にすくうと食べ始めた。
「うーん。こりゃ、旨い。確かに冷えてる方が旨いな」
 なんて。
 化け猫と耳長のお綾の壮絶なチェイスを肴に舌鼓をうつ。
 そして化け猫とお綾が塀を越え、裏手の大きな屋敷の屋根の上にあがったのを見ながら。
「あんまりご近所さんに迷惑かけるなよ」
 と、声をかけるのだった。




 一方その頃。
 お綾の甘味処の丁度裏側。日本橋大通り。白壁土蔵の大店が並ぶ目抜き通りに面した一つの大店――越後屋では一つの密談が行われていた。
 八畳一間のその部屋に二人の男が向かいあっている。
 一人は高そうな羽織袴姿に恰幅のいい古狸みたいな容貌の男で、今一人は痩せぎすのずる賢い狐を思わせる男であった。
「お代官様。ささ、どうぞ、どうぞ」
 などと狐男が揉み手もそこそこに徳利を取り上げると、古狸の杯に酒を注いだ。
 それお一気に煽って古狸が狐男に囁く。
「ゑるふの生娘さぞ美味であろうことよな」
 それに、ははっ、と狐男は平伏して答えた。
「あやこと言うたかあの小娘、罠とも知らず」
 ニヤリと嗤う。
 それに古狸も下卑た笑いを返した。
「クック…」
 低く押し殺したような笑いが二人の口から漏れる。
 それから古狸は扇子で口元を隠すと声を潜めて言った。
「越後屋。そちも悪よのう」
「ヒャハハ、お代官様こそ」
 よもや、そんな話しが足元の屋敷で行われているとも露知らず、お綾は白い翼を翻し、屋根の上で化け猫と壮絶なバトルを展開していた。
 化け猫の跳躍。
 それを追うお綾。
「てぇーい!!」
 一閃。とび蹴りが、屋根をも突き破った。



「…………」
 突然目の前に降って来たそれに、古狸の代官も、狐男の越後屋も、しばらくポカーンとしていた。目は皿のように丸くなり、開いた口の塞ぎ方はしばらく思い出せそうにない。注ぎ中の酒が杯から溢れて畳を濡らしていた。
 それでも二人は我に返る事が出来なかった。
「おのれ、こん化け猫がぁ!!」
 お綾は両手をあげた。その手には桶。中には大量の氷弾。
「江戸の平和はおらが守る!!」
 言うが早いか飛翔する。
「天誅ーーーーーーーーっっ!!」

 ちゅどーん。




 その頃。
 江戸城にて。
「ほほぉー。これが腐輪というものか。うむ。美味である。柊と言ったか。其の方には褒美を取らせよう」
 戦いの場を移してしまったお綾たちに、ちゃっかり柊が腐輪を将軍へ献上していたのだった。
「ははぁ、ありがたき幸せ」



 かくて江戸の脅威は派手に、悪事はひっそりと、耳長のお綾によって鎮められ、再び町には平和が訪れたのだった。
 さぁ、戦え、お綾。
 頑張れ、お綾。
 明日の江戸を守れるのは、君しかいない……。



 ◇◇◇ ◇◇ ◇



 ―――チャッ、チャラリラー、チャーーーーーン。

 というエンディング音が耳に届く。
 藤田あやこは、それでぼんやり目を開けた。
 点けっ放しのテレビに特撮ヒーローのエンドロールが流れている。
 あー、なんか愉しい夢を見た。
 半ばソファーからずり落ちながら、あやこはうたた寝してしまっていたらしい自分に内心で肩を竦めて起き上がる。
 それから不思議そうに首を傾げた。
「ん? 着物?」

 夢じゃなかったのか……。





 夢か現か現が夢か。
 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だけど彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。
 たまたま偶然そこを歩いていた一部の東京人を、何の脈絡もなく巻き込みながら。
 しかし案ずることなかれ。
 江戸に召喚された東京人は、住人達の『お願い』を完遂すれば、己が呼び出された時間と空間を違う事無く、必ずや元の世界に返してもらえるのだから。

 但し、服は元には戻らない。





■END■



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061/藤田・あやこ/女/24/IO2オカルティックサイエンティスト】

異界−江戸艇
【NPC/江戸屋・柊/男/29/色男役】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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