コミュニティトップへ



■落ち葉舞落つ■

清水 涼介
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 新宿をぶらっと歩いていた時だ。
何てことない、目に付いた道を気ままに歩く散歩の感覚だったのに、
いつの間にか景色はどこか懐かしい空気が漂う東京下町に……。
こんなところ新宿にあっただろうか?
だってさっきまでコマ劇近くの歓楽街を歩いていたっていうのに?

 不思議に思いながらも特に気にも留めず、尚も歩いていると
一件の店が見えてきた。路地裏と行っても良いくらいの場所で、
謙虚な佇まいのその店は、一見するとアンティークショップのようだ。

 木製の扉はぼけた金のドアノブがついていて、目線の高さに大人の顔
くらいの小さな窓がある。磨り硝子がはめ込まれているので、中の様子は
ぼんやりとしか分からない。
 その窓に、ブリキで作られた看板が掲げられていた。

『玩具屋 落葉のベッド』
『落ち葉舞落つ』

 海原みなもは、古びた建物の前まで来てどうしようかと迷っていた。
今日はちゃんと《お客》として来るつもりでいたのに、何故か手には菓子折諸々がある。
 そう、古びた建物と言ったら怒られるやもしれない。此処はれっきとした玩具屋だからだ。

「お邪魔……しまあす」

 からんころん。
円やかな音色はいつでもみなもを迎えてくれる。と、同時に扉に掛けられた小さな看板が
カタカタとその美しい音色を追いかけるように鳴った。
 『落葉のベッド』の屋号に相応しく、みなもは既に数回訪れた玩具屋の玩具達が視界に映るや、
どこか胸の内が安堵したのを覚えた。
 この店は《そうしたこと》が裏の目的であることを、つい先日店の主に教えられたばかりだ。

「おや……?いらっしゃい、みなもさん」
「こんにちは、落葉さん」

 店主落葉の姿はまだ見えない。何故ってこの店がそれほど広くないのと、所狭しと並べられた
玩具達の群れで奧のカウンターにいるはずの落葉の姿が隠れてしまっているせいだ。
 みなもは奧から飛んでくる声に応えつつ、玩具を倒さないようにそおっと身体を店の奥に滑り込ませた。

「本日はどういったご用件で?」
「あ、はい」

 微笑の落葉にまるで答えていない相槌を打って、ようやく見えたカウンターと店主の顔に
みなもは笑みを浮かべた。この店主、顔の若さに似合わない奇特な安心感――そんなこと口には絶対
しない、みなもであるが――が備わっているから、ついついみなももつられて笑顔になる。

 そんなみなもの考えを悟ってか、落葉は「おやおや」と大仰な言葉を口にして
カウンターから立ち上がると、みなもが手に持っている少し大きめな袋を見て身を乗り出した。
なんというか……はしたない。小学生が、それこそ玩具を前にしてはしゃいでいるのと大差ない。
先程までの慈悲深い仏のような彼は何処かに一瞬で消え失せた。

「お土産ですか?そうなんですか?」
「はい?ああ!これですか?」
「良い匂いがします」

 みなもはその変貌ぶりに笑いつつ「そうです、お土産ですよ」と落葉にその袋を手渡した。
みなもの嗅覚ではどだい無理な話であるが、落葉の鼻はその中身に早くも心奪われているようだ。
これだけ喜んでくれると、持ってきたみなももちょっぴり誇らしい気持ちで相好が崩れる。

「近所で売ってる煮干しと、かつお節。それからお茶菓子です。……大したものじゃないですけど」

 それは言葉の通り、真実そういうモノだった。
みなもは自分で稼いだバイト代で、それでも落葉が気に入っているらしい煮干しやらかつお節を
チョイスしてきたのだが、みなもの味覚感覚……もとい世間相応のやり取りを思い浮かべるに、
そんな食べでの無いもので果たして良いのだろうか……という不安から、お茶菓子を付け加えていた。

「いえいえいえいえ!私《達》には充分すぎるくらいです。フフフ……」
「そ、そうですか。喜んで貰えて何よりです」

 袋の中身をちら、と見て笑みを深める落葉は本当に喜んでいた。目が月の満ち欠けみたいにほっそりと収縮する。
その様を間近で見てしまったみなもは、ぞくっと背筋に冷たいものを感じたが、
すぐに店主は「ありがとう」と袋を奧にひっこめたのと、先程の質問を繰返してきたのとでその寒気も
刹那に忘れてしまっていた。

「それで、今日は何かお悩みでも?特に……そうした《気配》は感じませんが」
「あ、いえ。今日は相談ではなくて……」

 すんすんと鼻を嗅ぐ落葉が、こうして玩具屋をやっている背景には、
特殊な妖物達の相談請負人という側面を彼が持っているからだ。
その事を先日教えてもらっていたので、今回こうして唯普通の客としてこの場所に来ることを
みなもは少し迷っていた。

「玩具を……買いに」
「玩具を!」

 それは嬉しいですね。最近はお客さんがめっきり減っていますから。
落葉はますます嬉しそうに顔を綻ばせ、玩具達が並ぶ棚の方へと視線をやった。

「……だ、そうですよ。蒔胡桃君」
「うっせええ!わざわざ俺が隠れてたっていうのに、声掛けんなっ。馬鹿店主!」
「えっ?!あれっ!蒔胡桃さんいらっしゃったんですかっ?」
「おう」

 玩具の群れの中からひょっこりと《一匹の猫》が飛び出してきた。
真っ黒い漆黒の毛並みが美しい。サファイアを思わせる瞳がギロリと落葉を睨んでいる。

(そ、そこらへんにある縫いぐるみと同化してる……)

 可愛らしい作りの人形達の中に蒔胡桃が居たかと思うと、みなもは可笑しくて吹き出していた。

「笑うな、そこ」
「あははは!す、すいませ……ふふふっ」
「思いっきり笑ってんじゃねえっ」
「あははは!」

 ふありと空気が揺れる。
黒猫はみなもに笑われた事が少しショックだったようだ。尾を立て、フーッと息巻いていたが、
すぐに人型に戻ると、笑うみなもの額にデコピンを食らわせた。びしっという音が店内に響く。

「いった!」
「笑うなっつってんだろうが」
「こらこら、蒔胡桃君。彼女はお客さんですよ」
「客ぅ?なんだ、みなも。アンタ買い物に来たのか」
「そうです……って、呼び捨て……」
「年下を呼び捨てして何が悪い」

 えっへんと威張る蒔胡桃の態度はどうしたって年上に見えないものだったが、
みなもはこれ以上逆らってもまたデコピンが飛んでくるだけだろうと嘆息した。

「みなもさんが、君に煮干し持ってきてくれたっていうのに……」
「すまん、みなも様仏様」
「…………心がこもっていませんよ、蒔胡桃さん……」

 コロリと態度を変えて、早速とばかりにカウンター裏に置かれていた袋に手を付けようとした
蒔胡桃だったが、落葉の笑顔という鉄壁を前に泣く泣くその手を引っ込めた。
その様子をみなもは苦笑と共に見送っていたが。

「それで?みなもさんはどんな玩具をご所望でしょう?」
「えっと……それが、ちょっと……」

 落葉の質問に、みなもは言いにくそうに口をもごもごさせる。
蒔胡桃が隣にいるのが厄介だ、とでも言いたげな視線を送るが、とうの蒔胡桃は何を勘違いしたのか。

「何だ。言いにくい玩具なんてゴショモウなのか、みなもは」
「ち、違いますっ!」

 そんな玩具はウチにはありませんよ、と当然のように落葉から手刀を後頭部に食らい、
蒔胡桃は涙目で「ひどい!酷いぞっ」などと喚きつつ――ちゃっかり自分の分の煮干しを
かっぱらいつつ――店の奥へと逃げ込んでしまった。

「すいませんね。彼はみなもさんに構って貰いたくて仕方ないのですよ」
「は、はあ」
「ウチは大抵、玩具と名が付くものなら揃いますが……。入手が困難なものだと時間がかかりますよ?」

 顎に手を当てて困ったように首を傾げる落葉に、みなもは慌てて訂正を入れた。

「や、そうじゃないんです。ちょっと……年齢にはそぐわないもの……ってだけ、で」
「年齢にそぐわないもの?」
「……落葉さん、耳貸してください」
「はい」

 蒔胡桃がいなくなっても言いにくいものは言いにくい。
みなもは意を決したように、背伸びをして――それでも落葉の身長は決して高く無いのだが――
此方に傾けている落葉の耳にそっと耳打ちをした。

 言われるや、落葉は少しきょとんと目を丸くしたが、すぐさまその口元には笑みが浮かんだ。
納得した、というように。

「ははあ。成程。そういうモノでしたか」
「は……はい。ありますか?」
「ありますとも」
「あるんですかっ?!」

 此処は玩具屋ですよ。と今度は落葉が困惑する番だった。

(だって……こんな雰囲気のお店にあるとは……普通思わない)

 みなもはキョロキョロと店内を見回したが、自分が欲しいと言ったものは見あたらない。
この玩具屋の不思議なところは、そのどれもが時代にそぐわないモノばかりということだ。
中には最新式の優れたモノもあるが、それらはみなもの心に魅力的には映らない。
綺麗だとか、立派だなとは思うが、欲しいとは思えないのだ。

「その子達はみなもさんを主人にはしたがっていませんからね」
「え?」
「フフフ……」

 落葉はみなもには理解できない言葉をぽつりと呟くと「ちょっと待っててくださいね」と言って、
いつの間に用意したのかカウンターにティーセットを置くと、
カウンターの裏にある木製の扉の中へと消えてしまった。
 店内にはみなもが一人取り残される。

「それにしても……凄い量だなあ」

 主人にしたがらない、と落葉が言ったのもこうして見渡すと少し分かる気がする。
みなもは棚に鎮座している玩具達をつぶさに見ながらそんなことを考えた。
 どの玩具も《威厳》があるように思えた。まるで、一つ一つに意思があるような……。

「まさかね」

 と、そこで対になっているフランス人形が目に飛び込んできた。
綺麗なレースの付いたドレスを着ている。色違いのそれに負けず劣らずの髪の毛は
まるで生きている少女のように美しかった。

(こっち……見てる?)

 かっちりと合ってしまった視線に、むず痒さを覚えたところで
奧の扉が再び開いた。落葉が大きな箱を抱えている。

「お待たせしました、みなもさん」
「わあ!大きい箱っ」
「いやいや、なかなか買い手が居なかったものですから。この子も拗ねていたようで」
「は?」
「みなもさんに、ぴったり……ということですよ」
「はあ……」

 落葉の言い方だと、まるでその箱に入った玩具がみなもを選んだかのようだ。
疑問符を浮かべるみなもに、落葉はにっこりと笑って言った。

「煮干しとかつお節、それから美味しいお菓子のお礼です。お代はそれで充分」
「え。ええ!そんな、悪いです……お金ならちゃんと用意してき、」
「みなもさん」

 落葉はぴしゃりとみなもの名を呼んで、その先を遮ってしまった。
重厚感は無い、それでも有無を言わせない言い方は、みなもに見えない何かを感じさせた。
 落葉が良いと言うなら仕方ない。これ以上食い下がる方が無礼というものだ。
みなもは自分にそう言い聞かせて、大きな箱を袋に入れて貰うと店を出た。
 店を出る間際、落葉はそっとみなもの背に一言添える。

「その子はみなもさんの《憧れ》です。どうぞ、大事にしてやってくださいね」


 と、貰ってきたは良いが。

「うーん……可愛い……」

 自宅に帰り、みなもは自分の部屋で誰も入ってこないのを何度も確認した後で箱を開けてみた。
そこには、可愛らしいフリルがついた衣装が一式入っている。
黒のサテン生地がツヤツヤと光り、縁取りのレースはピンク色。チョーカーはやはり黒のツィードで
顎の下に小さな白い花が来るようになっていた。揃いの手袋は白のシルク。
一見するとワンピースのようだが、丈は恐ろしく短い。それを考慮してか、ちゃんと白のタイツまで付いていた。

 どう見ても、これは俗に言う魔女っ子ルックである。

「き、着てみようかな!」

 自分に気合いを入れるが如く、みなもは箱に入った一つ一つを身につけてみた。
こんなものを堂々と自分で買う勇気は今まで無かった。
 落葉の言う通り、これは小さな頃から抱いていたささやかな憧れだったのだ。
妹が持っている、綺麗で造りの良い玩具を見ていたらふと思い出した。
 自分が小さかった頃、そんなものを傍に置く余裕さえなかったのだと。
そう思い出したら、急に欲しくなってしまったのだ。

 けれど、十三も数えた自分が一般的な玩具屋でそれを買うのは流石に気が引けた。
妹へのプレゼントと言い訳すれば何でもなかったのかもしれないが、それでもモノがモノだ。
 そこで思いついたのが、妖物達御用達の《落葉のベッド》というわけだった。
自分の正体を明かしたわけではないが、彼ならその辺りも慣れているだろうし、
何よりも玩具屋である。少々、アンティークが多めであることを心配していたが、
無事に手に入れた時の喜びは格別だった。小さい頃を思い出す。

「うわあ……思ったよりも派手だなあ」

 どこの魔法少女が出現したのか、というくらいには派手だ。
部屋にある姿見の前に立ち、改めて衣装を身にまとった自分を眺めて、みなもは頬を朱に染めた。
こんな姿、誰にも見せられない。でも着たい。そんな変身願望が叶った今、
みなもはこの衣装で良かったと思った。
 何よりも自分に恐ろしいくらいにぴったり合っている。サイズは勿論、髪の毛の色や肌の色にだって
ぴったり合っている。みなもの為に作られたような出来映えだった。

「ふふ!ちょっとお休みの日が楽しみになったかもっ」

 えいやっ、と決めポーズを決めるみなもに、
揺れるスカートの裾がみなもの心を汲むように、嬉しそうだった。



閉幕

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

海原・みなも(1252) / 女性 / 13歳 / 中学生

NPC/落葉、蒔胡桃兜太


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、清水大です。またまた落葉達に会いに来てくださり、有難うございました。
今回は、ご所望の通り魔女っ子変身セットをPC様の《憧れ》と共にお渡しする形になりました。
煮干しと鰹節効果が絶大な気もしますが……(笑)落葉からの御礼ということでお納め下さいませ。
それでは、次回玩具屋の扉が開く時もPC様にとって素敵な時間になりますように。