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■聖樹に願いを託して■

藤森イズノ
【7192】【白樺・雪穂】【学生・専門魔術師】
「早くー! ほら、早くー!」
「待って……は、早いってば……」
 早朝六時。海斗に叩き起こされて、ラビッツギルドの裏へ。
 こんなに朝早くから、一体何事?
 魔物が出たから討伐! だとか、そういう雰囲気ではない。
 海斗は、とても嬉しそうな表情をしている。
 まるで、おやつの時間まで、あと五分。
 そのときの、無邪気な子供のように。
 キラキラと目を輝かせているのだ。
「はぁ、はぁ……で、一体何……」
「ほれほれ。見てみ。前。っつか、上?」
「はぃ?」
 促されて顔を上げる。
 次の瞬間、飛び込んできた光景に、ハッと目が覚めた。
 そこには、何とも美しい、白大樹があった。
 幹も枝も、揺れる葉も、どれもが純白。
 見惚れるな、というのは無理な話。
「…………」
「んじゃ、はい。制限時間は〜……あと五分だな。急いで〜」
「……何、これ」
 呆けていたところへ、海斗が差し出したもの。
 それは、銀色の綺麗な紙と、銀色の万年筆。
 あと五分、急いで、って言われても。
 何を、どうすれば良いのか、わかりません。
 首を傾げていると、海斗はケラケラと笑い、
 ごめんごめんと謝りながら、説明してくれた。
 聖樹に願いを託して

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「早くー! ほら、早くー!」
「待って……は、早いってば……」
 早朝六時。海斗に叩き起こされて、ラビッツギルドの裏へ。
 こんなに朝早くから、一体何事?
 魔物が出たから討伐! だとか、そういう雰囲気ではない。
 海斗は、とても嬉しそうな表情をしている。
 まるで、おやつの時間まで、あと五分。
 そのときの、無邪気な子供のように。
 キラキラと目を輝かせているのだ。
「はぁ、はぁ……で、一体何……」
「ほれほれ。見てみ。前。っつか、上?」
「はぃ?」
 促されて顔を上げる。
 次の瞬間、飛び込んできた光景に、ハッと目が覚めた。
 そこには、何とも美しい、白大樹があった。
 幹も枝も、揺れる葉も、どれもが純白。
 見惚れるな、というのは無理な話。
「…………」
「んじゃ、はい。制限時間は〜……あと五分だな。急いで〜」
「……何、これ」
 呆けていたところへ、海斗が差し出したもの。
 それは、銀色の綺麗な紙と、銀色の万年筆。
 あと五分、急いで、って言われても。
 何を、どうすれば良いのか、わかりません。
 首を傾げていると、海斗はケラケラと笑い、
 ごめんごめんと謝りながら、説明してくれた。

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 ふぅん。願いごとを託す木……かぁ。
 七夕みたいな感じなのかな。うん。
 海斗から受け取った万年筆と紙を見つめつつクスリと笑った雪穂。
 ラビッツギルド本部裏にある、白聖樹。
 その実なる存在は曖昧なもの。
 マスターの魔法で構成されたもの。
 ギルドに出入りし、また、活動を続けていくハンター達。
 彼らが、各々の目的や信念を忘れぬよう。
 何か些細なことで、くじけてしまったとき。
 己が刻んだ願いを見て、また立ち上がれるように。
 そんな想いを込めて、マスターは、この木を置いた。
 美しい木。その枝には、無数の銀色の紙が括り付けられている。
 細く丸めて縛ってある状態なので、何が書かれているのかは把握できない。
 まぁ、そもそも、他人の願いを覗き見るなんて、してはいけないことだ。
「海斗も、書いたんだよね? これ」
「おー。もちろん」
「そっか〜」
「……あり?」
「ん?」
「や。聞かねーのかな、と思って。何を書いたのか」
「聞いても意味ないと思うんだよねぇ、僕は」
「……ま、そーかもしんないけどさ」
「気にはなるけど、何となぁく予想できるからね、キミの場合は」
「マジで?」
「うん。玩具、お菓子、楽しいこと、そのあたりが妥当かなぁ」
「…………」
 苦笑しながらポリポリと頭を掻く海斗。
 どうやら、雪穂の読みというか予想は的を射ていたようだ。
 元々わかりやすい性格だというのもあるかもしれないけれど。
 う〜ん。それにしても、何だかなぁ。
 そんな願いごとを書いたのかぁ。
 もしかして、みんな、そんな感じなのかなぁ。
 本人は本気で託してるんだろうけど……。
 僕はね、こういう願掛けみたいなこと、あんまりしないんだ。
 自分のチカラで手繰り寄せて、叶えるものだと思うから。
 誰かに叶えて欲しいだなんて、思っちゃいけないしね。
 けどまぁ、マスターのお爺ちゃんも、そんなつもりで置いたんじゃないだろうし。
 折角だし、託してみることにするよ。
 何よりも、僕が僕の目的を再認する為にね。


 *


 数年前―
 小さな港町。
 町の名前は『ハークロック』
 人口は僅か、数十人ほどの、質素で素朴な港町。
 爽やかな潮の香りと澄んだ空気で満ちた美しい港町。
 その町の一角にある、煉瓦造りの家。
 ここは、魔術師と……魔術師の卵が住まうところ。
 紅茶をお菓子を載せたトレイをカチャカチャと音を立てて運ぶ男。
 齢は……三十半ば、くらいだろうか。
 この男は、知る人ぞ知る、大魔術師。
 好き好んで、人の目を避け、偏狭にて暮らしている為、
 町に暮らす住民の殆どは、彼の実力・魔術師としての顔を知らずに、
 ごく普通の中年男性、同じ町に住まう仲間として接している。
 男もまた、町人たちとの、つかず離れずな絆を気に入っていた。
 トレイを持った男が向かうのは、自宅地下にある書斎。
 薄暗い怪談を降りた先、大きな黒い扉を、行儀が悪いと理解りつつも足で開ける。
 ギギィと音を立てて開く扉。
 扉が開くと同時に、男は、姿を確認する。
 自分の顔ほどもある巨大な本を真剣に見やっている少女を。
「雪穂。少し休憩したらどうだい?」
 クスクス笑いながら、トレイをテーブルに置いて促せば。
 ハッと我に返った少女は、男に駆け寄って元気な笑顔を浮かべて駆け寄った。
「ありがとう、パパ!」
 偉大なる存在でありつつも、それを誇示することなき、魔術師の男。
 男には、大切な宝物、娘がいた。
 双子の姉妹、その片割れである雪穂。
 彼女もまた、父と同じ、魔術を極めんと生きる。
 とはいえ、知らないこと、理解らないことばかり。
 言葉を覚え、発せるようになったのも、ほんの少し前の話。
 誰の目から見ても、ごく普通の、無邪気な少女。
 けれど、雪穂が身に宿した潜在能力は、父のそれを超える予感を感じさせるものだ。
 その証拠に、何年も解読を続けて、ようやく解き明かせる文献を、
 彼女は、現時点で解き明かし、また理解に及んでいる。
 雪穂もまた、父と同じ。
 自分のチカラを誇示することはなかった。
 
 書斎で二人並んで、魔術を学び、追いかける。
 睡魔に支配されてしまうまで、二人の追及は続く。
 毎日、毎晩、繰り返される、愛しき魔術への追及。
 町人らは、彼等がこうして、地下で学んでいることすら知らない。
 二人にとって、地下書斎は、秘密基地のようなものだった。
 父と娘が、同じ目的を胸に時間を共有する、大切な場所。
 紅茶の温かさに微笑みながら、雪穂は父の横顔を見やる。
 すでに、心ここにあらず。
 文献に集中している父の表情は、真剣そのものだ。
 父の、その横顔を見ることに、一種の至福を覚えていた雪穂。
 幸せだと感じるのは、この表情を独占しているかのような感覚を覚えるから。
 雪穂にとって父は、親である以前に、一人の魔術師。
 物心ついた頃には、既に心に決めて願っていた。
 父のような魔術師になりたいと、心から。
 彼女にとって、父の言葉と存在は絶対なるものだった。
 買い被りだと思ったことは一度もない。
 父は、世界一の魔術師だ。
 だからこそ、雪穂は、父を慕い敬った。
 その熱い眼差しに、気づかないはずもない。
 娘の熱い眼差しを不快に思う父親なんていないだろう。
 素直に嬉しいと思った。けれど、同時に気恥ずかしくもあり。
 加えて、自分が彼女にとってスベテとなることに不安も抱いていた。
 この子はまだ、世界を知らなすぎる。
 慕ってくれることは喜ばしいことだし、ありがたいことだ。
 けれど、理解って欲しい。
 世界は広く、幾らでも。
 私以外に、私よりも優れた魔術師は数え切れぬほどに存在しているのだから。
 娘の潜在能力を知るが故、先々に覚える不安。
 ここで満足してしまっては、勿体無い。
 もしも仮に、自分を超えたら。
 娘は、どうなってしまうだろう。
 そこで追求をやめてしまうのではないだろうか。
 それもまた、仕方のないこと。
 なぜなら、娘は幼すぎるから。
 才能の開花が早すぎたことに対する後悔は、いつも抱いていた。
 だからなのだろう。
 男は、娘に幾度となく『不可能』の話をした。
 どう足掻いても、どうにもならないこと。
 魔術では、どうしようもないことがあること。
 それらを、男は『霧や雲』に例えて娘に伝えた。
 掴むことの出来ないものが、この世には存在する。
 お前は勿論、私だって、掴むことができない。
 悲観ではない。伝えたかったのは、絶望じゃない。
 歩みを止めずに、いつまでも、進んでいって欲しい。
 掴むことのできないものがあるのは事実。
 けれど、掴めないからと諦めてはいけない、諦めて欲しくない。
 いつか、お前の前から私が消えても。
 

 *


 遠い遠い記憶、思い出を辿りながら願いを綴る。
 見慣れぬ文字は、魔法文字の類であろう。
 多少は理解できるが、気休め程度の知識だ。
 故に、海斗は覗き込んで尋ねた。
「……全然わかんね。何て書いてあんの?」
 海斗の質問にクスクスと笑う雪穂。
 教えてあげないよ。教えちゃ駄目なんだよ、こういうの。
 知りたいって思うのは必然だけれど。教えてあげない。
 口にするとね、安っぽく聞こえてしまう気がするんだ。
 僕は、この想いを、願いを、心から発しているから。
 だから、教えるわけにはいかないんだよ、ごめんね。
 何を書いたのか、しつこく尋ねてくる海斗を適当にあしらって。
 聖白樹に括り付けて託す、想い。
 魔法文字で綴った、雪穂の願いは。
 
 掴みたい。一欠けらでも構わないから―

 掴めないものを掴む、掴もうとする、その執念。
 可能性は、追求の過程に。歩みを止めるべからず。
 括り付けた想いを見上げ、ニコリと微笑んだ雪穂。
 今は亡き、魔術師の卵を見守った存在へ。
 あなたの不安は解消されたでしょうか。
 見えていますか。どこかで、見ていますか。
 あなたが温め続けた卵は、殻を割り。
 大空に舞い上がる為に、今も追及を続けています。
 今は亡き、魔術師の卵を見守った存在へ。
 伝える術は、無きにしも非ず。
 可能性は、追求の過程に。歩みを止めるべからず。
 あなたが幾度となく伝えた想いは、確かに届いていますよ。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7192 / 白樺・雪穂 (しらかば・ゆきほ) / ♀ / 12歳 / 学生・専門魔術師
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ラビッツギルド・メンバー

 クロノラビッツ:番外シナリオへの参加ありがとうございます。
 回想シーンを盛り込んでみた結果、結末が予想外のものになりました。
 ラストフレーズは、雪穂さんの父へのメッセージ。
 メッセージの独白の視点は第三者なのか?雪穂さん自身なのか?
 少し理解り難いですが、その辺りは、ご想像にお任せ致します。
 とても楽しく、夢中で紡がせて頂きました。
 気に入って頂ければ幸いです。また、宜しくお願い致します^^
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 2008.09.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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