■【砂礫工房】 閑話日和■
紫月サクヤ
【1805】【スラッシュ】【探索士】
辿り着いた砂漠。
目の前にあるオアシスには大きな屋敷が一つ。
そこにいるのは口が悪く神出鬼没で運が良くないと会えない家主の梓月。
いつも元気いっぱいで突拍子もない事をやらかす冥夜。
穏やかな笑みと声でのほほんと暮らしている吟遊詩人のジークフリート。
冥夜に振り回されつつも、日々元気に仕事をするドジっ子メイドのチェリー。

噂を聞いて辿り着いた方。
遊びに行こうと思って来て下さった方。
家主達に呼ばれてしまった方。

たわいない話でも人生相談でも、喫茶店代わりにでも構いません。
貴方は誰とどんな話をしてみたいですか?
気軽に遊びに来てくださいね。
【砂礫工房】 閑話日和




 一仕事を終えた工房の中は、集中している時には気付かないが案外汚れているもので、早朝からスラッシュは工房の整理に明け暮れていた。
 普段からこまめに整理はしていたが、今回の仕事は普段よりも時間をかけたものだった為、大分工房の中は汚れていた。床には作業の際出た細かいゴミが積もり薄い層を作っている。それでなくても砂の多い地域だ。扉を開けるたびに砂礫が風と共に入り込んでくる。細かいゴミと共に砂も蓄積していた。こうして掃除をしている今も窓を砂が叩いていく音が聞こえている。
「…こんなものか」
 工房が大体仕事を始める前の状態に戻ったところでスラッシュは軽く伸びをし、凝り固まった筋肉を伸ばしてやる。小さく骨がなるがそれが心地良い。
 その時、砂が叩く音とは異なる音が聞こえた。
 コツン、と何かが当たった音の後に、そのまま落ちて砂に刺さったような音。
 スラッシュは首を傾げフードを軽く頭から被ると窓を開け、下を覗き込む。そこに落ちていたのは一通の封書だった。拾い上げて眺めてみるとそこには知っている名前が書かれている。
「…あぁ、冥夜か」
 暫く音沙汰がなかったその人物のことを思い出す。
 褐色の肌にツインテールの長い黒髪の少女は神出鬼没で、突然ふらりと現れとんでもない依頼を持ってくることが多かった。その依頼を受け、冥夜から御礼として貰った品もいくつかある。
 スラッシュは封を開け、中の手紙を取り出し目を通し始めた。
 そこには暫く店を閉めていたが再び店を開けたので遊びに来てね、というような内容が書かれていた。冥夜らしい簡潔な文章だ。
 人懐っこい少女が神出鬼没なのはいつものことなので、暫く音沙汰が無くても心配はしていなかったが、こうして改めて名前を見ると過去の出来事が思い出される。それらが脳裏を掠め、スラッシュは口元に小さな笑みを浮かべた。
 招待状には宛名が書かれてはいない。風に乗せて街にばらまいたその内の一通がスラッシュの元に届いたのだろうとスラッシュは推測する。しかし砂礫工房は確か「呼ばれる」か「自分から行きたいと望む」という事が無いとたどり着けない場所だったはずだ。それを考えるとこの封書が届いたということはスラッシュが望んだのか、冥夜が望んだのかそのどちらかなのだろう。きっとこの封書は砂礫工房へのパスだ。
 小さな友人は突然スラッシュが訪れたらどんな表情をするだろう。
 それを考えるスラッシュの笑みが深くなる。それは優しさの溢れる笑みだった。
 整理も終わったことだし、とスラッシュは先日作ったばかりのオルゴールを包み出かける用意をする。
 まだ日も高くスラッシュの肌には刺激が強すぎる時間だ。肌が出ないように服を纏うとフードを深く被る。
 そして乾いた風の吹く外へと足を踏み出した。




 届いた封書が鍵となり、スラッシュは砂礫工房へと導かれる。
 辺り一面の砂漠。
 そこに強い風が吹いて波のような跡を付けていく。それを眺めつつスラッシュは砂礫工房へと向かった。時間の感覚が違うのか、スラッシュのたどり着いた場所には夜が訪れており、凍えてしまいそうなほど寒い。寒暖の差が激しすぎるのも問題だと思うが、それが砂漠という場所の自然だ。
 そっと工房に近づき窓から中を窺えば、懐かしい友の姿があった。冥夜は何かを作っているようで、一生懸命ボウルの中身を掻き回している。しかし力の加減の仕方を間違ったのか、握っていた泡立て器が宙へと舞った。
「わわっ。ちょっ…うわっ…なんでー!!!」
 冥夜が飛んだ泡立て器を取ろうとするが、掴んだ手が滑って泡立て器は無惨にも床に落ちる。それを呆然と見つめる冥夜に苦笑しつつスラッシュは窓硝子を、トントン、と軽く叩いた。その音に気付いた冥夜がくるりと振り返る。
「ぁあーっ!! スラッシュー!」
 一瞬にして冥夜の曇った表情が笑顔に変わった。そして窓際まで駆けてくると一気に窓を開け放つ。
「いらっしゃい! スラッシュにちゃんと手紙届いた?」
「あぁ」
 そういってスラッシュは届いた封書を冥夜に見せる。ほっとした表情を浮かべ冥夜が笑った。スラッシュもつられて小さく笑う。感情を表に出すことは少ないが、それでも親しい者には様々な表情を見せる。それはその小さな変化に気付くことが多いのが親しき者ということもあるのだろう。冥夜はスラッシュのさりげない優しさや温かい性格に気付き以前から懐いていた。
「久しぶりだな……」
「うん、久しぶりー! アタシが会いたいなーと思ってる人に届くようにしてみたんだけど、届いて良かった。師匠探したり色々仕事押しつけられたりしてこっちに来れなかったんだけど、冥夜ちゃん復活ー! スラッシュ、こっちこっち。入ってー」
 正規の入り口ではなく、テラスから招き入れられたスラッシュは向こう側に見える玄関を横目に招かれるままに工房へと足を踏み入れた。中は甘い焼き菓子の匂いが漂っている。
「あのね、誰か来たらいいなーと思ってお菓子作ってたんだよ。今お茶淹れてくるから暇つぶししながら待ってて」
 通された部屋は高そうな調度品が並ぶ応接室だった。興味を惹かれたスラッシュは冥夜が来るまでの間、それらを見て回る。決して派手なわけではないが年代も様々で作りも凝っている。かなり年季が入っているように見え、それを見極めようとスラッシュが目をこらしているとそこへ冥夜が飛び込んできた。しゃがみ込んでテーブルを眺めていたスラッシュの動きが止まる。
「じゃーん、おっまたせー! 冥夜ちゃん特製マフィンと紅茶でーす! 外寒かったでしょ。お茶飲んで暖まろうね」
 軽く頷きスラッシュは促された席へと着いた。向かいに座った冥夜は終始笑顔だ。えへへ、と笑いつつカップを口に運ぶ。スラッシュも焼きたてだというマフィンに手を付けた。程よい甘さのそれは紅茶によく合う。
「……美味いな」
 素直に感想を述べれば冥夜の顔が綻んだ。
「やった! 実はあんまりお菓子は得意じゃないんだけど、これだけはまともに作れるんだよ」
 その姿がスラッシュには微笑ましく映る。そして言葉のかわりにスラッシュはもう一個マフィンを取り口に運んだ。サクッ、と口の中で音が鳴り甘さが広がる。冥夜の顔にも笑顔が広がった。
「わー、でも本当にスラッシュに会うの久々。会えて嬉しいな。アタシ暫くこっちに来てなかったから分からないんだけど、こっちの様子はどう? なんか変わった? あ、彼女も元気?」
 突然の質問に心の準備が出来ていなかったスラッシュは口に入ったマフィンに咽せる。盛大に咳き込んだスラッシュの背を冥夜が慌てて撫でた。
「あー、ごめん、ごめん。元気に決まってるよね。そうでなきゃ、スラッシュがこんな穏やかな表情してるわけないもん」
 ようやく落ち着いた気配のスラッシュにほっと溜息を吐き、冥夜は話題を変え続ける。
「ねぇねぇ、最近の冒険は?」
 スラッシュは最近追っている揺らぎの風の話を冥夜に話して聞かせた。それを冥夜は目を輝かせて相槌を打ちつつ聞く。好奇心旺盛な所は二人ともよく似ていた。
「ほぇー、すごーい! スラッシュってば一人でそんな冒険してたんだ。いいなー、いいなー。今度またその話の続きを教えてね」
「あぁ、喜んで」
「ありがとう! あーあ、でもアタシも行きたかったなぁ」
 冥夜は喜びつつもがっかりと項垂れテーブルに突っ伏す。スラッシュはその落胆ぶりに苦笑したが、自然と笑みが漏れ、冥夜の頭を撫でていた。スラッシュに妹はいないが、妹とはこういう存在なのだろうと冥夜を相手にしていると思う。
 温かい手の感触に冥夜がはっとしたように顔を上げると優しい目をしたスラッシュと目があった。
「……またの機会がある」
「うん。そうだね。それまでスラッシュは怪我をしないようにね」
 あぁ、と素直に頷いてスラッシュは冥夜の頭から手を退けた。
「…それで、冥夜はどうだったんだ?」
「ん? アタシ? あー、アタシは…一回捕まえたと思った師匠をまた逃がしちゃって失意のどん底ってとこ」
 神出鬼没の冥夜の師匠もこれまた神出鬼没で相変わらず行方不明のままだという。たまに帰ってくるがまたすぐにいなくなり、必要な時にいないため意味がない、というのは冥夜の弁だ。
 冥夜の溜息が重い。
「そうか…」
 そこで慰めの言葉を紡ごうとしたスラッシュを遮り、新しい紅茶を注ぎながら冥夜は言う。
「ん、でも最近はそれもいいか、っていう気がしてるんだよ。こうして遊びに来てくれる友達もいるし、毎日なんだかんだいっても楽しいし」
 それに頭撫でてくれるしー、と冥夜がにんまりと笑うとスラッシュは無意識に冥夜の頭を撫でてていたことを思い出し、ほんの少しだけ頬を染めた。無意識だと気にならないが、言われてしまうと意識しない訳にはいかない。
 照れ隠しも兼ねてスラッシュは持ってきた包みを冥夜に渡す。
「…これを冥夜に」
「ん? なになに? 開けても良い?」
 スラッシュが頷くと冥夜はいそいそと包みを丁寧に開けた。中からは可愛らしいデザインのオルゴールが出てくる。薇を回してみるとそれは軽やかな音色が応接室に響いた。リズミカルだがどこか哀愁の漂う音色でそれが耳に心地良い。
 冥夜の顔が驚きと喜びで一杯になる。オルゴールとスラッシュを交互に眺め、冥夜は瞬間的にスラッシュに抱きついた。
「ありがとー!!! 凄く嬉しい! 大事にするね!」
 うわー、どこに飾ろう、と冥夜はオルゴールを様々な角度で眺めながら思案する。
 その様子を微笑ましく眺めながら、スラッシュは冥夜が新たに入れてくれた紅茶に口を付けたのだった。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1805/スラッシュ/男性/22歳/探索士

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 藤姫サクヤです。
再びスラッシュさんを書かせていただくことが出来、大変嬉しく思っております。
今回はほのぼのとした雰囲気をメインに書かせていただきました。
そしてうちの子へのプレゼントもアリガトウございます!

また機会がありましたら、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。

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