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■スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -■

藤森イズノ
【7764】【月白・灯】【元暗殺者】
 深い深い……眠りに落ちていた。
 こんなにグッスリと眠ったのは、いつ以来だろうか。
 もしかしたら、初めてのことかもしれない。
 こんなにも。こんなにも、グッスリと眠れたのは。
 ソファの上、頭をワシワシと掻いて、放心。
 夢を見ていたような。そんな気がした。
 とても大切な。不思議な夢を、見ていた気がした。
 けれど、思い出せない。
 思い出そうとすれば、ピリッと喉に痛みが走る。
 辛うじて、思い出せるのは、一つだけ。
 大きな。そう、とても大きな蜘蛛の上で……眠っていたこと。
 どうして、そんなところで眠っているのか。
 その疑問を投げかけたような気がする。
 自分へ。どうして、そこで眠っているのか。
 そんなことを考えつつボーッとしていると、来客。
 空間にストンと降り立ってきたのは……ヒヨリだった。
 どうしたの。仕事でも入った? そう訊ねようとした矢先。
「……お前」
「ん?」
 珍しく、とても神妙な面持ちを浮かべ、ヒヨリが駆け寄ってきた。
 どうしたの。また、そう訊ねようとした矢先。
「痛っ……!?」
 ヒヨリが、肩をガッと掴んだ。
 その瞬間。全身に、電気が走るような痛み。
 不可解なその痛みに、顔を歪めてヒヨリを見上げる。
 ヒヨリは眉を寄せて、下唇をキュッと噛んでいた。
「ヒヨリ? どうし……」
「来い」
「えっ? ちょ、何……」
「黙れ。いいから、来い」
 有無を言わさぬ、迫力。
 腕を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。
 腕を引き、先を行くヒヨリの背中が、とても大きく、遠く、冷たく見えた。
 どうしたのと訊ねても、返事は返ってこない。ヒヨリは、振り返ることもしない。
 何が起きているのか。どこへ連れていかれるのか。
 理解らずに困惑していた。そんな自分の目に、映りこんだものがあった。
 空間の隅にあった鏡。そこに映る、自分の姿。
 一瞬だったけれど。確かに、見えた。見間違いじゃないはずだ。
 自分の首から鎖骨下あたりまで……蜘蛛のような形の痣が、確かにあった。
 夢に見た。あの大きな蜘蛛。
 自分の首に灯った痣は、それに酷似していた。
 スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -

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 深い深い……眠りに落ちていた。
 こんなにグッスリと眠ったのは、いつ以来だろうか。
 もしかしたら、初めてのことかもしれない。
 こんなにも。こんなにも、グッスリと眠れたのは。
 ソファの上、頭をワシワシと掻いて、放心。
 夢を見ていたような。そんな気がした。
 とても大切な。不思議な夢を、見ていた気がした。
 けれど、思い出せない。
 思い出そうとすれば、ピリッと喉に痛みが走る。
 辛うじて、思い出せるのは、一つだけ。
 大きな。そう、とても大きな蜘蛛の上で……眠っていたこと。
 どうして、そんなところで眠っているのか。
 その疑問を投げかけたような気がする。
 自分へ。どうして、そこで眠っているのか。
 そんなことを考えつつボーッとしていると、来客。
 空間にストンと降り立ってきたのは……ヒヨリだった。
 どうしたの。仕事でも入った? そう訊ねようとした矢先。
「……お前」
「ん?」
 珍しく、とても神妙な面持ちを浮かべ、ヒヨリが駆け寄ってきた。
 どうしたの。また、そう訊ねようとした矢先。
 ヒヨリが、肩をガッと掴んだ。
「っ……」
 その瞬間。全身に、電気が走るような痛み。
 不可解なその痛みに、顔を歪めてヒヨリを見上げる。
 ヒヨリは眉を寄せて、下唇をキュッと噛んでいた。
「ヒヨリ? どうし……」
「来い」
「……ん? 何……」
「黙れ。いいから、来い」
 有無を言わさぬ、迫力。
 腕を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。
 腕を引き、先を行くヒヨリの背中が、とても大きく、遠く、冷たく見えた。
 どうしたのと訊ねても、返事は返ってこない。ヒヨリは、振り返ることもしない。
 何が起きているのか。どこへ連れていかれるのか。

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 腕を引き、先を行くヒヨリ。
 その手にこもる力は、次第に増していく。
 痛いと感じることはないけれど、とてもキツく締め付けられるような感覚。
 ヒヨリに腕を引かれ、少しフラつきながら歩く灯は、マフラーに顔を埋めた。
 いつも笑っていて、いつも優しくて、何だか温かい人。
 そんなヒヨリが、今まで見たこともない険しい表情を浮かべている。
 突き刺さるような眼差しに恐怖を覚えることはないけれど、理解できない。
 まるで別人のようなヒヨリの言動に、首を傾げるばかり。
「……変だよね」
 ポツリと呟いた灯。
 誰かに話しかけるかのような口調。
 その言葉に反応するかのように、灯の首を覆っているマフラーが蛇のように動く。
 マフラーが、そうして動くことで、露わになるものがあった。
 灯の首元に、不気味な黒い痣が浮かんでいるではないか。
 蜘蛛のようにも見える、その謎の痣。
 鏡の性質を模写したマフラーに映りこんだ痣を見て、灯は沈黙した。
 何だろう、これは。そう思ったのは勿論だが、それよりも、いつからあったのか。
 ついさっき、出現したものなのか? それとも、以前からあったものなのか?
 いや。以前からあった可能性は低い。
(すぐに教えてくれるはずだもの。……ね?)
 クルリと巻き直しながら心の中で灯が尋ねると、マフラーは頷くような動きを見せた。
 ヒヨリの険しい表情には、この痣が関与しているのではないだろうか。
 覚えの無い痣に、灯は更に首を傾げる。
 傷移しで身体に刻まれた傷か…? とも思ったが、それにも覚えがない。
 そもそも、真新しい傷が、こんなにも早く痣と化すはずがないのだ。
 移した傷は、しばらく生々しい姿を留めて身体を彩る。
 それら『生傷』が、『傷跡』として残るには、それなりの時間を要する。
 傷移し以外に、可能性はないだろうか……。思い返してみるも、心当たりはない。
 いったい、どういうことだろう。この痣は、何なんだろう。
 首を傾げ続ける最中、ピタリとヒヨリが立ち止まった。
 顔を上げれば、目の前にはジャッジルーム。
 時を侮辱した存在を裁く場所。
 中央部にある円卓に、頬杖をついているジャッジ・クロウ。
 ヒヨリはフゥと一つ大きな息を落とし、再び灯の腕を引いて歩き出す。
 ピリピリと張り詰めた空気と静寂の中、連行されて。
 トンと背中を押され、ジャッジの前へ。
 何が起きているのか、さっぱり理解できない。
 沈黙する灯を見つめ、ジャッジは溜息を落として告げた。
「お主の首に灯る、その痣は……」
 スパイダーウェブ。絡みつかれてしまえば、容易には逃れられない蜘蛛の糸。
 遠い遠い昔、気が遠くなるほど昔の話。
 クロノクロイツに突如現れた、巨大な漆黒の蜘蛛。
 空間全域を空から包み込むようにして現れたその蜘蛛は、腹部から自身の分身となる存在を放った。
 その存在こそが、現状、クロノクロイツ各所で悪戯を働いているトリッカー達だ。
 漆黒の蜘蛛は、今もなお、クロノクロイツに潜んでいる。
 闇に紛れている為に、その姿を視認することは出来ないが、
 時守たち、この空間に出入りする全ての者を、漆黒の蜘蛛は、いつでも監視している。
 ただ在るだけで、特に何をしてくるわけでもない。
 漆黒の蜘蛛は、ただ、この空間を見つめているだけ。
 何を思っているのか、どうして姿を見せたのか、いつから存在していたのか。
 何も理解らぬ状況は、今も続いている。ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
 トリッカー。漆黒の蜘蛛が放ったそれらが、とても厄介で迷惑な存在だということ。
 幾年月果てようとも、その事実と現状だけは変わらない。
 遠い遠い昔、気が遠くなるほど昔の話。
 時守と漆黒の蜘蛛が接触した、その日。トリッカーは誕生した。
 あれから、どれほどの時が巡ったことだろうか。今もなお続く、スパイラル。
 時守は追い、トリッカーは追われ。双方の関係は、不変継続。
 どこからともなく聞こえてくる笑い声は、漆黒の蜘蛛が放つものだろうか。
 時守とトリッカーの鬼ごっこに終わりはなく。今も続く。
 追われる存在。トリッカー。時を弄ぶ存在。トリッカー。
 様々な動物の姿形をした彼等には、共通点が二つがある。
 一つは、全員が黒い懐中時計を所有していること。
 そして、もう一つは、全員が身体のどこかに『蜘蛛の痣』を刻んでいること。
 その二つの共通点を満たす者をトリッカーと呼び、時守は追いかけ、叱り、或いは裁く。
 灯の首に灯っている、蜘蛛の痣は……その『証』と同一なるもの。
 即ち。灯は、半身時守、半身トリッカーと化してしまった……ということ。
 どうしてこんなことになってしまったのか。それは理解らないけれど。
 ようやく理解できた。ヒヨリやジャッジが、険しい表情を浮かべている、その理由を。
 俯く灯へ、ヒヨリは尋ねた。依然、冷たい口調で。
「最近、何か変わったことねぇか。肉体的にでも精神的にでも」
 変わったこと……。おかしいな、と思うこと…。
 尋ねられて早々、返答となる事柄が、ポンポンと思い浮かぶ。
 よくわからない、妙な夢。大きな蜘蛛の上で自分が眠っている夢を、最近よく見る。
 夢に終わりはなくて、ただ延々と、眠り続けている自分がいるだけ。
 その夢に加えて、眠りが異常なまでに深い。過眠では片付けられないほどに。
 普段は眠っている人格『青月』と交代した後、必ず深い眠りに落ちる。これは以前から不変の現象。
 けれど、一週間ほどで眠りから醒めるはずなのに、近頃は延々と眠ってしまう。
 誰かに、激しく身体を揺らされて起こされないと、目覚めることがない。
 放ったらかしにされたら、永遠に眠っているのではないだろうか。
 その現象に加えて、武器召びの能力にも異変が起きている。
 普段は自分の意思で現れるはずの武器が、好き勝手に出現してしまうのだ。
 現に今も、その異変は暴発しかけていて、灯の手には細い網糸が握られている。
 表情こそ普段と変わらぬ無表情だが、灯は足掻き続けている。
 右手首を、網糸で千切れんばかりにキツく締めることで、その暴発を抑えているのだ。
 尋ねられたことへの返答を、事実を、呟くように返した灯は下唇を軽く噛んだ。
 変だなとは思っていた。何か、自分の体に異変が起きていることは理解っていた。
 けれど原因が理解らなくて、どうすることも出来ない。
 いつか、傷付けてしまうのではないか。大切な仲間を、傷付けてしまうのではないか。
 そう思うと、怖くて堪らなくなった。けれど、どうすれば良いのか理解らなくて。
 相談することも出来なかった。その人を傷つけてしまうのではと、怖くて。
「……もう、大切な人を、失いたくないから」
 自身に起きている異変を伝えた灯は、
 そう呟き、右手首を締め付ける糸を、更に強くギュッと握り締めた。
 身に起きている異変に加えて、裁かれる要因を身に宿してしまった事実。
 この先、どうなるんだろう。もしや、追い出されたりするのだろうか。
 まだ何も、何も成し遂げられていないのに。
 己の身の振り、これからどうすべきか、どうなるのか。
 それを思う灯は、俯き沈黙を続けた。
 ヒヨリやジャッジから放たれる言葉、結論を待つかのように。
 静寂が続く中、ヒヨリが小さく舌打った。
 ふと顔を上げて見やると、ヒヨリの表情は元に戻っていて。
 ヒヨリは、灯の頭を抱き寄せ、自身の胸に、ぽすっと埋める。

 おやおや。舌打ちだなんて、随分と子供っぽい真似をするじゃないか。
 それは何かい? 悔しさの表れかい? それとも、怒りの表れかい?
 もしも後者、怒りの表れだとしたら。その矛先は、どこだい?
 自分自身か? それともまさか、俺かい?
 そんなに怖い顔するなよ。ちょっと悪戯しただけじゃないか。
 うん? 度が過ぎるって? ははは、その言葉、そっくりそのまま、そちらへ返すよ。
 俺は優しいのさ。だから、教えてやろうと思っただけ。
 いや、違うな。教えてやるんじゃなくて、思い出させようとしてあげたんだ。
 だって、おかしいだろう? 忘れるなんて、許されないことなんだから。
 けどまぁ、これでハッキリしたよ。
 灯はともかく、お前たちは、忘れていない。
 しっかりと、覚えているんだ。俺との約束をね。
 その上で、俺に牙を剥いて唾を吐きかける。
 おかしいだろう? 約束を守れないだなんて。
 時の番人が、約束を守らないだなんて、あってはならないことだろう?
 あぁ、だから、そんな目で俺を見るなよ。とても不快だ。不快極まりないよ。
 わかった。お前達の意思や考えは、じゅうぶん伝わったよ。
 それなら俺も、それなりの対応をしていかざるを得ない。
 叶わぬことだということを。望んではいけないことだということを。
 理解できないのなら、わからせてやるまでさ。
 お前たちに、灯は渡さない。渡してなるものか。
 そもそも、それは俺のものだ。
 俺以外の奴が、触れて良い存在じゃないのさ。
 還してもらうよ。何が何でも。教えてやるよ。
 人のものを奪うのは、いけないことなんだってことをね。
 その痣は、証であり、印でもあるのさ。
 俺のものだという、その証拠。
 事実だからね。消すことなんて出来やしないんだよ。
 お前達がどんなに足掻こうとも、その事実は消えない。
 思いのほか、素敵な贈り物になったね?
 その痣を見る度に、お前達は苦しむんだ。事実に苦しむのさ。
 そしていつか、灯は全てを思い出すことだろう。
 導かれるまま、その蜘蛛に導かれるまま、俺へと還るのさ。
 せいぜい足掻いてみればいいさ。どうすることも出来ないんだから。
 お前たちに、灯を愛することなんて、心から愛することなんて、出来ないんだから。

「……るせぇ。黙れ、変態」
 低い声で、ヒヨリが呟くように言った。
 顔を上げて、灯は首を傾げる。
 誰と話してるの? さっきから、誰と話してるの?
 そう尋ねようとした灯の頭を撫でて、ヒヨリは言った。
「灯。しばらく一人で出歩くなよ」
「……。……うん?」
 理解できないまま、小さく頷いた灯。
 ヒヨリはジャッジを見やり、確認するかのように、数回、瞬きを飛ばした。
 応じるかのようにジャッジは頷き、再び円卓に頬杖をついて溜息を落とす。
 ジャッジが息を吐き切る前に、ヒヨリは胸から灯を解放し、頭をポンポンと叩くと、
「行ってくる」
 そう言って、どこかへと足早に去っていってしまった。
 どこに行くのと尋ねた灯へ、ヒヨリは振り返らずに「絶対、ついてくるな」と言い放つ。
 その言葉と声から感じた、何ともいえぬ迫力に立ち尽くす灯。
 ジャッジは円卓に頬杖をついたまま、何を言うわけでもなく。
 立ち尽くす灯は、マフラーに顔を埋めて目を伏せた。
 何が起こっているのか。灯は……どうすればいいのかな。
 このまま動かないで、ジッとしているだけでいいのかな……。
 そうすることしかできないなんて……何だか悔しいよ。
 この痣が消えたら、この痣さえつかなければ、こんな想いをせずに済んだの……?
 自身の首に灯った蜘蛛の痣を、ゴシゴシと無意識に擦る灯。
 どんなに擦っても、痣が消えることはなかった。
 ただ、白い肌が赤らんでいくだけで。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ジャッジ・クロウ / ♂ / 63歳 / 時の執裁人

 シナリオ『スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -』への御参加、ありがとうございます。
 刻まれた刻印は、真実を象徴するもの。
 私物であることの証なのだと。時狩のJは、そう告げました。
 徐々に明らかになっていく真実へ、疑と愛を。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.10 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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