■Zの受難■
CHIRO
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
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 親愛なるツヴァイ様

 日頃より貴方の麗しい御姿をこの双眸に留めては、オイノイエ様より受けたささやかな御恩すら誠心誠意返さんとする清廉な御心。御自身の崇高な目的の為、研究に没頭する端整な横顔に、わたくしは飽くなき慕情を慎ましくこの身一つに抑えて参りました。

 ですが、心許無い女の心根にも、限りと言う物が御座います。
 互い相応の歳を越えた大人の身。ツヴァイ様からの契りの御言葉を、待ち遠しく思う気持ちをどうぞ、浅ましい等と笑い捨てる事の御座いませぬ様、貴方様からのわたくしへの愛を、改めて感じさせて頂きたく思っております。

 そうは申しましても、わたくしはこれからも、これまでもツヴァイ様から頂く深く一途な情を、疑う事など御座いません。
 仲直り、とは些か大袈裟な表現では御座いますが、ツヴァイ様と連れ添う事の叶わなかった時間を、二人が何時かは夫婦として結ばれる為の吟味に興ずる、と言うのは如何でしょうか?

 つきまして、ツヴァイ様にも日々のご予定が有る事と思いますので、一週間後の正午、大聖堂の前で、貴方様をお待ちしております。

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「あら、まぁ、まぁ」
「………………」

 ツヴァイの自室にて、自らの為に程好く調整をされた椅子に腰を落ち着ける事も無く、立ち尽くした儘に一枚の便箋を凝視する部屋の主をオイノイエが見付けたのは、つい先程の事。

「式は、和装を? それとも、洋装の方が新婦さんは喜ばれるかしら」
「冗談は、あのチビの存在だけにして下さい」

 盲目で有りながら、老体とは思えぬ程に研ぎ澄まされたオイノイエの聴覚はツヴァイを知る者にとって稀有な放心振りさえも難なく察し、彼の手にした手紙の全貌を知れば、形ばかりに手紙を覗き込んだオイノイエが微笑みの中で掛けた呑気な問いに、それを認めたツヴァイが漸く重々しく肩を落として、ヴ・クティス教養寺院の守護者である付喪神を揶揄した答えを返した。

「それでは、このお手紙の送り主に、心当たりは無いのですね?」
「当然です。大体、差出人も分からなければ、文章も支離滅裂で、相手の仕様が有りませんよ」
「でも、一週間後の正午、貴方に逢いに来るのでしょう?」
「……オイノイエ様、この状況を楽しんでいるでしょう」

 聖母の如く微笑みを湛えながらも重ねられる問い掛けの嵐に、流石のツヴァイも些か恨めしげな視線をオイノイエへと送れば、ふくよかな身体を僅かに揺らして彼女が素直な謝罪を返す。

「このお方がどの様な心積もりで、貴方へお手紙を寄越したのかは分かりませんが……」
「何か有ってからでは、寺院の尊厳に関わります」

 苦い表情を浮かべながらも、オイノイエの生易しい判断を危惧してか、真っ先に寺院を憂うツヴァイの配慮に柔らかくも光を捉えない瞳を細めながら、彼女は緩慢な声音を石造りの室内へと響かせた。

「大丈夫ですよ、ツヴァイ。貴方同様、この寺院に関わる人々の誰もが遍く、ヴ・クティスの加護を得て、一所に想いを寄せ合うのですから」
「心の澱んだ者等、居る筈が無いと?」
「皆、貴方を慕い、貴方が困っている時には躊躇無くその手を差し伸べ、そして互いに通ずる無償の心は、どの様な苦難にも耐え得る、と言う事です」

 オイノイエの傍聴にも似た手厚い言葉にツヴァイは苦笑を禁じ得ず、同時に聡い彼が思い至る一つの思惑。

(この寺院に関わる、人々?)
(何か、何だ、何故だろうか)

 目まぐるしい勢いで脳裏を巡る、ツヴァイと彼と縁を結ぶ人々の健全な面持ち。
 そして、ツヴァイは確信した。

(嗚呼!! とても、嫌な予感が!!)
 Zの受難

 ヴ・クティス教養寺院、大聖堂前。
 既に幾分と見慣れた院生と師、果てに分け隔てなく一般の人々が笑い、行き交う大広間を後に歩を進める中、何気ない違和感に感じる儘アレスディアはその足を留めた。
 大聖堂の内部へと続く重々しい扉より、僅かに脇へ逸れた一本の支柱の陰。其処に身を潜める様に立ち尽くした女性が、何故だか妙に気に掛かったからだ。
 若しや気分でも優れないのだろうかと、数歩女性に歩み寄っては、気付く。
 何処にでも有り触れた、烏羽色の髪。それは生え際で二つに分けられ緩く弧を描き、しおらしく女性の胸元に落ち着いて居る。そして服装こそ近隣の街並みで見掛ける素朴な色合いで統一され、こちらも又、柔らかな素材を纏わせては居るが……――。

「…………ツヴァイ殿?」

 女性から未だ距離が有るとは言え、迂闊にも疑問符を添えてアレスディアから落とされた呟きは、意外にもそれを聞き取ってしまった当人――……ツヴァイが微かに顔面を引き攣らせた事で、思い掛けぬ確信へと移り変わった。
 その儘、更に数歩。ツヴァイと思われる女性、もとい女装をして居るツヴァイの下へ歩み寄っては、アレスディアは寺院に在籍する一師長、ツヴァイの現状を改めて目の当たりにし、元より決して多弁では無い唇を、一層固く閉ざした。

「アレスディア君。これには、ちょっとした訳がね」
「……うむ……人それぞれ、趣味というものがあり、他者がとやかく言うものではないと思うし」
「あの、もしもし?」

 周囲を気にしての事か、声を潜めて弁解と思しき言を連ね始めたツヴァイに、気を遣ってかそれとも単に本人の気質でか、アレスディアは口元に指を添え黙々と思考に耽り始める。

「ツヴァイ殿も何かと大変であろうし、プライベートぐらいは……」
「分かった、俺が悪かった。だから君も落ち着け」
「む? 趣味ではない、と?」

 己の見解を述べ続けるアレスディアにツヴァイ自身、潜在する羞恥心と言う物が刺激されたのか、遂には己が扮する現在の容相すら忘れ、疾うに変声期を終えた成人男性の、けれど何処か弱々しく上げられた制止の声にアレスディアは何事も無かったかの様に返答し。
 一見、女性と見違える事の出来る程度には精錬されたツヴァイの容姿から発せられた低音に、身近な通行人がぎょっと当人を凝視する最中、ツヴァイは疲弊した面持ちで、がくりと自らの両肩を落とした。

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「……なるほど、そのような事情が。了解した。私でよければ協力しよう」

 その後、謎の人物からの恋文。送り主が寺院へ害を為す存在で有るか、それを判断する為、更に寺院の中枢を担うツヴァイが勤務に支障を来たさぬ様に院内の同僚から施された処世術が女装であった事等、当人から諸々の事情を聞けば、アレスディアもそれを無碍に扱う理由等無く。

「ううむ……あくまで騙さねばならぬだろうか?」
「と、言いますと?」
「きちんと自分の気持ちを話して、相手の方の気持ちには応えられぬと話した方が良い気がするのだが……」
「あ〜……それは、そうなんですけどねぇ」

 アレスディアからの正論に、ツヴァイ自身もそれが最良の選択だと理解して居る節は見られるものの、彼の努める女性らしい振る舞いとは掛け離れ、己の頭を気まずそうに掻きながら漏れる何とも歯切れの悪い返答に、彼自身が元よりその様な色恋沙汰を不得手として居るのであろう事を悟る。
 その余りに困り果てたツヴァイの姿に渋々とは言え、譲歩をしても良いのでは無いかとアレスディアが思い始めた頃、大広間に突如、稲妻にも似た鋭い声音が打ち落とされた。

「嗚呼っ!! その様な可憐な出で立ちも趣きが有って、良くお似合いになりますわ、ツヴァイ様っ!!」

 大広間で人の名前を張り上げ、何て傍迷惑な。はたまた、何故こんなにも容易く、己の正体が暴かれる物か。と、ツヴァイが思ったか否かは定かでない。
 現実は、手紙の送り主であろう彼の人、その者の姿によって、ツヴァイのみならずアレスディアにさえも、多少なりの衝撃を与えて居たからだ。

(何て、逞しい、殿方でしょう!!)

 そう、ツヴァイと言う人物を見誤る事無く、些か喧しい地響きと共に歓喜の奇声を上げ二人の下へ飛び込んで来た人物は、血色良く、華やかなドレスを身に纏いながらも己の隆起した筋肉を惜しまず曝け出した――……大男であったのだから。

「待て、待て、待てぇえ!!」
「何故!? ツヴァイ様はずっと、此処でわたくしをお待ち下さって居たのでしょう!?」
(うむ。ある意味、正論か)

 相手が生粋の女性では無いと知ればツヴァイの大男に掛ける思慮は専門外でか、人目も憚らず全身で拒絶を体現する彼の挙動に、何の前触れか両手を大きく広げた儘、傷心の態度を見せる大男にアレスディアが胸中で些か呑気な分析を浮かべる。
 それも元より、確固たる理由が有っての事と記憶して居るが。そんな思考を尚も巡らせる中で、ツヴァイが不意にアレスディアの両肩を掴み、一歩分、彼女を大男へと押し出した。

「残念ながら。彼女を見て、お前さんのその、妙な誤解を解いて貰おうと思っただけだ」
「!! …………彼、女?」

 何の誤解かは大男のみぞ知る話では有るのだが、此処はそう言って置けば、ツヴァイにとって後々角が立つまいと言う結論に至ったらしい。途端大男が瞳を見開き、丸で品定めでもするかの様な眼差しでアレスディアを凝視する不届きを、黙認が正解と取ってか当人は不躾な視線にも唇を引き結び、至極居心地の悪い沈黙に耐えて見せた。
 すると次第に厚顔な顔を俯かせ、大男が広い双肩を震わせた挙句に拳の一つすら入る隙間も無い程アレスディアへと詰め寄って。

「この女と別れて、わたくしと誠の婚姻を結ぶ誓いを、立てて下さいますのね!?」
「――……ん? は!? ちょっ」
「その為に、この様な女装の真似事までして……いえ、お似合いになりますけれども!!」
「似合って堪るか!!」

 この瞬間、元より機会を逃したが、万が一ツヴァイの女装が暴かれた際に発動する手筈となって居た彼の女装癖発覚と言う牽制は、お披露目するまでも無く脆く崩れ去る運命であった事を知る。
 そして、ツヴァイの辟易とした怒声と、更に野太い大男の艶めくべく努める声に挟まれ、どれ程が経った頃であろうか。
 遂に、これまで頑として沈黙を守って居たアレスディアの胸中に蟠る、何かが爆ぜた。

「……いい加減にせぬか!!」

 大広間の構造もあってか、一喝して尚余韻の残るアレスディアの声音に両名のみならず、その場に鉢合わせた院生や師、果てに寺院に出入りする一般人の誰もが各々の時を止めたかの様に硬直し、アレスディア等の立つ一角を凝視した。

「人を想うということは良いことだ。だが、一方的に押し付けるものではない!」
「えー……あの? アレ……」
「そのようなものはただの独り善がりだ! 猛省せよ!!」

 何処か腰の引けたツヴァイの呼び掛けをも一蹴し発せられた言葉に、当の大男はその図体を固めた儘瞳を丸くし、未だアレスディアへと惚けた眼差しを送って居る。
 一方、言いたい事を全て言い切ってか、一つ緩やかな動作で呼吸を整えたアレスディアへと、次の瞬間大男が土下座にも似た格好で跪き、祈誓の様に両手を組んで恭しく顔を上げて見せた。

「わたくし、貴方に痛く……惚れ込みましたわ!! 御姉様――いえ、姉御様!!」
「――……姉御、とは」
「一生、貴女に付いてゆきます!! どうか妹分として、これより先、貴女のお傍にお仕えさせて下さいませ!!」
(ええっ、え、えええ!?)

 ツヴァイのみならず、一同の動揺と吃驚の入り混じった叫び声が大広間へと響き渡らなかった事は、余りにも目紛しい展開への必然であろうか。
 今一つ理解に至って居ないアレスディアより変わり、漸く我に返ったツヴァイが未だアレスディアの背後に控えた儘、動揺の拭い切れない声音を投下する。

「妹分ったってお前さん、見紛い様の無い……――」
「黙らっしゃい!! 男の分際で女々しい布をひらひらと、気色の悪い!!」
「………………」
「それでは姉御様、ご機嫌麗しゅう。又の機会、姉御様と相見える日を、心待ちにしておりますわ!!」

 お前がそれを言うのか。そう両断したい気持ちをツヴァイが並々ならぬ力で握った拳へ逃したのは、フェミニストの気を持つ彼のなけなしの良心か。
 その間、男色改めアレスディアの妹分候補である大男は、その体躯からは想像も付かない、台風宛らの潔さで寺院を後にした。

「――……一体、どう言う事だ?」
「……暫く、此処には立ち寄らない方が身の為って事では? 姉御さん」

 一難去って尚、腑に落ちない表情のアレスディアへ合流の頃より更に疲弊した面持ちのツヴァイが、それでも我を崩さず呟いた言葉は静寂の中、やがて大広間へと溶け。

『ヴ・クティス教養寺院速報!! 女装癖師長ツヴァイ、男色の大男に振られた挙句、当事者から謎の女性への求愛現場を目の当たりにし、傷心!!』

 その後、何者かの手によって配られた即席と思われる大量の寺院報に、目撃者の証言も相俟って信憑性もとい、尾ひれを増した噂は暫くツヴァイの頭痛の種となり。
 仕舞いには寺院に息衝く一匹の付喪神の笑い声が数分後、聞くに堪えない悲鳴へと変わり、数日に渡り人々の耳を賑わす事となった。

 終

 //////////登場人物(この物語に登場した人物の一覧)//////////////////////////////

【2919】
 アレスディア・ヴォルフリート(あれすでぃあ・う゛ぉるふりーと)
(女性/18歳(実年齢18歳)/ルーンアームナイト)

【NPC】
 ツヴァイ(つう゛ぁい)
(男性/23歳/寺院師長)

 //////////ライター通信//////////////////////////////////////////////////////////

【アレスディア・ヴォルフリート様】

 この度は、「Zの受難」へのご参加を、誠に有難うございました。
 アレスディア様から頂いたプレイングにより、アレスディア様の女性(?)にさえ敬愛の念を抱かせる男気や、傍迷惑な騒動に振り回されるツヴァイの受難にも、一層可笑しく拍車が掛かった様に思います。

 又、アレスディア様と相見える機会を、心待ちにさせて頂きたく思います。
 改めまして、ノベルへのご参加と、こちら迄のお目通しを有難うございました。

 ※尚、当ノベルへのイラスト、ボイス商品のリンクに関しまして、ご希望がございましたらCHIRO名義のイラストレーター、ボイスアクトレス個室より「Zの受難」での一幕である事をご明記の上、「PC&NPCツインピンナップ」、若しくは「PCシングルボイス」にてお書き添えを頂ければ、通常受注、ノミネート受注中出来得る限りご希望に添わせて頂きたく思いますので、常時お気軽にお声掛けを下さいませ。

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