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■Extra Track■

深海残月
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 オープニングは特にありません。
Track 27 featuring シュライン・エマ

 …どうして誰も居ないんだろう?
 しみじみ思う。

 気が付いた時は一人でここに立っていた。
 周辺の状況からして、恐らく自分は一人で歩いていたのだ…と思う。
 あまり自信は無い。



 酉の市で立つような縁日か何か、のような周辺状況。
 シュライン・エマはその中に一人で居る。
 それらしい屋台があり、それらしい喧騒も感じ取れ、つい今し方まで人が居た痕跡はあるのだが――何故か、シュライン以外の人の姿は何処にも見えない。
 なのに時々、楽しそうな、笑いさざめく声だけが聞こえもする。
 子供がたった今までそこに居たような。
 シュラインの耳には、射的を行った時の弾が風を切って飛ぶ音とか的の景品が転がり落ちる音とか、金魚すくいを行っているらしい水音まで聞こえはする。
 けれど。
 たった今それを行っている筈の、人の姿が何故か無い。
 音のした方向を見ても、そこにはもう誰も居ない。
 まるですくったそこで結局取り落とされたように、ぱしゃんと水面で金魚が撥ねているのすら見えた。
 けれど、たった今金魚をすくっただろう人物が、もう居ない。
 何だろうと思う。
 わからない。
 …よくわからない状況ではあるけれど、この状況に悪意や害意は――感じない。
 それは自分は草間興信所に集う異能を持つ面子のようには感覚が鋭い訳では無い。けれどシュラインも何だかんだの成り行きでそれなりに修羅場は潜っているし、今居る状況が本当に危険かどうかと言うくらいの区別なら付く…と思う。それはどう危険かとか、詳細についてはわかるものでも無いだろうが。
 今のこの状況は、不思議ではあるけれど、悪いものではない、と思う。
 むしろ、何か…昔懐かしいような感じがする。
 子供の頃に戻ったような。
 縁日だからかと思う。
 少し考えてみる。
 もう少しあちこち歩いてみよう、と思う。
 足音でわかる。
 地面を――砂を踏む音。
 舗装されていない道。
 甘ったるい砂糖のような――駄菓子のような匂い。
 ソースの――やきそばやお好み焼きのような、匂い。
 緑の匂い、木の匂い。
 これは現代なのだろうかと錯覚する。
 歩き続けてみる。
 ほんのちょっとだけ、景色が変わる。
 お面とか、風車とか、風船とか、素朴なおもちゃを売る店が見える。
 そういったおもちゃのような品物は色とりどりだから、それで余計に景色が変わって見えるのかもしれない。
 屋台が続く事は変わらない。
 それ以上は、相変わらず音と気配だけで、つい今し方まで誰かが居たと言う名残が残されている。
 相変わらず、誰の姿も無い。

 と。
 思ったところで。

 …少し離れたところに初めて人の姿を見付けた。
 と言うか、漸く見付けたその『人』はよくよく見れば知り合いだった。
 二人。
 内一人は、わたあめを片手に歩いている、やや時代がかった姫君のような断ち髪の――けれど服装は神聖都学園高等部の制服を着た、ボーイッシュな雰囲気と何処か孤高の印象を持つ中性的な少女。
 もう一人は、その傍らに連れ立って歩いている草間武彦。
「武彦さん? …に、詠子ちゃん?」
 思わず呼ぶ。
 呼んで初めて二人の方も気が付いたようだった。
 おお、とばかりに詠子ちゃんと呼ばれた少女――月神詠子の方が、わたあめを掲げてぶんぶんと振って応えて来る。
 武彦の方も声に応えてシュラインを見た。
 シュラインの姿を認めて、何処かほっとしたような顔をしている。
「ああ、やっと見付けた」
「?」
「いや、お前を捜してたんだ」
「で、その最中に草間はボクと偶然会った訳だ」
 この誰の姿も見えない縁日で。
「…二人ともいきなりここに?」
 私と同じように。
「ああ。気が付いたらこの気配はすれども誰の姿も見えない縁日の中に居てな。こうなる直前の状況を思い返すとお前は俺と一緒に居た気がするからな――恐らくはお前もここに居るんじゃないかと思ったんだ」
 ただ、そんな中で月神まで居るとは思わなかったが。
「ボクもまさか草間が居るなんて思わなかったけど。ホントにシュラインまで居るとなると他にも誰か居るかもしれないのかな?」
 わたあめをはむはむ食べながら、詠子はちょっと思案する。
 その様子を改めて見、シュラインはふと目を瞬かせた。
「…ところで詠子ちゃん」
「ん? なに?」
「そのわたあめ」
 …どうしたのか。
 今のこの縁日では、シュラインの前のみならず武彦と詠子の前でもどうやら「人の気配はすれども姿が見えず」の状態がずっと続いている事になるらしい。にも関わらず詠子はいかにもこの縁日で入手したと思しきわたあめを手にしている。と言う事は、詠子は少なくともわたあめ屋さんと何らかのやりとりをしてこのわたあめを入手した事にもなるであろう訳で…?
「買ったんだけど」
 言いながら詠子は制服のポケットを探り――当然のように桜貝らしき小さな貝殻を幾つか掌に載せて出す。
 まるで小銭でもポケットから取り出すように。
「…買えるんだ」
 今の状況からするとそこからして疑問だったりしたので。
 しかも対価が貝殻?
 それはずっとずっと昔にはそんな事もあったのかもしれないが、少なくとも現代では…そしてこんな形の縁日が出ている時点で場所も一応は日本だと思うので…それなりのお金、日本円の貨幣と言うものが流通しているものではあるまいかと思ったりもする訳で。
 そうは思うが、詠子の方は特にその辺の事に疑問は無いらしく、貝殻をまたポケットに仕舞い込んでいる。
 …扱いがまるっきり縁日を楽しむ為に用意した小銭だ。
「買えるよ? わたあめって作ってるの見てても面白いよねー。機械の中の何も無いところから雲みたいなのがぐるぐるぐるーって串に巻き付いてふわっとした塊になってくのが。…食べてると持ってるところがべとべとして来るのがちょっと引っ掛かるけどさ」
 にこにこにこ。
 満面に笑みを浮かべ、嬉しそうに話している詠子。
 確りきっぱりこの縁日を――この状況を満喫している。
 そしてまた、はむはむ。
 …それは今の状況も特に危険は無さそうではあるし、詠子もまた楽しんでいるのだろうから何も悪い事では無いのだが。
 でも。
 微妙な疑問は相変わらず残る。
 シュラインはちょいちょいと手招いてそれとなく武彦を呼んでみた。
 武彦もすぐにその意図に気付き、シュラインの側に寄る。
 二人して内緒話でもするように顔を突き合わせた。
「武彦さん武彦さん、詠子ちゃん『ここ』が何だか知ってるの?」
「いや…どうも上手く躱されてしまっててな、そこまで突っ込んだ話はまだ出来てない。ただあのわたあめは俺と合流してから買ってる」
「普通に?」
「普通に」
 姿が見えない事以外は店員の反応も普通だった。詠子がわたあめ一つ頂戴と何も無いところに当然のように貝殻を差し出すと当然のようにその貝殻が空中を浮いて移動――つまりは店員が受け取って、今度は全く逆の軌跡を辿り、空中を浮いてわたあめ一本が詠子の手元まで移動した。
 それから、詠子は当然のようにありがとねと姿の見えない店員に礼を言い、わたあめを持って店を離れている…と言った次第である。
 しみじみ普通の態度だった。
 …相手の姿が見えない、使ったのが小銭では無く貝殻だった、と言う以外は。
 シュラインと武彦は顔突き合わせたままで思わず考え込む。
 と。
 少し離れたところから、いこ、と詠子の促す声がした。
 それで、これまた当然のように屋台の前を歩いて行こうとしている。
 シュラインと武彦の二人を、堂々と先導するようにして――何かしら、ちょっとした目的があると思わせる態度で。
 その態度からしても、詠子は『この場所』は何であるのかわかっているように思わせる。…明らかに普通とは異なる『この場所』で。
 ならばここは一つ任せてみようか。どちらからともなくそう思い、シュラインと武彦はそれとなく目配せを交わす。
 それから二人は、詠子の後に続く事をした。



 そのまま歩いて暫し。
 詠子が足を止める。
 止まった場所は、やや開けた場所だった。
 ざわざわとした雰囲気も強くなっている。
 どうやら、姿が見えない気配の主たち、もここに集まって来ているらしい。
 何かが始まるのだろうかと思う。
 何と言うか、そんな雰囲気な気がするので。
 …取り敢えず連れ立っている二人の姿を確かめてみるが――ちょうど武彦からも同様にシュラインの様子を確かめられたところだった。ただ、詠子はと言うと、何かを待っているように『ある方向』を見ている。
 やっぱり目的があるらしい。

 そんな中。
 時折、何かがするりと走り抜けるように――泳ぐように動いているのが見えた。
 目視で確認するのが難しいくらいの速さで。
 何か、細長い靡くもの。
 水中であるなら細く体長の長い魚のような、陸上であるなら長い尻尾を持つ小さな哺乳類のような。
 そんなするすると細かく滑らかに動く姿が、唐突にシュラインの目の前で止まった。
 本当に目の前に、である。
 いや、足許にそれが来たかと思ったら、そこからシュラインの身体を当然のように上って来て――それでも重みも何も感じない――肩辺りまで上って来たかと思うと、そこからするりと空中に踊り出るようにして、本当に顔の前、目の前に乗り出して来た。
 そして、まるで首を傾げるように身体をくねらせて、真正面からシュラインを見た。
 目が合う。
 かと思うと、それ――大まかに言うと『蛇』のような気はしたがそうとも言い切れないような妙に表情があってつぶらな瞳が可愛らしくもあったような良くわからない生物――は再びシュラインの身体をするりと駆け下りて、そのまま何処ぞへ駆け去っている。
 何だろうと思う。
 思った時には姿が見えない。
 今の生物(?)が何者だったのか少し考えてみる。
 細長い身体。
 魚のような――爬虫類のような細かい鱗に覆われてもいた。
 妙に表情があるように感じたのは瞳のせいか。
 何か、靡かせていた長いものは――鬣か何か――取り敢えず体毛のようには見えた気がする。
 鱗があって体毛がある?
 それに、細長い身体からちっちゃな足のようなものが顔(?)の少し下の方に二本――いや更にもっと下の方にもう二本、合わせて四本程、確か無かったか。

 ………………竜?

 と、頭の中でそう過ぎったところで。
 シャン、と涼やかな音がした。
 その音に、思わず目が引き寄せられる。
 追い掛けるようにして、ドン、と貫禄のある重い音が続く。
 音のする方を見て、舞台らしきものがある事に気付いた。
 ごく淡い藍――秘色の水干姿に面を被った人物がそこに居る。
 閉じられた扇を携え、ゆっくりと摺り足で舞台の上を動いている。
 緩やかな腕の動きに伴い、翳される扇。
 ドン。
 鼓の音。
 合わせて、打ち鳴らされる足踏み。
 笛の音。
 鈴の音。
 それらの音色に合わせて、水干姿の人物が扇を手に、舞う。
 能のような――けれど何故かそれにしては演目が思い当たらない舞台。
 けれど、飽きない。
 むしろ、惹き付けられる。
 水干姿の人物の一挙手一投足に、目が奪われる。
 姿が見えない周囲の気配の主たちも、固唾を飲んでこの舞を見守っているような気がした。
 ちょっと動いただけでも、言葉を発しただけでも邪魔になってしまいそうな――観ている者にそんな邪魔をしたくないと思わせるような舞台。
 動きに凄みが増して来る。
 音色の拍子が早くなる。
 クライマックス。
 演目を知らなくても『そう』とわかる――わからせるだけの説得力がある舞台と演者。
 盛り上げられていく音色に合わせ、ぐるりと回るように大きく飛び上がり、着地。
 鼓の音色と合う形。
 着地したそこから、静かに動きが収められる。
 鈴の音が続く。
 ゆっくりと、深く、演者が礼をとる。
 鈴の音だけが、一定の間を置いて、続く。
 何処から鳴っているのかわからない音。よく見れば、その音を奏でている筈の楽士たちの姿すら確かめられない。
 ただ、舞台に響くよう、音だけが鳴っている。
 続いている。
 木霊のように。
 音に合わせるようにして、水干姿の演者の姿が霞んでいる。

 ふっ、と。

 何か一気に、周囲一帯の空気が持ち上がるような――浮き上がるような、奇妙な心地がした。
 同時に、『音』が消える。…奏でられていた雅楽の音だけでは無く、もっと雑多な――そこに集まっていたであろう気配の主たちから聞こえていた音まで。
 一気に。
 少し驚く。
 シュラインにとってはそんな風に雑多な音が聞こえなくなると言う事は、つまりその雑多な音を奏でていた『気配の主』が皆居なくなってしまった、とも取れる訳なので。
 今度こそ姿だけでは無く、気配まで消えてしまっている。
 気が付けば水干姿の演者の姿まで、無い。
 恐らくは霞んだそのまま、幻のように消えてしまっている。
 見れば、武彦も少し困惑しているようだった。シュラインの見る限り、人の気配らしいものが一気に消えた事に武彦もまた気付いているように見えた。
 ただ、詠子だけは困惑している様子が無い。
 音が気配が全て消えたのを見届けてから、うーん、とばかりに思い切り背を反らして伸びをしている。
「終わったね」
 気持ち良さそうに伸びをしながら、当然のように言って来る詠子。
「?」
 いきなりそう言われても何の事やらである。
 シュラインと武彦はまた思わず顔を見合わせた。
 と、二人のその態度に今度は詠子の方が訝しげな顔をする。
「…あれ、違った?」
「いや、そうじゃなくて…どういう事?」
「どういう事って…言葉通りだけど。終わったよね、って。見た通り」
「??」
「?」
「???」
 思わず頭上に疑問符浮かべた状態でシュライン&武彦と詠子の三人はお見合いしてしまう。
 何だか要領を得ない。
 どうやら、お互いの理解に何か重大な齟齬があるらしい事は見当が付くのだが――それが『何』であるのかがいまいちわからない。
 恐る恐る詠子が二人の顔を覗き込む。
「…二人とも、奉納舞見届ける為にここに招かれたんだよね?」
「…そうなのか?」
「違うの?」
 聞き返して来る武彦に、詠子はきょとん。
 …どうやら、詠子の方は何だかよくわからない内にここに居たシュラインや武彦とは違い、「奉納舞を見届ける」、と目的をちゃんと持った上でここに居る…と言う事らしい。それで、先程の縁日でも普通にわたあめを買ったり出来た――買い方を知っていた、と言う事なのだろう。
 と。
 要領を得ない状態だったお互いのやりとりからそこまで考え――実際に詠子に確かめようとしたところで、シュラインの耳にまた新たな『音』が聞こえて来た。
 気付いたところで、シュラインはその『音』の源を振り返る。
 と、『音』の通りにまた新たな人の姿が見えた。シュラインたち三人が歩いて来た方向。通り抜けてきた屋台の方向からその人物が歩いて来る――ついでに、そちらに並んでいた筈の屋台すら今はもう影も形も無くなっている事に気付く。
 ともかくそちらから、詰襟の学生服姿な――まだ少年と言っていいだろう年頃の、眼鏡を掛けた優等生風の男性が現れていた。
 見た目の年齢として高校生相当になっている詠子より更に若く見える。
 中学生くらいだろうか。
 思っているところで、詠子の方が彼に向かって少し驚いたように呼び掛けている。
「織枝」
「…あなただけだと思っていたのに、草間興信所の御二人まで招かれてらっしゃるとは」
 苦笑しながら、織枝と呼ばれたその少年は何処か大人びた態度で詠子にそう返して来る。
 知り合いらしい。
「えっと…織枝くん、でいいのかしら」
「はい。桑木織枝と申します。シュライン・エマさんに…草間武彦さんですね。初めてお目にかかります」
「俺たちの事を知ってるんだな」
「草間興信所と言えばその筋では有名ですから。御二人の事も存じていますよ」
 織枝は卒無くあっさりとそう受け答え、シュラインと武彦の二人に笑い掛けている。
 一方の詠子はと言うと、そんな織枝の姿に、む、と不満そうに口を尖らせていた。
「…なんで織枝まで来てるんだよ」
「あなたを頼った水神様の御希望に沿うには『人間』も必要では思ったまでですよ。…ただ、『そう』だったとしてもどうやらわたしが来るまでもなかったようですが」
 御二人がいらっしゃった時点で。
 そう含むようにシュラインと武彦を見、それから織枝は詠子に視線を流す。
「呼びましたか?」
 あなたが御二人を。
「呼んでないよ」
 ボクは誰も。
 すかさず切り返される詠子の科白に、織枝は頷く。
「確認しただけです。草間興信所の方なら意図せず巻き込まれてしまう事もあるでしょう。水神様側でも怪奇探偵さんをご存知の可能性もありますしね」
「…水神?」
「ええ。水神様です。とても古くから在られる御柱のようですが…今の人の世には奉る為の祭祀どころかその名すら伝わっていないようです。詠子さんが夢から夢を渡り歩いていた時にその古き水神様にお声を掛けられ、眷族による奉納舞の見届け役を頼まれたのだ、と仰っていましたよね?」
「うん。声掛けられたのが夢を渡ってる時のボクだったから…この世界に招かれたのもボクだけだと思ってたんだけど、歩いてる途中で草間が居たからちょっとびっくりして」
 それから暫く歩いてたら、草間だけじゃなくシュラインまで居たから、余計。
 と、織枝の説明に素直に頷きつつ、詠子は同意。
 シュラインと武彦は…また思わず顔を見合わせた。
 …そういう話であるのなら。
「武彦さん」
 何か心当たりは。
「…」
 武彦は無言。
 心当たりは全く無い。
 が、心ならずも怪奇探偵と二つ名が付いている草間武彦、と言う時点で、その『逆』とも言える。
 …即ち、その風聞時点でいつ何処で誰にどんな風に目を付けられるかわかったものではないし、その水神当人と面識は無いにしろ、草間興信所の者が『その手の事』で頼れる『人間』であると知人友人その他縁故ある方々に教えて伝えて広めていそうな『広報役』の心当たりなら…むしろありすぎてわからない。
「…無いのね」
 心当たり。
「…依頼ならもっとちゃんと話通してからにしてくれ…」
 武彦は疲れたように言いながら、はぁ、と溜息。
 突然勝手に巻き込まれては正直、困る。
 と、そんな武彦を見、シュラインはクスリと小さく笑う。
「でも武彦さん、怪奇絡みならちゃんと依頼して来ても断るでしょ」
「断ってもいつも勝手に巻き込まれてるだろうが」
 然り。
 …そして武彦も武彦で結構その辺は諦めていたりする。が、一応言うだけは言っておく意地もある。
 まぁ、どちらにしても何の意味も無い事に変わりは無いのだが。
 …武彦とシュラインのそんなやりとりを見、織枝がまた苦笑している。
「ともあれ、この世界は水神様の世界――そこに、詠子さんの作った夢の世界が重なっている場になります。ですから、水神様に招かれるか――詠子さんに招かれるか。もしくはそれなりの能力を持つ者が介入するか――そのどれかの手段を用いてしか、ここに居る事は出来ないと言う事になるんです」
 そして草間興信所の御二人は、そういった能力をお持ちでない事も存じ上げております。
 なのでわたしは、詠子さんにも一応伺ってみた訳で。
 詠子さんなら御二人の事も元から御存知ですからね。
「…だからボクは呼んでないってば」
「あなたの事ですから、無意識で、と言う可能性もあります」
「…やっぱりボクの事疑ってるんじゃん」
「可能性が否定出来ないだけで、あなたがそうした、とは言っていませんよ。まずあなたを信じるのが側役たるわたしの役目ですからね」
「うっわすっごく白々しい」
「…わたしは本気なのですが。そもそもあなたを信じる事が出来なければわたしはここに来れはしませんよ。あなたの作った夢を介してここに来た時点でわたしはあなたの手の内も同然ですからね。…わたしはあくまであなたを補佐する側役であって、封印の御役目ではありません。あなたをどうこうする力も権限も持たないのですからね」
「…そこは理屈ではわかってるけど…でもやっぱり織枝だとどうしてもそういう気がしない」
 詠子は織枝にそう返す。
 何故か、彼が現れた時から何処となく詠子は不機嫌である。
 そして――シュラインや武彦にしてみれば、その状況に何となく既視感を覚えもする。
 何と言うか――詠子と織枝の話している感触が。二人の立ち位置が。…どうにもこの織枝、『誰か』を思い出すような佇まいをしている気がしてならない。
 と。
 察したように織枝の方から口を開かれた。
「わたしは繭神一族分家、桑木家の継嗣に当たります。歳が歳なので在籍は中等部ではありますが、元々神聖都学園に通っていた縁で、現在の詠子さんを補佐する為に側役に付く事になりました。それで、詠子さんの『夢』にある程度の干渉も出来る訳です」
 だから今、自分の意志でここに訪れる事もできる訳で。
「それだけの事なので、あまりお気になさらず」
「…にしても」
 それは歳の頃の違いはあるが…何と言うか、一回り小さくなっただけでそれ以上は『そっくり』である。
 …数年前、月詠が創り出した夢の中の学園――幻影学園の中で見た『生徒会長』に。
 皆まで言わぬその内に、その事もまた察したように織枝は不敵に笑う――ちなみにそういう表情の時は『生徒会長』当人とは随分違う印象を受けるのだが。ともあれ、そんな織枝の横ではちょっとむくれている詠子の姿がある――何故か、ぷいっと織枝から顔を背けてもいる。
「そんな事はどうでもいいよ。水神から頼まれた用事は終わったんだし…ボクもう帰る事にするから」
 と、言うなり、詠子は織枝を敢えて無視するようにして、じゃあね、とシュラインと武彦の二人にだけにこやかに声を掛ける――それからすぐ、詠子の姿が薄くなり、消える。その横ではそんな詠子を見送りながら仕方無いなとばかりに苦笑している織枝。苦笑しながらも続けてシュラインと武彦を見、軽く会釈。

 それを見たか見ないかと言うところで――シュラインの意識はまた、別のところに飛んでいる。



 気付いた時には今度はシュラインは草間興信所に居た。
 思わず目を瞬かせる。
 手元には帳簿。
 つい今し方、棚から取り出してきたようにシュラインはその帳簿を持っている。そうするまでの間の記憶も何となくある。けれど何か唐突に、何処か別の時点から『今』に繋がったような変な気もした。
 応接間の所長のデスクに――そこに着いている場の主こと草間武彦に目をやってみる。
 そちらもそちらで、難しい顔をして黙り込んでいた。ずっと長い事そのままの姿勢でいたのか、見ているそこで吸殻になった煙草の先端部分――それも結構長い――がぽろりと落ちている。…デスクが焦げた。途端気付いて、あちゃあとばかりに武彦が後悔しているのが見ていてわかる。武彦は我に返ったそこで灰皿を引き寄せ煙草の火を揉み消している。煙草の火を消しながら、そこで初めて気が付いたように帳簿を手に止まっている――そして同時に自分を見ているシュラインを見返していた。
 目が合う。
 それだけでお互い、何となく察した。
 お互い、同じような心持ちでいるらしい。

 即ち、ついさっきまで――あの場所、あの縁日を歩き、詠子と共に奉納舞を観ていたような――そしてその後に桑木織枝と名乗った、『幻影学園の生徒会長こと繭神陽一郎』そっくりの少年とも合流して、何があったのか簡単にだけ説明を受けたような――奇妙な実感。
 今現在の状況とは全く繋がらない筈なのに、何故か、確かな実感を伴ってその記憶がある。

 つまりは今さっき――あの場所で詠子や織枝から聞いた話通り、奉納舞を見届ける為に夢の中のようなあの世界にいつの間にか招かれていた――と言う事なのだろう。

 そういう事ならば、まぁ、構いはしない。
 だから結局、シュラインも武彦も――それ以上は特に動じる事無く元通りの日常生活に戻る事になる。

 ――――――自分たちが見届ける事それだけで、何かの役に立てたのなら良いのだが、と思いつつ。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■NPC
 □草間・武彦

 □月神・詠子
 ■桑木・織枝(くわき・おりえ)/繭神一族分家、桑木家継嗣の少年で月神詠子の側役な中学生(未登録)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 …「Extra Track」ではしみじみお久しぶりで御座います。「Extra Track」は…なんだかんだでしみじみ開けてない場合が多いですからしてね…(遠い目)

 草間さん込みで何かしら「祭」が関わる話、と言う御指定でしたが、祭りなんだか何なんだかよくわからないような感じになりました。そして何故か若干過去イベントの『幻影学園』風味にもなっております。当時の出来事についてシュライン様や探偵さんが何処まで承知している状態になるのかは…このノベルでは何だか微妙な感じだったりしますが。
 で、今回唐突に出てきた公式NPC繭神陽一郎のミニチュア版(…)的なNPCになる桑木織枝についてですが、その内普通にシナリオありの依頼系で御目見えする事になるかと思います。ある意味先行登場と言う事で。

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。27とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝