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■青春流転・肆 〜春分〜■

遊月
【7401】【歌添・琴子】【封布師】
「……こんにちは、お久しぶりです」
 穏やかに微笑む、青銀の髪の人物――ソウ。
 異常ではあるが、見慣れてきたような気もする、青の中、桜だけが咲き誇る空間。
 初めて会ったときと変わらぬ笑みを浮かべる彼はしかし、どこか落ちつかなげな雰囲気を醸し出しているように思える。
 実は、と彼は戸惑いの濃い声音で告げる。
 彼の一族の長――『当主』が直にここを訪れるということを。
◇青春流転・肆 〜春分〜◇


 青に染まる空――自然のものではない空間のそれを見上げ、歌添琴子は笑みを浮かべた。その下にいる愛しい人――ソウを想って。
 前回の邂逅の際、彼が再び会うことを望んだ、昼と夜の均衡が保たれる日――春分。その日にこの空間へと招かれるのは、もはや当然と言ってもいいことだった。
 ひらひらと桜の花びらが舞う空間を、琴子は導かれるように歩み、そして以前見たときと変わらず咲き誇る桜の下へと辿り着く。
 ゆっくりと近づけば、そこに佇み桜を眺めていた人物――ソウが振り向き、初めて会ったときのように微笑んだ。
「いらして下さり、有難うございます。お迎えにあがることができず、申し訳ありませんでした」
 そう言って彼が頭を下げようとするのを手で制して、琴子はあまやかな笑みを浮かべる。
「気になさらないでください。こうしてお会いできただけで、充分ですから」
「……そう言っていただけると、こちらとしては助かりますが――」
 不意に言葉を切って、ソウは僅かに表情を変えた。どこか落ち着かなげな感じのするソウの様子に、琴子は首を傾げる。
「その、実は――少々困ったことになりまして」
「……?」
 そうして、戸惑いの濃い声音でソウが告げたのは、彼の一族の長――『当主』が直にここを訪れるということだった。
 本日になって唐突にそう言い出した当主に、突然すぎるからと思いとどまってくれるよう説得しようとしたが、それがかなわなかったとのこと。
 せめてもっと早くに知らせることができればよかったのですが、と申し訳なさそうに告げるソウを見上げ、琴子は口を開く。
「そんな顔をなさらないで。当主様がいらっしゃるというのなら、ご挨拶いたしますわ。突然のこととは言いましても、何かあるわけではないのでしょう?」
 それとも私という存在を見定めにでもいらっしゃるのかしら――そう笑みを含んで言えば、ソウは首を振って否定する。
「いいえ、そういう訳ではないのですが――その、歌添さんに興味を抱いておられるのは確かなようなのです。これまではそのようなことはなかったのですが……」
 ソウの言動の端々から滲み出る戸惑いを感じ取って、琴子は一体何に対しての戸惑いなのかと考えをめぐらす。
「ソウ様が戸惑っていらっしゃるのは、私達がどんな間柄なのか尋ねられた時、返答に困るからなのでしょうか? ……もしそうなのでしたら、どのようにご紹介下さっても良いのですよ。――私にとってソウ様は大切な……想い人です」
 ソウが驚いたように自分を見遣るのを視界に収めつつ、琴子は上気した己の頬に手を当てた。
「…ふふ。頬が火照りますわ……。なぜでしょうね、ソウ様のこととなると、遠回しは好みませんの。限られた時間の中でしかお会いできないのなら、なおさら……私の気持ちを伝えたいのです」
「……歌添さん、」
 何か言葉を続けようとしたソウはしかし、弾かれたように琴子の背後へと視線を向けた。つられたように琴子も振り返る。
「女性にそこまで言われたら、男冥利に尽きるってものだね、ソウ。君ももう少し、言葉を尽くすようにしたらどうかな」
 ソウの視線の先には、恐ろしく整った顔に底知れぬ笑みを浮かべた人物がいた。その人こそがソウの言う『当主』なのだと、直感する。
「それで、――貴女が歌添琴子さん、だね? 初めまして、私は――そうだね、とりあえず『式』とでも名乗っておこうか。聞いていると思うけれど、ソウ達一族の『当主』だ」
「――初めまして。お目にかかれて光栄ですわ」
「こちらこそ。いいところに邪魔しちゃってごめんね? そういうつもりはなかったんだけど」
 その言葉に、先ほどソウに告げた内容を聞かれていたのだと改めて認識して、僅かに顔が熱くなる。
「いいえ、謝られることはありませんわ」
「なら、いいんだけれどね」
 含みのある笑みを浮かべて、当主――式はソウに視線を移した。
「当主……」
「別に取って食おうって訳でもないんだから、そんな情けない顔をしないでほしいなぁ。本当にただ興味があっただけだよ。……さて、私の目的はこれで果たせたわけだけど――」
 そうしてまた琴子に視線を向け、笑みを深める式。
「貴女は何か、私に聞きたいことなどあるかな? もしあるのなら、できうる限り答えるけれど」
 言われて、考える。ソウを取り巻くこと――儀式や一族についてなど、気にならないわけではない。しかし、無理に問うことはしたくない。教えるに値すると思われなければ、意味がないのだから。
 故に、別の問いを言の葉にのせた。
「では、ソウ様と当主様がどのような関係なのか、できるのならばお聞かせ願えますか?」
 上下関係だけなのか、家族のような空気があるのか――そして式はどんな人物であるのか。
 それを聞いてみたくて口にした問いに、式は楽しげな笑みを浮かべる。
「いいよ、答えよう。ああ、でも私からだけでは、偏った答えになってしまうね。ソウも答えてあげるといい」
「当主、――」
「私に遠慮せずに、きちんと答えるんだよ? 私も君の答えは聞いてみたい。まあ、まずは私から答えようか。……そうだね、私とソウとの関係は、見方によって幾通りもあると思うのだけれど――私にとってソウは、可愛い可愛い我が子『たち』のひとりで、私の望みをかなえてくれる『封破士』で、今となっては最後の希望、かな」
「……勿体の無いお言葉です」
「そんなに身構えなくても。――ほら、ソウも答えてあげなよ」
 促され、戸惑いも露に、ソウは口を開いた。琴子と相対しつつも、ちらちらと式へ視線を向けながら言葉を紡ぐ。
「私にとって当主は、――その、最も大切にすべきお方であり、私たちを生み出してくださった、尊ぶべきお方……です」
「……そう、なのですか」
 聞いた限りの印象だと、上下関係のみというわけではなさそうだが、家族のような存在と解釈するには、どちらからも一線を引いた雰囲気を感じる。特に、ソウはその印象が強い。
「これでご満足いただけたかな?」
 式が茶化すような声音で告げた言葉に、頷く。口にされた言葉を鵜呑みにするつもりは無いが、それでも多少は二人の関係が垣間見えたように思う。
「ええ、有難うございました」
「いやいや、私としても楽しかったよ。普段口にしない事柄のことだからね。改めて確認するのも面白い」
 そう言って、式は意味ありげにソウを見た。その視線を受けたソウが、僅かにたじろいだように見えた。
「それでは私は戻るとしよう。ソウ、――忘れてはいけないよ?」
 言い終えると同時、式が消えた。何かの術だろうか、と考える琴子の視界に、どこか苦しげな表情を浮かべたソウが映る。
「どうなさいました?」
 問えば、ソウは一度目を伏せ、そうして笑みを浮かべた。どこかいびつな印象を受ける笑みを。
「いいえ、何でもありません。……当主とこのような場で話すのは、初めてでしたので」
 なんでもないはずはないと容易にわかったけれど、琴子はあえて追求しないことにした。触れられたくないのだろうということは、察するまでも無かったから。
 つい、とソウが腕を伸ばし、琴子の手をとる。浮かぶ花弁の痣――また一枚分増えたそれを、じっと見つめた。
「この『印』が咲いたら――」
 言いかけて、口をつぐむ。迷うように視線を彷徨わせて、手が離された。
「――、何でもありません。まだ、もう少し時間があります。お茶でもご一緒しませんか」
「……はい、是非に」
 ソウが言いかけた内容が気にならないといえば嘘になる。それでもやはり、無理に聞くことはしたくないと、琴子は思ったのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7401/歌添・琴子(うたそえ・ことこ)/女性/16歳/封布師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、歌添さま。ライターの遊月です。
 「青春流転・肆 〜春分〜」へのご参加有難うございます。

 ソウとの四度目の接触、如何だったでしょうか。
 今回は当主が登場でしたが、儀式やら何やらには触れず、ということで。ちらちらと見え隠れはしていますが。
 大分ソウも変化してきている感じです。判りやすいような判りにくいような感じですけれども。
 
 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。