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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後10時51分。
 石神アリスはカメラを持って歩いていた。
 時折カメラのレンズ越しに辺りを伺ってみる。カメラは一眼レフで、クラシックなデザインが一部のカメラ好きには評判のものであった。これさえ持っていれば、カメラを覗いていても多少の事は誤魔化せると言う便利なものであった。レンズを絞って目を凝らす。空は曇り空。星の光一つも見えない空だった。

「こら、今何時だと思っている!?」
「きゃんっ」

 アリスは背中に突き刺さる怒鳴り声にビクリと身体を震わせた。
 自警団だ。軍服のような物々しい詰襟を着て、帽子を被っている。手には明かり。背にはアーチェリーの矢筒と弓を背負っている。

「すみません……部室が心配になったんですわ……」

 アリスはふるふると震えてそう言った。そう言って、目をぎゅっとつむった後、大きな金色の目を潤ませて相手を見上げた。睫毛がほのかに濡れている。
 目力を強くして、相手の目をじっと見る。
 自警団の顔が、途端に真っ赤になる。

「……そうか。なら。生徒会長に見つからないよう気をつけるように」
「はあい」
 そう言って自警団は立ち去っていった。
 心なしか、フラフラと足元怪しく歩いている。
「……フン」
 チョロいわね。
 去っていく自警団をアリスは嘲笑った。
 アリスの金色に輝く美しい両目は魔眼。相手を石化したり催眠をかけたりできる白物である。
 邪魔者がいなくなった道を、アリスは軽やかに歩いていく。
 レンズ越しに時計塔を見る。時計塔の針はもうすぐ11時を指そうと上を向いていた。


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 時間は今日の昼12時55分まで遡る。

「号外号外号外〜!! 怪盗オディールの予告状が見つかったよ!!」
 昼休み、新聞部が配っている号外を1部もらった。最近よく聞くわねえ、怪盗オディールの話。そう言えばあんまり興味がなかったから特に号外はもらってなかったわ、どれどれ……? 適当なベンチに座って読み始めた時、思わず目を疑った。
 学園新聞に載っている予告状の内容は至ってシンプルであった。

「本日13時の鐘が鳴ったらやってきます」

 何を盗むかまではこの予告状には書いていないが、問題はその予告状の発見された場所であった。予告状が発見された場所の名前は、記事には書いていない。しかし、その「予告状の発見された場所」として紹介された写真に映っていたのは、アリスの所属する写真部の部室であった。

「ありえないわ」

 アリスは思わずつぶやいた。
 アリスはこれでも美術系統には詳しく、人より価値と言うものが分かっている。故に断言できるのである。写真部には、お世辞でも価値のあるものは存在しない。それはもう、金銭的価値も歴史的価値も。
 なのにわざわざ予告状を送ってきて、話を大げさにする必要はどこにあるのかしら?

「何か裏があるわ……」

 陰謀の匂いを感じた。
 その匂いは芳しい。その手の匂いにアリスは興味をそそられた。
 何よりも。

「怪盗オディール……欲しいわね……」

 一見すると可憐な少女に見えるアリスは、可憐な少女が浮かべるには妖し過ぎる笑みを浮かべていた。
 写真には黒いクラシックチュチュを着て高い塔から飛び降りる姿が映っている。非常に残念ながら顔は分からない。しかし、映っている身体のライン。これは見事なものだ。そうアリスは直感した。

 かつて学園には卒業生が作ったオデット像が存在した。バレエにもなった名作「白鳥の湖」の主人公の像であり、失われるまでは学園の象徴とも言える存在であった。その造形美は「白鳥の湖」の物語から浮き出たような儚げな美しさとも言うべき逸材であり、一部のコレクターから買取を申し込まれた程の名作である。怪盗オディールの全身から醸し出す雰囲気は、さながらかつてあったオデット像が動き出したような躍動感である。

「欲しいわ……私だけのオデット像……」

 アリスは人がいない事をいい事に、裏でのみ見せる、ニィ――っと言う不気味な笑みを見せた。
 彼女には、人には決して言えない趣味があった。
 彼女が美しい・かわいいと思った人を、魔眼で石像に変えて、コレクションにする趣味である。


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 午後10時57分。
 アリスは時計塔の中を、カメラをぶら下げて歩いていた。さすがにここまで来たら怪盗も肉眼で見えるであろう。
 時計塔の中、ちょうど時計盤の裏には、かびた匂いのする部屋が存在する。
 写真部の部室である。
 写真部の部員数は11人。ギリギリ同好会名義に変わらない人数を保ち続けて学園創世期から不思議と廃部になる事なく続いている。時計盤の裏と言う事で日が入らず、電気を消せば暗室になる事から、初代部長が生徒会に掛け合って手に入れたと言う部屋である。
 この部は特に目立つ事もなく、ただひっそりと存在しているので、学園の中でこの部の存在を知らない人も多い。少なくともアリスはきちんと認知しているのは理事会と時々現像を依頼に来る新聞部位ではなかろうかと思うのだ。
 さすがにここまでは自警団が入ってくる事もないだろう……。そう考えて部室のドアノブに手をかけた時だった。
「こんな所で何をしている!?」
 厳しい声が飛んできた。
 ……何でここに自警団がいるの? 生徒会でさえ部活予算組むのを忘れる位なのに。
 アリスはそんな事を思いながら、金色の目を潤ませて、自警団の目をじっと見た。
 自警団は動じずアリスの目を見ている。
「すみません……部室が心配になったんですわ……」
「……写真部か?」
「はい」
「気持ちは分からなくもないが、既に下校時刻はおろか、寮の門限も過ぎているのにあまり感心しないな。第一どうしても心配ならまずは生徒会にて届出をするのが筋だろう」
 あらら? アリスは虚を突かれて自警団を見た。
 おかしい。何でわたくしの魔眼が通用しないのかしら?
 おまけにここの場所を知っているなんて、まさか……。
「生徒会長としてはこの件を見逃す事はできないな」
 自警団改め青桐幹人はメガネを光らせてアリスを睨む。
 うわあ。やっぱり? 最悪だわ……。
 生徒会長、青桐幹人。学園屈指の堅物眼鏡として有名で、生徒からは恐れられている人物だ。
 嘘かまことか、魔術同好会が彼に対して呪いをかけた所、効果があるどころか逆に、「学園内で不要な魔法を使う事は校則で禁じられている」と、同好会活動を1ヶ月停止したとか言う噂が存在する。
 まさか、本当に効かないなんて思わなかったけど……。
 アリスは嘘泣きではなく、本当に涙目になった……。
 その時だった。
 ガタリ。
 写真部の部室で大きな物音が聞こえた。

「えっ、何?」

 思わずアリスは青桐の事は忘れて部室の鍵を開けた。

「え……」

 アリスは見惚れた。
 そこには黒いクラシックチュチュをまとった少女が、ほっそりした足で立っていた。
 髪を髪留めでアップにし、黒い仮面で鼻から上を覆っていた。
 見える口元が赤い。ああ、これは舞台化粧だわ。

「ごきげんよう」

 彼女の口角がキュッと上がる。そのまま丁寧な礼をする。
 怪盗オディール。それが彼女の愛称である。

 アリスが彼女の優雅な仕草に見惚れていたその時だった。
「オディール!」
 青桐は腰に提げていたフェンシングの剣でオディールの前に躍り出た。
 そのまま足を大きく踏み出し、素早く突き。
 しかし、それはやんわりと受け止められた。
 彼女の手には扇が、それで剣先を受け止めていた。
「危ないわ」
「何故学園の平穏を乱す!?」
「………」
 彼女は微笑むばかり。
彼女は軽やかにつま先で立ち上がり、片足を大きく上げる。
 それはまるで舞台の一幕のように。
 そのまま彼女は扇を振り上げた。
 剣は弾かれた。
「目的は達成したわ。それでは、ごきげんよう」
 彼女は会釈した。
 新聞部の部室は時計盤の裏。ちょうど本来なら12時の針の裏側に存在する。
 時計盤の12時の針の裏側には扉が存在する。彼女はそこを開いて、飛び降りていった。

 カーンカーンカーンカーン

 突然時計塔の鐘が鳴り響き始めた。
「えっ!?」
 アリスは思わず腕時計を見て絶句した。
 本来12の数字のあるべき場所に、13の数字が現れ、針は全て13を向いていたのだ。
「しまった……また逃げられたか……」
 青桐の眉間には深い皺が刻まれていた。
「大勢で捕まえればよかったのでは?」
「いつもわざわざ奴は分散させるんだ。だから一人の時じゃないと捕まらない」
「まあ……」
 彼女の飛び降りていった先を見たら、丁度彼女が塔から塔へと軽々飛んでいって去っていく所だった。
 美しい。
「ますます欲しくなりましたわね……オデット……」
「何か言ったか?」
「いえ、別に」
 アリスは去っていく彼女を見ていた。

 写真部の部室から、写真が一枚なくなっていた事に気がつくのは、次の日の話である。

<第1夜・了>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348/石神アリス/女/15歳/学生(裏社会の商人)】
【NPC/青桐幹人/男/17歳/聖学園生徒会長】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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石神アリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は青桐幹人・怪盗オディールとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。(ただ怪盗の返事が来るかどうかは「運」次第だと思われます)

第2夜公開は6月上旬の予定です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。