■月の旋律―希望―■
川岸満里亜
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
●帰還
「帰りましょう、お父さん」
 娘ミニフェ・ガエオールの凛々しい顔に、ドール・ガエオールはゆっくりと頷いた。
 大陸で療養生活を送っていた間、ミニフェは生き残った警備兵、傭兵達に指示を出し、島の復興に努めてきたらしい。
 アセシナートが築いていた研究所は、破壊されたまま地下に残っているそうだ。
 また、キャンサーについても今のところ調査は行なっていないとのことだ。
 アセシナートの月の騎士団は、捕縛した騎士と冒険者が持ち込んだ情報によると、事実上壊滅しただろうとのことであった。
 兵士はアセシナートへ帰したのだが、騎士はまだ島に留めてあるらしい。
 全ては、ドールが戻ってから、島の民達と話し合って決めることになりそうだ。
 一時は危険な状態に陥ったドールだが、現在はリハビリも終えて、普通の生活を行なえるようになっていた。
「すまない。ミニフェ」
 ドールは立ち上がって、娘の手をぎゅっと掴んだ。握手をするかのように。
「皆、待っています」
 ミニフェは強く優しい瞳で、微笑んだ。

●彼女の野望
 アセシナートの魔道士、ザリス・ディルダはベッドに横になり虚ろな目で虚空を見ていた。
 いや、彼女の目は何も見てはいない。ただ、目を開いているだけで、彼女の脳は何も見てはいない――。
 彼女の中に入り込んだジェネト・ディアはザリスがしてきたことを覗き見た。
『ザリスちゃんの体の中には、フェニックスから作ったと思われる赤い石があった』
 ジェネトは、キャトルにそう言葉を送った。
 月の騎士団は、フェニックスを2匹狩ったらしい。
 そして、宝玉を2つ作り出し、1つは優れた魔術師の手に。もう1つはザリスが自分の体内に埋め込んだらしい。
『薬に関しての知識は私にはないからな。見ても解らないが、必要ならばファムル君が得られるよう協力はしてもいい』
 薬の開発には、多くの知識、沢山の研究員、長い年月が必要になる。
 希望は消えはしなかったが、時間がかかることに変わりはない。
「希望がある……それが一番大事なことだよね」
 キャトルは久し振りに笑顔を見せた。
 体は改善してきているけれど、人の命なんてわからないものだから……。
 1日、1日を無駄にはしたくないと、思った。
『月の旋律―希望<復興へ>―』

 島に生きる者も、大陸から派遣された警備兵も、元々争いの多い地域に生きる者ではない。
 戦士でもなく、冒険者でもない彼等にとって、戦場であった港の惨状は、直視しがたいものであった。
 敵の残兵が潜んでいる可能性も考え、なるべく大人数で固まって作業は行なわれることになった。
 負傷者の収容と、治療、それから敗残兵の捜索が長期に渡り行なわれる。
 領主の館の地下に存在していた施設のようなものが、島の中に他に無いとは言い切れず、島に残っていた数少ない島民達は不安を拭えずにいた。

 それでも、少しずつ作業は進んでいく。
 戦いの爪痕は隠しきれなかったが、遺体の埋葬と港の洗浄が一通り済んだ後、避難していた島民を少しずつ呼び戻すことになった。
 まずは男性を中心に戻り、復興作業が本格的になってきた頃――。
 民家を一軒一軒回り、潜伏している残党の確認と簡単な修繕に務めていたアレスディア・ヴォルフリートは、ふと彼の姿を探す。
「むぅ……ディラ、だったか」
 アセシナートの騎士だった男。ディラ・ビラジス。
 アレスディアの言葉に応じ、最終的には共にアセシナートと戦った彼だが。
 ここ数日姿が見えない。
「あのままどこかへ行ってしまったのだろうか。残念だ」
 外へ出れば、復興に精を尽くす人々の姿がある。
 野外テントには、敵兵をも運びいれ、治療が行なわれている。
「もっとも伝えたかったことは、今ここにあるというのに」
 続いてアレスディアは建設中の仮設住宅の設置を手伝うことにする。
「悪いね。女性にこんなことさせてさ」
 島の気さくな初老の男性が、アレスディアに話しかけてくる。
「いえ、皆もご無理なきよう」
 アレスディアは会釈をすると、男性達に混じって木材の運搬を手伝う。
(何もない、と言っていたか)
 作業をしながら、ディラの言葉を思い起こす。
『護るべき者など俺にはいない。俺は戦うことしか知らない。戦いは生きる術だから戦っている。それだけなんだ……』
 そう、彼は言葉を紡いだ。
 話に聞いたところ、彼は子供だけの貧しい村の出身だという。
 アセシナートに利用され、その村の子供達は生き延びるために、戦い合い――ディラは仲間であるはずの者を打ち倒し、アセシナートの騎士となる道を得たらしい。
 そんな彼にとって、戦いは生きる術。それ以外の生きかたを彼は知らなかった。
(……何もないのは、私とて変わらぬ。故郷を失くし、独り生き延びた私には何も残されてはいなかった)
 地方領主の娘として生を受けたアレスディアだが――戦乱に巻き込まれ父を亡くし、その後領民と共に隷属を強いられてきた。
 耐え切れず激昂した彼女は、反逆の徒として処断されかけるも、領民が身を挺して彼女を助け……彼女は一人、生き延びた。
 アレスディアも一度、全て失った。
 見回しても、やはりディラの姿はない。
 けれども、汗を拭いながら精力的に働く村の人々の姿。
 剣を持ち戦っていた傭兵の多くもまだ島に残っており、復興に力を貸している。
 共に聖都から来た者、時折依頼を一緒に受けている者の姿も、目に映った。
 アレスディアは軽く笑みを浮かべて、息をついた。
(だが、今は違う。友と呼べる者達もいる。護りたいと思う気持ちもある。何もないわけでは、ない)
 アレスディアにとって、島の民達は、全くの他人であった。
 だけれど、この島を訪れてもう数ヶ月。
 今は避難していて、この場にもいない島の民にも、世話になっている。
 一切れのパンも。
 一欠けらのチーズも、休む場所も。
 島の民の力で作り上げたものだから。
 島を守ってあげているのだから当然の権利だなんて、アレスディアは思いはしない。
(戦う以外に生きる術がなかったのならばそれでも良い。戦うしか術がないのでも良い)
 彼の境遇を詳しくは知りはしないが。そうせざるを得ない状況だったのだろう。しかし……。
(しかし、一度でも良いから、それを人を護るために使ってみてほしかった。そうすれば、何もないという心に、何か生まれるやもしれぬのに)
「ミゼルおじさん! よかった、無事だったのね。残るだなんて、無茶な、ことをっ」
 港から駆けてきたのだろうか、少女は息を切らし汗を流しながら、先ほどアレスディアに話しかけてきた男性に駆け寄っていく。
「お、ラナちゃん。家族は全員無事かい?」
「避難した人達は、皆、無事です……もう……っ」
 泣き出した彼女を見て、ミゼルと呼ばれた初老の男は困った顔をしながら手の汚れをぬぐって――大きな手で彼女の頭を撫で、微笑んだ。
「おっさん、じいさん、皆無事でよかった。妻も元気な子供を出産して……」
 駆けつけた男性が、息せき切りながら出産の報告をしている。
 木材を、置いて、喜び合う人々の姿に、アレスディアは淡い笑みを浮かべた。
「そう、こんな風に。……戦いに追われ、一度は離れた故郷に戻れた喜びの顔。無事を喜び合う顔。手を取り合い、再びいつもの生活に戻ろうと協力し合う姿。人の活きる姿。同じ剣を振るうのでも、これほどまでに得られるものが違う」
 金銭でもない。
 感謝の言葉でもない。
 笑顔と喜びという報酬。
 それは、生きる理由となり得る報酬だ。
「それを、知って欲しかったのだが」
 汗を拭って、ふと目を向けた先に――アレスディアは鎧姿の男を見た。
 アセシナートの残党、研究員と思われる人々を繋いで、他の傭兵と共に領主の館へ連れて行く男の後ろ姿。
 その者自身も監視されているようで、傭兵2人に挟まれている。
 鎧姿の男は、ちらりと振り返り、アレスディアとまだ泣いている少女の姿を見た後、複雑な表情を浮かべた。
 アレスディアが目を煌かせると、男は軽く目を伏せて去っていった。
「地下の生存者捜索に動いていたか」
 くすりと笑みを浮かべて、アレスディアは仕事に戻ることにする。
 まだ、話しをする機会はありそうだ。
 いや、何も語らずとも――今の島の姿から、感じ取り、学び取ることも出来るだろう。

 彼に生きる意思があるのなら。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】

【NPC】
ディラ・ビラジス

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の旋律の後日談にご参加いただき、ありがとうございます。
こちらのノベルは、戦争を終えた直後から島の民が戻りつつある頃の話としました。
5回に載せた都合上、ディラはこの後島を発つことになります。
もし、その前、またはその後エルザードに戻ってからでも、彼に何かアレスディアさんの口から伝えたいことがあるようでしたら、また参加をご検討いただければと思います。
状況は違えど、全て失って、1人生き残った2人。出会ったことは、2人にとって、そして交わる人々にとって幸せなことになるといいな、と思います。
発注ありがとうございました!

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