■紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz■
紺藤 碧
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 一応の決着はついたと思う。
 この先、エルザードの街が夢馬の脅威にさらされることは無いだろう。
 だが、それは本当だろうか。
 目的が見えず、暗躍している男が1人。
 そして、盲目に目的へと突き進み、それを成した双子。
 手を貸した自分は、知る権利があるのではないだろうか。
蒼玉の円舞曲 sapphire-waltz passepied









 エルザード。天使の広場の昼下がり。人の往来激しいこの時間でも、先が尖り、鮮やかな蒼色の宝石がついた杖は、遠目にも良く目立つ。
 その先端を頼りに人を掻き分ければ、やはりあのフードが目に飛び込んだ。
 しかし、その杖は1つ。もう片割れはどうしたのだろう。
 この前の時のように、今回も単独行動でもしているのだろうか。
 キング=オセロットはこちらに全く気が付いていないサックに近付き、天使像の台座に腰かけているサックの前に立つ。
 影が出たことに気が付いたサックは、ゆっくりと顔を上げた。
「……やぁ、こんにちは。先日の話、考えてくれたかな?」
「あんた……ん、まぁ、な」
 それだけ短く答えると、上げた顔をまた俯かせる。
 オセロットはそこから動かないサックの隣に腰掛け、彼が何を見ているのか同じように視線を投げかけてみる。
 目の移るのは、何も知らずに笑いあい、行過ぎる人々。
 平和だ。
 このまま何も話さなければ、この時間がいつまでも続いていきそうな雰囲気。
 口火を切ったのは勿論オセロットだった。
「何の備えもしていない者に協力を申し出られても、足手まといなのはわからないでもない」
「分かってるなら―――」
「だが、これはもうあなた達だけの戦いではない」
 サックの、どこかほっとしたような色味を宿した声音で言いかけた言葉を、オセロットは遮るようにして告げる。
「私が生きるこの世界で夢魔……ナイトメアが暗躍している。私自身も被害に遭いかけ、また、白山羊亭など身近な存在にもその手は及んでいる。もはや無関係ではない」
「別に合わせてくれなくてもいい」
 そちらが奴をサキュバスと呼ぶならば、それでいいと暗に告げる。
「あんたにとって関係あるかどうかじゃない」
 オセロットはふっと微笑み、その半投げやりっぽい言葉を受け流す。
 話題を変えるように一端瞳を閉じ、ゆっくりと開ける。
「……話し振りから、異世界からの来訪者と見たがどうだろう?」
「そうだ。オレ達は送り出された。奴を、倒すために」
「わざわざ送り出されたというのなら、あなた達はナイトメアに詳しいのだろう?」
 瞳はフードで見えなくても、何が言いたい? とでも言うような目線が伝わってくる。だが、オセロットは何も言わず、純粋な質問だと言うように、答えを待った。
 その状態で短い沈黙が続く。今度の沈黙を破ったのはサック。
「どうだろうな」
 目線を外して俯き、自嘲気味に答えた言葉に、微かな過去の後悔が透けて見える。
「ただオレ達は取り戻したい。それだけだ」
 だから、ムマから確実に身を守れる術と、倒す方法を手に入れただけで、ムマそのものの知識は誰もが学習して覚えられる範囲内しか持ち合わせていない。
「それでも私よりは知識があるはずだ。なにせ私はナイトメアに対して全く無知だ」
 オセロットの言葉に、サックは、それは確かにそうだろうなと思った。ナイトメアのいない世界。さぞ行動しやすかったことだろう。
 そんな事を考えていたサックに、オセロットの言葉は続く。
「だが、あなた達はこの世界に対してさほどの知識があるとは思えない」
「この世界には奴がいる。それだけで充分だ」
 知る必要は無いと暗に告げるサックに、オセロットは苦笑する。
「それでは、ナイトメアを捕まえる前に、あなた達が捕まってしまうぞ」
 実際には誰かを傷つけたりしたわけではなく、迷惑行為の範囲なため、少々のお説教を喰らって直ぐに釈放されるとは思うが。
 オセロットは内心そう思うだけに止め、この世界のルールから外れれば動きにくくなると、自ら気付くよう話す。
「先日の白山羊亭の結界騒ぎもそうだ」
「結界じゃない。封印だ」
 間違いだけを訂正したサックに、オセロットはふっと笑う。
「では言い直そう」
「……騒ぎって?」
 分かっていて同じ台詞を言い直そうとしたオセロットに、言葉を重ねるようにしてサックは問う。
 確かに封印を施した後その場を離れているのだから、白山羊亭がどうなっていたかなど知るはずもない。
「あそこに入れなかっただけだろ?」
 どう見てもレストランなのだから、他の店に行けばいい。食事処が1つ閉鎖された程度で何か支障が出るほど小さな街とも思えない。
 全く気にした素振りのないサックに、オセロットは薄く息を吐き出す。
「そうやって、あなた達がナイトメアを探し討つのは結構だが、未知の土地で無闇やたらに追い掛け回して無用の騒ぎを起こすより、ガイドがいた方が何かと便利ではないかな?」
「何が目的だ」
「……私にはナイトメアの具体的、詳細な情報を」
 それだけではフェアではないので、オセロットは「その代わりに」と言葉を続ける。
「あなた達にはこの世界においてのガイドを。まずはこの辺りから、協力しあってみてはどうだろう?」
「別に、必要ない。もう事は済んだ」
 それは現在ではもう白山羊亭の封印が解かれていることで証明されているのだが、それを説明する気は彼にはない。
「オレ達は“帰るべき存在”だ。この世界のこと、知ったって意味ないだろ」
 この世界に止まるのも奴が居るからこそ、それもそう長い時をかけるつもりはない。自分達がこれ以上後手に回れば、少しずつこの街は壊れていく。
 それは、営むべき生が亡くなってしまうから。
「……それに、危険はオレ達が引き受けるって言ってんのに、どうして関わりたがる」
 無関係ではないと言ったって、わざわざ自ら危険に飛び込む必要はない。自らを傷付ける可能性を持たない相手はナイトメアにとって餌以外の何者でもない。
「言っただろう? 私も被害に遭いかけた」
 そして、親しい場所にもその手が及んだ。これ以上その歯牙に倒れるような人々を増やしてはいけない。
(自覚が、無いのか?)
 考えてみてもサックにはさっぱり分からない。その程度で動ける理由が。
「奴と“本当の意味”で敵対することの意味を、あんたは分かってない」
 それがどれ程の精神的苦痛を伴うのか。
 サックは両手で杖を握りしめ、もたれかかるように額を杖にあてる。
「では、その意味は、知ったほうがいいことなのかな?」
 その理由を聞くことができれば身を引くかと言われれば答えはNoだが。
 サックはその問いに無言のままオセロットに視線を向け、一拍置いて口を開いた。
「あんた、オレ達が思わせぶりな素振りで騙そうとしてるとか、考えないのか?」
 内容はどうあれ、至極不思議だとでも言わんばかりの口調で問われた内容に、オセロットはふっと笑う。
「ならば最初からそうしていると思うのだが?」
 そんな事考えるまでも無い。
 人を観察し、熱くなっていると見せかけて人を試すような性格を持つ彼のことだ。騙すつもりなら元々からそうしているだろう。
「もしや、心配してくれているのかな?」
「そんなんじゃない」
 そうならば可愛げもあるものだが、余りのも間髪いれずに帰ってきた返事に、オセロットはヤレヤレと肩を竦めて微笑む。
「あんたは、奴の情報を知って、どうするんだ?」
「逆に情報が無ければあなた達に協力も出来ない」
 自分が何をすればいいのか分からないから。
「オレ達に協力したいなら、これ以上関わらないことが一番だ」
「あなた達がナイトメアを倒すのを待てと?」
「そういうことだな」
 オセロットはしばし考えるような素振りを見せ、薄く微笑む。
「……それは、出来ない相談だ。私もムマをどうにかしたいと思っているからな」
 今の段階で勝ち目がないのなら、情報収集のために奴に近付こうとするかもしれない。
「ったく…」
 サックはマントの下から何やらゴソゴソと探ると、オセロットに向けて手を差し出した。
「適当に持ってろ」
 広げた手に落とされたのは、1本の細い鎖。
「これは?」
 何だろうかとサックを見れば、小さな舌打ちの後、その姿が消えうせる。
 持ってろと言ったということは、返さなくてもいいということだろう。
「………やれやれ」
 オセロットはサックが居なくなった台座に腰掛、徐に煙草を取り出すと、空に向かって紫煙を吐いた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 なんというかちょっと気難しい部分と素直な部分が混在している状態になっています。しかし、現状ソーン世界のことについては何処吹く風なので、交渉にならず申し訳ない限りです。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……


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