■紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby and sapphire-waltz■
紺藤 碧
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
 一応の決着はついたと思う。
 この先、エルザードの街が夢馬の脅威にさらされることは無いだろう。
 だが、それは本当だろうか。
 目的が見えず、暗躍している男が1人。
 そして、盲目に目的へと突き進み、それを成した双子。
 手を貸した自分は、知る権利があるのではないだろうか。
紅玉の円舞曲 ruby-waltz passepied










 エルザード。天使の広場の昼下がり。人の往来激しいこの時間でも、先が尖り、鮮やかな紅色の宝石がついた杖は、遠目にも良く目立つ。
「む……あの姿は……アッシュ殿か?」
 アレスディア・ヴォルフリートは、その先端を頼りに人を掻き分け、自分の直感が間違いではないことを確認する。
 実際、紅玉の杖を持っているという点以外の判断材料は無いが、わざわざお互いの杖を交換しておく必要性も感じない。
 アレスディアは見失ってしまわないうちに足早に近付き、
「こんにちは」
 と声をかけると、アッシュは一瞬弾かれたように顔をあげ、すぐさま気が抜けたように視線を落とすと、そのまま呟きを零した。
「あぁ……あんたか」
 名乗りあったてまえ、きっとサックも似たような反応を示すのかもしれないが、3度目ともなるとどこか知った風な雰囲気がかもし出される。
「……うむ、今度こそ、アッシュ殿だ」
 その空気を受けて、アレスディアは納得しながら頷いた。
 しかし、よくよく見てみれば、その杖は1つ。もう片割れはどうしたのだろう。
 この前の時のように、今回も単独行動でもしているのだろうか。
「今日はサック殿とは別行動なのだろうか?」
「あいつに何のようだ?」
 別行動であることに疑問を持ったせいか、アッシュにはどうやらアレスディアがサックに用事があると思ったようだ。
「いや、出来るならばお二人に答えていただきたいと思ったまで」
 それは、白山羊亭封鎖騒ぎの時に告げた、あのことに対する答えを。
「どうだろう、先日の話、考えてみていただけただろうか?」
 サックにはまた今度会ったときにでも聞けば良いと、アレスディアはまずアッシュの答えを求める。
「まあ、考えるだけなら」
 考えたところでどうにかなるわけでもないのだけれど。
「あなたは常々私に疑問をぶつけてきた。その疑問、それほど疑わねばならぬことなのだろうか?」
 そんな問いにも、アッシュは一瞥をくれただけ。アレスディアを思わず微かに苦笑して、息を吸い込む。
「あなた達にも大切なものがいるだろう。それは私達も変わらぬ。私達にも大切なものがいる。あなた達の事情はまだわからぬ。だが、誰かを、何かを想う気持ちは変わらぬと思うのだ」
 どうしてムマを追っているのか、その理由を話してくれていないが、ムマの持つ能力のようなものからして、彼らの大切な人が巻き込まれているのだと予想することは容易に出来る。
「それでもまだ、私が夢魔と戦うことに疑問をもたれるか?」
「疑問、とかじゃねぇよ」
 アッシュはアレスディアに向き直り、フードの下の視線をそのまま向ける。
「無関係じゃねぇって言うけど、あんたはまだ“無関係”のまんまだ。かかわりを自分から繋げようとしてるだけ」
 確かにそうかもしれない。ムマに対抗するだけの力や知識を何も持たない自分が無闇に近付けば、今度こそムマに“自分”を喰われてしまうかもしれない。
「だが、もう私にとって無視を出来るほど他人事では無いのだ」
 このままアッシュたちとのかかわりを絶ち、ムマの存在も居るという認識だけでこれ以上踏み込まなければ、いつかは過ぎていく事象に幾らでもできる。
 でもそうしたくはない。
「お人好しだなぁあんた。俺達がじらす素振りで騙そうとしてるとか思わないわけ」
 口元をわざとらしく弓形月の形に釣り上げて、アッシュは告げる。
 アレスディアはふっと笑って、どうということでもないという態で淡々と返す。
「例えそうだとしても、それを見抜けなかった私の未熟さが原因。怒りが湧いたとしても、それは自分自身に対してのみ」
 信じるに値する相手かどうかを見抜く眼くらいは持っていると思っている。だからこそ、それが外れてしまったらのなら、見る眼がなかったというだけのこと。―――それに、信じていれば、思いは通じるものだ。
 アッシュはそんなアレスディアに苦笑して、ぷっと吹き出す。
「しょうがねぇなあ」
 マントの下でなにやらゴソゴソと動きを見せると、アッシュはアレスディアに向けて手を差し出した。
「これ、やるよ」
 手を出すよう促された手の平の上に銀のラペルピンが落ちる。
「これは?」
「手伝ってくれるんだろ? 貰っとけよ」
 アレスディアが何時も羽織っている外套の止め具に、彩りを添えるのに丁度良さそうなものだが、彼がくれるということは何かしら意味があるのだろう。
 アッシュの口から始めて出た了承の言葉に、アレスディアは顔をほころばせる。
「では、ありがたく頂戴する」
 アレスディアはそのラペルピンを外套の止め具に差す。
「……ところで……アッシュ殿」
 頭の後ろで手を組みながら、そこに杖を持ったことで横幅にかなりの迷惑をかけつつ歩き出していたアッシュに、アレスディアは渋い顔を浮かべ、思い出したとでも言わんばかりに声をかける。
「白山羊亭の一件、謝りになどは……行かれていない、のだろうか?」
 足を止め、少しだけ振り返るアッシュ。
「謝るって、何を?」
「あなた方が施した封印で、中から出られなくなった人や、入れなくなった人が大勢いたのだ。迷惑をかけてしまったのは事実ゆえ、謝られた方が良いと思うのだ」
「何故?」
 軽く小首をかしげ帰ってきた言葉に、アレスディアは神妙な顔つきで顎に手を当てると、眉根を寄せる。
「……うむ……アッシュ殿、異世界からの方か?」
 同じソーンの世界に居て、別の国からエルザードへ流れてきたのではなく、全く違う世界からの来訪者。それは、ムマのことを“俺達の世界では”と言っていたことである程度予想は出来た。
「まぁ…そうだけど」
 それでも、是の返事を受け取り、アレスディアは納得したように頷くと、それでは、というように微笑む。
「……この世界にはこの世界の生活がある。謝罪も兼ねて、白山羊亭へ行こうか」
 余りに爽やかな有無を言わせないような笑顔ではあったが、如何せんアッシュはその笑顔を見ていなかった。
「は? いかねぇよ」
 スタスタスタスタと歩きだすアッシュに速度をあわせ、アレスディアは至極当然と言葉を続ける。
「どのような理由があれど、他人に迷惑をかけたら謝るものだ」
「ふーん」
 そもそもアッシュたちがそれをやったと知っている人自体少ない。
「なに、ルディア殿もマスター殿もいい人ゆえ、話せばちゃんと分かってくれる」
 だから白山羊亭に行こうと尚言い募るアレスディアに、アッシュはイラついているような口調で、ヒラヒラと手を振る。
「しつこいな。気にしてんなら適当に話でっちあげとけばいいじゃないか」
「それでは意味がなかろう」
 当事者が謝らなければ意味が無い。謝罪の言葉ほど第三者を介して伝えるものではない。
「あんたさ、俺に何て言って欲しいわけ?」
「迷惑をかけた方々に“ごめんなさい”と一言」
「あーはいはい。ごめんなさいごめんなさい」
 歩きながらパタパタと手を振り、全く誠意の篭ってない声音で機械的に告げる。
「私にではない。白山羊亭の方々に、だ」
「だってアレは誰かの悪戯だろ?」
「は?」
「誰かの悪戯なんだよ。そうだろ」
 “誰かの悪戯”部分をあえて強調して、アッシュは隣を歩くアレスディアに念を押すように指差す。
 どこからどうしてそうなったのか分からず、アレスディアはただただきょとんとするしかない。
「いや、しかし、あれは―――」
 アッシュとサックの2人が施したもののはず。
「この話は終わりだな」
 クルクルと足の速さのように過ぎていくアッシュの自己完結に、物事を順番に真面目に処理していくアレスディアでは追いつけなくて。
「じゃ、次はそこで落ち合うってことで」
 ぴたっと足が止まり、すっと手を上げたアッシュの膝が軽く折られる。これは、消える前兆。
「ま、待つのだ、アッシュ殿。話はまだ―――」
 アレスディアは引き止めるように手を伸ばすが、まさに間一髪。その指先は空を切った。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 本当に少年ズは白山羊亭に対して行ったことを悪いとことだと欠片も思っていないので、謝る必要性を感じていません。ただ、全てが終わった後ならば、また違った反応になるかもしれません。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……


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