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■双姫のとある一日■

みゆ
【8141】【千集院・千絵里】【学生・召喚士】
 東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
 退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。

「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
 ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。

 ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。

 ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。

 そんな、二人の日常。
 時には凛々しく、時には年相応に――
 さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?

二人で一つでいいじゃない?



「退屈で退屈で死にそうだよぉ‥‥」
 ぽふーっとベッドにうつ伏せになって、黒いミニスカートから出た足をばたばたさせながら叫んだのは千集院・沙絵里。ポニーテールにした髪が、天使の羽根のついた白いうさ耳パーカーに当たって揺れる。
「面倒なのはごめんなのです」
 何かを察したのか、パソコンモニターから顔を上げずにそれに答えたのは千集院・千絵里。背中に悪魔の羽根のついた黒いうさ耳パーカーを着用し、二つに結った長い髪がさらり、流れた。
「でもさぁ、千絵里、退屈じゃない?」
「楽しいのはいいのですけど、面倒なのはごめんなのです」
 顔だけ上げて双子の片割れを見た沙絵里の言葉に、相変わらず千絵里はモニターに向かったまま答える。
 そう、彼女達はその容貌から解るだろうが双子だ。変わり者や研究者の多い千集院家の双子姫で、二人とも特殊な能力を有していた。その能力も対照的であって面白いのだが――今はそれは問題ではない。
 家の方針で滅多に外に出してもらえない二人だったが、彼女達は15歳の女の子である。そんな籠の鳥のような生活に不満を覚える事もある。現在まさに沙絵里の不満が爆発寸前なのである。
「脱走しようよぅ」
 沙絵里はぴょこんとベッドから起き上がり、千絵里が座っているデスクへと近づく。そしてその腕を引いた。千絵里はちら、と沙絵里を見上げ、小さく溜息をつく。
「面倒――」
「でも何か、楽しいことがあるかもしれないよ?」
 千絵里の言葉を遮って、沙絵里がにこ、と笑った。千絵里は再び溜息をついて、愛用のミニノートパソコンを片手で閉じた。その所作に沙絵里の顔が明るくなる。
(まあ‥‥沙絵里が喜ぶならよいですかね)
 言葉には出さないが千絵里は沙絵里をとても大切に思っている。パソコンを鞄に詰めながら嬉々として外出の用意をする沙絵里を見て、少し心が温かくなる。どこに行くとも決まっていないので、大した準備はなかったが、最低限財布とハンカチ、ティッシュくらいは携帯していきたい。
「さて、レッツゴー!」
 嬉々として腕を突き上げる沙絵里。
「大きな声を出すと脱走できる可能性が下がりますよ」
 千絵里に指摘されて思わずその手で口を押さえる。
 そう、外に出してくれないならこっそり脱走するだけの話。
 二人一緒ならば、それも不可能ではない気がした。



 外はまだ残暑の日差しが強く、無事に脱走した二人は目を細めた。帽子でも持ってくればよかったかと思ったが、今更引き返すのもなんなのでそのまま足を進めることにした。
「どこにいこうかっ?」
「別に、どこでも」
 沙絵里に腕を取られたまま問われ、千絵里はそっけなく答えた。特に興味のあるものもなかったので仕方あるまい。
「じゃあとりあえずあの公園!」
 暫く辺りを見回しながら歩いた後に沙絵里が指したのは、比較的大きな公園。中央に大きな噴水があり、広場には様々な出店が出ていた。中でもソフトクリームのお店はまだまだ人気らしい。こうも日差しが強ければ、やはり冷たいものがほしくなるというものだろう。
「ねえねえ、あの子達‥‥」
「まあ、かわいいわねぇ」
 堂々と園内を闊歩する二人に、足を止めた利用客達の視線が集まる。対になるような可愛い服を着込んだそっくりの二人は、やはり目立つ。当の本人達はあまり気にしていないようだが。
「ソフトクリーム食べようよ! 千絵里はベンチ取っておいて。二人分買ってくる!」
 街で買い食い――そんな滅多にしない事に引かれた沙絵里は千絵里の返答も待たず、ソフトクリームのお店へ駆け出した。
(‥‥まったく)
 心の中で小さく溜息をつき、千絵里は辺りを見回す。おあつらえ向きにベンチが幾つか並んでいて、その中の一つが空いているのを発見して足を勧める。隣のベンチには銀の長い髪の少女が日傘を差したまま座っていた。
 千絵里がベンチに腰をかけると、その少女が正面に向かって手を振った。連れでも来たのだろうか――特に深い意味もなく視線を上げた千絵里は、瞳に入ってきた光景に少し動きを止めた。

 ソフトクリームを両手に歩いて来る髪の短い少女は、ベンチに座っている少女と瓜二つだったからだ。


「ただいまっ!」
 沙絵里がソフトクリームを持ってかけてくる。心底楽しそうだ。
「どっちがいいか迷ったんだけど、半分ずつ食べればいいかなって。はい」
 チョコソフトの方を差し出されて、千絵里は文句も言わずそれを受け取って、そして。
「沙絵里、隣のベンチを見てください」
 ソフトクリームに口をつける前に、そう言った。
「ん?」
 彼女の言葉通りに沙絵里が隣のベンチへ顔を向けると、どうやら隣には同い年くらいの少女が座っているようだった。手前にいる少女は日傘をさしている為顔が良くわからなかったが、波打つ長い銀髪が陽の光に当たってきらきら輝いている。そして奥に座っているのは――
「あ、あの子さっきソフトクリーム屋さんにいたよ」
「ソフトクリーム持ってますから、いたんでしょうね。でもそれじゃなくて」
「んんー?」
 千絵里の言葉に沙絵里は身を乗り出すようにして二人を見た。一体彼女が伝えたいのは何なのだろうか。
 すると奥にいる髪の短い少女と目が合った。その少女は沙絵里と千絵里を交互に見ると、手前に座っている少女の肩を叩いた。
「あ、気づかれた」
 沙絵里がぽつりと零した時、手前の日傘の少女が振り返った。その顔が沙絵里の視界に入る。
「「あ」」
 声を上げたのは沙絵里とその少女、二人同時だった。

 その銀髪の少女達も、沙絵里達と同じくそっくりの顔――双子だったのである。



「斎瑠璃。よろしく」
 互いを認識した以上はいさよならというわけにもいかず、先に自己紹介をした沙絵里と千絵里に倣うようにして、髪の短い少女が端的に述べた。別に機嫌が悪いわけではないようだが――
(真面目ってイメージですね)
 こっそり千絵里が心中で第一印象を呟いていると、反対に髪の長い少女はにっこりと無邪気な笑顔を浮かべて。
「斎緋穂だよ、よろしくね! わぁ、双子さんと会うなんて凄い偶然! なんだか嬉しいな♪」
 近くに寄ろうとベンチの端まで移動してきた。瑠璃と比べれば物腰が柔らかい
(‥‥なんか沙絵里に性格が似ているのですよ、うん)
 沙絵里と千絵里が握手を交わすのを見ながら、千絵里は自らのソフトクリームを舐めた。
「ほら、緋穂。ソフトクリーム零れてる」
「あ、本当だー」
 横からシルクのハンカチを取り出した瑠璃が溜息混じりに緋穂の手を拭いてあげていた。こう見ると双子というより瑠璃の方が何歳か上のようにも見える。
「ねぇねぇ、四人でどこか一緒に遊びに行かない? 退屈してたんだ」
 双子二組でお出かけなんて、滅多に出来るものではないだろう。沙絵里は表情を明るくして斎の双子に問う。そして千絵里を振り向いた。
「面倒ですけれど‥‥楽しそうですしいいですよ。ただし、ソフトクリームを食べ終わってからにしましょう」
「同感」
 千絵里の落ち着いた言葉に、瑠璃が同意を示した。確かにこの暑さの中ではソフトクリームはすぐに溶けてしまうだろう。沙絵里のソフトクリームも表面が溶け出していて、今にも垂れそうだった。沙絵里は慌ててそれを、根元から上へと舐めとった。



 四人が訪れたのは、百貨店の屋上近くにあるゲームコーナー。いわゆる子供ランドというものだった。さすがに屋上で小さな子供に混ざって乗り物で遊ぶのははばかられたので、子供ランド入り口のゲーム筐体で遊んでいた。クレーンゲームであり、アームを動かして景品を取るものだったがお菓子の詰め合わせに挑戦した沙絵里も、良くわからないキャラクターのぬいぐるみに挑戦した緋穂ももう何連敗もしている。
 千絵里と瑠璃は近くのベンチに座り、二人の様子を見ながら言葉を交わしていた。互いに自分から積極的に話すタイプではないようだが、このまま黙っているのも間が持たないというもの。
「瑠璃は‥‥もっと気楽に構えても良いと思うのですよ」
「‥‥え?」
「お姉さんであろうと、気を張っているように見えます」
 千絵里の言葉に瑠璃は驚いたように目を見開いて。
「緋穂は危なっかしいから」
「でも、緋穂にも一人で出来る事は沢山あると思いますよ」
 双子の片割れを大切に思う気持ちはきっと一緒なのだろう。だから、わかる――皆までいわないが千絵里の言葉の裏にはそうした気持ちも込められている。
「そうね‥‥少し考えてみるわ」
 何か察したのか、瑠璃は薄く口元に笑みを浮かべた。
「千絵里ー、お菓子取れなかったー」
「瑠璃ちゃん、百円玉、なくなっちゃったよー」
 と、沙絵里と緋穂が戻ってきた。
「‥‥素直にお金を出して買ったほうが早いと思います」
「両替機を使って両替すればいいのよ。教えたでしょう?」
 確かに千絵里の言う通り、お菓子の詰め合わせは普通にお店で買ったほうが安く、そして確実に手に入るだろう。けれどもそれじゃ意味がないのだ。欲しいのはお菓子ではない。
「取れるか取れないかっていうドキドキ感とか、取れたときの達成感とかそういうのがいいんだよ? 千絵里も一度やってみなよ、はまるって」
「瑠璃ちゃんー、代わりにとってー」
 沙絵里と緋穂に言われ、小さく溜息をつく二人。緋穂はクレーンゲーム初挑戦だったが、それは瑠璃にも言えることで。
「もう、折角余り手を出さないようにしようと思ったのに、ね?」
「このくらいは許容範囲でしょう」
 筐体に向かいながら、二人は小さく溜息をついた。
 後方のベンチから沙絵里と緋穂の楽しそうな話し声が聞こえる。
 こうしたゲームはあの二人より千絵里と瑠璃の方が得意分野だと思う――仕方ない、頑張ってやろうと二人は百円玉を入れた。独特のコンピューター音楽が二人の耳を刺激する。
 きっと景品をとってやれば、ものすごく喜んでくれるだろう、それは想像に難くなかった。


 片割れが喜んでくれるなら、まあいいか――そう思って筐体のボタンに手を伸ばす二人であった。



                      ――Fin




●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・8141/千集院・千絵里様/女性/15歳/学生・召喚士
・8142/千集院・沙絵里様/女性/15歳/学生・召喚士

●ライター通信

 ご発注有難うございます、天音です。
 いかがでしたでしょうか。

 双子二組ということ、しかも瑠璃と緋穂と似通ったところがあるということで…さてどこに遊びに行かせよう、と悩みました。
 折角なので普段瑠璃と緋穂が行かないところへ行かせてみようか、と思い立ち、この様な感じに仕上がりました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音