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■双姫のとある一日■

みゆ
【8142】【千集院・沙絵里】【学生・召喚士】
 東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
 退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。

「瑠璃ちゃん、お仕事いくよ!」
 ある日は学校から帰ってきてから仕事。緋穂が霊の関知と結界を担当し、瑠璃が浄化、討伐を行なう。

 ある日は普通の学校生活。お嬢様ではあるが、二人は中学二年生。

 ある日は街でお買い物。偶には電車を使ってみようという事になるが、緋穂はカードが使えると聞いてクレジットカードで改札を通ろうとしたりして。

 そんな、二人の日常。
 時には凛々しく、時には年相応に――
 さて、今日はどんな一日を過ごすのだろうか?

二人で一つでいいじゃない?



「退屈で退屈で死にそうだよぉ‥‥」
 ぽふーっとベッドにうつ伏せになって、黒いミニスカートから出た足をばたばたさせながら叫んだのは千集院・沙絵里。ポニーテールにした髪が、天使の羽根のついた白いうさ耳パーカーに当たって揺れる。
「面倒なのはごめんなのです」
 何かを察したのか、パソコンモニターから顔を上げずにそれに答えたのは千集院・千絵里。背中に悪魔の羽根のついた黒いうさ耳パーカーを着用し、二つに結った長い髪がさらり、流れた。
「でもさぁ、千絵里、退屈じゃない?」
「楽しいのはいいのですけど、面倒なのはごめんなのです」
 顔だけ上げて双子の片割れを見た沙絵里の言葉に、相変わらず千絵里はモニターに向かったまま答える。
 そう、彼女達はその容貌から解るだろうが双子だ。変わり者や研究者の多い千集院家の双子姫で、二人とも特殊な能力を有していた。その能力も対照的であって面白いのだが――今はそれは問題ではない。
 家の方針で滅多に外に出してもらえない二人だったが、彼女達は15歳の女の子である。そんな籠の鳥のような生活に不満を覚える事もある。現在まさに沙絵里の不満が爆発寸前なのである。
「脱走しようよぅ」
 沙絵里はぴょこんとベッドから起き上がり、千絵里が座っているデスクへと近づく。そしてその腕を引いた。千絵里はちら、と沙絵里を見上げ、小さく溜息をつく。
「面倒――」
「でも何か、楽しいことがあるかもしれないよ?」
 千絵里の言葉を遮って、沙絵里がにこ、と笑った。千絵里は再び溜息をついて、愛用のミニノートパソコンを片手で閉じた。その所作に沙絵里の顔が明るくなる。
(まあ‥‥沙絵里が喜ぶならよいですかね)
 千絵里はパソコンを鞄に詰める。沙絵里も嬉々として外出の用意を始めた。どこに行くとも決まっていないので、大した準備はなかったが、最低限財布とハンカチ、ティッシュくらいは携帯していきたい。
「さて、レッツゴー!」
 嬉々として腕を突き上げる沙絵里。
「大きな声を出すと脱走できる可能性が下がりますよ」
 千絵里に指摘されて思わずその手で口を押さえる。
 そう、外に出してくれないならこっそり脱走するだけの話。
 二人一緒ならば、それも不可能ではない気がした。



 外はまだ残暑の日差しが強く、無事に脱走した二人は目を細めた。帽子でも持ってくればよかったかと思ったが、今更引き返すのもなんなのでそのまま足を進めることにした。
「どこにいこうかっ?」
 沙絵里は千絵里の腕を取ったまま尋ねた。だが千絵里から返ってきたのは「別に、どこでも」というそっけない答え。それでも沙絵里は気分を悪くしたりしない。自分の片割れが熱しにくく冷めにくく、面倒くさがりやだということを知っているからだ。
「じゃあとりあえずあの公園!」
 暫く辺りを見回しながら歩いた後に沙絵里が指したのは、比較的大きな公園。中央に大きな噴水があり、広場には様々な出店が出ていた。中でもソフトクリームのお店はまだまだ人気らしい。こうも日差しが強ければ、やはり冷たいものがほしくなるというものだろう。
「ねえねえ、あの子達‥‥」
「まあ、かわいいわねぇ」
 堂々と園内を闊歩する二人に、足を止めた利用客達の視線が集まる。対になるような可愛い服を着込んだそっくりの二人は、やはり目立つ。当の本人達はあまり気にしていないようだが。
「ソフトクリーム食べようよ! 千絵里はベンチ取っておいて。二人分買ってくる!」
 街で買い食い――そんな滅多にしない事に引かれた沙絵里は千絵里の返答も待たず、ソフトクリームのお店へ駆け出した。
(何味にしよう。チョコかな、やっぱり王道のバニラかな、それともミックス?)
 スキップさえしそうな足取りで客の列に並ぶ沙絵里。その時両手にソフトクリームを持った肩までの銀髪の少女とすれ違ったが、特に意識はしなかった。別にソフトクリームで頭がいっぱいだったというわけでは多分ない。
 その少女と関わりを持つことになるとは思わず、沙絵里はバニラとチョコのソフトクリームを一つずつ買った。


「ただいまっ!」
 先ほど千絵里と別れた場所で辺りを見渡せば、近くにあったベンチに彼女は座っていた。沙絵里は笑顔を浮かべてそちらへと駆け寄る。
「どっちがいいか迷ったんだけど、半分ずつ食べればいいかなって。はい」
 チョコソフトの方を差し出せば、千絵里は文句も言わずそれを受け取って、そして。
「沙絵里、隣のベンチを見てください」
 ソフトクリームに口をつける前に、そう言った。
「ん?」
 彼女の言葉通りに沙絵里が隣のベンチへ顔を向けると、どうやら隣には同い年くらいの少女が座っているようだった。手前にいる少女は日傘をさしている為顔が良くわからなかったが、波打つ長い銀髪が陽の光に当たってきらきら輝いている。そして奥に座っているのは――
「あ、あの子さっきソフトクリーム屋さんにいたよ」
「ソフトクリーム持ってますから、いたんでしょうね。でもそれじゃなくて」
「んんー?」
 千絵里の言葉に沙絵里は身を乗り出すようにして二人を見た。一体彼女が伝えたいのは何なのだろうか。
 すると奥にいる髪の短い少女と目が合った。その少女は沙絵里と千絵里を交互に見ると、手前に座っている少女の肩を叩いた。
「あ、気づかれた」
 沙絵里がぽつりと零した時、手前の日傘の少女が振り返った。その顔が沙絵里の視界に入る。
「「あ」」
 声を上げたのは沙絵里とその少女、二人同時だった。

 その銀髪の少女達も、沙絵里達と同じくそっくりの顔――双子だったのである。



「斎瑠璃。よろしく」
 互いを認識した以上はいさよならというわけにもいかず、先に自己紹介をした沙絵里と千絵里に倣うようにして、髪の短い少女が端的に述べた。別に機嫌が悪いわけではないようだが、端的に述べられたその挨拶に沙絵里はちょっぴり困る。
(ちょっと苦手なタイプ、かも? 千絵里に近いことは近いけど、なんだかな‥‥)
 反対に髪の長い少女はにっこりと無邪気な笑顔を浮かべて。
「斎緋穂だよ、よろしくね! わぁ、双子さんと会うなんて凄い偶然! なんだか嬉しいな♪」
 近くに寄ろうとベンチの端まで移動してきた。瑠璃と比べれば勿論沙絵里の印象は良い。
(緋穂は沙絵里、好きかもしれない)
 ソフトクリームを持っていない手を差し出され、沙絵里はその手をとる。緋穂は沙絵里の手を握って、ぶんぶんと振るように握手をした。
「ほら、緋穂。ソフトクリーム零れてる」
「あ、本当だー」
 横からシルクのハンカチを取り出した瑠璃が溜息混じりに緋穂の手を拭いてあげていた。こう見ると双子というより瑠璃の方が何歳か上のようにも見える。
「ねぇねぇ、四人でどこか一緒に遊びに行かない? 退屈してたんだ」
 双子二組でお出かけなんて、滅多に出来るものではないだろう。沙絵里は表情を明るくして斎の双子に問う。そして千絵里を振り向いた。
「面倒ですけれど‥‥楽しそうですしいいですよ。ただし、ソフトクリームを食べ終わってからにしましょう」
「同感」
 千絵里の落ち着いた言葉に、瑠璃が同意を示した。確かにこの暑さの中ではソフトクリームはすぐに溶けてしまうだろう。沙絵里のソフトクリームも表面が溶け出していて、今にも垂れそうだった。沙絵里は慌ててそれを、根元から上へと舐めとった。



「うわー、失敗しちゃった」
「沙絵里さんも? 私も駄目だったー」
 四人が訪れたのは、百貨店の屋上近くにあるゲームコーナー。いわゆる子供ランドというものだった。さすがに屋上で小さな子供に混ざって乗り物で遊ぶのははばかられたので、子供ランド入り口のゲーム筐体で遊んでいた。クレーンゲームであり、アームを動かして景品を取るものだったがお菓子の詰め合わせに挑戦した沙絵里も、良くわからないキャラクターのぬいぐるみに挑戦した緋穂ももう何連敗もしている。
 千絵里と瑠璃は近くのベンチに座り、二人の様子を見ながらもなにか言葉を交わしているようだった。
「千絵里ー、お菓子取れなかったー」
「瑠璃ちゃん、百円玉、なくなっちゃったよー」
 渋々ベンチに近づいた二人。やっぱりこの二人、何処か似ているかもしれない。
「‥‥素直にお金を出して買ったほうが早いと思います」
「両替機を使って両替すればいいのよ。教えたでしょう?」
 確かに千絵里の言う通り、お菓子の詰め合わせは普通にお店で買ったほうが安く、そして確実に手に入るだろう。けれどもそれじゃ意味がないのだ。欲しいのはお菓子ではない。
「取れるか取れないかっていうドキドキ感とか、取れたときの達成感とかそういうのがいいんだよ? 千絵里も一度やってみなよ、はまるって」
「瑠璃ちゃんー、代わりにとってー」
 沙絵里と緋穂に言われ、小さく溜息をつく二人。緋穂はクレーンゲーム初挑戦だったが、それは瑠璃にも言えることで。
 だが頭脳派の千絵里や瑠璃の方が、何となく上手くいく気がした。二人を送り出して、沙絵里と緋穂は空いたベンチに腰をかける。
「沙絵里さん、可愛いペンダントしてるね」
 つ、と突然緋穂が顔を近づけてきた。その視線の先にあるのは沙絵里の胸にある右半分の翼を象ったペンダント。緋穂が可愛い物好きであるということは一緒に行動しているうちに何となくわかっていた。
「千絵里さんもつけてたね」
「これは、うちの一族の印なんだよ。千絵里のとあわせると一対の翼になるんだ。二人で――」
「――ひとつ?」
 沙絵里の言葉を、緋穂が先回りして述べた。ちょっぴり驚いた沙絵里は「うん」と頷いてみせる。すると緋穂は「私たちもなんだ」と自嘲気味に笑った。
 仕事に必要な力が二人とも対照的で、互いに互いを補っているといえば聞こえがいいが、一人では半人前。そのせいで謗られる事もある、瑠璃に迷惑をかけることがあると告げた緋穂は少しばかり元気をなくしてしまったようで。
「でも」
 沙絵里は緋穂の頭に手を伸ばし、そしてその頭をぽむぽむと叩いた。
「二人一緒にいる口実になっていいんじゃないかな。別に、二人で一つって悪い事じゃないと思うよ」
 もしも自分と千絵里がお互い完璧だったら――二人でいる必要がなくなって、離れなくてはならないのだろうか。
 そんなことを考えてしまった沙絵里の言葉は、妙な説得力をもって緋穂の心に響いた。


「何を話しているんですか。とれましたよ」
「とれたわよ、これでいいの?」
 ぽん。その時差し出されたのはビニール袋に入ったお菓子の詰め合わせと、キャラクターモノのぬいぐるみ。いつの間にか千絵里と瑠璃が戻ってきていた。
「千絵里本当に獲ったの? 凄い!」
「わぁ、瑠璃ちゃん、ありがとう!」
 互いに戦利品を受け取った沙絵里と緋穂は顔を見合わせて、そして笑いあった。

 こうして楽しい日々が過せるのならば、二人で一つでいいじゃないか、と。



                      ――Fin




●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・8141/千集院・千絵里様/女性/15歳/学生・召喚士
・8142/千集院・沙絵里様/女性/15歳/学生・召喚士

●ライター通信

 ご発注有難うございます、天音です。
 いかがでしたでしょうか。

 双子二組ということ、しかも瑠璃と緋穂と似通ったところがあるということで…さてどこに遊びに行かせよう、と悩みました。
 折角なので普段瑠璃と緋穂が行かないところへ行かせてみようか、と思い立ち、この様な感じに仕上がりました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音