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■五芒遊会の謎■

みゆ
【7578】【五月・蝿】【(自称)自由人・フリーター】
 東京のとある高級住宅街、つまり一等地に斎家の広大な屋敷がある。古くからその場ある斎家は、旧家中の旧家だ。建物は増改築を繰り返していて、基本的に外装は和風だが内部は洋室と和室と両方ある。
 退魔師、陰陽師としてはまだ二人で一人前の双子は、称えられてか揶揄されてか、「斎の双姫(そうき)」と呼ばれていた。

 二人は七曜会という術者の組織に属している。優秀な退魔師・陰陽師であった双子の祖母、斎ゆりかが生前所属していた組織だ。
 術者をとりまとめる大きな組織――そう目されていたが、数年前にそれまで存在が存在がひた隠しにされていた「五芒遊会(ごぼうゆうかい)」という敵対組織が発覚。
 この組織の存在が発覚したのは、ゆりかの親友が五芒遊会の幹部、蒼の浅葱であったからだといわれている。ただし、ゆりかは自身とこの組織の関わりを否定し、親友を守ろうとしたのか、その口からは一切の情報を語らなかったという。

 五芒遊会は七曜会の拾い切れなかったこぼれた術者、家族に力を厭われた術者などを拾ってきた組織であり、「紅の蘇芳」「蒼の浅葱」「橙の朽葉」「緑の萌黄」「藤の紫」という5人の幹部がいるという。幹部は皆表の職業を持っており、その職業の弟子として自分の部下を育てているらしい。
 元々は愛を否定し、互いに憎みあう事を信条としてきたが、前蒼の浅葱の代からそれはぐらつき始めていとか。 特に子供達には、愛を否定して教えているが、現在の首座の方針は不明である。

 何ゆえ七曜会と敵対するのか、ゆりかと前代の蒼の浅葱の間に一体何があったのか、そして今の幹部達は何を考えているのか――双子と共に調査をしてみませんか?
 蒼の浅葱と舞の浅葱



 五月・蝿が通されたのは、東京のとある高級住宅街の一等地に立つ大きな屋敷。
「へぇ〜広いんだぁ」
 きょろりとあたりを見渡せば、ちょっと高級そうな壷や絵画などが下品ではない程度に飾られていて。本当にお金持ちっぽいや、と蝿は心の中で一人ごちる。
「こっち。ここなら滅多に邪魔は入らないから」
 銀色の髪を肩口で切りそろえた少女、斎・瑠璃に促された蝿は障子戸の向こうの段差をひょいと乗り越えて上がる。部屋の中に入るにはもう一枚襖を開ける必要があるようだった。
「こんにちはこんばんはシャンソンバー」
「‥‥」
 襖を開けて中のもう一人の少女に手を振った蝿の言葉に、障子戸を閉めていた瑠璃の動きが止まる。だが蝿はそれに気づかずに、すたすたと室内へと入った。
 中には銀色の長いウェーブヘアをバレッタで留めた少女――瑠璃と同じ顔だ――斎・緋穂が座って待っていた。
「面白いお兄さんだね〜」
 そう言って、彼女はにこっと笑う。向かいに座った蝿に倣って瑠璃は微妙な表情で座布団に腰をかけた。調査依頼を頼んだものの、少し心配だという感じだろうか。
「さっさと本題に入らせてもらうわね」
 多分蝿と緋穂に任せていたらいつまでたっても本題に入らないと感じたのだろう、瑠璃はそれを防ぐべく口を開いた。
「いいよ。五芒遊会の調査、だっけ」
 座布団の上に胡坐をかいてすわった蝿は、少しわくわくして体重を前にかけた。秘密の組織――なんとも惹かれるな響きではないか。
「うん。そうなの。情報が少なくてね、困ってるんだ」
「今まで、下っ端からの襲撃は受けているんだけど‥‥やられるままじゃ面白くないでしょう?」
 双子の言葉に「それは当然」と頷く蝿。はらりと畳の上に広げられた五芒遊会の資料(といっても情報量はわずかだ)を見て、顎に手を当てて暫し考える。
「これ、表の職業を持っているっつーなら表の職業で関わりがありそうな奴に接触してみるのは?」
「でも、表の職業が何だか解らないし、その職業についている人皆が五芒遊会の人とは限らないんだよ〜」
 この世に職業はごまんとある。その中から手がかりなしに5つを見つけるのは大変な事だ。緋穂が困ったように首を傾げた。
「ここ。キミ達のおばあさんって前の蒼の浅葱の親友だったって話だろ? その親友が何の仕事してたか、とか聞いた覚えはねーの?」
「‥‥私達の叔母さん、お父様の妹がゆりかおばあさまの親友の家に嫁いでいるの。だから、早くに亡くなった浅葱さん本人に会った事はないけど、ファッションデザイナーをしていたって聞いたことはあるわ」
「ちょっと待て。『浅葱』さん?」
 瑠璃の言葉に蝿は違和感を覚えた。偶然だろうか?
「えっとー、確か、浅葱さんは元々別の名前だったけど、日舞の浅葱流の家元になったと同時に名前を継いで改名したんだって〜」
「それって、偶然か?」
 蒼の浅葱と日舞浅葱流の家元の浅葱。偶然にしては出来すぎている。
 五芒遊会の役職名『蒼の浅葱』も日舞の流派の家元名『浅葱』も昨日今日出来たばかりの名前ではないだろう。だとすれば――。
「日舞の家元が、蒼の浅葱の表の職業?」
 瑠璃がぽそり、呟いた。蝿はそれに頷く。
 落ち着いて考えてみれば、糸口は近くに落ちていたのだった。



 現在の日舞浅葱流家元は、櫻ノ宮・浅葱の孫で双子の親戚である櫻ノ宮・桃磨呂が努めているという。だが桃磨呂が異能力を継いでいないという事を双子は知っていた。だから桃磨呂=現蒼の浅葱とは考えられない、という。
(うーん‥‥前蒼の浅葱が組織の中で何かをしでかしたのだとしたら、今の家元が蒼の浅葱を継いでるとは限らねーな。名前も変えてないみたいだし)
 もしかしたら戸籍上の名前は弄らずともすでに弟子の内では「浅葱」と呼ばれているかもしれないが、異能力を持っていないのだとしたら、五芒遊会の術者にはなれない。根本的なところが覆ってしまう。
(あっちの組織の継承システムがわからないからなんともいえねーけど‥‥)
 蝿は着物姿で優雅に扇子を翻しながら舞い踊る生徒達を観察しながら考える。
 現在彼らがいるのは浅葱流が練習場として使用している屋敷の広間の一つ。双子が電話で桃磨呂に見学を申し入れたら、あっさりと許可が出たのだ。ただし桃磨呂自身は次の発表会の準備があるとかで、三人を案内したら奥へと姿を消してしまったが。
「特に様子がおかしいのはいねーみたいだけど‥‥」
 練習の邪魔にならぬようにこそっと瑠璃に耳打ちした蝿だったが、その瑠璃の顔色が冴えない事に気がつく。
「‥‥緋穂が戻ってこないわ。迷ったにしてもこれだけ人がいるんだから、子供じゃないし誰かに場所を尋ねるとかして戻ってこられるでしょうに」
 瑠璃の目が細められる。右手の親指を口にあて、その爪を噛む彼女。片割れが心配なのだろう、イライラしているようだ。
「確かに、トイレにしてはおせーな‥‥探しに行くか」
 すっと立ち上がった蝿は瑠璃に手を差し伸べて。

 ――大丈夫だ。

 安心させるようにそう呟いた。



 そこは屋敷裏手の庭の奥の方だった。
 ガツンッ‥‥何か大きな力が硬いものにぶつかるような音がして、蝿と瑠璃は迷わずにそちらへと走った。
 ガツンッ‥‥また、聞こえる。一体何が起こっているのだろうか。
「緋穂!?」
 瑠璃が、叫んだ。
 池の傍の木の下で、うずくまるようにして緋穂が結界を紡いでいた。池を挟んでその向かいにいるのは一人の青年。袴姿という事は、浅葱流の門弟で間違いないだろう。見たところ開いた扇子に霊力を乗せて投げつけているようだが、その威力が弱いのか、はたまた緋穂の防御力が高いのか結界を破る事は出来てはいないようだ。業を煮やしたところに蝿と瑠璃が現れたのだろう、男は手にしていた扇子を投げ捨て、そのままきびすを返そうとした。一対三では分が悪い――だが、そのまま逃亡されるのを許すわけにはいかない。
「瑠璃、緋穂の結界に入れ!」
 蝿が叫ぶ。だが彼女が言いつけ通りに結果以内におさまるのを見届けている暇はなかった。そんな悠長な事をしていては、敵に逃げられてしまう。
「あぶらかだぶら――」
 蝿の口から発せられた言葉は呪いを帯びて男の精神へと届く。見えない魔の手が、内側から男の脳を締め付ける。
「ぐ‥‥あ‥‥」
 着物姿の男は頭を抱えるようにしながら、その場に崩れ落ちた。そしてぴくぴくと痙攣しながらもこちらを恨めしげに見ている。蝿が呪声を使って男の精神に攻撃をし、そして身体機能を麻痺させたのだ。しばらくはあのまま放っておいても何も出来まい。
「緋穂、大丈夫?」
 木の下で瑠璃が緋穂の肩を揺すっている。蝿は怯えるように蹲ったままの緋穂に近づき、その様子を観察した。
「結界張る前に突然攻撃されちゃったって感じ?」
「‥‥あの人、迷ってたら優しく案内してくれて‥‥桃磨呂お兄様の事とか楽しくお話して、そしたら突然切りつけてきて‥‥」
「また‥‥すぐに人を信用するから」
 涙声の緋穂の呟きに瑠璃は溜息をついて。切り裂かれた緋穂のワンピースの背中を隠すように、自分のカーディガンをかけた。
「ま、ショックだったよな、だいじょーぶだいじょーぶ」
 ふわり、蝿の口から紡がれたのは優しい呪声。緋穂の精神的ショックを少しでも和らげるように、優しく、柔らかく。
 頭に手を乗せてゆっくりと撫でてあげれば、その彼女は安心したのか蝿の胸に飛び込んできて。
「んー、いいこいいこー」
 暫く蝿は緋穂の頭を撫で続けていた。



 緋穂が落ち着いたのを見計らって、麻痺させておいた着物男の洗脳を開始する。
「五芒遊会の蒼の浅葱、知ってるよな?」
「‥‥現在の蒼の浅葱は桃磨呂様」
「でも、そいつは力を持っていないんだろ?」
「‥‥‥」
 蝿が詰問を続けると、男はぼんやりした様子で答えを述べていたが、その質問で黙った。知らない、分からないという事だろうか。
「下っ端にはわからない何かがあるのかも知れないわ」
 瑠璃が倒れたままの男を爪先で軽く蹴りつけ、呟く。
「‥‥桃磨呂お兄様は、五芒遊会の事知らないと思うよ? ただ単に、日舞の家元を継いだだけなんじゃないかな」
「どうしてそう断言できる?」
 蝿の言葉に緋穂は口ごもって、だって、と続ける。
「桃磨呂お兄様、優しいし‥‥それに力があるなんて聞いたこともないし感じた事もないもの。従妹の柳霞ちゃんからは、しっかり能力を感じるけど‥‥」
「柳霞、って知ってる?」
 緋穂の意見は証拠がない。けれども彼女の「感じる」ものを全面的に否定するほどの事でもない。蝿は新しく出た名前を男に尋ねた。
「‥‥柳霞様は、優秀な方‥‥成長されたら時期様になられるだろうと噂‥‥」
 男のその言葉に緋穂はびくんと震えたが、瑠璃は納得の表情だ。
「そんな‥‥柳霞ちゃんが‥‥」
「蒼の浅葱は浅葱さんの代で何かが変わったというわ。だから柳霞がどの程度五芒遊会に関わっているのかはわからないけど」
「関わっているのは事実ってわけか」
 まだまだ謎は深そうであるが、この下っ端からこれ以上情報を引き出せるとも思えなかった。
「緋穂ちゃーん、瑠璃ちゃーん、どこへ行ったんだいー!?」
 屋敷の方から双子の名を呼ぶ声が聞こえる。
「桃磨呂お兄様?」
 突然姿を消した二人を心配して探しているのだろう。蝿は急いで呪声を紡ぎ、男を再び洗脳する。男が突然緋穂を襲い、不埒な行動に出たという事にするつもりだった。そうでなければワンピースの傷を説明する事が出来ないからだ。
「この男には気の毒かな‥‥いや、自業自得か」
 蝿は呟き、男の背を軽く踏みつけた。



                      ――Fin




●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・7578/五月・蝿様/男性/21歳/(自称)自由人・フリーター

●ライター通信

 発注有難うございました、天音です。
 いかがでしたでしょうか。
 双子との調査ということで、一番ヒントのでていた蒼の浅葱についての調査へ赴いていただきました。
 おかげさまで、双子にとっても色々と気になる事項が判明したようです。
 双子の精神的ケアも、ありがとうございました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音