■月の旋律―希望―■
川岸満里亜
【3087】【千獣】【異界職】
●帰還
「帰りましょう、お父さん」
 娘ミニフェ・ガエオールの凛々しい顔に、ドール・ガエオールはゆっくりと頷いた。
 大陸で療養生活を送っていた間、ミニフェは生き残った警備兵、傭兵達に指示を出し、島の復興に努めてきたらしい。
 アセシナートが築いていた研究所は、破壊されたまま地下に残っているそうだ。
 また、キャンサーについても今のところ調査は行なっていないとのことだ。
 アセシナートの月の騎士団は、捕縛した騎士と冒険者が持ち込んだ情報によると、事実上壊滅しただろうとのことであった。
 兵士はアセシナートへ帰したのだが、騎士はまだ島に留めてあるらしい。
 全ては、ドールが戻ってから、島の民達と話し合って決めることになりそうだ。
 一時は危険な状態に陥ったドールだが、現在はリハビリも終えて、普通の生活を行なえるようになっていた。
「すまない。ミニフェ」
 ドールは立ち上がって、娘の手をぎゅっと掴んだ。握手をするかのように。
「皆、待っています」
 ミニフェは強く優しい瞳で、微笑んだ。

●彼女の野望
 アセシナートの魔道士、ザリス・ディルダはベッドに横になり虚ろな目で虚空を見ていた。
 いや、彼女の目は何も見てはいない。ただ、目を開いているだけで、彼女の脳は何も見てはいない――。
 彼女の中に入り込んだジェネト・ディアはザリスがしてきたことを覗き見た。
『ザリスちゃんの体の中には、フェニックスから作ったと思われる赤い石があった』
 ジェネトは、キャトルにそう言葉を送った。
 月の騎士団は、フェニックスを2匹狩ったらしい。
 そして、宝玉を2つ作り出し、1つは優れた魔術師の手に。もう1つはザリスが自分の体内に埋め込んだらしい。
『薬に関しての知識は私にはないからな。見ても解らないが、必要ならばファムル君が得られるよう協力はしてもいい』
 薬の開発には、多くの知識、沢山の研究員、長い年月が必要になる。
 希望は消えはしなかったが、時間がかかることに変わりはない。
「希望がある……それが一番大事なことだよね」
 キャトルは久し振りに笑顔を見せた。
 体は改善してきているけれど、人の命なんてわからないものだから……。
 1日、1日を無駄にはしたくないと、思った。
『月の旋律―希望<この手>―』

 日中は各地を走り回り、情報収集に明け暮れて。
 夜になると森へ入って僅かな休息をとり。
 日が昇ればまた街へと向かう。
 求める物はまだ見つからない。
 存在するのかもわからない。
 だけれど必ず探し出すと心に決めて。
 千獣は毎日毎日、方法を探し求める。
 大切な存在の命を繋ぎとめておける期間は、さほどないかもしれない。
 長く続いてはいけないから。

 その大切な人の妹。やはり千獣にとって大切な人であるリミナとは、しばらく会っていない。
 彼女の声が聞こえる場所までは、時々向かうことがある。
 リミナが健康かどうか、診療所に2人で今も留まっているかどうか、狙われたりはしていないか……と、気掛かりだったから。
 彼女が暮すファムル・ディートの診療所にも入らずに、そっと屋外から耳を澄ましているだけで、姿を見せることも、会話をすることもなかった。
 千獣の気配に気付いて、名を呼んでくることもあった、けれど。
 千獣はリミナと距離を保っていた。
 稀に耳にするリミナの声には明らかに元気がなかった。
 元気に振舞っているような響きではあるけれど。音の僅かな違いを千獣の鋭い耳は感じ取れる。

 そんなある日。
 夜。夕食を終えて、家族が暖炉の前でゆっくり時を過ごす時間に。
 暗闇の中、足音も立てずに診療所に近付いて。
 千獣は仄かに光が漏れる窓を見つめ。
 じっと、しばらくの間見つめ続けた後。
 窓に近付いて、コンコンとノックをした。
 ほんの数秒後、窓がゆっくりと開かれて、茶色の髪の女性が顔を出す。
「千獣。よかった、ずっと顔見せてくれなかったから……」
 心配で不安気な顔。
 安堵の笑みをゆっくりと浮かべながら、リミナは大きく窓を開けた。
「ここから入る?」
 千獣は首を左右に振る。
 そして、1歩、後に下がった。
 部屋に入らないのは……自分は獣だから。
 獣は人間と一緒の部屋で話をしたりしないから。
 それが境界線だと、千獣は考えていた。
「リミナ」
 小さく名を呼ぶと「ん?」とリミナは微笑んだ。
「……もう、知ってる、かもしれないけど、あの夜……」
 千獣の言葉を、リミナは身を乗り出して優しい瞳で聞いていた。
 少し戸惑いながらも、感情を表さず千獣は言葉を続ける。
「あの夜、私は――ザリスの、魂を、殺した」
 リミナの瞳が戸惑いに揺れていく。
「……みんなを、助ける方法を、知っているかも、しれないのに、殺した」
 淡々と言葉を発した後、千獣はリミナの瞳を覗く。
「……リミナ、前に、言っていた。みんなが、助かっても、私を失ったら、幸せじゃないって……」
 千獣の言葉に、リミナは黙って頷いた。
 千獣は首を横に振る。
「……私は、ザリスを、殺した。この手は、みんなの、未来を、閉ざした……」
 手を広げて視線を落とし、無表情でその両手をリミナに向ける。
「それでもまだ、そう言える? この手を……」
 取れる?
 そう尋ねるより早く、リミナが千獣の手を掴んで引き寄せて。
 肩に腕を回して、抱き寄せた。
「いつかお姉ちゃんが言ってた。千獣は自分と少し似ているって。お姉ちゃんが千獣の立場だったら、やっぱり同じように動いたと思う。村の人達はまだ、何も知らないでしょうけれど、誰も千獣が間違っていたとは思わないはず。私も、同じ。ただ、それが原因であなたが離れてしまうのは、嫌。本当に嫌なの……」
 リミナの悲しげな声が響く。
 彼女がこんなにも悲しそうなのは、やはりルニナがいないから。支えあう存在がいないからだと、千獣は感じた。
 自分が、どれほど愛されていて、大切に思われているのか、分かっていても感じ取れては、いないから。
 そして……。
(ああ、まだ人と獣は繋がって、いられるんだ)
 そんな安堵感が千獣の心を駆け巡る。
(だからこそ、彼女達の未来の為なら、何も惜しまない――)
 そう、意志を固める。
「それじゃ……」
 千獣はリミナの腕を解いて、また後に下がった。
「千獣、今晩は診療所に泊まっていって? ファムルさん達もいいって言ってくれると思うし。……一緒に、寝よう。3人で並んで」
 リミナは泣き出しそうな目をしていた。
 寂しさという感情が千獣にも伝わってきて。
 だからこそ、千獣は首を左右に振る。
 ルニナがいなきゃダメだと思うから。
 リミナとしては、今、千獣にいてほしいのに。
「また、来るから」
 千獣がそう言うと、リミナは伸ばしていた手をそっと下ろして、ゆっくりと頷いた。
 それから、精一杯の笑みを見せて。
「危険なことは絶対しないで。考えるだけで、泣きそうよ」
 泣き笑いとも言える顔を見せて、リミナ軽く首を傾げた。
 そんな彼女を目にして。
 千獣はやはり、リミナの傍に元気なルニナが必要なんだと強く感じるだけで。
 自分の必要性については、漠然としか感じ取ることが出来なかった。
 ただ、こくりと頷いて。
「大丈夫。リミナも、危険なこと、しないで……」
 そう言葉を残して、走り出す。
 辛そうな顔を、させ続けてはいけない。
 本当の笑顔は、ルニナが戻らないと浮かべることはないから。
 ずっとずっと1人でいさせてはいけない。
 何に代えても取り戻したい。
 彼女の大切な半身を。

 夜の広場は真っ暗だった。
 今晩は、月も星も見えない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の旋律の後日談へのご参加ありがとうございました。
リミナにとっては、化け物とか獣などは関係なく、千獣さんという存在自身がホント大切なので、今回はこのようなお話になりました。
いつも本当にありがとうございます。
よろしければ、またの機会にもご参加いただければ幸いです。

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