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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後10時51分。
 星も見えない闇の中、闇にまぎれて月代慎は歩いていた。
 自警団に見つからぬよう、闇にまぎれる黒い服。自警団のルートは使役している蝶、永世姫が銀色の燐粉を通じて教えてくれる。

「怒りっぽいなあ、会長さんは」

 慎はくすくすと笑う。
 金色の燐粉から伝わってくるのは、青桐幹人が生徒に説教ををする声。使役している蝶、常世姫を青桐に付けているのだが、伝わってくる声、伝わってくる声が生徒に説教を垂れ流しているのだから面白い。
 まあ、自警団が怪盗を捕まえると言う非常識よりも、生徒会長が校則違反の生徒を反省室に連れて行く方が常識的とは、言えなくもない。しかし、今晩は怪盗を捕まえに来たはずなのに、こんなに生徒を補導してできるんだろうか。
 慎が余計な心配をしている中、手元で金色の燐粉と同時に舞う銀色の燐粉が不意にくるくるくると円を描き始めた。

「あっ、見つかったんだ」

 慎は嬉しそうに笑う。
 慎は、音もなく走り始めた。行き先は銀色の燐粉が導いてくれる。
 闇に溶け込む。元々退魔師の一族の出なので、闇の中の行動には慣れていた。
 銀色の燐粉を通して感じるのは怪盗のリズミカルに跳ぶ足音。そして。

『怠けたい』
 『だらけたい』
  『疲れた』
   『あの頃に戻りたい』
 『もっと写真を撮りたい』

 たくさんの声だった。
 一体この声は何だろう?
 慎は走りながら、首を傾げていた。

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 正午12時5分。
 慎は久しぶりに新聞部を訪れ、ぐてーとしていた。
 周りは昼休みにも関わらず、ただ慌しい。
 邪魔にならないよう、休憩用スペースの机に顔を引っ付けて座っている。

「こらー、慎。久しぶりに来たと思ったらサボって」
「あー、連太先輩お久しぶりー」
「『お久しぶりー』じゃなくって」

 ぐてーとしている慎の隣に、小山連太が寄ってきた。
 机に頬をくっつけたまま見る連太の手は黒くインクで染まっている。ああ、ずっと原稿書いてたんだ。

「前来た時はこんなに慌しくなかったと思うけど、何かあったの?」
「お前……新聞部なのに新聞位読めよ……」
「いやー、最近ずっとテレビの撮影してたから。わっ、可愛い女の子!」
「可愛いって……まだ女の子って決まったわけじゃないって」

 机にかじり付きつつ、連太の持っていたファイルから適当に記事の草稿や写真を抜き取ると、今日印刷し終えた号外の試し刷りが出てきた。
 見出しには大々的に『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』と書かれた記事に付随しているのは、塔から飛び降りるクラシックチュチュを着た少女らしい影だった。顔は全く分からない。

「えー、連太先輩、この子が男だったら俺生きる希望失うよ? 可愛いじゃない。こんな格好で怪盗するなんてさ」
「何だそれ。慎位の年ならあの格好しても違和感ないんじゃない?」
「えー、俺の友達に女装して怪盗してるなんて事あったら、本当に生きる希望失っちゃうよ。……ふーん、今晩かあ。やっぱり取材するの?」
「そりゃもちろん。顔は撮れなくっても、せめてきちんとした写真撮りたいし」
「あれ? これ先輩が撮ったんじゃないの?」
「ううん。自分は撮ってないよ?」
「先輩普段からリアル嗜好だから、自分で取材したものじゃないと記事にしないじゃない。どうしたの、この写真」
「匿名で送られてきたんだよ。オデット像が盗まれた時に」
「あれ? オデット像って怪盗に盗まれてたの?」
「……はあ。だから、慎は新聞読んだ方がいいって」

 連太は肩を竦ませると、慎に新聞を1部渡した。バックナンバーだ。

「あれ、うちに投げ込みがあったんだ。『学園のシンボル、オデット像が消える』って」
「そう言う事。未だに誰が投げ込んだのか分からないし、相変わらず物は盗まれるし。最近は生徒会もピリピリしてて自警団とか編成して見張りしてるしね」

 ふうん。と言いながら、今日の号外に目を通した。
 時計塔かあ。かけ持ちで入っている写真部がそこにあったなと思った。
 でも、あそこは普段行っても誰もいないし、何もないよ?
 あ、でも知らない話とかあるのかも?

「やっぱりさ、怪盗が物を盗むのって、理由は何だろうね?」
「さあ? それが分からないからこんなに騒ぎになっているんだろ」
「えー、連太先輩クールすぎだよ」
「情報少なすぎるから、推測できないし、仮にできたとしてもそれは憶測の域を出ないよ」
「えー」

 ようやく慎は身体を机から離した。

「例えばさ、実は盗まれている物の共通点が、誰かが何らかの理由で手放さなきゃいけなかったものとか。で、それを怪盗が盗んで手放さなきゃいけなかった人達に返しているとか」
「それ、どっかで聞いた事ある話のような……」
「やっぱり怪盗と言えば、探偵だよねー。格好いい探偵が怪盗を追って行く内に追って追われての2人がやがて恋に……」
「えー、確かに面白いけど、いくら何でもそんなベタな事はないだろ」
「推測できないなら想像すればいいじゃない」
「……ま、とりあえずどうせ探すならインタビューでもしてきて。自分はカメラ持ってるから、必要以上に近付けないしさ」
「はーい」

 慎はひょこっと椅子から立ち上がった。

「月代慎、新聞部のために吶喊します!!」
「いや、吶喊しなくていいから。叫んだら自警団に反省室に連れて行かれるから」
「はーい」
「で、その探偵役って?」
「ああ。青桐会長。あの人が学園の秩序を乱す者を成敗するって事になったら面白いなあって」
「いや、あの人のいつもの行動と変わらないだろ。この間も自分、怪盗の写真を撮りに張ってたら取材って言っても聞かないし、説教の後反省室に入れられたし」
「あはは」

 慎は笑って愛想を振りまきつつ、内心は別の事を考えていた。
 怪盗は、一体何をしたいんだろう。
 昔読んだマンガの主人公の怪盗は、人を幸せにするために盗みを繰り返していた。彼女は、一体誰を幸せにするために盗みを働くんだろう。
 彼女のハッピーエンドって一体何だろう。
 見てみたいなあ……。
 慎はそう思った。

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 午後11時20分。
 慎は銀色の燐粉を頼りに怪盗を追っていた。
 驚いたなあ……。
 慎はそう口の中で呟いた。
 11時になった途端、時計塔の鐘が鳴ったのだ。普通、こんな夜中に鐘がなる訳がない。
 どう言う仕掛けなんだろう。怪盗は魔法使いか何かなのかな?
 時計盤から、怪盗は飛び出してきた。時計塔の時計盤裏に、写真部があるのだ。うちには、本当に盗む程価値のあるものなんて、ないはずなのに。
 銀色の燐粉の描く円が大きくなった。

「あっ」

 追っていて、気付けば時計塔を大きく離れ、授業塔群の中にいた。
 各学科はそれぞれ独立した校舎で授業を行っている。何故か校舎は縦に長く、下に行けば行くほど上級生クラスに、上に行けば行くほど下級生クラスになると言うおかしな作りになっている。故に、校舎と呼ぶ事もあるが、ほとんどは塔と生徒達に呼ばれている。
 この塔は普通科塔だ。
 その上に、黒いクラシックチュチュを纏った少女が立っていた。
 下からだと顔までは見えない。失敗したな。今から上に昇ったんじゃ見失っちゃいそうだし……。
 そう慎が思っている時だった。

『帰りたい』
 『帰りたい』
  『あの頃に、帰りたい』

 まただ。さっきの声。
 いや、声だと思っていたけど違う。これは、思念だ。
 霊も長い時間を経れば、自分が何だったかを忘れてしまう。故に形が崩れ、想いだけが残る事がある。もっとも、これらの声は慎みたいに退魔をかじっているような霊力の強い人間や人間の思念を完全に把握している魔術師じゃないと聞こえないはずだが。
 怪盗は、懐から何かを取り出した。よく見えない。もしかして、あれが盗んだ物? でも、変だな。こんな思念が部室にあったら、普通俺が祓うのに、今までそんな思念なんてなかった。
 怪盗がすっと見えない何かを撫でる仕草をした。
 途端、感じていた思念が嬉しそうに瞬くのが見えた。

『ありがとう』
 『ありがとう』
  『ありがとう』
『帰れる。あの頃に』
 『また、やっていけるよね』

 思念は徐々に拡散し、やがて、何も聞こえなくなった。
 空気が少し揺れた。これは、怪盗が笑ったからだろうか。
 怪盗は一礼をした。丁寧な、礼だった。誰に向けてのだろうか。
 そのまま、怪盗は塔の上を飛び降りた。

「あっ! 待って!」

 見惚れてしまっていた。しまった……変だな、普段見惚れて仕事そっちのけって事はないんだけど……。いや、これは仕事じゃなくって趣味だけどさ。
 慎は慌てて怪盗の飛び降りた方向に走っていった。
 が。
 ひらひらと銀色の蝶が飛んできた。永世姫だ。

「あ、永世姫。ねえ、怪盗は?」

 永世姫は、ただ慎の周りをくるくる回るばかりだった。
 見失ってしまったらしい。

「どうしてだろう……?」

 慎は首を傾げた。
 気付けば、雲が晴れ、月が見えていた。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6408/月代慎/男/11歳/退魔師・タレント】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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月代慎様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は小山連太とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第2夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。