■例えばこんな……■
紺藤 碧
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】
 あなたの時を聞かせてもらえませんか?
 どんな時の出来事でも構いません。
 あなたのその出来事をここに記しておきたいのです。

 どうか、あなたの時を……
お礼と言訳とチョコの日と








 予想外というか、ソールがそんな事をするなんて思わなかったが、クリスマスに貰った小さなプレゼントは、夢でもなんでもなくサクリファイスの手の中にあった。
 二人だけのパーティを終わらせ、家に帰ってから開けてみたそれの中に入っていたのは、クリスタルで装飾されたバレッタ。
 華美というわけではないが、今までそういった装飾をしてこなかったため、なかなか普通につけるのは気恥ずかしく、箱の中に入れたまままだ一度もつけてはいない。
 しかし、街中を歩いていると、どの店も同じような装飾が施され、来るべき記念日に向けて商戦真っ只中だ。通り過ぎる街の人々もどこか浮き足立っているのが分かり、必要もないのに気恥ずかしくなってくる。
(これは、ソールが好きそうだな)
 ふと通りかかったお菓子やのショーウィンドウに飾られた新作のチョコレートのケーキに目を奪われる。
 が、身を乗り出す格好のままサクリファイスの動きがぴたっと止まる。
(…………)
 何故ここでソールの名前が出てくるのか。
(そうだ! ほら、クリスマスにプレゼントもらったし! まだお返ししてないし! だから今年も……)
 誰も気にしてもいないのに、サクリファイスは自分で自分に言い聞かせるように胸中で言訳を繰り返し、ショーウィンドウから背を向ける。
 そして、がくっと肩を落とした。
「……なんで今年も言い訳しているんだろう」
 プレゼントをすることはいいのだ。ただ、それが世の恋人たちの日と言われるバレンタインだから問題なのだ。
 実質、それもバレンタインだからプレゼントも可笑しくないと納得させようとしている部分もある。
 いや、もうそれはそれ。
 お返しだろうと、それがバレンタインに被っていようともういいや。
 今の時期はチョコレート関係の品数も豊富で何時もより安価で手に入りやすい。
(チョコレートのパウンドケーキ…だったな)
 プロではないため、あの店のように綺麗で美味しいものは作れないけれど、最初に見た印象と言うのはとても強いものだ。
 サクリファイスは道すがら材料を買い込み、家へと戻った。















 お菓子を作る材料は薄力粉と卵以外は料理と材料が被らない。
 どうしたって余りが出てしまうため、その余りを使ってクッキーでも作ろうと決める。
 よしっと気合の三角巾を頭に巻き、エプロンの紐を縛る。
 こうして作っている時間もまた楽しいものだ。
 満面ではないが、少し照れるような感じで微笑むソールの顔が思い浮かび、作業の手もまたうきうきとしてくる。
 時々はっと我を取り戻すように手を止めては、そんな事を考えてしまった自分に照れと言訳を繰り返し、また「お返しだ。お返し」と言い聞かせて作業の手を進める。
 混ぜ終わったタネが入った型をオーブンに入れて、カレンダーを見やる。
 確かに当日に渡すことに意味があるが、
(いや、だから、ついでだと何度!)
 自分でもいやになるくらい何度目かの言訳をして、果てはどうしてこんな日があるんだと、そんな所まで気持ちは進んでいく。
 どちらにせよ、パウンドケーキの食べ時は焼いた当日ではなく次の日だ。さらにもう1日待てばもっとしっとりする。持っていくのは明日以降になるだろう。
 さて、といった感じで、オーブンが働いている間、残った材料を使ってクッキー作りを開始する。
 粗熱を取る時間も考えれば、ちょうどタイミングよくクッキーのタネも完成することだろう。
 しかし、ソールがお世話になっているあおぞら荘の面々にクッキーを、という行為そのものが――感謝の気持ちもあるだろうが――やはりソールだけにお菓子を作ることに対する照れ隠し、なのかもしれない。














 翌日、ラッピングしたパウンドケーキと、クッキーを手に、サクリファイスはあおぞら荘へと来ていた。
 その髪には、付けずに半インテリアと化していたバレッタが付けられている。
 純粋に着飾るために作られたバレッタが、どこか気恥ずかしい。
 入り口で運よく出くわしたルツーセにクッキーを渡し、サクリファイスはそのままソールの部屋へ。
 扉の前に立ち、ふと手を伸ばしてバレッタに軽く触れる。
 そして、一度深呼吸をすると、コンコンと扉をノックした。
 しばらくの沈黙。
 ノックをすれば返事を返してくれていたため、サクリファイスはそのまま首をかしげる。
 もう一度ノックしようかと軽く作った拳を持ち上げた瞬間、扉が内側から開け放たれた。
「やあ、ソール」
 サクリファイスは眠そうな目つきのソールに、笑顔を向けて軽く手を上げる。
「起こしてしまった?」
「大丈夫」
 どう見たって半分寝てましたと言う目つきだ。
 ソールは、サクリファイスに道を明けるように体をずらす。
「……ん。どうぞ」
 ここで単純に考えれば、男の部屋に一人で入るのは云々となるのだろうが、かなり今更でもあるし、何よりソールにはそういった心配をする必要性を全く感じない。
「パウンドケーキ焼いたんだ」
「あ……」
 サクリファイスが話を切り出したのと同じタイミングで、ソールの口からも言葉が零れる。
「?」
 サクリファイスは言いかけた言葉をとめて、ソールに振り返った。
 眠気眼もすっかり覚めて、ソールは何だか表現しがたい表情を浮かべている。
「どうした?」
 首をかしげて問いかけるサクリファイスに、ソールはしばし瞳を泳がせる。
「いや…付けて、くれたんだなと思って……」
「あ…ああ!」
 どうやら部屋に入るためにソールから背を向けたことで、気がつたらしい。
 サクリファイスは手を伸ばしてバレッタに触れ、少々顔に照れも浮かべながら、
「に…似合うかな?」
 折角貰ったものだからと付けてきたけれど、流石にバレッタでは付けた自分の様子を確かめる術はない。鏡の前で腰をひねってもいいのだが、やはりそれも具合は良く分からないものだ。
 ソールは何も言わず、ただ頷く。
「ありがとう」
 それが嬉しくて、サクリファイスはほわっと微笑んだ。
「元いた世界ではこういったことはなかったから、とても嬉しい」
 物をもらったことに対するお礼よりも、それは照れも何も無い、本当に純粋に嬉しいと言う気持ち。
 神の座所は男女の別が余り無く、サクリファイスも戦乙女だったこともあってか、お洒落にはとんと無縁だったのだ。
 あの頃はそれに対して其処まで気にもしていなかったのだが、いざ自由になってみると、そういった部分まで自由になったようで、女の子的なことというのは少々憧れでもあった。
 もっと言えば、規律によって、そういった女性的なことに、目を向けてこなかっただけとも言えるのだが。
 しかし、嬉しくないわけではないが、クリスマスプレゼントとしてバレッタを選んだソールのセンスというのは、ちょっとずれているのだろうか。
 まぁ、指輪やネックレスのようにあからさまなアクセサリーだと、バレッタ以上に照れてしまって、思いもよらない言訳でも並べ立ててしまいそうだ。
「クリスマスは、クリスマスツリーの下にプレゼントを並べ、子供にあげる、そうだ」
 突然の説明にサクリファイスの眼が点になる。
「…それ以外の場合もある、らしいが」
 口元を手で隠しつつボソボソっと呟いて、サクリファイスに向き直る。
「今日は?」
 日の意味は知っているだろうが、あえて口にしないのは、前回のことを思い出したからかもしれない。
「あ、そうだ」
 サクリファイスは手に持っていた包みを持ち上げ、ソールに見えるように差し出す。
「お返しと言ってはなんだが、パウンドケーキ焼いたんだ。一緒に食べない?」
「食べる」
 即効で返ってきた答えに微笑み、サクリファイスはナイフでパウンドケーキを切り分けお皿に並べる。
「チョコだ…」
 黒に近い茶色のパウンドケーキ。
「え!? ああ。まぁな」
 改めて言われてしまうとやっぱり照れてしまう。
 サクリファイスははぁっとため息をついて、観念にしたように微かに眉を落として苦笑する。
「意地悪はほどほどにしてくれソール」
「別に。気にするから、気になるんだと思う」
「そうは言うがなぁ…」
 ソールらしいと言えば、ソールらしい答えだと思う。ただ、自分がこれだけドキマギの言訳を連ねたのに、相手がこうもそっけない感じだと何だかやるせない気分になるのも本当で――
「でも、嬉しい」
 そう言って、バウンドケーキを口に運び、ほんわかと微笑んだソールの顔に、サクリファイスの瞳は大きくなり動きも止まる。
「…ありがとう」
 貰った短いお礼の言葉に、サクリファイスは笑顔で返した。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 例えばこんな……にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 状況などは余りに気になさらないでください。たまたまタイミング的にそうなってしまいましたが、イベント事はイベント事ですので。プレゼント自由に決めてもらっても良かったのですが、すっかりそれをお伝えするのを前回忘れておりましたので、今回勝手に決めました。すいません。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……


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