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■クロノラビッツ - ムナエグリ -■

藤森イズノ
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】
 どうしてだろうね。
 楽しいことばかり、思いだしてしまうんだ。
 幸せな記憶なんて、とうに捨て去ったつもりでいたのに。
 だって、邪魔になるから。そんなもの、必要ないんだって気付いたから。
 なのに、どうしてかな。どうして、思いだすんだろう。こんなにも、こんなにも鮮明に。
 君の、笑顔のせいかな。そうやって、君が笑うから。心をかき乱されてしまうのかな?
 ねぇ、梨乃。教えて。どうして、そんな顔ができるの?
 今から、どんな目に遭うか …… わからないはずもないのに。
 ねぇ、梨乃。教えて。お願いだから。ねぇ、笑ってないで、答えてよ。
 俺の意識が、理性が、ぷつんと音を立てて、どこかへと消えてしまう前に ――
 クロノラビッツ - ムナエグリ -

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 どうしてだろうね。
 楽しいことばかり、思いだしてしまうんだ。
 幸せな記憶なんて、とうに捨て去ったつもりでいたのに。
 だって、邪魔になるから。そんなもの、必要ないんだって気付いたから。
 なのに、どうしてかな。どうして、思いだすんだろう。こんなにも、こんなにも鮮明に。
 君の、笑顔のせいかな。そうやって、君が笑うから。心をかき乱されてしまうのかな?
 ねぇ、梨乃。教えて。どうして、そんな顔ができるの?
 今から、どんな目に遭うか …… わからないはずもないのに。
 ねぇ、梨乃。教えて。お願いだから。ねぇ、笑ってないで、答えてよ。
 僕の意識が、理性が、ぷつんと音を立てて、どこかへと消えてしまう前に ――

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 蛇のようにうねりながら蠢く、長く伸びた髪。
 思わず見とれてしまいそうになるくらい艶やかで美しい銀の耳と尻尾。
 人狼へと変貌する寸前の姿を留める露希は、ただ、ひたすらに葛藤していた。
 暴発してしまいそうな本能と裏腹に、心を、頭の中を駆け巡るいくつもの思い出、その優しさに。
 意を決したのは、今から五分ほど前のこと。
 露希は、梨乃をソファに押し倒し、そのまま上に乗って、ギュッと首を絞めた。
 そのときの衝撃で、テーブルの上にあった、お揃いのティーカップは床に落ちて、割れた。
 驚くと思ったんだ。急にどうしたのって。苦しいよ、止めて、離してって、暴れるに違いないって。
 でも、全然。梨乃は、驚いていない。そればかりか、すっと目を閉じてみたりもする。
 まるで、こうなることをわかってたみたいに、望んでいたかのように。梨乃は、受け入れるんだ。
「 …… 梨乃」
 ぽつりと、小さな声で名前を呼んでみる。
 すると、梨乃は、ゆっくりと目を開き、淡い笑みを浮かべたまま首を傾げた。
 なぁに? どうしたの? って。いつもと変わらぬ可愛い表情と角度で。
 その反応が、理解できない。
 どうして、そんな顔できるの。いま、どういう状況か、わかってる?
 冗談なんかじゃないんだよ? 本気なんだよ? 僕は、本気で ――
「君を食べたい」
 両手にこめる力を少しだけ緩めて呟いた露希。
 緩んだ拘束、その隙間を縫い、梨乃は、掠れた声で呟き返した。
 さっきから、何度も言ってるじゃない。聞こえなかった?
 抵抗する気なんて、これっぽっちもないの。嫌だなんて、やめてなんて、そんなこと思わないの。
 むしろ、逆なのよ。嬉しくてたまらないの。そんな風に思ってくれるだなんて、嬉しい。
 幸せなのよ。露希くん、私は、幸せなの。拒む理由なんて、どこにもないの。
「それがわかんないんだよ …… 何で? 何で笑えるのさ」
「だって、あなたと、ひとつに、なれ、るん、だもの」
「殺されるんだよ!? 僕に! いまここで!」
「うん、わかってる、よ」
「おかしいだろ! もっと拒めよ! 嫌だって、怖いって、死にたくないって、泣き叫べよ!」
 声を荒げると同時に、ギュッと強く梨乃の首を絞めた露希。首筋に深く沈む爪。指先に律動。
 とくん、とくん、と規則正しく揺れる、そのリズムに併せるかのように、梨乃が、苦しそうに、フッ、フッと息を漏らす。
 別に、苦しめたいわけじゃない。できうることなら、少しも痛い思いをさせずに、逝かせてやりたい。
 確かにそう思っているのに、この矛盾。自分でも、何を言っているのか、もう、わからない。
 下唇をグッと噛みしめ、矛盾と葛藤に翻弄される露希。
 そんな露希の頬に、梨乃は、そっと掌をあてがった。
 苦しいだろうに、満足な呼吸すらできぬであろうに、梨乃は、微笑んでいる。
 氷のように冷たい、梨乃の手。その感触に、露希の身体が、思わず、ビクッと揺れる。
 露希の理性が飛んだのは、それから数秒後のこと。
 声にならない想い。梨乃の唇の動きは、ある意味、助けを乞うものだった。
『モウ、ガマンデキナイ』
 梨乃は、確かにそう言った。
 少し、照れくさそうに笑いながら、そう言った。
 唇の動きから、その想いを読み取った露希は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて、
 梨乃の首に添えていた両手のうち、左手だけをそっと離し、その手を、梨乃の腹に移動させた。
 我慢できない。梨乃が伝えたその想いは、恥じらいと愛情に満ちた急かし。
 早くして、早く、私をあなたのものにして。じらさないで。我慢できないの。もう、我慢できないの。
 なんと愛くるしい、急かし。なんと愛くるしい、欲求。なんと愛くるしい、表情。
 そんな顔されちゃあ、そんなこと言われちゃあ、こっちがたまらない。
 早くしてだなんて、我慢できないなんて。それは ――
「こっちの台詞だ」
 不気味な笑みを浮かべたまま、露希は、その左手で、梨乃の腹を引き裂いた。
 いとも容易く千切られていく身体。露希の爪、その意のままに壊されていく梨乃は、紙屑のようだった。
 歓喜に震え、アハハ、アハハと笑いながら、露希は、無我夢中で梨乃を裂き喰らう。
 残さぬように、僅かな破片すらも残さぬようにと貪るその姿は、さながら、悪魔。

「僕って異常だね」
 露希は、そうして自嘲の笑みを浮かべながら、骨の欠片をひとつ手に取ると、それをギュッと強く握りしめた。
 掌の中でくしゃりと、何ともあっけなく砕ける音。ゆっくりと手を開けば、そこには、いびつな半月形のピアス。
 梨乃の骨で生成した、梨乃の肌より白く美しいそのピアスを、露希は、おもむろに自身の耳につける。
 それとほぼ同時に、ひとりでに緩み、解けて、ハラリと地面に落ちる包帯。
 包帯が取れたことで露わになる露希の左目は、炎のように赤く赤く発光していた。
 姿かたちは完全に人狼化しているのに。もはや、人でも獣でもない異形な姿になっているのに。
 赤く発光するのは、左目だけ。片目だけが、こうして変化するのは、初めてのことだった。
 焼けるような、抉られるような。左目の発光に伴う痛みに眉を寄せ、露希は呟く。
 答えてくれる人がいるわけでもないのに。誰にも、わからないのに。
「僕達は …… 誰かを愛しちゃいけないの? 愛せないの?」
 露希は、悪者になりたかった。
 蔑まれたかった。嫌われたかった。
 そうやって、梨乃に拒まれつつも欲求に従うことで、正当化しようとしたのだ。
 抑えることのできなくなってしまった、自分の本性を。己の内に眠る、その本能を。

 *

 ゴチッ ――
「いっ …… 」
「痛っ!」
 おでこから全身を巡り走る痛みと衝撃。
 何だ、今の衝撃は。まるで、何か固いもので殴られたかのような ――
「 …… リー、ちゃん?」
 目覚めた露希。その瞳に、真っ先に映ったのは、頭を抱えて蹲る梨乃の姿。
 朦朧とする意識の中でも、そこにいる人物だけは、すぐに特定することができた。
 あぁ、そうか。夢だ。夢をみていたんだ。いつの間に眠ってしまったのか、ぜんぜん思い出せないけれど。
 ここは、時狭間。時の扉のすぐ近くにある休憩スペース …… の、ソファの上。
 そうだ。思い出した。待ってたんだ。僕は、ここで。梨乃を待ってたんだ。
 一緒に町へ出かけようって、お買いものしようよって、そう誘ったのは、僕だった。
 マスターに頼まれている仕事があるから、それが終わったらすぐに行くねって、梨乃は言った。
 だから、待ってたんだ。ここで、本を読みながら、待ってた。そうしたら、いつのまにか、すごく眠くなって …… 。
「ご、ごめんね。起こしちゃって」
 おでこをさすりながら立ち上がり、苦笑しながら言う梨乃。
 露希は、しばらく何も言わず、ただ、じーっと梨乃を見つめていた。
 ちょっとだけ赤くなってるおでこや、綺麗な目や、白い肌。梨乃そのものを、ただ、じっと見つめていた。
 寝ぼけているのだろうか。にしても、そんなに見つめられると、何だか恥ずかしくなってしまう。
 いつもと違う、大人びた露希の眼差しに少しばかり動揺し、目を逸らしてしまう梨乃。
 梨乃が、ふと目を逸らした、その瞬間。
 今だ、といわんばかりに、露希は、梨乃の腕を引いて抱き寄せた。
「わっ! な、なに …… 」
 ロクでもないとか、縁起でもないとか、そんな言葉じゃ片付けられない夢をみた。
 殺してしまいたいだなんて、これっぽっちも思ってない。ずっとずっと、一緒にいたいと思ってる。
 でも、あの夢は。僕の願望も少し混じってるんじゃないかと、そう思うんだ。 …… リーちゃんを食べたい。
 そんな風に思ってたりするんだ、実際に。でもね、違うんだよ。あんな風に、貪りたいってわけじゃないんだ。
 何て言えばいいのかな。確かに食べちゃいたいんだけど、そうじゃなくて。もっと、こう、何ていうか …… 。
「わかんないや」
 ふにゃっと笑い、耳元で囁く露希。
 わかんないのは、こっちのほうだよ? とは思いつつ、梨乃は、頬を赤らめることしかできずにいた。
 そんな梨乃の頭を撫でながら、露希は、続けて耳元で囁く。
「リーちゃん。ピアス、しない?」
 お揃いのピアス。左耳に、ひとつずつ。
 半月みたいなデザインのピアスが良いな。吸いこまれそうなくらい真っ白で綺麗なやつ。
 ふたつを合わせると満月になるとか、そういう感じのピアス、どこかに売ってたりしないかなぁ?
 夢の中で手に入れた、あの真っ白なピアス。綺麗だったんだ。僕ね、ああいうピアスが欲しいんだ。
 そっくりそのまま、まるっきり同じものは、さすがに手に入らないだろうから、似ているもので我慢するよ。
「夢 …… ? どんな夢、みてたの?」
「ふふ。ナイショ。さ、行こ!」
「う、うん」

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 The cast of this story
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。