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■第3夜 舞踏会の夜に■

石田空
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
「今晩舞踏会だってねえ」
「そうねえ」
「またイースターエッグ公開されるのかしら?」
「されるんじゃない?」

 昼休み。
 雪下椿、喜田かすみ、楠木えりかのバレエ科仲良し三人組はおしゃべりをしていた。
 話題はもっぱら今晩行われる舞踏会の事である。

「いいよねえ。行ける人は」
「あらあら椿ちゃん踊りたい人いるの〜?」
「いっ、いる訳ないじゃない!!」
「あらあらあら。ならえりかちゃんは?」
「そんな、そんな人いないよ!?」
「そう言うかすみはどうなのよ〜?」
「あら〜? 私は普通に海棠先輩と踊りたいけど? まあ、無理だけどね」

 互いをくすぐり合いながらキャッキャと芝生を転がり回る。

「社交界に入れる人が条件だもんねえ。17歳以上で、ワルツをマスターしてて、マナー検定取得してる事」
「げええ……どれも私達持ってないじゃない……と言うか、それ高等部でもどれだけ行けるのよ?」
「でっ、でも、特例とかもあるって聞いたよ!?」
「うーん……私達だと無理かもねえ? あっ、椿ちゃんはあるいは行けるかもしれないけど♪」
「……何でもいいけど、何でアンタそんな事にイチイチ詳しいのよ?」
「乙女には108個の秘密があるのよ♪」
「それ、煩悩の数……」
「でも私達が17歳になっても、もうあんまり意味ないかもね?」
「何でよ?」

 ゴロゴロ芝生で転がっていたかすみが座り直す。
 寝転がったままそれを椿とえりかが見ていた。

「だってえ、新聞部も配ってたけど、怪盗オディールの予告状で、今晩来るって言ってたのよ〜? どう考えても次盗むのってあれよねえ?」
「イースターエッグ? うちのOBが作った宝石加工してる奴」
「あれそんなにすごいものなの?」
「もう〜、えりかちゃん無知! あれは代々学園の定期舞踏会に現れては皆に見つめられ、やがて舞踏会の雰囲気を吸収したイースターエッグは魔力を帯び、その魔力によってその前で踊ったカップルを必ず縁結びして永久の愛を誓わせるって言う、とーってもすごいものなのよ♪」
「ふーん……そんなすごいものだったんだあ」
「あれなくなったら学園の女子から暴動起こらない?」
「さあねえ。生徒会も今回は厳重に警護するみたいだから」

 三人はようやく芝生から起き上がり、パンパンと芝を叩き落とした。

「まあ私達はあんまり関係ないけどねえ」

 三人はそう言いながら帰っていった。
 予鈴が鳴ったのは、その直後である。
第3夜 舞踏会の夜に

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 午後4時15分。
 月代慎はカメラを構えて芸術ホールをうろうろしていた。
 今晩の舞踏会に合わせて、会場となるこの場所を美化委員が清掃し、園芸部が花を飾っている。
 そして、会場のあちこちで、生徒会が打ち合わせをしていた。
 カメラで設営準備風景を撮っていた所で、連太が走ってきた。

「あっ、先輩どうだった?」
「OK取れた」

 連太が手で円を描く。
 慎はわーいと手を広げた。

「まあ、今からは難しいけどさ。踊る人の邪魔にならない程度ならダンスフロアでの取材はOKって。ただ、出すタイミングまでは教えられないから、取材できる保障はできないって」
「ケチだなあ」
「まあ、怪盗と入れ替わったりしたら困るって生徒会長も思ってるんじゃない?」

 慎がむーと頬を膨らますのに、連太は苦笑した。
 とは言っても。
 慎は頬を膨らませるジェスチャーをしながら耳に栓をする。
 何だって誰も気付かないんだろう。今日ばかりは自分に霊感あるのが嫌になっちゃうよ。
 慎は今生徒会が持っているであろうイースターエッグの方を盗み見ていた。

『触って』
 『手を繋いで』
  『私だけを見て』
『愛してる』
 『愛してる』
  『愛してる』

 会場には甘えるような、求めるような、女性の声が、何重にも重なって響いていた。
 てっきりイースターエッグの恋愛成就って、女の子達が考えた呪いだって思っていたのに、あながちただの迷信じゃないのかもしれない。
 慎は耳を塞ぎながらそう思った。

「? 慎? どうした? いきなり耳塞いだりしてさ」
「あー……何でもないよ。たださ、イースターエッグのジンクスって、あながち間違いじゃないのかなあって思ってただけでさ」
「そうなの? 自分は女子って迷信好きだよなあって思ってたけど」
「あはは……」

 慎は連太に霊感がなくっていいなあ、とだけ少し思った。
 なら。
 慎は思った。
 自分みたいにこの声が聴こえている人が、怪盗なのかな?
 さすがに正攻法で来るとは思えないから、怪盗も参加者に紛れて来るんだろうけど、これだけの声が聴こえているなら、多少顔をしかめてる人もいるかもね。
 慎はそう自分を納得させた。

「永世姫」

 慎は連太に気付かれぬよう、こっそりと自分の使役する蝶を呼び出した。
 永世姫は、人には見えない姿でくるくると慎の指先の周りを飛び回った。

「イースターエッグ、見張ってて。怪盗が飛び出す辺りの予測をつけるから」

 慎がそう指示を出すと、永世姫は銀色の燐粉だけを残して姿を消した。
 慎の指先には、くるくると銀色の燐粉だけが漂っていた。

/*/

 午後9時。
 慎は灰色のタキシードを着て写真を撮っていた。
 ダンスフロアには甘いワルツの旋律が響き、その旋律の中、デビュタントが踊っている。
 今は慎が耳を塞いだほどの思念の声は聴こえない。タキシードの袖下を漂う銀色の燐粉からは、相変わらず途切れる事なく『愛している』が聴こえて閉口したが。
 今は隠しているのかな。カメラのレンズ越しに、ちらちらとダンスフロアの様子を伺った。今は生徒会役員の姿が見えない。もしかして、イースターエッグの方に行っちゃったのかも。
 それに。
 昼間の準備風景の取材時に見た自警団員が、何人かドレスコードを守ってダンスフロアに混ざっているのが見える。
 警戒厳しいんだなあ。
 まあ、会場に入るのも随分チェックされたしね。
 そう思って周りを見ていた時だった。
 最初の曲が終了したようだ。
 デビュタント達はそのままダンスフロアを出て行った。
 ダンスフロアからデビュタントが引いたのと同時に、違う曲が流れ始める。
 ここから先は自由に参加できる。
 さあ、多分怪盗が紛れるのはこの辺りだろうから……。
 慎はそう思ってカメラを構えて辺りを見回している時だった。
 ふとデビュタントの去っていった方向にレンズを絞っていたら、連太がデビュタントらしい白いドレスの少女に殴られているのが見えた。
 ……先輩、会場で待ち合わせしてたのに姿見えないと思ったら、何やってるんだろう。
 慎は多分連太はしばらく来れないだろうなあと思いながら、ダンスフロアの方向にカメラを戻した時。
 ふと、袖下で燐粉がくるくると回るのを感じた。
 永世姫じゃない。もう一対の使役している蝶、常世姫が金色の燐粉を散らしながらくるくると回っているのだ。

「どうしたの? 別に今は呼んでないよ?」

 慎が小声で尋ねると、常世姫はタキシードの下を舞った。
 この舞い方は……警告?
 永世姫も常世姫も、共通して慎の守護者である。
 その守護者が、何かを察知したのだ。

「何かあるの?」

 慎が小声でもう一度尋ねると、常世姫が燐粉を撒いた。
 その燐粉が矢印を示し、その矢印が示す方向はダンスフロアである。
 その中心で踊る一組の男女。
 1人は、確か海棠秋也って言う音楽科の先輩だっけ。何とかの王子とか呼ばれてやけに人気のある。
 もう1人は……。見た事ない。黒い髪を結ったクリーム色のドレスを纏った女性。
 常世姫の示す矢印は、この一組に向けられていた。

「どっち?」

 常世姫はくるくると舞う。
 どっちも……?
 普通に考えたら、女性の方が怪盗だけど、海棠先輩はどうして?
 ふと、この2人が踊っているのを見ていて、何かに似ているのに気が付いた。
 そうだ。この間えりかちゃんが言ってた、王子とオディールだ。
 舞踏会で出会って、オデットと勘違いして一緒に踊ったんだっけ?
 そう考えている時だった。
 照明が、急に落ちた。
 ザワリ……と会場全体が騒がしくなる。
 どうしよう。怪盗の方も追いかけたいけど、先輩の事も気になるし……。
 慎は仕方なく常世姫に声をかける。

「海棠先輩を追いかけて。何かあったら報告してね」

 そう小さい声で言うと、了承したように袖から常世姫は抜け出し、金色の燐粉を散らしながら闇の中を飛んでいった。
 さて。
 もう一対の永世姫の燐粉に気を集中させた。
 さっきから銀色の燐粉を通して、耳を塞ぎたい程に『愛している』が聴こえている。
 ドレスは、闇の中舞った気がした。
 闇の中、銀色の燐粉を通して、会長と怪盗の会話が聴こえてくる。

「無粋だな。こんな所で盗みを働くとは」
「……これが大事なものとは分かっている。でも、私にも願いがあるから」

 ようやく闇に目が慣れてきた。
 慎が目を凝らすと、ダンスフロアには奪われたイースターエッグを抱きかかえる闇に紛れる真っ黒なチュチュを着た怪盗と、怪盗に対して剣を向ける会長が対峙していた。
 怪盗は扇で顔を覆っていた。
 今はいつもつけてる仮面をつけていないのかな?
 そう思っていたら、怪盗が、会長の突き出した剣を避けた。
 そして、礼をしているのが見えた。

「ご機嫌よう。生徒会長さん。また会いましょう」

 そのまま、彼女は高く跳んだ。
 高く跳んだ先には天窓がある。
 彼女はその天窓を蹴り割り、去っていった。
 ガラス片が散る中、会場内は悲鳴が響いた。
 慎は、人ごみをすり抜けながら、会場を後にした。

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 テラスに出ると、今は誰もいない。
 その中、永世姫の燐粉の伝えてくる情景を聴いていた。

「あなたは、どうして起きてしまったの?」
『眠りたかった』
 『眠っていたかった』
  『起きたら独りだった』
『寂しかった』
 『愛して』
  『愛して』
   『愛して』
「……そう。寂しかったから、誰かを探してたんだね」
『愛してくれる?』

 気の遠くなるような作業だった。
 聴こえてくる思念1つ1つと、怪盗は対話をしていたのだ。
 燐粉を通じて感じたのは、イースターエッグを抱き締めて走りながら、子供を撫でるように撫でる怪盗の姿だった。
 彼女、ずっとこんな気の遠くなる事してたんだ。
 確かに除霊でも対話であの世に帰ってもらう方法はあるけど、普段は時間がかかるからそんな事しない。
 でもなあ。
 起こされたって何だろう?
 前にも理事長が「寝た子が起こされた」みたいな事言ってたけど。
 なら起こした人がいるって事だよね?
 それに、さっきの常世姫の警告……。
 まさか海棠先輩が起こした人って訳?
 慎がうーんと唸っていたら、指先にくるくると金色の燐粉が舞った。
 常世姫が戻ってきたのである。

「どうしたの? 先輩は?」

 常世姫は慎の指先の周りをくるくると舞った。
 こっちに来る?
 慎は茂みに隠れて様子を伺った。
 ふいにふわり、と匂いがしたのに気が付いた。
 まるで朝露に濡れた森のような、深い匂い。
 何?
 匂いの方向を見るとそこには白い少女が立っていた。
 しかし、出てきた海棠にも、海棠が連れてきた女子生徒にも、彼女の存在は見えていないようである。
 慎みたいに、霊感のある人間じゃなければ見えない少女。
 背中には、透明な羽が見えた。
 ……妖精?
 彼女の姿が見えた瞬間、常世姫が慎の周りを急にくるくると回り始めた。
 ここから、離れろ?
 慎は、まるで引っ張るような勢いで会場に戻そうとする常世姫に、仕方なくついていった。

<第3夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6408/月代慎/男/11歳/退魔師・タレント】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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月代慎様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
白い少女については、後日登場予定ですので、お楽しみにして下さいませ。

第4夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。