■【楼蘭】百花繚乱・詞華■
紺藤 碧
【3087】【千獣】【異界職】
 天には、世を支える四の柱があるという。
 四極と呼ばれるその柱には、世に起きた数多の事象が刻まれゆく。

【楼蘭】百花繚乱・詞華











 門の向こうを抜けた先は、地上である蒼黎帝国と良く似ているが、淡い色合いの花と雲が多く、白に近い世界だった。
 エルザードにいた時にも、他の世界から来た人が“天国”だとか、そんな話をしていた話を聞いたことがあるが、それのイメージに良く似ている気がする。
 千獣はぎゅっと蓮の手を握り締め、辺りを見回す。
 地上では、無理矢理扉を開いた事で、瞬・嵩晃が寝込んでいたが、天上はそんな事はまるで無かったかのように穏やかな時間が流れている。
 むしろ、感覚が麻痺しているような感じさえも見受けられ、千獣はただはだ眼を瞬かせるしかなかった。
 邪仙という侵入者が現れたというのに、どうしてこんなにも誰も気にしていないのだろう。
 とんっと踏み出した足音の軽さに、一瞬瞳を大きくしたが、それがこの場所の移動の仕方なのだと気付くと、千獣は蓮を抱き上げて、ピョンピョンという軽い足取りで歩き出した。
 一歩が大きく、まるで浮いているかのような錯覚を受ける。
 正直、瞬が扉を開いた事による影響は何もないと言っていたため、どうでもいいと思い始めていた。
 けれど、ここに着たのは、邪仙に聞きたい事があったから。
 最初は、この人なんだろうと思っていたのに、どうしてこんな酷い事ができるのかと思っていたのに、その理由を聞いてしまうと、なんだか一気に憑き物が落ちたかのような感覚に陥ってしまった。

 ああ、この人も、ただの人間なんだ――……

 特別な力を持って、人間とは少々違う存在になったとしても、性根までもが人ではなくなってしまうわけではない。
 だって、人にだって、聖人も居れば悪人も居る。
 あの邪仙は、仙人という存在でありながら、その悪人になってしまっただけの人間。
 人間なら、理解不能でも何らおかしくない。
 そう結論付けたからからこそ、聞きたかった。
 しかし、天上界は思っていたよりも広く、千獣は邪仙の姿を探して右往左往してしまう。
 途中、誰かに尋ねたいと思っても、声をかけられるような人――存在に出会うことが出来ない。
 もしかして、ずっと不干渉、閉じられていたと言っていたから、その間にここに住む人々は殆ど居なくなっていた? だが、そう考えると、ここまで案内してくれた青年に引っ掛かりを感じてしまう。
 ただ息を潜めているだけだろうか。それとも、千獣を避けているのか。
 昼夜もよく分からない世界で、千獣はどれだけの時間を跳んでいただろう。
 町というものは存在せず、点々と建つ大きな建物。多分、1つの家庭の邸宅が大きすぎて、町のように見えないだけなのだろう。
 そして、山のような場所、森のような場所を越えて、霧が濃い空間へと降り立った。
 来てはいけない場所に来てしまったような感覚に陥る。
 戻ろうと振り返ってみても、その道もまた霧に包まれ虚ろの世界。
「…千獣?」
「……大丈、夫……」
 心配そうな瞳で見上げた蓮に、そっと微笑みかける。
 千獣はこの霧の中を進んでみる事にした。












 霧の中は、春の暖かさでも、夏の暑さでもなく、ただひんやりと染み込んでくる様な冷たさだった。
 跳ぶのではなく、一歩一歩、地上のように歩が進む。
 それは、他の場所よりも、ここが少し“重たい”場所なのだという事を表していた。
「…千獣、大丈夫?」
「……ん…どう、して……?」
 手を繋いで隣を歩く蓮が心配そうに千獣を見上げる。
「ここ、ちょっと“違う”場所」
 何が違うのか、とか、どう違うのか、は、蓮に説明は出来ないけれど、扉を潜ったばかりの軽い場所とは雰囲気からして違っていることは、千獣でも分かる。
 まるで永遠に続きそうな霧を超えて、千獣は1つの人影を見つけ、眼を凝らした。
 周りに霧が立ち込めることも意に問わず、ただ立ち尽くすその人影は、一点を見つめたまま微動だにしない。
 足音さえも殺す霧を進み、千獣と蓮はその人影の側まで歩み寄った。
「…っ!」
 ぎゅっと千獣の服の裾を握る蓮。
 露になった人影は、あの邪仙。
 華やかな地へ父親を探しにきたはずなのに、どうしてこんな人気の無いところに居るのだろう。肝心の父親は見つかったのだろうか。
「……ねぇ」
 千獣はその背に声をかける。
 返事は、ない。
「…お父さん……会えた?」
 もう一度、声をかける。
 返事は、やはり、ない。
 千獣と蓮は顔を見合わせる。
 そして、邪仙の正面へ回り込んでその顔を覗きこんでみた。
 2人に気付いた素振りさえも見せない邪仙の表情は、そのままの形で固まっているように見えた。
 どうしよう。このままではここに来た目的が果たせない。
「……大丈、夫…?」
 千獣は思わず邪仙の肩を揺さぶる。
 すると、はっとするように彼にも表情が戻ってきた。
「……おや、しつこい人ですね」
 扉は、仙人や天人の力や地位を持つものにしか見えないはずなのに、追いかけてきた千獣に向けて、邪仙は眼を細める。
「……聞きたいこと、あった、から……」
「なんと、奇特な」
 扇で口元を隠し、目尻だけを笑みの形に微かに下げたが、それも一瞬の事。
「計都を置いて去りなさい」
 邪仙は要らないものを振り払うように扇を振る。
「……蓮は…渡さ、ない……」
 ぎゅっと、千獣は蓮を抱きしめる。
 邪仙はそんな千獣に眼を細め、一度ため息をつくと、無言で眼を伏せる。
 必要が無くなれば、去る人なのに、どうして?
 だが、このままここに居るという事は、声を届かせる事が出来る。
「…ねぇ……お父さん、会えた……?」
 先ほど尋ねてみたが、心此処にあらずといった態だったため、もう一度尋ねてみる。
 無言。
 そもそも邪仙に答える義務は無い。
「…地上の、こと……そのため……だった、の……?」
 淡々とした千獣の口調が、逆にただの疑問を口にしているだけのように聞こえ、邪仙は一度、眼を伏せる。
「……必要な、こと…だったの……?」
 そして、その問いと共に眼を開き、
「私の行動に、不必要など在りません」
 それだけ言い捨ててまた口を閉じた。
 暫くの沈黙の後、千獣はまたゆっくりと疑問を投げる。
「…………それで……何か、満たされ、た……?」
「何が、言いたいのですか?」
 邪仙の眉根が微かに寄せられる。しかしその声音は、不機嫌というよりも、千獣の疑問に、疑問で返したようなものだった。
「今、満たされて、る……?」
「貴方の言葉は何時も抽象的ですね。何を満たすのです?」
「…あなたの、心……」
 自分の行った行動に対して満足したのかどうか、という事。
 何かを犠牲にした過程に、虚しさは感じないのだろうか。
 例えば、こうしてやっと天上界に着たのに、目的の父親に会えていなかった場合、今までの行動は全て無駄だったということになる。それは、努力(それがどんな内容であれ)が報われなかったことになる。
「くだらない疑問を持つものですね」
 ため息を扇で隠すように口元に当て直し、視線を流す。
「悠久を満たすものなど何もありません。それが訪れる時がくるとすれば、それは終焉の時だけでしょう」
「……どうして?」
 じっと邪仙を見つめ問う千獣。
「終わりが訪れるからこそ、そこに答えがあるのです」
 彼が言う終焉が“全て”の終わりを差すわけではない。
 例えば、目的が叶った時、それはその目的に向かっていた過程の終焉。それを比喩的に使っただけ。
「あなたは……終わって、ない、の……?」
 目的は、叶ってないの?
「これが、始まりですよ」
 扇を持っていない手を伸ばし、蓮にその手を掴むよう促す。
「さぁ、計都」
 千獣の腕の中で、蓮がカタカタと震えだした。
 明確な答えは貰っていないけれど、彼がこれ以上のことを話してくれるとは思えない。
 目的は達した。
 千獣は背の翼を広げると、その場から蓮を連れて飛び上がる。
 あれほど蓮を欲していても、邪仙は千獣を追いかけてこなかった。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 彼なりに最大限答えています。一応……分かりにくいですけれど。読み取れなければすいません。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……


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