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■第6夜 優雅なお茶会■

石田空
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】
 聖祭。
 学園では何かとイベントが多いが、この祭りは学園の中で一番重きをおかれるイベントである。
 芸術祭は年に2回、夏と冬に行われ、その間に、この聖祭は行われる。
 芸術総合学園である聖学園では、何かとイベントを増やしては、生徒達の日頃の努力の成果を見せる場面を1つでも多くしようとするのである。


 生徒会


「今回の普通科、美術科、芸術評論科のクラス展示物の予定は無事集まりました。現在は音楽科と演劇科、バレエ科の芸術ホールでの演目の調整をしてます」
「後の微調整はお茶会、だな」
「はい」

 生徒会は、学園内各所から提出されるプリントで埋まっていた。
 提出されたプリントは流れ作業で1次チェック、2次チェック、3次チェックが行われ、最終的には生徒会長が判を押して可否が決まる。
 学園内の祭りは、生徒会役員の体力と精神力、睡眠を犠牲にして成立していると言っても過言ではない。

「頑張りましょう。お茶会まで」
「そうだな……」

 普段は堅物眼鏡と言われて一般生徒の前ではどんなに暑くとも寒くとも過不足ない格好をしている青桐幹人も、今回ばかりは襟元を少し緩めて、ぐったりした顔をしていた。
 隣で茜三波は、下を向き過ぎて少々乱れた髪をどうにか整え、持ち分の作業が終わったら生徒会役員達に紅茶を配った。
 ことりと机に置かれた紅茶は、ほんのりとシナモンの匂いがした。


 バレエ科練習場


「無理っ、無理無理無理っっ、無理ですっ! できませんっ!」

 楠木えりかは涙目で首を振っていた。
 隣で座っている雪下椿は目を釣り上がらせ、喜田かすみはいつものようににっこりと笑っていた。

「いいからアンタがやんの!」
「無理っ、絶対、無理っっ!」
「いいじゃない、恥かけば。皆の前で赤っ恥をかくえりかちゃんもきっと可愛いわよ〜♪」
「かすみ、アンタはちょっと黙りなさい」
「えー」

 いつものトリオ漫才に苦笑しながら、先生はえりかを見た。

「……とにかく、頑張ってね、楠木さん」
「……あい」

 えりかは肩を落とし、既に「はい」とはっきり返事ができないほどに、沈んでいた。


 噴水前(オデット像跡)


「またさぼったの?」
「……お前は?」
「今日は今度の聖祭の演目と、配役発表だけだったから」
「……そうか」

 守宮桜華は、今日もベンチの上で寝ていた海棠秋也の隣に座った。

「……もうすぐ、ちょうど4年ね」
「………」
「どうせまた行ってきた癖に。分かるんだから」
「………」

 何も言わない海棠の制服を桜華は触った。
 海棠の制服には、白く細い花びらが1枚付いていた。


 中庭(理事長館前)


 そこは、白いテーブルと椅子で埋め尽くされていた。
 その中を、聖栞は歌いながら歩いていた。
 テーブルの上にはスコーンを盛った白い皿に、色とりどりのジャムの小瓶、皿に合わせた白いカップ、ポットが並んでいた。
 栞はそれぞれのテーブルのポットにお湯を注いで回っていた。

「今日はお茶会、今日だけは全てを忘れて楽しみましょう〜♪」

 栞は優雅な雰囲気で、砂時計を逆さに回した。
 砂がコポコポと落ちて行った。
第6夜 優雅なお茶会

/*/

 午後3時10分。
 最近は聖学園内も、聖祭の用意で慌ただしかった。
 無理もないだろう。聖祭には、各方面から著名人がやってくる。
 ただの文化祭ではなく、ここは自分の練習の成果を見せる場所。自分の夢を叶える絶好の機会なのだから、皆が全身全霊をかけるのもまた、頷けるだろう。
 うーん。そのはずなんだけど。
 栗花落飛頼はのんびりと辺りを見回した。
 色んな人が来ている。見た事ある顔もあれば、初めての人も。まあ無理もないか。こんなに大きな学園なら、見た事ない人の方が多いはずだし。
 給仕をしている理事長は、各テーブルを回って紅茶をふるまっているようだ。
 飛頼は空いている席を探したら、ちょうどバレエ科の固まっているらしいテーブルに席が余っているのに気が付いた。別にレオタードを着ているからすぐ分かるのではなく、見た事ある顔がちらちら見えたからである。

「すみません、ここ大丈夫ですか?」
「はい、どうぞ……あら、先輩」
「守宮さん。こんにちは」
「こんにちは、先輩も参加されるんですね」
「うん。お茶会だし」
「はい、席どうぞ」

 桜華はにこにこと笑いながら席を勧めるので、とりあえず飛頼はその席にそろっと座った。
 桜華は回ってきた紅茶をそれぞれのカップに注いで回り、それぞれに配った。

「先輩ありがとうございます」
「守宮さんありがとう」
「いえ、はいどうぞ。お菓子も順番に取って行ってね」

 いつもの桜華に見えた。
 ちゃっかりしている所は多々あるが、基本的に人当たりのいい彼女に。
 でもな……。
 飛頼は彼女をつぶさに見て、ダンスフロアの事を思い出す。
 彼女自身は、覚えているんだろうか。あの事を。彼女の中に星野のばらがいると言う事を。

「先輩、お茶です……? どうかしましたか?」
「あっ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「そうですか? あっ、お菓子はどうしますか? スコーンとショートブレッドありますけど」
「うーん……今はお茶だけでいいかな?」
「そうですか」

 桜華は飛頼の元に紅茶の入ったカップと置き、回ってきた砂糖壺とミルク壺を置いた。

「よろしければ使って下さい」
「うん、ありがとう。でも守宮さんもそろそろ飲んだら? お茶冷めるよ?」
「あっ、それもそうですね」

 桜華はそう言いながら自分の分の紅茶に、砂糖をカップに山盛りとミルクを入れ始めた。
 随分な量だな……。少しだけ呆然と飛頼が見ると、桜華ははにかんだように笑った。

「変な飲み方だとは自分でも分かっていますけどね。どうしても紅茶はそうしないと飲めなくって……」
「そうなの? 他の飲み物にした方がよくなかった?」
「いえ、単に甘党なんですよ。さすがに練習中は何も入ってないお茶じゃないと飲めませんけど」
「なるほど……」

 彼女のカップのお茶は、既に紅茶と言うよりもシロップのようで、心なしかトロンととろみがついているように見えた。

「そう言えば、「眠れる森の美女」の方って、配役は?」
「はい。リラの精なんですよ」
「へえ……」

 主役ではないと言えど、全編通して出る役回りなので、相当重要だ。
 確か彼女はリラの精が当たり役だったし、各方面の大会でもリラの精を踊って賞をもらっていたはずだ。

「じゃあ練習は大変そうだね」
「そうですね……やっぱり体力が重要ですから。4時間踊りきるのに」
「すごいね、本当に」
「主役ほどではないですけどね」

 にこにこと笑いながら、スコーンを齧る桜華。
 本当に彼女は、普通に見えた。本当に、初めて会った時のように。
 と、背後に気配がして振り返る。
 理事長が生徒と何か話をして帰ってきたらしく、生徒と別れていくのが見えた。
 そうだ。話をしてみよう。

「ごめん、ちょっとだけ席を外すね?」
「先輩? ええ、どうぞ」

 飛頼はそっと理事長の背中を追った。

/*/

 午後3時20分。
 飛頼が追いかけた聖栞は、理事長館に戻っていた。

「すみません、待って下さい!!」
「あら? 栗花落君。どうかした?」
「すみません、ええっと、少し相談したい事がありまして」
「あら、何かしら? あっ、お茶のおかわり作ろうと思って。少しだけ手伝ってくれる?」
「あ、はい……」

 栞は笑いながら、いつかの時のように、応接間に向かうのに飛頼は慌ててついていった。
 栞は「今日はお菓子よりお茶の方が減りが早くってねえ」と言いながら、水をポットに入れて火をかけ始める。

「それで、話って何?」
「はい……守宮桜華さんの事です」
「あら、守宮さん? どうかした?」

 栞は少しだけピクリと眉を動かした。
 この人は、やっぱり全部知ってるんだ……。
 飛頼は少しだけ頭を整理しつつ、言葉を続ける。

「すみません、ずっと考えていたんですが、彼女がどうもその……星野さんに取り憑かれてしまっているようで……。どうしたら彼女を助けられるんだろうって思いました。
 もし、全部知っているのなら、彼女を助ける方法を教えて下さい」
「…………」

 栞は黙ったまま、少し唇に手を当てた。その顔から表情は消え、考え込んでいるようだ。
 やがて、口を開いた。
 飛頼は首を傾げたまま黙って栞を待つ。

「あなたが助けたいのは、守宮さん? 星野さん? どちらかしら」
「えっ? 守宮さんです」
「そう……なら。大丈夫」

 栞はゆっくりと微笑んだ。
 えっ、何でそんな事を聞くのだろう……。

「えっと、どういう意味ですか?」
「前にも言ったと思うけど、想いは力。想いは形。想いは魂。
 もし魔法を使って全部解決できるなら楽だけど、魔法だと気持ちまでは解決できないのよ。全てを解決する手段は、魔法じゃなくって、行動。
 死んだ人の気持ちは変える事はできない。何故なら、死んでいる時点でもうその人はもう止まってしまっているから変わる事ができないのよ。でも、生きている人は違う」
「……!」

 飛頼は少しだけ驚く。
 元々、のばらを説得する方法は自分も考えていた。でも栞の言葉を鵜呑みにするのなら、それは不可能だと言う事だ。
 星野さんを説得は無理でも、守宮さんは説得できる……。
 つまりこれって……守宮さんの望んだ結果……?
 彼女の事を思い出してみる。
 いつもちゃっかりしている人だけれど、彼女のイメージがおかしくなった時って、星野さん以外にあったっけ……。
 今までの彼女の言動を思い返してみて、1つだけ思い当たる事があった。
 元々一緒に踊るはずだった舞踏会。何で海棠君と踊らなかったんだろう?
 少し考え込んでいると、栞がポンと肩を叩いた。

「彼女の本音を聞き出しなさい。彼女が星野さんに乗っ取られる事をよしとしている理由を。分かれば、変えられるはずよ。あなたならできる」
「理事長……ありがとうございます」
「本当にどうしようもなくなったら、またいらっしゃい。まだ時間は残っているから」

 ポッポとポットから湯気が吹き出した。
 栞が紅茶を紅茶ポットに注いで作り、「ちょっと量多いから一緒に運んで」と言われた分をお盆に乗せる。
 本音……か。
 星野さんが自殺したのにも、守宮さんが星野さんに乗っ取られている事にも、理由がある。それが分かれば、彼女を説得できる。

 想いは力。想いは形。想いは魂。
 力になるのなら力になりたい。飛頼はその想いを胸に、中庭へと戻った。

<第6夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第6夜に参加して下さり、ありがとうございます。
ひとまず、桜華の説得のための材料集めになるかと思われます。当事者以外からも話は聞けるはずですので、コネクションを辿ってみたらいいと思います。

第7夜公開も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。