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■第2夜 理事長館への訪問■

石田空
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
「全く……、理事長、この現在の学園の状況を本気で放置されるおつもりですか?」
「そうねえ……」

 理事長館。
 学園の中に存在するその館には豪奢な調度品が並べられていた。
 創設時から、学園の生徒達とよりコミュニケーションを円滑に取れるようにと、代々の理事長は学園内に存在するこの館で生活をし、学園を見守っているのだ。そのせいか、この館には色んな生徒達が自由に行き来している様子が伺える。
 現理事長、聖栞はにこにこ笑いながら、生徒会長、青桐幹人の話を聞いていた。
 栞は美しい。彼女は実年齢を全く感じさせない若々しさと、若かりし頃バレエ界のエトワールとして華々しく活躍してつけた自信、そして社交界で通用する知性と気品を身につけていた。故に、彼女がこうして椅子に座っているだけで様になるのである。

「反省室は現在稼動不可能なほど生徒が収容されています。通常の学園生活を送るのが困難なほどです」
「まあ、そんなに?」
「怪盗は学園の大事な物を盗み続けています。なのに警察に話す事もせず、学園で解決する指揮も出さず……ここは貴方の学園なのでしょう?」
「………」

 栞は目を伏せた。
 睫毛は長く、その睫毛で影が差す。
 そして次の瞬間、彼女はにっこりと笑って席を立った。

「分かったわ」
「……理事長、ようやく怪盗討伐についての指揮を……」
「生徒達と話し合いをしましょう」
「……はあ?」

 栞の突拍子もない言い方に、青桐は思わず目を点にした。

「夜に学園に来た子達と話し合い。うん。それがいいわ。私が直接皆と面接をします」
「貴方は……学園に何人生徒がいると思っているのですか!? それにそれが本当に根本的な解決に……」
「なるかもしれないわよ?」

 栞はにこりと笑う。
 たおやかな笑いではなく、理知的な微笑みである。

「想いは力。想いは形。想いは魂」
「……何ですかいきなり」
「この学園の精神よ。どの子達にも皆その子達の人生が存在するの。だから一様に反省室に入れるだけが教育ではないでしょう?」
「それはそうですが……」
「だから、怪盗を見に行った動機を聞きたいの。それに」
「はい?」
「……案外その中に怪盗が存在するかもしれないわねえ」
「は? 理事長、今何と?」
「学園に掲示します。面接会を開催すると。生徒達にその事を知らせるのも貴方のお仕事でしょう?」
「……了解しました」

 青桐は釈然としない面持ちで栞に一例をすると理事長館を後にした。

「さて……」

 栞は青桐が去っていったのを窓から確認してから、アルバムを1冊取り出した。
 そのアルバムには名前がなく、学園の景色がまばらに撮られていた。

「この中に、あの子達を助けられる子は、存在するかしら……?」

 写真は何枚も何枚も存在した。
 13時の時計塔。その周りに集まった、生徒達の写真である。
第2夜 理事長館への訪問

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 午後2時10分。
 地下にあるにも関わらず、光が燦々と降り注ぐダンスフロアに、夜神潤はいた。
 地下でも光が注ぐのは天井が吹き抜けで、3階建ての体育館の天窓から直接光が注いでいるからである。
 CDコンポを付けて曲を流す。
 流れる陽気なピアノ曲は、「ドン・キホーテ」の中のラストの1曲であり、それに合わせて潤はリズムを刻んだ。

 それにしても。
 床は軽快にステップを刻み、手と足を大きく動かしながら、潤は考える。
 理事長は何で怪盗を積極的に取り締まろうとしないんだ? 盗まれていいもの……とか?
 まあ思念があれこれするものを放置しておいていいとは、俺も思わないが。
 くるりくるりと回りながら、尚も考える。
 それにしても、何であんな大騒ぎして盗む必要があるんだか。普通に考えれば、こっそり盗めば大事にはならないはずなのに。それとも、思念を祓う事以外にも狙いがあるのか? じゃあその狙いって……?
 最後に大きく曲が伸びた所で、自身の腕も大きく伸ばしてポーズを取る。
 まあ、考えていてもしょうがないか。
 CDコンポを片付け、潤はダンスフロアを後にした。
 大学部の潤は、中等部高等部よりも早くに、理事長館へと呼び出されていた。

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 午後2時45分。
 予定より早めについたが、大丈夫なんだろうか。
 そう思いながら中庭を横切り、理事長館へと向かう。
 結界はやはり張られている。肌がピリピリする。
 一体この結界は何に対しての結界だ? 理事長館へ近付けば近付くほど、肌に感じる魔力が強くなる。流石に潤は冷や汗を掻いた所で、ようやく理事長館の門を潜り抜ける事ができた。
 扉の隣には、ベルがある。
 これを鳴らすべきか? しかし、これだけ結界が強かったら、中心部である中になんか入れるのか?
 そう思って戸惑っていると、扉が向こうから開いた。
 出てきたのは聖学園理事長、聖栞である。

「あら、夜神君。こんにちは」
「……こんにちは」
「あら、ひどい汗ね。大丈夫?」
「はい……」

 白々しい。
 一瞬イラリ、としたがそれはさておき。

「今日、呼ばれたんですが……」
「あら? 私は【理事長館まで来て】とは言ったけど、【理事長館に入っていい】とは言ってないわよね?」
「?」

 言葉遊び?
 一瞬そう思うが、すぐに理解する。
 これは、吸血鬼を家に入れない対策だ。
 通常、吸血鬼は餌となる人間を見つけたら噛み付き、洗脳して家に招待する。しかし、招待されていない家には入れないのだ。
 学園内は「家ではない」から普通に出入りできるが、理事長館は代々理事長が住む「家」に当たる訳だから、それが通用する。
 ……この人、魔女か。やっぱり。

「……しかし、ここに入れないなら、俺はどうすれば……」
「ごめんなさいね、ちょっとここに入ってもらう訳にはいかないの」
「結界が崩れる、からですか?」
「あら、やっぱり気付いてた?」

 栞は困ったように目尻を下げて笑う。
 どうも、結界が破られたら困ると言うのは本当らしい。栞は笑ったまま、理事長館の庭を指差した。

「そこだったら大丈夫なんだけど、そこで話をしましょうか?」
「……分かりました」

 草をしゃくしゃくと踏みながら、中庭へと入っていった。
 中庭には白いテーブルと椅子があり、そこに紅茶ポットとカップが並んでいた。

「さあ座って」
「お邪魔します」

 潤が座ると、栞は紅茶を差し出す。
 匂いが甘い。フルーツブレンドティーかと思いつつ、口が湿る程度にだけ口を付ける。
 カップをソーサーに置き、潤は栞を見た。
 栞は相変わらずにこにこと笑っていた。

「で、この結界は何なんですか?」
「何なんですかって言うのは、訊きたいのはどう言う意味で?」
「結界の効果です。俺がやけに反応するって事は、何かを除けているように思いますが」
「結界って2つないかしら?」
「2つ?」

 言われて少し考える。
 結界は物を防ぐため、だけじゃあ?
 あ。少し思いつく。

「中に入るのを防ぐか、外に出るのを防ぐか?」
「正解」
「じゃあこれは、どちらなんですか?」
「だって、思念が学園外に出たら困らない?」
「…………」

 この人何か隠してるなと、潤は直観的に思った。
 少なくとも、彼女は先程からの問答で、嘘だけは1つも言っていないが、全てを言っている訳ではなさそうだ。俺以外に何かいるのか? この学園に。
 まあ、少なくとも今は何かを外に出したくないから結界を張っていると言う所までは理解できたからよしとするか。

「別の質問していいですか?」
「何かしら?」

 栞は相変わらずにこにこしながら、彼女もほんの少しだけ紅茶に口を付けていた。
 潤は口を開く。

「確か、オデット像はジークフリート像と一緒だったと思いますが、何でジークフリート像が壊れたんですか?」
「あら、その質問変だわ?」
「? どこがですか?」

 栞は少しだけ首を傾げる。
 変? 普通に考えて、オデット像が壊れなかったのに、何でジークフリート像が先に壊れたのかと思うはずだが……?

「逆だわ。普通に考えれば、形あるものはいつか壊れるし、年数経っているんだからジークフリート像のように壊れるのが普通よ? 何でオデット像は壊れなかったのかしら?」
「あ……そっちか」
「まあ、これは私のただの想像だけど」

 栞はコクリ、とまた紅茶に一口付ける。

「好きな人がいなくなったから、寂しくなったんじゃないかしらね? そこで思念が生まれた」
「作られたもののはずですが……?」
「想いって理屈じゃ割り切れないから。割り切れないから苦しいんじゃない」

 そう言ってまたにっこりと笑った。
 割り切れないから、苦しい。ねえ。
 わざわざ結界を張ったりまどろっこしい事しているのもまた、何かの外堀を埋めるため、か?
 潤は何とも言えなくなり、自分もまた紅茶をすすった。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038/夜神潤/男/200歳/禁忌の存在】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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夜神潤様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第3夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。