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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で…… +



「ねえ、次の日記は誰の番?」
「次の日記は誰の番だー?」
「僕じゃないよ〜? いよかんさんでしょ?」
「んー、ぼくー……!」


 三日月邸の和室でスガタ、カガミ、社、いよかんさんの三人と一匹はいつも通り和菓子とお茶を楽しんでいた。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて他の三人に発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。


 ちなみに本日はいよかんさんの番らしい。
 しゅびん! っと背中らしき場所からノートとペンを取り出す。身体より横幅の大きい其れが今まで何処に隠れていたのか気になるところ。彼? はよいしょっとノートを開く。ばふんっと倒れたノートによって起きた風がいよかんさんの顔を撫でた。
 彼? は皆の方を見る。それから大きな声で読み出した。


「三月十五日、せいてんー、きょうはー……」



■■■■■



「にゃんじゃこりゃーあぁぁあああ!!」


 それは三日月邸の一角での悲鳴。
 俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は見覚えのあるその屋敷の庭で思い切り声をあげていた。俺の目の前には日本庭園に良くある石枠で整えられた池が有り、其処には己の姿が映っている。それは当然の事なので問題じゃない。むしろそこが問題ではない。
 問題なのは――。


「にゃんで俺また半獣化してんだにゃあー!!」


 池に映り込む俺の姿は以前この屋敷で行なわれた「かくれんぼ」の時に起こった猫人間そのものだった。
 顔の横にあった耳は頭部に移動し、意外と自由に動く猫耳がある。それからズボンを押して出てきた黒い尻尾。手先だけもこもこと毛が生え掌には肉球。ここまでなら前回と変わらない。しかし今回はまた別の問題が発生していた。


「お、何か気配がすると思ったら暇人だ〜☆」
「ひーまーじーんー」
「っていうか、工藤さんですよね。……っぷ」
「お前何なのその姿……ぶは、はははははは!!」


 後ろから声を掛けられ振り返れば其処には三人の子供と一匹の不思議生物が存在している。


 三日月邸の主、青髪猫耳を所持する少女、社(やしろ)。
 それに使役? されている蜜柑を縦長にした生物、いよかんさん。
 それから双子のように姿が鏡合わせの存在の少年二人、スガタとカガミだ。
 ちなみに彼ら二人は左右対称の黒と蒼のオッドアイを持っており、それが彼らの能力の元らしい。


 見慣れた存在に出逢い、ほっと安堵の息を付いた。
 しかしそれは次の瞬間には覆される。何故なら俺の今の姿は先ほど言った様に半獣。そして本来の俺は高校生男子でそれなりの身長を有しているというのに、十二、三歳程度しかない彼らの身長より低いのだ。
 つまり、俺が彼らを見上げているという状態で。


「いにゃぁあああ!! こんな現実いやだにゃあああ!!」
「「そんな貴方(お前)に全身鏡をプレゼント!」」
「現実を突きつけんにゃぁあ!!」


 ハートマークがつきそうなほど楽しげにスガタとカガミが何もない空間から大型の全身鏡を取り出し、改めて俺の姿を見せつける。人間の手でなくなってしまっている俺は肉球の付いた両手を頭に当て叫び声を上げた。そしてそれは鏡に映った推定五歳児くらいのチビ猫獣人も全く同じ姿をしてくれやがった。鏡に映る俺の格好はパジャマ姿。いつも愛用しているそれだ。唯一の救いはそれも一緒に変化対象になってくれたことくらいか。これで服がサイズ変更を起こさなかったら……。


「丸脱げ」
「ぜんらー」
「変質者」
「ショタ」
「お前ら俺の言葉を読んでダメージ与えてくんにゃー!」


 ほろほろほろほろ。
 もう俺の心のライフポイントはゼロよ。


「まあまあまあ、チビ。落ち着くと良いよ。かくれんぼの時にも半獣化したじゃん〜☆」
「チビっこくはにゃってにゃかったにゃんー!」
「これはアレですかね」
「アレだろうなぁ」

「「 半獣化が気に入った事に加えてチビ化の願望が有ったとしか 」」

「むしろその逆で、あん時の事は精神的にキテたにゃぁー!!」


 スガタとカガミがうんうんと頷きあう様に俺は即座に否定の言葉を飛ばす。
 なんなの。なんなの。味方は無し!? お前らより今チビっこい俺を労わってくれるヤツなんて誰もいないの!?
 その場に崩れ込み、だばだばと涙を零す。
 ああ、どうしよう。涙で前が見えない。これが夢だと分かっていても知りたくなかった。マジで俺に半獣化あーんどチビ化の願望があったとか信じたくない。


 ぽん。
 ふと誰かが優しく俺の肩を叩いてくれる。そしてそっと細い手が俺の前に差し出され、その上にはハンカチが乗っていた。思わぬ優しさに俺は感動し、その相手をきちんと見るためにハンカチをばっと掴み、ごしごしと顔を拭う。そうしてやっとの思いで俺の心を掬い上げてくれた人物を見ようと顔を上げたその先に居たのは。


「身長ー、ぼくよりー、まだおっきーよ?」
「じ、地味に嬉しくにゃい」


 不思議生物いよかんさんでした。
 がくっと肩を垂れさせ、俺は地面に手を付き項垂れる。そんな俺といよかんさんのやりとりを見てくすくす笑う声がこれほど憎いとは本当に思わなかった。



■■■■■



 場所は変わって和室にて。
 五歳児となってしまった俺の今の姿はここの住人の不思議能力によってパジャマから和服の白水干を着せられている。社と同じ様な格好をしていると思って貰えれば簡単か。
 そんな俺は今この場所の住人の中で一番安全そうな人物――スガタを選び、その膝の上へと腰を下ろしていた。


「ううう、夢とは言え、この状態は不本意にゃのだー……」
「はい、おだんごあーん」
「あーん」
「不本意と言いながらいよかんさんからのお団子を受け取っている時点で精神もちょっと逆行してんじゃねー?」
「うっふぇえー! 食べたいもんは食べたいにゃ!」
「まあまあ、カガミ。工藤さんもそれなりに困っているのはビシビシと伝わっているんだからそんなにからかわなくても」
「だってチビいんだもん〜☆ お、良く伸びるねん!」
「社ちゃんもほっぺた引っ張らないの!」
「にゃぁー! はにゃせぇええ!!」


 カガミと社の二人が俺をからかいに走り、スガタがそれをやんわりと止めてくれる。いよかんさんは俺の状態が面白いのか、三色団子を一個ずつ口に含ませ、食べさせてくれるのだが……一体何がどうしてこうなったのか。
 確かにいつも以上に俺はぎゃーぎゃー煩い。しかしそれに対して四人もまた弄り具合が半端じゃない。物珍しいものを見たと口にし、幼児である俺を弄繰り回してくれる。
 頭を撫でる程度なら良い。服を着替えさせてくれる程度なら……まあ、別に奇天烈な服じゃなければ許容範囲。だけど俺の心にダメージをどんどん与えてくれる言葉は正直矢となり胸に刺さって痛い。


「元に戻る方法を教えろにゃー! お前らにゃらにゃにか知ってんだろ!?」
「いやぁ、流石に本人が望んでそうなったっていうならボクの手には負えないなぁ〜♪ ね、カガミん!」
「そうそう。今回は別に俺達の悪戯でも何でもないし、本人の心の中にあった『何か』が影響しているみたいだし俺は手出ししねーよ。それはお前も同じだろ、スガタ」
「う、うーん。そうなんだよねぇ。今回はどうやら工藤さんの心の意思っぽいんですよねぇ。望んでこの形態を選んでいるなら僕はこのままで良いんじゃないかと」
「おだんご、らすとー」


 マイペースだな、いよかんさん。
 目の前に出された最後の団子を小さな口で頬張り咀嚼する。喉を詰めないようにね、と釘を刺されてしまうこの状態が情けない。情けなさ過ぎる。
 うりゅっと涙が溢れそう。
 本当に、ほんとーぉおおに俺の心がこの状態を望んでいるのか。だから今回スガタとカガミは何も行動してくれないのか。だが自問しても答えは返ってこない。


「ちっくしょー!!」
「あ、逃げた☆」
「プレッシャーに耐えられなかったんでしょうね」
「プレッシャーに耐えられなかったんだろ。つーかスガタ、ちゃんとアイツ捕まえとけよ」
「ほかくー? これつかう?」


 俺はスガタの膝の上から飛び出し、そのまま三日月邸の廊下へと飛び出る。
 ああ、後方に流れていく涙が切ない。
 そんな俺は飛び出した後にいよかんさんが虫取り網を取り出してきて、ちょっと良い顔をしている事など当然気付かない。


 さて此処で問題です。
 此処は『三日月邸』。数多くの扉が存在し、その扉の向こうには数多の空間が存在する不思議な邸だ。ここに迷い込んだ人に真っ先に忠告される事は「迂闊に部屋を開かないように」、だった。
 そしてそれを利用して以前遊んだ「かくれんぼ」。その時に起こった様々な災難を俺はその時忘れていたんだ。その遊戯中に半猫化したという事も、此処が不思議な邸であるという事も全部全部忘れて、ただただあいつらから身を隠す事を優先させてしまった。


 だから、ただの和室の一つだと思い込んで開いた襖の先。
 その先に。


「に、ぎゃぁああああ!!!」


 まさか、そこがジャングル空間に繋がっていて、其処に居た大蛇が容赦なく俺を食べようとするなんて展開が起こるなんて思わないだろう?



■■■■■



 何かが絡み付いている。
 俺の身体に絡み付いている。
 邪魔だ。
 外れろ。


「ん、じゃ、ま……」


 俺は手でソレを振り払う。
 意外にもそれはあっさりと解け、ぱさりと外れた。その軽い音に俺はやんわりと目を開く。一体何が絡んでいたのかと正体を見れば。


「……何故、虫取り網……」


 肘で上半身を支え起こし周囲を見渡してみれば其処には自分を大事に護るように取り囲む三人と一匹の姿。
 場所は縁側で、夕日が庭園を照らす光景は中々風流。
 そんな彼らは今、自分が眠っていたように目を伏せすよすよと寝息を立てている。何があったのか思い出す。


「あ、大蛇に食われそうににゃったんだった」


 姿と口調が戻っていない事にがくっと肩を落とす。
 しかし蛇に食われそうになった時、助けに来てくれたのは彼らだった。混乱した俺は自分の能力を上手く利用出来なくて、暴れる俺を必死に宥めてくれたのは意外にもカガミだった。
 「大丈夫だから落ち着け」「俺が護ってやるから」「ヘビなんかに<迷い子>を食わせたりなんかしねーから」
 そんな言葉を掛けられた事を思い出す。ふとカガミの腕を見れば俺が引っかいたのであろう無数の引っかき傷があった。それだけ混乱していたのかと自覚すると同時に申し訳なさを感じてしまう。


「寝ろ」


 不意にカガミの腕が俺の頭に伸びてきて、そのままぽふっと乗り更に力を掛けられる。俺はその指示に従うように身体を横たわらせ、瞬きを繰り返す。カガミは目を開いてはいない。けれど、それ以上動く事をやめたという事はまた眠りについたのだろう。


 半獣化にチビ化。
 なんだかんだと忙しない夢だけど、夢だからこそ出逢える人もいる。
 そして夢だからこそ、想定外の事が余裕で起こりうる世界でもある。


―― くそ……。なんか護られるとかくすぐってぇ。


 俺は目を伏せ、僅かに身を丸めながらそう思う。
 きっと僅かに顔が赤いだろうけれどそれはきっと夕日が誤魔化してくれる。この夢はいつまで続いて、いつ目が覚めるか分からない。
 だけど俺を含んだ子供達四人と一匹が縁側で昼寝する夢。


―― ああ、結構これは良い夢なのかもしれない。


「ん、寝るにゃ」


 せめてこの語尾さえ消えてくれればなぁ、と思いながら俺はゆっくりと目を閉じた。












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回はまた四人に遊びに来てくださって有難うございましたv
 まさかの半獣化&チビ化の文章に最初目が点に(笑)

 こんな彼らとのドタバタコメディでしたが、いかがでしょうか?
 また宜しければ遊びに来てくださいね。
 四人はいつだってお待ちしておりますv(礼)