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■第5夜 2人の怪盗■

石田空
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
「そう……とうとう現れたのね……。えっ、知っているのかって? さあ、どうかしらね。あら不満そうね。眉間の皺は駄目よ。残っちゃうんだから。青桐君見なさい。注意しているのにすっかり残っちゃってね。

 話を逸らすなって? そうねえ……。ごめんなさい。今はまだ話せないのよ。何で私に前に出ないか……出ないんじゃないわね。今はまだ出れないの。いつ出れるかも、正直分からないわ。貴方が頑張ってくれたら、また分からないんだけどね。

 でもね、魔法は根本の解決にはならないと思うのよ。催眠をかけても、記憶を書き替えても、魂に刻まれたものはずっと残るのよ。毒は、じわじわじわじわ身体を蝕んでいくものだから、毒を抜かない事には、何の解決にもならないわ。

 あらまあ、また困った顔しちゃって。大丈夫よ。貴方が貴方らしく振舞えばいいだけの話なんだから。
 さあ、もう下校時刻よ。気を付けてお帰りなさい。
 ご機嫌よう。また明日」

 聖栞が玄関まで出て見送った後、栞は手の2通の封を見た。

「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部にやってきます」

 それ以外何も書いていない予告状は、怪盗オディールのものであろう。
 もう1つの方には、もっと細かく書いてある。

「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部の宝剣をいただく。
 邪魔をしたら夢の中を彷徨う事になるだろう。

 怪盗ロットバルト」

 タイプライトで清書された予告状を、栞は浮かない顔で見ていた。
 この予告状からは死臭がした。
 胸がざわめく。
 しかし、今自分が動けば悟られる事も分かっていた。
 どうか、誰も傷つく事がありませんように。
 今はただ祈る事しかできない。
第5夜 2人の怪盗

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 午後4時20分。
 怪盗が2人出るせいなのか、学園内はにわかに騒がしくなっていた。
 夜神潤が体育館の方へと歩いて行くと、自警団とすれ違った。

「大変申し訳ありませんが、今日は体育館は閉鎖しております」
「いえ、すみません。ダンスフロアの方に忘れ物をしたので。バレエ科なんです」
「そうですか……失礼ですが、学生証をよろしいですか?」
「どうぞ」

 潤が学生証を見せると、自警団は少しだけ首を傾げながらも、「あまり遅くまでは許可できませんから、早めに帰って下さいね」と声をかけてくれた。
 体育館の地下へと降り、そのままダンスフロアへと向かう。
 ダンスフロアへと辿り着いた潤は、ダンスフロア側の扉をそっと開けた。
 実の所、ダンスフロアとフェンシング場は、引き戸1つで簡単に出入りできるのだが、よっぽどの事がない限りは、誰も開けない。それこそ、聖祭の時のようにあちこちを開け放っている時以外は必要のない仕掛けだからである。
 薄く開けると、声が聴こえてきた。

『不愉快だ』
  『不愉快だ』
    『静かにしろ』
 『不愉快だ』
『もっとしっかりしろ』

 高圧的な思念の声が聴こえ、それを青桐生徒会長が片付けているのが見えた。
 あれが、目的の宝剣か。
 ちらりと天井を見上げる。
 天井には天窓がある。元々地下から上は吹き抜けになり、地下のダンスフロアとフェンシング場をぐるりと囲むようにして、他の体育室があると言う不思議な構図になっているのだ。
 恐らく怪盗はあそこから現れるのだろうが、問題はのばらはその場合どこにいるのだろうか。

「秘宝は1つでも奪われたら、彼女は正気を失うから」

 理事長に言われた言葉が、頭をかすめる。
 恐らくこれは、怪盗ロットバルトに秘宝を奪われるなの意味だろうが、仮に奪われてものばらを押さえていたら、彼女は正気を失わずに済むのではないだろうか? それとも、そう考える方が悪いのだろうか……。

「夜にならないと、分からないか……」

 何故か、いつものばらの隠れている旧校舎近くの噴水に向かっても、彼女がいなかった事だけが、気がかりだった。

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午後9時45分。
 その日は新月で、本来は闇の眷属である潤にとっては好都合であった。そのまま闇に紛れながら、学園内を闊歩する事ができるのだから。
 鼻を動かすと、かすかにローズマリーの匂いがする。しかし……。
 あのやけに高圧的な思念の声は体育館から聴こえると言うのに、ローズマリーの匂いは離れた場所からするのだ。
 怪盗は今体育館に向かっているから? それともローズマリーで魔法を使うより先に、別件で魔法を行使した……?
 …………。
 1つ気が付いた事がある。
 元々、怪盗が欲しいのは思念のはずだ。その思念をそもそも肉体のないのばらに入れると言う事は不可能のはず。なら、器に思念を入れないといけない。
 その器の中に、既にのばらは入れられてしまっているのではないか……?
 それなら、何故のばらがいつもいる噴水にいなかったのかの説明がつくが……。
 潤は考え始めると、辺りが急に騒がしくなったのに気付き、振り返る。
 明るい。そもそも今は夜だし新月だ。こんなに昼間みたいに明るい訳がない。潤は顔をしかめて光源を見やった。

『貴様の道具ではない!』
 『ふざけるな、こちらを何だと思っているのだ!』
『不愉快だ!』
 『帰れ!!』
   『帰れ!!』
  『帰れ!!』

 傲慢で高圧的な声が、反響し、思念は光となって、そのまま体育館から爆発したかのように流れていくのだ。
 そしてその光が落ちてくるのが見える。

「ん……?」

 潤はその光を闇に紛れて追いかける事にした。

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 午後10時
 光が落ちた先に白いチュチュを纏った少女がいる事に気付いた。
 のばら……? 目を凝らすが、違う。
 生気のない、まるで人とは思えないような動きでくるくると踊る様は、確かにのばらの踊りなのだが、何かが違う。
 何が違うんだ……?
 そして潤は気付いた。
 彼女の背丈が、高いのだ。
 のばらは享年13歳。踊りは達者だがまだ発育途上だった彼女の身長が、いきなり伸びる訳がない。
 じゃあ、彼女は一体……?
 そこで気が付いた。
 彼女からは濃いローズマリーの匂いがすると言う事に。
 やがて、のばらの姿は見えなくなった。
 代わりに踊っていたのは、背丈の高い少女。高校生位の少女が焦点の合わない目で立ち尽くしていた。
 光は、その彼女に向かって落ちようとしていた……。

「…………っ!」

 潤はそのまま手を伸ばすと、黒い影が彼の腕に降り立った。
 オフィーリア。戯曲の登場人物の名が与えられた潤の守護者であった。

「あの思念を、彼女から遠ざけろ」

 潤がそっとオフィーリアに告げると、オフィーリアはそのまま思念へと向かっていった。
 闇色の鳥は、そのまま闇に紛れ、思念をついばむ。しかし、全ての思念をついばむには、時間が足りな過ぎた。
 光は、そのまま少女に直撃した――。

「…………」

 潤は珍しく、唇を噛んだ。
 目の前にいながら、止める事ができなかった。

「ちっ……」

 のばらと話したのは、ほんの少しだった。
 しかし、彼女がこのまま消えてしまうと言うには、あまりに惜しい気がした。
 彼女の理性が崩れるの意味はまだ分からないが、あの少女から彼女を出さなければ、きっと大変な事になる。
 彼女の知り合いらしい青年が駆けつけてくるのを見計らってから、潤は彼女の様子をじっと見た。
 彼女は……確か今年のエトワールの守宮桜華だったか。
 彼女の顔を覚えるように凝視してから、そっとそのまま闇に紛れて立ち去った。
 既に思念の光は消え、昼間のような明るさも失われていた。

<第5夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038/夜神潤/男/200歳/禁忌の存在】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】

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■         ライター通信          ■
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夜神潤様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第5夜に参加して下さり、ありがとうございます。
のばらは昼間の内に接触していれば灰かぶりの効果があったのですが、夜の時点ですと既に桜華の方へと移動していました。

・守宮桜華に接触して星野のばらのその後を見る
・怪盗ロッドバルトに接触して星野のばらをどうしたいのか伺う
・理事長に相談して、星野のばらを出す手段を問う

以上3択がありますが、他の選択肢もあります。
第6夜公開も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。