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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【迷宮編・7(最終話)】 +



―― お前の望みはなんだ?


 その声の持ち主は問いかける。
 ぼんやりとした輪郭で、俺よりも年齢の高い声色で訊ねてくる。
 ゆらり。ゆらりゆらりと漂う影。


 だけどそれは問い続ける。


―― お前の望みはなんだ?


 はっと目を開き持ち上げた手。
 掴めない輪郭の先。むくりと起こした身体は緊張のためか汗ばんでいて気持ち悪い。


「俺の、望み、は……」


 時計を見やればまだ起床時間には早い時刻。
 しかし夢のせいかもう眠る気にはなれない。俺は上半身を起こし、額に手を当てる。今も耳に残るのはあの鮮明な声。


「『俺の望み』ってなんなんだろ」


     ―― これは<ゼロ>から始まる物語。 ――



■■■■■



「勇太ー! 今日の飯はパンだろ。一緒に購買に行こうぜー!」
「おう、ちょっと待って。今レポートの最終行なんだ!」


 俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)、十八歳。何処にでもいる平凡な高校生男子だ。
 だけどその成り立ちはちょっとだけ変わっている。実は約一年前に事故に遭い、以前の記憶の殆どを欠落しているのだ。俺が覚えていたのは日常生活に差しさわりのない程度の一般常識と母親の存在だけ。その母親の存在も最初は思い出せなかったが、やはり日々を過ごしていくうちに自分の母親がどんな人間か分かって来た。
 俺の保護者を担ってくれているのは叔父という男の人だけど、彼は俺がどんな生活をしてきたのか思い出さなくてもいいと言う。教えて欲しいと問いかけたその時の表情が憂いに満ちていたし、精神病院に入院している母親の事もあるからこそ俺もあまりその辺に関しては口を出さなくなった。


 さて前述通り、以前俺は事故に遭ったらしい。
 その時の俺は通学路からやや離れた場所にある道路の端で全身打撲あーんど大量出血で倒れていたのだとか。しかしその付近を警察が調査しても、バイクや車に撥ねられた様子や喧嘩の痕跡がなかったのだと言う。警察が言うに喧嘩なら殴り返した跡や抵抗した痕跡が残るのだとか。
 ただ唯一、俺が倒れていた家の庭壁が歪に壊されていた事だけが何かの証だったと言う。だがそれは車やバイクのものとは一致しないらしく、警察の方でも『事故』なのか何か他に原因があるのか判断が付かないまま一年が経ってしまった。挙句俺の記憶がさっぱり抜け落ちてしまった為、調査結果を『事故』だと結論付けるしか無かったというのが虚しい現実だ。
 実際は事故よりも『通り魔による暴行』の線が強いが、いかんせん俺の記憶がない以上裁判を起こす事すら出来ない。


 そう。俺の過去の記憶は『あの日』から『止まって』しまっている。


「なあ、お前らさ。『お前の望みはなんだ?』って問いかけられた事ってあるか?」


 俺はレポートを提出し終え、友人ら数人と購買部に買出しに行き、そのまま屋上に出て昼食を食べる。弁当持ち込み組の友人は箸をがじっと噛みながら俺の問いに首を傾げた。ちなみに俺は本日の飯であるやきそばパンを齧る。


「それ最近お前が夢に見るってヤツか?」
「ん、そう。最初は声だけだったんだけど、最近だんだんと姿が見え始めてきたんだよなぁ」
「どんな姿よ」
「なんかまだぼんやりとしてはっきりと答えられねーんだけどさ、俺らよりちょっと年上ぽい男、……? 声から判断するにだけどよ」
「色っぽいお姉さんだったら欲求不満だと突っ込んでやったのに」
「あのなぁ。俺この夢のせいで最近マジ不眠気味なんだってば」
「そういやさっきの授業で寝てたせいでお前レポート提出遅れたんだもんな、ざまあ!」
「怒るぞ」
「っていうか、男に対して欲求不満なのか? まあまあ、俺は同性愛にも偏見はないと公言している。さあ話してみたまえ!」
「そしてお前は以前から電波過ぎて突っ込みにくいんだけど!」


 牛乳パックを握り込み、こめかみに血管を浮き上がらせる。
 そんな俺の怒りが通じたのか、からかいはある程度の収まりを見せ俺は再びストローに口付ける。


「いっそ、お前の望みをソイツに言ってみたらいいじゃん。夢の中の出来事なら問題ないだろー」
「そーそー、ただの夢なんだし」
「…………それで解決すると思うか?」
「それで解決しなかったら医者に行けば良いじゃん。俺達に相談し続けてもなんの解決にもなんねーって。やっぱ専門医の方が的確な判断してくれるってば」
「あー、うん。分かってる。一応カウンセリングの方にも夢の話はかるーくしてみたんだけどさ」


 記憶喪失者である俺。
 日常生活はなんなく暮らせているけれど、やはり不安が付きまとい一ヶ月に一回、多い時でも二回程度その手の病院に通わせてもらっている。
 だけど『そろそろ通院は要らないかもしれない』と先生は言った。


『君が本当に知りたい過去なら良いけれど、君は過去を思い出そうと努力するたびにどこか辛そうな表情を浮かべているよ』


 医者の選択は二つ。
 どこまでも失った記憶を追いかけていくか、それとも今を前向きに生きていくか。


「勇太ー! そろそろ戻らねーと次体育だから着替え間に合わなくなんぞー!」
「おうよ、今行く!」


 この青い空の下。
 談笑しながら友人達の輪に交じり、一気に駆け下りていく階段。一歩一歩確かに己の足で地を踏み込んで走っているのに、何故だろう。この現実がどこか浮ついて感じるのはどうしてなのだろうか。



■■■■■



「彼女が欲しいとか明日の晩飯の用意、とか? ……うわー意外に望みって少ないもんなんだなー」


 そしてその夜、俺は一人暮らしをしているアパートの中で自分について考え始めていた。指折りで願い事を口に出してみるけれど、それは全て他愛の無い事過ぎて正直自分自身に呆れが出てしまう。


「やっぱり過去……かな」


 ベッドの上で俺は足を抱きこみながらぽそりと呟いた。
 夢の中のあの声に願う言葉、自分の力ではどうにも出来ない事象を叶えてもらうならそれしか願い事が浮かばなかった
 確かに失った過去を思い出すのは怖い。
 でも夢の声を聞いてから無償に寂しさを感じる。それはとても大切な何かを忘れてしまった感じで、心にぽっかりと穴があいているのだ。


「俺は何を失った?」


 右手を差し出しぐっと指を折り拳作る。額にこつんとそれを押し付ければ、『声が聞こえてきた』。


「お前の望みはなんだ?」


 ぴりっと神経が張り詰める感覚。
 これは夢じゃない。今俺は起きている。起きているのに――。


 うっすらと何者かの姿が俺の丁度一メートル先程に出現する。『ソレ』は意外にも少年の姿だった。十二、三歳程の少年が俺を見ている。
 浮いている様子からしてまさか幽霊? ――そんな考えが俺の脳裏に思い浮かぶ。だがそれを否定したのは目の前の少年ではなく、俺の<心>だった。
 視界がぼやけて見える。
 すとんと床に足を付けた少年が俺の方へと寄り、それから自分より小さな手を差し出す。その指先が目の端に引っかかるのを感じて、俺は己が泣いている事を知った。


「お前の言う事何か聞くって約束だろ? 何驚いてんだよ。再生に時間が掛かったからお前を迎えに来るの遅れたけど、やっと約束果たせそうで良かった」


 突然部屋に人が現れたら人は驚愕するだろう。
 でも俺は少年の事は一切怖くなかった。むしろ懐かしささえ……。
 弟のようで兄のようで……そして家族のような存在、場所……。
 ああ、溢れてくる――この願い、は。


「今、俺は幸せだよ。でもそれを捨てても、怖い過去を思い出しても取り戻したいものがある……」
「……あの時、俺が<ゼロの可能性>から護りきれなかったのはお前がそれを僅かでも望んでしまっていたからだ」
「<ゼロの可能性>?」
「未来の一つ、今のお前の状態の事だ。つまり、過去を忘れてしまう事」
「――俺、アンタの声を知ってる」
「ああ、何度も呼びかけた」
「幼い声じゃなかったけど、アンタ、だよな?」
「お前が望むなら姿を変えてやっても構わねーけど? でもそれよりも先にお前の願いを叶えるか」


 少年は俺の額に手を翳す。
 僅かに俺はこの格好に戸惑いを覚えた。何か以前にもこうして手を翳された時、非常に危険を感じたような気がして……。だが少年は笑う。
 彼は笑う。
 黒と蒼のヘテロクロミアの瞳を細めて――まるで鏡みたいに俺の過去を映し出すかのように。
 戻っていく。
 時が流転していく。
 記憶が戻っていく感覚に俺は胃を圧迫されるような感覚に襲われた。幼い頃自身の超能力のせいで研究員に実験体にされていた事。性的虐待を受けていた事。母親が気を病み、精神科に入院している事。何もかも全て戻っていく。


 一年前のあの日、俺は偶然出逢った。
 帽子を深く被り、ブツブツと何かを呟いていた男。その言葉の中にあの研究所に縁のある音が混じっていた事を俺は覚えていた。そして男は襲い掛かってきたのだ。肉体的なものじゃない、俺と全く同じ能力者だったことを覚えている。何が目的かだったのかは今となっては分からない。だけどその男が持っていたのは鏡だった。俺の眼前に突きつけられた鏡はそのまま肉体から精神を分離させ、意識を吸い込み――――。
 そして、未来は<ゼロ>へ。


「『カガミ』、……ッ」
「ああ」
「帰りたいっ」
「分かってる」
「俺、俺ぇ、皆のとこ、帰りたぁ――っ……!」


 俺は両手を前に真っ直ぐ伸ばし、少年へと抱きつく。
 だが俺に触れたその肌は少年ではなく――。


「こんな乱暴な攫い方、二度としねーからな。覚えとけ」


 しっかりと俺を抱きとめてくれる『青年』の腕。
 その俺よりも大きな腕に自分は心からほっとし、そして大声でしゃくり上げた。二人の身体がベッドへと倒れ込み、『落ちて』いく。きしりと悲鳴を上げたのはベッドのスプリング。


 俺はしがみついて泣く。
 彼は俺を抱きしめて髪を撫で、背を叩き、あやしてくれる。


「あー……しばらくこのままの格好で大丈夫だから少し力を緩めろって」


 一年前巻かれていた包帯が今俺の腕に存在している事、それが事実。
 青年――もといカガミの言葉に全身でしがみついていた俺はほんの少しだけ反応が遅れ、気付いた時には顔を真っ赤にし相手の肩に顔を押し付けたのは……他の皆には秘密。





―― Fin...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第七話であり最終話となります。
 記憶を無くした未来からの復帰となりました。

 今回はもはやNPC一人しか出ておりませんが、感謝の意を込めて登場人物に全員の名を連ねさせて頂いております。
 長い話となりましたが、発注有難うございましたv

 ちなみにNPCがカガミonly指定でにやりとしたのは言うまでもありません。これから先、ヤツとはどこまでも色々やって下さい^^
 では。