■旅籠屋―幻―へようこそ■
暁ゆか
【3831】【エスメラルダ・ポローニオ】【冒険商人】
 宿泊施設としてだけでなく、食堂兼酒場も営む『旅籠屋―幻―』。
 暖簾をくぐり、戸を開ければいくつかのテーブルとそれぞれに4つずつの椅子が並んでおり、奥のカウンターには女将、夜が食事の下準備をするために動き回っている。
 少し目線を左へと移せば、テーブル1つを陣取って、見た目では少年とも少女とも分からぬような姿をした、この旅籠屋の用心棒、誠が暇そうに窓の外を眺めていた。
 食堂の奥には2階へと続く階段があり、その先は宿泊施設となっている。

 聖都エルザードに辿り着いたばかりで、宿を探し中の冒険者諸君。
 こんな旅籠屋で、一日を過ごしてみるのはいかがだろう?

旅籠屋―幻―へようこそ〜エスメラルダのある日〜

 冒険商人であるエスメラルダ・ポローニオ。
 聖都エルザードの出身であるものの、その仕事ゆえに、留守をすることが多く、今日も久方ぶりに行商から帰ってきたところであった。
 行商の際の商品や野営道具などの荷物を置いて、諸々の手続きを済ませてみると、日の高いうちに帰ってきていたハズなのに、日は大分傾いていた。
 ふらりと出てきたエスメラルダが少しばかり表通りを歩いていると、次第に日は傾いていき、晩ごはん時となると日中とは違った賑やかさに街が覆われ始める。
 お腹も空いてきたエスメラルダが目指すは行き着けの店だ。行商から帰ってきた日は良くその店を訪れ、晩ごはんを食べたり、店主と話したりしていた――のだが。

「そんなー……」
 いつもであれば、煌々とした灯りが窓から漏れて、来客を出迎える店であったのだが、店内には灯りが付いておらず、出入り口の扉には閉店を示す板が掛けられたまま。
 たまたま通りかかった男が、その店は潰れたよ、とエスメラルダに声を掛けて、通り過ぎていった。
「どうしようかしら……」
 肩を落としつつ、エスメラルダは歩き出す。
 店先まで灯りが点り、賑わっている店は多々あるけれど、何となく、足が向かない。
 ふらふらと当てもなく歩いていたら、気付けば普段は、用でもなければ足を踏み入れない表通りからは1つ踏み入った路地へと辿り着いていた。
 日中は賑わいを見せている通りではあるが、大半の店は夕暮れ時に閉店してしまうのか、店先に灯りの点っている店はないように見える。
「しょうがないわね、戻りましょ」
 呟いて、来た道へと足を向けようとしたエスメラルダの視界の端に、1つの灯りが飛び込んだ。
 目を凝らしてみると、看板が見える。
 どうやら開店している店があるようだ。
 近づいてみると『旅籠屋―幻―』と、看板には書かれていた。
 旅籠屋とあるからには、宿なのだろうとエスメラルダは思うけれど、入り口の傍に立て掛けられた黒板に、『本日の日替わりメニュー』と題して、いくつかの料理名が書かれている辺り、食事処でもあるらしい。
「へぇ、こんなところがあったのね」
 今まで完全に気付かなかった。
 もしかしたら、エスメラルダが留守にしている間に開店した新しい店なのかもしれないが。
 中からの賑わいに惹かれるように、暖簾をくぐり、エスメラルダは戸へと手を掛けると、ゆっくりと開いた。

「……いらっしゃい。食べに来たのなら、好きな席に座って……」
 来客に気付いたカウンター奥の女将、闇月夜が調理の手を止め、顔を上げると、エスメラルダに向かってそう告げる。
 テーブル席にも空きはあるけれど、エスメラルダはカウンターへと腰掛けた。
「……何に、する?」
 冷水を注いだグラスをエスメラルダの目の前へと置きながら、夜が問う。
「そうね。ここのオススメとか、日替わりの品とか、お願いするわ。もちろん、お酒も」
 彼女の応えに、夜は早速、煮物や汁物が用意されているであろう鍋を温め直していく。
「お客さん、見ない顔だね?」
 様子を見ながら待つエスメラルダに、先ほどまで、賑わっている他の客たちの間で話をしていた女性、如月誠が話しかけてきた。
「ええ。数ヶ月ほど、仕事の関係でエルザードを離れててね。久々に帰って来てみたら、いつものお店が潰れちゃってて……その辺ぶらぶらしてみてたら、偶然、ここを見つけたのよ」
 こくりと頷いてから、そう話すと、誠は「ラッキーだね」なんて笑った。
 不思議そうに「何故?」と返すより早く、彼女が再び口を開く。
「ここって、表通りからは一本入った通りに構えてるし、今日はきちんと暖簾掲げてるけど、掲げないままひっそり開いてる日だってあるんだよ」
「そうなの?」
「うん。だから、知る人ぞ知る、というか。見ない顔の人が来ても、実は常連さんの紹介だったりするから……必然と、あんな感じで毎日のように酒盛り状態だったりしてさ」
 先ほど混ざっていたグループの方を指して、誠が笑う。
「そんな状態で、良く経営成り立っているわね」
 思わず、客としてでなく、商人としての考えが頭を過ぎって、エスメラルダは呟いた。
「まあ、それなりの料金は頂いているし、宿屋もあるから、かな。他の宿屋で空きがないときに、紹介されてくる旅人さんなんかもいるみたいで」
「そうなのね」
 頷いていると、「……お待たせ」と夜がエスメラルダの前に皿を並べ始めた。
 白身魚はあっさりと塩焼きなのか、おろし大根が添えられて、澄んだスープ――吸い物に、いろいろな根菜類の煮物、そしてつややかな白ご飯が出された。
「あら、東方の料理なのね」
「……知っているの?」
 酒瓶とグラスも用意していた夜が、エスメラルダへと問い返す。
「職業柄、いろいろなところを旅しているから、いろいろな食べ物やお酒をいただくことがあって」
「……そう。いつもなら……知らないと、珍しがられるのだけれど。知っている……となると、お口に合うと、いいんだけど……」
 そう言いながら、苦笑いを零す夜を見つつ、エスメラルダは「いただきます」と一言声を掛けると、まずは吸い物を口へと運ぶ。
「……うん。美味しい!」
 一言だけ告げたエスメラルダは次々と料理を口へと運んでいく。
 その様子を夜は満足げに見ていた。
「ねえ、最近、この辺りのお店で変わったところとか知ってる? お店そのものでも、顔触れでも、どっちでもいいんだけれど」
 一頻り料理を楽しんだエスメラルダは、酒の注がれたグラスへと手を掛けながら、誠の方に話しかける。
「う〜ん、お店自体に変わりはなかったと思うけど、顔触れまでは気にしたことなくって……」
 そんなに気にすることだろうか、と不思議そうに視線を向けてくる誠に、エスメラルダは苦笑を漏らす。
「数ヶ月単位で留守にすると、お店とか顔触れとかって変わることが多くってね。自然と気になっちゃうのよね。他にもね、広場で出会う野良猫がいつの間にか子連れになっていたりとか、その子たちが大きくなって更に子連れになってたりとか……」
 すっかり聞き手に回った誠へと、エスメラルダは適度に酒も楽しみつつ、いろいろな話をした。
 そうしているうちに、夜も更け、そろそろ帰ろうとエスメラルダは席を立つ。
「また直ぐに行商や冒険へと発つの?」
「ううん。少しの間は街に居るつもりよ。友だちのところにも行きたいしね」
 軽く首を横に振るエスメラルダに、「それなら、また。今度は友だちとも来てね」と誠が応える。
「ええ、是非」
 エスメラルダは頷いて、支払いを済ませると、店を出た。
 少し歩いて、振り返ると良いところを見つけたとばかりに笑みを零して、夜の街の中、帰途へと着いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【3831 / エスメラルダ・ポローニオ / 女性 / 20歳 / 冒険商人】

NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】

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■         ライター通信          ■
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エスメラルダ・ポローニオさん、初めまして!
このたびは『旅籠屋―幻―へようこそ』への発注、ありがとうございました。
気に入っていただければ、幸いです。

宜しければ、また、訪れてくださいね。

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