■【楼蘭】百花繚乱・詞華■
紺藤 碧
【3087】【千獣】【異界職】
 天には、世を支える四の柱があるという。
 四極と呼ばれるその柱には、世に起きた数多の事象が刻まれゆく。

【楼蘭】百花繚乱・詞華 −涙−










 男の頭が弾けたのと同時に、佳・秀玲と、彼の足元に広がっていた霧は、まるでブラックホールに吸い込まれていくかのように、地面へと沈んでいく。
「蓮……!」
 千獣は有りっ丈の力で手を伸ばし、佳の手から蓮を取り返すと、佳が吸い込まれた地面を背にして、その胸にそっと抱きしめた。
「いや……いやだ……」
 眼を見開き、狭まった瞳孔のまま、うわごとの様に、それだけを繰り返して、蓮の顔は無表情のまま固まっている。
「やああああ!!!」
 パンッ! と、肩が弾けとんだ。
 これはまるで最初に出会った時のよう。あそこから全てが始まった。
 音をなくした叫びは、ただの衝撃として木々をなぎ倒していく。その力が蓮を抱きしめている千獣に及ばないはずも無く、流れた血はそのままにどれだけ衝撃が襲おうとも、蓮を抱きしめる手を緩める事はしなかった。
 カクンッと、まるで糸が切れた人形のように首が後ろに垂れる。
 奇しくも、それは、佳と霧が全て消えた瞬間と同時であった。
「せ、せん、じゅっ」
 ヒックヒックと、次は、しゃくり声と共に、蓮は千獣の名前を読んで、ボロボロと涙を流す。ぎゅっと服を握り締めた手の感触を感じながら、千獣は抱きしめる手に少しだけ力を込めた。
 そして、佳が吸い込まれた地面に向けて目を細め、ふいっと視線を外す。
 自分の心次第で、どうとでも生きられたはずなのに。
 そんな事を心の端で思いながらも、千獣の意識は腕の中で未だに泣く小さな蓮に注がれていた。
 安心させるように、ゆっくりと髪を撫でる。
「う、うああああああ――…!!」
 その瞬間、腕の中で嗚咽から大きな泣き声を上げた変化に、千獣はどこかほっとしたような気持ちになる。
 声を堪えて、気持ちを堪えて、飲み込んで、そんな様子を見せられていたら、強がっているのだろうという思いよりも、信頼されていないような気がしてしまう。
 今は泣いて、全部吐き出して、それから気持ちを落ち着ければ良い。
 千獣は蓮が泣き止むのを、ずっとそのままで待っていた。











 泣き声が小さくなり、その涙が無くなってしまうのかと思うほど流れ、眼も眼の周りに真っ赤にした蓮は、やっと抱きしめる千獣を見上げた。
「蓮……大丈夫……?」
 その髪を優しく撫でて、千獣はふわりと微笑む。
「怪我、してない……?」
「……分かんない」
 蓮はそっと首を振る。
 そうだった。普通の子供ならば、怪我をすればどこかしらに痛みや違和感を覚えるはずだが、蓮にはそういった感覚が全く備わっていない。違和感の方は分からないが、痛みは――全て千獣が肩代わりしている。
 思い出したように自分の頭に触れて、あの時の頭の痛みは、蓮が感じていたものだったのか、と、どこか思う。そして、千獣は抱きしめていた手を解くと、蓮が怪我をしていないかどうか確かめた。
 幸い、微かな擦り傷程度は見つけられたが、支障が出そうなほどの大きな傷は負っていないことに、ほっとした笑みをこぼす。
「千獣の方が、まっか……」
「……私は、大丈夫」
 流れて無くした血は消えなくても、傷はもう癒えてしまっている。
「あの人、死んじゃったの? 蓮が、こわしちゃったの?」
「…………」
 ふと後ろを盗み見た場所には、もう何の痕跡も残っていなかった。佳が居た証拠も、男が焼かれていた炎の跡も、まるで夢だったかのように何も無い。
「……分から、ない」
 その答えに、蓮は辛そうに目を細める。
「頑張った、ね……」
 目の前に居る蓮は、千獣が名づけた“蓮”として、其処に居てくれている。“計都”によって、“蓮”が消されていなくて良かった。
「がんばった?」
「蓮は……頑張った、よ……私を、心配、して、くれた……」
 千獣の言葉に、蓮はゆっくりと首を振る。
「ぜんぜん、がんばれてない……」
「ううん……あの人の、言葉を、拒んだ……それは、蓮の、意思……」
 佳に名前を呼ばれ、彼の父親らしい男の頭を破裂させた。それは、佳の呪縛から全く逃れられてなかったという事。そうなりたくないと思っても、それはとても強い呪だった。
 まるでそのまま首が取れてしまうんじゃないかと思うほど首を振る蓮は、自身が引導を引いてしまった男の顔を思い出し、ぎゅっと奥歯をかみ締めて俯く。
 その様子に、千獣は頭を数回軽くポンポンと叩くような仕草で宥め、再度その腕に蓮を抱きしめる。
「結果が、叶わ、なくても……蓮が、自分で、望んで、自分で、拒んだ……それが、一番、大切……だから……」
 ぎゅっと千獣の服を持つ手に力を込めて、蓮はあの時の気持ちを吐き出すように、ゆっくりと口を開いた。
「蓮、嫌だった……本当に、嫌だったの!」
「うん」
「でも、ぶわって、蓮の中から、ぶわって……! 蓮、どうにもできなかった!」
「うん」
「蓮は、蓮だから。蓮は、あの人の計都じゃない。千獣の蓮だから!」
「うん」
「それなのに……!」
「大丈夫……」
 言葉が少し引きつったようになる。きっと、あの時の様子を思い出してしまったのだろう。
「……ちゃんと、蓮の、まま、だよ……」
 じわっとやっと止まった涙を溜めて、蓮は千獣を見上げる。
 千獣は蓮の髪を再度優しく撫でると、淡く微笑んだ。
「……ここまで、一緒に、来て、くれて、ありがとう……私を、心配、して、くれて……ありがとう……そして……あなたを、守れ、なくて……ごめん……怖い、思い……させて、ごめん……ごめん、ね……」
「やだっ!」
 どうして、そう言われたのか分からず、千獣は驚きに目を瞬かせる。
 当の蓮は、今だ涙目のまま、軽く頬を膨らまして千獣を見返した。
「千獣があやまるの、やだ……!」
 強く息を吐き出すように、叫ばれた言葉。
 千獣はなぜそう言われたのか分からず、ただ蓮を見返す。
「だって、蓮が千獣と一緒に行くって言った……!」
 怖い思いをしたのだって、蓮が逃げ遅れて佳に捕まってしまっただけ。
「千獣は、悪くない……」
 また、ボロボロと零れた涙に、千獣は眉根を寄せた。
 これは、自分が流させてしまった涙だ。
 蓮に笑顔でいてほしいと思っていたのに、ずっと泣き顔や苦しい顔ばかりをその顔に浮かべさせてしまっている。
「うん……ありがとう」
 ごめんね。という言葉は飲み込んで。
 蓮は千獣が思っている以上に、いろいろなものを吸収して、沢山の事を考えて、こんなにも思いやれる子になった。
 申し訳なさは心の奥に仕舞って、千獣はぎゅっと蓮を抱きしめた。















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 蓮へのフォローありがとうございました!このおかげで、そこまで後々に響くような事にはならないだろうと思います。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……

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