■【炎舞ノ抄 -後ノ参-】私、の始末/玄を湛えて春を待つ■
深海残月
【3087】【千獣】【異界職】
 そういう事か。
 すべてわかった。

 ………………『お前』が此処までした訳は。

 どれも『お前』の勘違い。
 だが、勘違いをさせ『お前』を惑わせたのは他ならぬこの『私』。
『私』の為に、『私』の代わり――すべて、『私』が己の責から遁げたが故。望んではならぬ道を望んだのが始まり。彼の山で、緋桜の花精を――春を望んだこの『私』こそが。仮初めの生を押し通し、茨の夢にまで性懲りも無く遁げ延びた。

 それでもまだ、選び直されなどしていない。
 …『私』が戻れば、また戻る。
 取り返す事もまだ叶う。

 ………………何処から語れば、『お前』に届く?
【炎舞ノ抄 -抄ノ終-】私、の始末/玄を湛えて春を待つ





 ……よく、解らない。

 けど、秋白が、蓮聖に、怒る、理由、なくなったの?
 龍樹が、秋白を、殺す、理由も?
 朱夏の、事、認めて、くれるの?

 ……蓮聖は、人として、生きられる、の?





 そんな疑問が渦巻いた。
 だから。
 蓮聖に、それを、問おうと、したのだけれど。





「今の話、どういう事?」





 先に、秋白の、声がした。
 詰め寄るみたいにして、蓮聖のすぐ前に居る。

 これまでみたいな、難しい遠回りな怒り方じゃなくて、もっとまっすぐに、蓮聖の首筋に判り易く牙を突きつけてるみたいな感じがした。見て判る牙は秋白の手にはなかったけれど、でも、蓮聖から返る答えによっては、秋白のやり方で、すぐにでも牙を突き立てるって、口以外の全部で言ってる気がした。
 だから、慌てて、止めに行く――さっきまでみたいに、代わりに受け止めるつもりで、行く。

 ……そのつもり、だったのだけれど。

 私が動く、その前に。
 蓮聖の、方が。





 まるで、そうするのが当たり前みたいに。

 秋白の身を、抱き寄せていた。
 秋白が、驚いて身を強張らせたのが、判った。





 え? と思う。

 蓮聖の、声がした。





「辛い目に遭わせたな」
「――っ」
「気付くのが遅れた。こんな仕打ちをされていながら、お前が繋ぎ止めてくれていたのか」
「っ何言って…!」
「すまない」
「…」

 秋白は、蓮聖に抱き寄せられたままでいる。
 牙を突きつけてたみたいな気配も、薄くなる。

 見届けてから、蓮聖、と、声をかけた。

 さっき、思った事。渦巻いた、疑問。
 それを確かめる為に。私は、蓮聖をじぃっと見つめて。言葉に出して、訊いてみる。

 それを受けた、蓮聖は。
 抱き寄せていた秋白の身を、ゆっくりと解放して。
 何処からお話ししましょうか、と。

 やっと、ぽつりぽつりと、話し始めた。





(――…まずは、『私』の事から話しましょうか。

 少々突拍子も無い話に聞こえるかもしれませんが…『私』は故郷の世に於いて、『天網を違えて進んだ道筋を正す為の目印』なのですよ。
 人どころか、生き物ですらありません。
 常に人の世の傍らに在り、役目を果たす為だけに、付かず離れずで人の世と関わる者です。
 人の形を取るのは、仕組みとして「死を迎えなければならない」から、に過ぎません。
 天網を違えて道筋が進もうとする時、『私』は何がしかの流れでそれを識り、自ずから肉の死を迎えます。その死を以って目印は打たれ、打たれた目印から時は遡上し、正しい形に編み直される。そして編み直された世にはまた新しい『私』が居る事になります。…ずっと、その繰り返しが続いているのですよ。
 人の世の傍らにあっても、人と深く関わる事はありませんでした。…いえ。人だけではありませんね。人の世に、故郷の世にある全ての命と深く関わる事は『私』の役目から逸れると、『私』はそう自覚していました。

 なのに、あの山で。

『私』は緋桜の花精に惹かれてしまったのですよ…――)





「それが、朱夏の母上様、ですか」
「ああ。…ただまぁ、お前達が思う様な相手…じゃなかったのだろうな」

 確かめる様な龍樹の声に、蓮聖は頷く。
 でも、私達が思う様な相手じゃない、とも言われて、少し首を傾げた。…その緋桜の花精が、蓮聖の愛した人なら。そういう気持ちを抱く事は、私にも身に覚えがないでもない事。
 ……でも、それにしては、蓮聖の言い方が、何だか引っかかって。

 そんな私や…似た様な反応をしている慎十郎とか舞の事も見て、蓮聖は淡く、笑っている。





(――…宿る花精は、人の似姿を取ってはいませんでしたから。ただ、『私』が、その花精に強く惹かれてしまった事は確かなのですよ。
 そして幾度目かの逢瀬の後。古木の元に、一人の娘が姿を見せました。
 一目見て、すぐに、何者であるのかは、判りました。
 だからこそ、私の惑った春の次、と――朱夏と名付ける事をしました。

 朱夏は『私』と感応した緋桜の花精が、『私』の姿を映して生み出した娘です…――)





「…ってその緋桜の古木ってひょっとしてあの…あたしが龍樹さんと初めて会ったあの山の」
「ええ。あの山桜ですよ。私と緋桜の花精、私と、朱夏。朱夏と龍樹、そして龍樹と舞姫も…出逢ったのはあの場所だった様ですね」
「…そう、だったんだ」

 何だか、感じ入ったみたいに舞がいう。今の話を聞く限り、多分、皆が出逢った場所の皆が知ってる木が、朱夏の、おかあさんだったって事、なんだ。





(――…朱夏が生まれて、『私』は喜びと同時に、どうしたものかと悩みました。人の姿を得てしまった以上は、人として暮らさせてやりたいと思うのにそのやり方が解らない。だから、その為にこそ『私』も人らしく暮らす事にしました。…そんな事をしては役目を果たす事に躊躇いを覚える様になると知っていたのに、そうしたいと強く望んでしまいました。
 それが今の、『私』です。
 龍樹と出逢ったのも、その頃でした。…人里の者とは何処か違うだろう『私』や朱夏の事も、拘らず慕って接してくれました。
 朱夏と語らう龍樹を見て、心を近付けている二人を見て。龍樹に朱夏を託す事さえ、考えました。

 …その頃に、大きな戦が起きました。
 龍樹も武士の子でしたから。その戦に、赴きました。

 朱夏が死んだのも、同じ頃です。
 委細について話すのは…御勘弁願いたく。…酷い様でありましたのでね。何故守れなかったのかと幾度も幾度も考え、己を責めました。人の世にある理不尽の一つと思えど、割り切れるものでもありません。

 暫くの間は、そう悲嘆に暮れていました。
 ですが時が経ち、全く違う事実に気付かざるを得なくなりました。

 朱夏は『私』が役目を果たす為の障りになると、理の歪みと見做されたのだと…――)





「だがそれも半分は違っていた。朱夏の魂は、お前が取り込んでいたのだな」
「…。…ボクはただ、無理矢理あなたの代わりにされた腹いせに、『奪い易いあなたの力の一部』だと思って奪っただけだよ」
「それでも。お前が取り込まなければ霧散していた…私はそうなっていたものだと思っていたんだ」
「…ただの、あなたを苛む為の道具に使うつもりだったんだけど。ソーンに来てまず、佐々木龍樹の元に送り出したのもそれでだし」

 秋白はそう言いつつも、何だか調子が狂ってるみたいで…言い方はあんまり、強くない。

「…じゃなくて。ボクはその頃にはもう、そうやってただの人間みたいに好き勝手やってるあなたの代わりにされていた筈なんだけど」
「…それは。お前がそう『思い込まされていた』だけなんだ」





(――…秋白は、元々、人の形を取っている『私』と似た性を持って生まれていたのでしょう。
 だから、『私』の役目を感じ取る事が出来てしまった。出来てしまったから、そうしなければならないと思い込んでしまった。思い込み、応える者が居てしまったから、『世界』もそれで『仕組み』が動いていると見做す事をした。…だからこそ、秋白に取り込まれた朱夏も目溢された。

 なら、それで身代わりになっているではないか、と思われるかもしれません。

 ですが、それで。
『世界』に応えた秋白の、肉の身に死が訪れたとしても、肝心の『仕組み』が動く事は無いのですよ…――)





「…何でそう言い切れるんだよ」
「今の『私』が、『私』であるからですよ」

 蓮聖は、きっぱりとそう言い切っている。
 でも、やっぱりよく解らない。

「……どういう、事……?」
「『私』は『仕組み』として『死ぬ』度に、それまで肉の人として生きて来た物事の全てを忘れます。忘れず残るのはただ、役目の果たし方のみ。もし万が一秋白に『仕組み』としての役目が本当に代替わりしていたのなら、もう『私』は『私』として生きてはいません。それまでの『私』の生で見聞きした物事の全て、何もかもを忘れて別の生を生きている事でしょう。…秋白の方でも同じ事になります。それまでの生を全て忘れる以上、『私』に恨みを抱く事など有り得ない」
「って…なら何で初めっからそう言わないんだよ!」
「言ってもお前の苦しみは何も変わらない。『世界』の意思を感じ取り応えた時点で、本能に近い部分に「そうしなければ」と刷り込まれてしまっている事になる。それは『私』が役目に戻らない限り変わりはしない。だから、『私』はお前の憤りを受け入れる以外にどうしたらいいか解らなかった」
「――」
「だが同時に、その秋白の行いとは言え、龍樹に手を出させる訳には行かなかった。『私』達を受け入れ、ここまで深く寄り添おうとしてくれた『人』の子を」

 蓮聖のその言葉を聞いて、私は龍樹の方を見た。
 龍樹、は。
 ……そんな蓮聖の事を、さっきから、変わらずずっと見つめている。
 蓮聖の言葉が、今度は、龍樹に向く。

「お前は、『人』でない『私』達に近付こうとしたのだろう。その結果がお前の中の『魔性』だ。朱夏が人として死んだ時に、それでもまだ、『人でないもの』として在るのかもしれぬ、と察し、変わらず寄り添おうとした。その為に『人』の身から傾いて、『私』達に近い形に変わる事が出来てしまった。…慎十郎の逆だな」

 ?

 今の話の流れで、慎十郎が逆、って何なんだろう。私がそう思うのと、当の慎十郎が、俺がどうしたよ、って訝しげにいうのが同時で。
 父上様は気付いておいでだったのですね、って、朱夏の声がして。
 ……そういえば、さっき、朱夏が、慎十郎を見て、何か、びっくりしていた気がしたけれど。

「慎十郎が……どうか、したの?」

 訊いてみた。
 そうしたら、朱夏が答えてくれた。

「この方は…この方の祖は、持ち得る力全てを以って『人』に成った『精霊』です」
「は!?」
「私がなりたかった形。そんな方がこれ程側に居たのですから。驚きました」
「…いや一寸待て。何が何だか」
「先程、舞さんが使っていた力です。あれこそが祖の名残なんですよ」
「え、そうなの?」
「…そりゃ…昔っから血ん中に妙な力があるらしいなァ知ってたが…いきなり言われてもよ」
「『私』が噛まなければ、朱夏もそうなれたのかもしれない」
「父上様が居なければ私は生まれてはいません」
「…だが」
「くどいです」

 また、蓮聖と朱夏が……二人だけで全部承知してるみたいな、打ち込み合うみたいなやり取りを重ねる。慎十郎とか私は、理解が追いつかなくて、置いて行かれてる感じになった。

 でも、二人のそのやりとりには。
 前に私も同行した、白山羊亭の依頼の時みたいな、壁がある感じは、なくなっていて。
 それだけでも何だか、ほっとした。

 本当に、朱夏が朱夏だって、蓮聖にも、認められたのかなって、思った。





 龍樹が、朱夏と同じものになろうとした結果が、あの、魔性。
 ……そう言われはしたけれど、なら、どうしてあんな風に、荒れ狂わなきゃならなかったのかは、解らない。
 そう思ったら、答えるみたいに、龍樹の声がした。

「…蓮聖様の仰る通りであるのなら。私の『人でなくなった己』の力は、私の意だけでまともに扱えぬ程に、持て余す程に大きかったのでしょう。私がここソーンで朱夏に初めて遇った時。その時の朱夏から何を感じたのか、私は今のままでいてはいけないと何かに衝き動かされました。舞姫様と慎十郎の封印すら忘れる程に。暴れ出しただけ、と言えばそうなのでしょう。そうなる事こそが秋白の狙いだったのかもしれません。けれどその下地に、生半に私の意が響いていたからこそ、関わる皆を惑わせてしまったのだと思います」

「……解らないから、解りたいって」
 前に龍樹は、そう言っていた。
「はい。魔性に身を任せる事で何れ解るだろうとは、初めから悟っていました。衝き動かされるままに数多へ力の指先を伸ばし触れるだけでも、触れた先の物事を識る事が叶います。ですから皆が承知している通りのあの様を甘んじて晒していたのです。それで心を痛める人が居ると解っていながらも。
 …そうやって各地を巡っている中で、漸く私を衝き動かすものの正体が解ってきました。私の前に現れた朱夏と重なって感じた、何者かの蓮聖様への深い害意。その持ち主を除きたい、除かねばならない、と」
「…そこまでお前を思い詰めさせていたのだな、私は」
「蓮聖様が責を感じる事ではありません。私が勝手にそうしたいと望んだまで。なればこそ、私はそれで、秋白を追う様になりました。その為に、再びこの手鎖の封印を頼りに、心を鎮め魔性を人の身に抑える事もしました。…秋白を見付けたその時に、狙いを過たぬ為に。それで、今に至ります。…まさか、秋白が本当に朱夏を取り込んでいたなどとは思いもしませんでした」

 ならば除かねばならぬものどころか、恩人ではないですか、って。

 どこか困ったみたいに秋白を見、龍樹はそう続けている。





「…つまり何なの。ボク、好きな様に生きていいって事?」
「ああ。もう、じきに思い込みの軛も外れる」
「…」

 蓮聖はあっさりとそう受け合う。
 でも。
 ……そうするには、蓮聖が役目に戻らないとって。
 蓮聖自身が、そう言っていた。
 なら、それじゃ、もう、蓮聖が、『人』として、生きられないって事になるんじゃ、ないの?
 凄く気になって、私は、そう、訊いた。
 そうしたら。
 蓮聖は、何だか寂しそうな、でも嬉しそうでもあるみたいな……透き通って見えるみたいな不思議な貌で。
 また、微笑った。





「私はもう充分、『人』として生かさせて貰いましたよ」
「……蓮聖」
「朱夏が生まれて。人として、朱夏と龍樹と共に暮らし。朱夏を喪って後。それでも龍樹が居てくれた。龍樹の中の魔性を、止める事が適う舞姫とも出逢えた。緋桜の古木の下で、初めて出逢った時から舞姫もまた『私』達に寄り添おうとしてくれた。…人として、人の立場を保ったままで。舞姫との出逢いで、本当の意味で人里に下りる事も叶った。…人に成った者の血を継ぐ慎十郎にも出逢えた。その慎十郎が、龍樹と舞姫を支えようとしてくれていた。…三人共に、『私』が出来ない事、出来なかった事を、『私』の前で。代わりにしてくれている様に思えた。…その上に。『私』に脅かされていた秋白が、疾うに喪ったと諦めていた朱夏を繋ぎ止めてくれてまで。
 お前達さえ居てくれるなら充分だ。私はもうそれでいい」

「何それ?」

 秋白の、声がした。

「周りを散々振り回しといて勝手過ぎない?」
「ああ、そうだな。だが、今更だろう」

 秋白、と。
 開き直ったみたいに、蓮聖がそう返す。
 ……朱夏の、声もした。

「私達を置いて、お帰りになる気なのですね」
「ああ。…それが一番私の望みに適う」
「それは、故郷世界に帰った上で、役目として『死にに行く』と言う事ではないですか」
「その通りだ」
「そんなの、だめ」

 思わず、声に出る。
 でも蓮聖は、私の声を聞いて、否定するみたいに首を振る。

「お気持ちは有難いのですが」
「……蓮聖」
「…そんな風に言われて、黙って見送れると思いますか」

 龍樹の、声も続く。
 さっきまでみたいな、厳しい声に戻っていて。

「私は貴方を失いたくないと言った筈です」
「済まないな」
「…それで済ますつもりですか」
「他にどう言えばいいか判らない。今の『私』はお前達の前で『人』として生き過ぎた。役目に戻ればすぐに仕組みが動く事は目に見えている。『私』が生きた分の時は、天網を違えたものとして戻される。そうなればお前達も『私』が生きた間の時を全て忘れる事になる。…お前達には『私』が関わり過ぎている。時が戻れば、お前達同士の関わりすら、無かった事になるかもしれない」
「なら尚更…!」
「…だから、ここだ」
「――」
「ここソーンは、『私』が見守るべき『世界』じゃない。戻れば時に編み直される。だがここに残るなら、天網の外になる。『私』だけが戻るなら、『私』が役目を果たしてもお前達はお前達のままだ」
「…それで納得が行くと思う訳?」
「図々しいのは承知だが。秋白には朱夏の事を頼みたい。そして出来れば、ここに残って欲しい。戻ったら全てが消える。…そうなれば、お前は全て忘れて一族の元に戻れるだろうが」
「だからこっちの話を聞かずに勝手に色々決めるな!」
「…だが、お前にもこのソーンで、かけがえのない相手が出来たのだろう?」

 だからこそ、道具として使おうとしていた朱夏を縛る力が緩んだんじゃないか、って。
 蓮聖は、そう秋白に確かめる。
 そうしたら、秋白は、何も言えなくなってしまったみたいで。……蓮聖に、自分の本当を言い当てられてしまった、って事なのかもしれない。私も、秋白の優しい人の事を、聞いている。

 でも。

「……それじゃ、もう、蓮聖が、人として、生きられない」

 そういう事、なんだと思う。
 なら、他に何か、方法は、ないのか。代わりが要るなら、代わりに、なれるのなら。私が、なるのに。

「その必要は、無いんですよ」
「でも」
「貴方には、貴方が出来る事をして欲しい。それは『私』の代わりをする事じゃない。…私が貴方に望むのは…可能なら、龍樹達がこちらの世界に残ると決めたなら、見守っていて欲しい、と言う事くらいです」
「決めたなら、って」

 今度は、舞。
 何か言いかけた所で、遮るみたいにして蓮聖が続けている。

「残るか戻るか決めるのは、お前達に委ねる。その為の力は残しておく。…お前達に、私の生につき是か非かを託したい」





 そして叶うなら。
 是として、ここに残って欲しい。

 絶望ならば疾うに見飽きた。だから、お前達と言う希望を、私にくれ。





 蓮聖は。
 そんな風に、縋るみたいな言い方で。
 皆に、望んだ。
 自分の全部をかけたみたいな、望みなんだって、解った。
 なら、応えなきゃ、って思う。

 でも、まだ、何か、できる事がある気がした。
 何でそんな気がしたのかを、考える。考えて考えて、考えた結果。

「蓮聖、また、後で、ソーンに、戻る……どう、かな」
「千獣殿」
「故郷に、戻って、役目、あっても、ソーンには、色んな、時間、とかから、人が、来てる、から、私達、知ってる、時間からなら、来て、ここでだけ、人として、生きる、無理、かな……?」
「…どうでしょう。試した事はありませんが…」
「だったら」

 試してみて、欲しいと思う。
 蓮聖の言う仕組みの理屈だと、役目を果たした時点で、私達の事を忘れてしまうのかもしれないけれど。私達を知っている蓮聖には、試したらと言うこの話自体が、伝わらない事になるのかもしれないけれど。
 でも。
 そうじゃなくて、うまくいく可能性だって、あるんじゃないか。
 そんな希望を、残したかった。

 考えておきますね、って。

 蓮聖も、言ってくれた。
 少し、皆の間の空気が軽くなった、気がした。

 それから。
 半壊した白山羊亭を建て直すのを手伝ったり、他にも色々、やり残した事をして。
 皆と、名残を惜しんでから。

 蓮聖は、自分で決めた通りに、故郷の世界へと、戻って行った。





 そうして。

 蓮聖が生きた証を託された皆が、選んだのは。
 ここソーンに、残る事、だった。
 舞と慎十郎と、朱夏はエルザードに、いる。
 龍樹は、贖いの旅に出るって言っていた。自分の持てる力で、獄炎の魔性だった時にやった事の償いとか、また違った何かの助けになりそうな事とかをしながら、各地を巡っている。
 ……秋白は、秋白の優しい人の所に行った、らしい。

 それでまた、日常が動き出す。
 私も、森と街の、獣と人と魔の間で、色々考えながら、生きてみる。





 いつかまた、蓮聖がこのソーンに来るのを、信じて、待ちながら。


【炎舞ノ抄 〜 el-blood BorderLine. 了】



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 登場人物紹介
××××××××

■PC
 ■3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■風間・蓮聖

 ■朱夏

 ■佐々木・龍樹
 ■舞
 ■夜霧・慎十郎

 ■秋白

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