■【炎舞ノ抄 -後ノ弐-】炎、舞い■
深海残月
【3434】【松浪・心語】【異界職】
 本当に、不意の事。
 故に、その場に居合わせた者の殆どが、黙って見ているしか出来ていなかった。

 炉の中で灼けているような朱金の光が、陽炎の如くゆらりと燃え上がったかと見間違う。
 気が付けばそこに生まれていた、赤みを帯びた強烈な灼熱の光。膨らみ張り詰めたかと思うと――巨きな翼を羽ばたかせるようにして、波打つ光の圧が辺りをぞろりと舐めた。

 …今、その光の中心――に居たのが、朱夏、だった筈で。

 逸早く気付いて、動く事が出来ていたのは舞だけだった。まず、夜霧慎十郎の袖を引いた。殆ど反射の領域での咄嗟の行動。袖を引かれた慎十郎は、その時点で舞を見、それだけで意図を察する――実のところ彼らとしては初めてでも無い行動。…だからこそ、この咄嗟の場面で行えたとも言える。袖を引いた後、舞が慎十郎の腕に直接触れたのと、慎十郎の身の内で何かが強引に引き摺り出されるような感覚が生まれたのが同時。
 灼熱の光が周囲を舐めた時――否、舐める寸前、その灼熱ととても良く似た、けれど確かに違う色の光が、灼熱に抗するようにして生み出されていた。始点は舞。舞が儀式めいた所作で大きく振るった刀印――揃えた指先、伸ばした腕の軌跡に沿う形で、光の壁が一気に張り巡らされている。…すぐ側に居た者諸共自らを庇い、守る形の光の防壁。出来た途端に叩き付けられた波打つ灼熱の光は、その壁をも容赦無く呑み込んでしまったかに見えたが――目が眩む程の烈光が幾分和らいだ時、舞や居合わせた周囲の者は――灼熱の光が叩き付けられる前のままで居た…無事だった。

「ッ――良かった、効いたっ」
 慎十郎さんの血から――属性限定で借りた、今の光と同属性だろう炎熱の力で作った壁。それを用いて、今の波打つ光の圧――最早桁の違う攻撃に等しいその圧に晒される事無く、何とかその場に居た者皆の身を守る事が出来た。
「…っと。今の間で良く間に合わせたな」
 おれの属性限定使うのを。
「だって他に手は無いでしょ」
 あたしひとりで使える術程度じゃどう考えても威力不足だし、今の場合で何とか出来る望みがあるなら慎十郎さんの血の力だけだと思ったから。
 こういう時の為に、慎十郎さんの属性限定、これまでも何度か試してみてた訳だし。…まさか相手が朱夏さんになるとは思わなかったけど。…あくまで龍樹さんの事が念頭にあった訳だから。
「…つッても今の威力を立て続けに使うのァおれの方もちぃときついぞ?」
 正直なところ、今の一発でも「根こそぎ持ってかれた」感じだからな。本当なら属性限定使って貰う分にァおれの方は大した負担にもならねぇ筈なのによ。…お前今かなり無茶して「引き出した」ろ。
「でも、今慎十郎さんが倒れてる訳じゃない」
「そりゃあそうだ」
「…あとどのくらい行けそうかな」
 今くらいの威力。
「わからん。が、ある程度なら保たせてやれるさ」
 こっちの事は考えんな。好きにやれ。
 そうじゃねぇとそれこそ保たねぇ――この場面で、今のこの、どうにもおかしくなっちまってるらしい朱夏に相対するには。…最低、今くらいの力じゃねぇと役に立たねぇだろ。
「…うん」
 今ので保ったなら、ほんの少しなら相対せる――いなせる余地がある。…と言っても、そうする為に発動する術の一発一発が無茶に等しくなるだろうから、本当にぎりぎりの、綱渡りでになるけれど。
 それでも、今は己が――あたしたちが何とかしないと、取り返しのつかない事になる。

 舞はすぐさまそう悟り、この朱夏へと――灼熱の朱鳥へと己が対峙する事を考える。
 勿論、慎十郎の属性限定の力を借りた己だけで何とかなるなどとは思っていない。…己で使える魔法的能力に乏しい慎十郎単独では、大した助力にもなれない。今の灼熱の翼を纏い、予告なくその翼を力として揮った朱夏に、表情らしい表情が見えない。何処か、虚ろな。それでいて今にも叫び出しそうな激情も秘めているような――とにかく、切羽詰まった危うさしか感じさせない、様。

 そんな様の朱夏の目が、舞に向く。
 舞の額に、冷たい汗が滲む。

 それでも今は、己しか目の前に居られないから。
 だから、力ある誰かが、すぐ後に続いてくれる事を待ち望みつつ――舞は、出来得る限り、そのまま朱夏の気を自分に惹き付けておこうとする。
 …関わりの無い居合わせただけの者が、その間に何とか逃げられるように。
 蓮聖様が――ううん、蓮聖様だけじゃない。これまで自分たちに関わってくれた、力あるひとたちがその間に気付いて、来てくれるように。
 龍樹さん、とも頭に浮かぶ。浮かぶけれども今は頼れない。わかっているけれどそれでも。

 今は。
 やるしかない。

 …何処か獄炎の魔性を思わせる、灼熱の朱鳥と化したこの朱夏を――何とかして、止めないと。
【炎舞ノ抄 -抄ノ陸 後-】炎、舞い





 来なくていい。





 そう、伝えた。

 秋白の存在に気付いて、朱夏が兄上の元に――秋白の元に近付き、僅か言葉を交わした、そこ。…御し切れないのは承知。このままでは朱夏の方が保たない。自分でわかっててやっている。道具に使われるのは御免。滅ぼされた方がまし。そんな事を言わないで欲しい。一人で抱え込む必要などない。短くも打ち込み合うように言葉が重ねられ――そんな中、炎熱の余波を受け止めつつ、こちらを――朱夏の姿を見つめ、何かの覚悟を決めようとしていた龍樹の姿。
 見た時点で、考えるより、行動が先だった。

 来る気だ、と思った。
 来なくていい、と思った。

 だから、その眼前での事になるようわざと朱夏へと撃ちかかり、こちらの意思を見せる事をした。
 朱夏の意識も当然、こちらに向いた。…勿論、朱夏の方でも黙って撃ちかかられるままではいない。俺の一撃を受け止め、思い切り弾く形になる――それでまた、俺と朱夏の間に一気に間合いが開く。
 力尽くで再び、言葉では無く刃を交わす形に戻す。
 俺の意思は――少なくとも龍樹には、これで届いただろうと、信じたい。

 …朱夏は龍樹の許婚であったと聞いた。
 なら、許婚を傷付けるなど本意では無いと思う。
 だがそれでも、あんたが…自分が出なければ、やらなければならない事だと思ってしまうのなら。
 あんたがやらなくて、構わない。…それは、許婚の眼前で、その相手である女性に手を上げるのは申し訳ないとも思うが。

 それは、出来得る限り、俺が引き受ける。

 だから。
 もし俺が斃れたら。





 ――――――以前自分を救けたあの力で、朱夏は勿論、兄上や他の全員を守って欲しい。





 そう頼んでから、再び俺は朱夏と対峙する。
 そろそろ消耗している自覚はあるが――それでもまだ、使い切る程でもない。
 まだ、行ける。

 ここは、龍樹に手を出させたくない。
 そう願い、行動でも示す。兄上や秋白たちと言葉を交わせる距離からやや離れた後、俺はまた、朱夏へと躍りかかる事をした。防御力を上げる【鎧気】と身体能力そのものを底上げする【爆闘気】を発動、展開したままのこの身を以って。
 当然のように応じて朱夏の炎も、来る。その炎の圧を【鏡気】で弾き――いなしつつ、愛剣「まほら」の方でも力強く振り被って撃ちかかる――それもまた、炎に巻かれる。撃ちかかった――斬り込んだ手応えは、無い。躱された――と言うより、そもそも、何処までが炎で、何処からが実体のある朱夏の身かすら判別し難くなっている気さえした。今の一撃は初めから、実体の無い位置を狙ってしまっていたのかもしれない――そんな風に思えもする。
 それもあるので、愛剣の「まほら」や聖獣装具の【狂狗銃】はあくまで補助として扱い、極力『気』を操る手段を主力とする事に努める。…これまでの対峙の中で、『気』の「力」の方ならば――少なくとも撃ち込んだなら撃ち込んだなりの手応えは感じられたから。だからこそ、傍目には全くそうは見えなくとも、他の物理手段より効いている可能性は高い、と思う。
 撃ち合う最中、可能と見ればすかさず【吸気】も用いた。そしてそうした場合は、それなりにこちらの仕掛けた通りに「力」を吸えてはいる。朱夏の「炎」自体を吸えた事も、何度かあった。やはりあの「炎」自体が「力」、生命力――エネルギーが取っている形でもあるのだと思う。ただそれで――【吸気】を使う事で、朱夏の力を消耗させられているかは、今の朱夏の様子を見る限り何とも言えない――相変わらず、ノーダメージに見えるままで変わった様子が無い。纏う炎の威勢が衰える気配も無い。ただ確かな事は、『気』を吸えた手応えがあった時には――吸った分だけの「力」として俺の方で『気』として扱えはする。…こちらの消耗は、それで何とか遅らせる事ができている。…まだ、動けない程では無い。朱夏の動きに、付いて行けてもいる。
 そうしていても、龍樹の姿は近くには見えなかった――少なくとも、近くに来る様子は無かった。こちらの意思が届いたのだ、とほっとする――と言っても、あくまでほっとしたのはその事についてだけ。それ以外の――それ以上の事については、一切余裕は持てそうにない。

「…お気遣い、有難う御座います」

 朱夏の、声がした。
 俺との何度目かの撃ち合いの後、互いに飛び退り、再び間合いが開いた時の事。一応ながら、言葉を紡ぐ間もできるかと思えたそこでの言葉。朱夏の紡ぐその言葉に――声の調子に、息遣いに乱れは無い。
 それだけでも彼我の力量差を感じてしまうが――今は、それより。
 お気遣い。それは――龍樹に来るなと言った事か?

「…礼を言われる…事じゃ…ない」

 俺は、そうした方がいいと思っただけ。
 そもそも、俺の言った事は、した事は――「気遣い」と言うべき事なのかすら疑問に感じる。先程の龍樹の中に見えた、躊躇いと覚悟。それを感じた時点で、俺が、そうしたかっただけの事。
 更には逆に、龍樹に皆を守る事を――後の始末を頼む事さえ、した訳だし。

「…俺は…あんたに手を上げてる」
「望んだのは、私です」
「…何故だ」

 ここまでするのは。

「こうした方が、やり易くは無いですか」
「…何」
「あの方の手から離れれば――肉の抑えを振り切れば、ただ佇んでいるだけでも溢れ荒れ狂う灼熱の炎です。戦う為の形に研いだ方がまだ、幾分御する事が叶いますし――周りの皆様としても、襲い来る化け物の方が、気持ちとして滅ぼし易いかと?」
「――な」

 思わず、絶句する。
 …考えてみれば、その通りだったと思う。そこかしこに飛び散り燃え移っている朱夏の炎は――攻撃、ではなく悉くが彼女の纏う炎の余波。前に出た俺に対してだけ、攻撃らしい攻撃の形として、練り上げられたものが放たれている。
 そしてその、能動的に放たれた攻撃に限っては――殆ど、周囲を巻き込む形になってはいない。それはこちらと鎬を削る激しい撃ち合いになった場合は、その激突の余波として炎がまた周囲に散ってしまいはしたが――それはさすがに、不可抗力に近い。それ以外の場合は――朱夏の「攻撃」は、悉く俺だけに向いていた。
 …気付いた事で、俺は俄かに手を止めてしまっていた、のだと思う。
 すぐ間近に、朱夏が居た。

「…ああ、余計な事を話してしまったようですね」

 囁くようにそう聞こえたかと思うと――直後に、腹部に重い衝撃。一気に朱夏の姿が離れる――朱夏では無く俺の方が、一気に吹き飛ばされていたのだと気付いたのは、やや遅れての事。【鎧気】での防御の上に咄嗟にガードもできてはいたが――更には兄上の【幻の盾】の力もあったのだろうが、それでも芯に響いた。…朱夏の取っていた攻撃手段は、恐らくは炎熱の威力を纏った掌底での一撃だった。
 何とか倒れず堪え切り、すぐに構えを取り直す――取り直したそこに、灼熱の炎の塊。間、髪入れず追撃に来た朱夏の炎の鞭が叩き込まれる――殆ど意地で【鏡気】で受けた。その力で炎の鞭を跳ね返すと同時に俺の方でも朱夏の前に踏み込み、【吸気】――朱夏の「力」を吸えるだけ吸う。が、それでもまだ朱夏の方には、消耗した様子が見えない。
【吸気】で吸った『気』の力で己が身を回復しつつ、再び朱夏から間合いを取る。次の一手は俺の方。【爆闘気】で底上げしている身体能力で一気に肉迫し、抜いたままでいる「まほら」の剣撃を囮に――まぁ囮と言ってもそれもそれで手を抜いている余裕も無いのだが――再度【吸気】の方をメインとして狙う。朱夏も俺のその剣撃を受け止め、当然のようにカウンターが来る。…そのまま数合の応酬になり、削り合う形になる。
 一頻り撃ち合ってから、また、互いに離れて間合いを取った。
 ごく軽く、朱夏が息を吐いている。

「…ここで貴方が手を止めてしまうようでは、私の方が困ります」
「兄上の言葉は…届いていないか」

 滅ぼされる方がましなどと言わないで欲しい。
 自分たちで力になれないか。

 …それは、今している――そうやって、荒れ狂う以外の方法が、無いのかと言う事。

「いえ。静四郎様のお声は届いていますよ」
「…なら!」
「方法を探す間が、考える間が、どうあっても無いのです。あの方の――秋白と言う御方の手を離れた時点でこの炎は荒れ狂うと承知していました。かと言って、何の被害も出ぬよう予め周到な備えの上に断りを入れて事を起こすのでは、そもそもあの方の手から私が逃れる事は叶わなかったでしょう。できるのは――恐らくは害も少なく済むのは、貴方がたが居合わせている今しかないと見たのです。ですから、甘えさせて頂きました。それだけの事ですよ」

 ですので、力になって下さると言うのなら、今暫くお付き合い願えませんか。
 こう見えて、それなりに削れておりますから。

 朱夏はそう続け、また、炎を――己の腕を中心に、攻撃の形に練り上げている、のだと思った。そうすると、心持ち周囲への余波が減っている。意識して周囲を見る事をし、初めてわかった。…そういう事なのか、と思う。…「まほら」の柄を握り直す。受けて立たねばと、この身が動く。

「私はただでさえ「あってはならないもの」なのですから。その上に、邪魔になるようではもういけません」
「そんな言い方は…よくない」
「ですが、事実です。…今の私を放っておいたら、どうなりますか」
「…それは」
「こうなります」

 言葉と共に、新たな炎熱の圧が繰り出される。俺の方では「まほら」を振るう事でその勢いを削りつつ、また【吸気】を狙う。全ては難しいにしろ可能な限り――ひとまず吸い切れた、と思ったところで、急にがくんと膝から力が抜けた。張り詰めていた筈なのにそうなってしまった事で、そろそろ深い部分にまで疲労が溜まってしまったか、と思う――吸った「力」をそちらの回復に回す。…とは言え、ここで回復に回してもすぐにまた削られるのは目に見えている。…吸った分だけすぐに持って行かれる。そろそろ、殆ど綱渡りに近い状態になって来ていると自覚もある。己の元々具えている「力」だけでの『気』の操作は現時点で恐らくぎりぎり。それでもこの戦闘状況を維持できているのは、【吸気】で適宜、「力」を補っているからに過ぎない。
 そして、朱夏もそれを承知でいるような気がする。

「…やはり難しいのかもしれませんか」
「…可能な限り、応えたい…とは思うのだが」

 力尽くででも止める事。
 彼女の望みがそうである事は、もう疑いようがない。だが、それでも俺だけでは――いや、兄上の【幻の盾】の力と共にありはしているが――難しいと悟らざるを得なかった。結局、龍樹に任せてしまう事になりそうか、と心の何処かで悔やんでいる自分が居る。…だがそれでいいのか、とも脳裏に過ぎる。
 許婚だからと言う心の――気持ちの問題でだけではなく、その「力」の問題の方でも懸念がある。とてもよく似た、炎の形を取る――尋常では無い「力」。関わりが無いとは思えない。元々、朱夏を鎮める事で龍樹や秋白に何かしらの影響が出るのではと気懸かりもあった。その龍樹が――今のこの朱夏と直接対峙して大丈夫なのかとも、思う。
 戦う為に生み出された戦飼族のこの身。即ち、戦う術が染み込んでいる――これまでの傭兵としての生活で得て来たその経験が、殆ど自動的に身体を動かしているとも言える今の状況。朱夏から放たれる炎の圧を防ぎ、堪えつつ、次の一手をと――動きながらも――上げた筈の手が――…

 思ったように、動いていない。

 限界か、と悟る。
 皮膚に感じるそのひりつくような熱で、灼熱の炎の圧が迫るのも感じる。
 これで斃れるか、とただ事実を受け入れる――その、つもりで。
 瞼を閉じていたのだが。

 不意に、ひりつくような熱が一気に消えた、気がした。

「――大丈夫っ!?」

 …?

「間に合ったか。…よくぞここまで」

 …誰だ?
 いや。
 それ以前に、俺は今、どうなっている?

 その疑問の答えを得る為に、まずは瞼を開ける。今。俺は、二人に声を掛けられた。まず視界に入ったのは――淡い茶の袈裟を着た、朱夏とそっくりな面差しをした男。その彼が、思うように身体が動かせずよろけた俺の身を抱え、炎の圧から庇ってくれていたらしい。服だけでは無く髪や瞳の色もやけに淡い茶の色で、青銅色の大薙刀を握っている――その得物を以って炎の圧を受け止め、掻き消した直後なのだろうと見た。蓮聖か、と思う。…直に会うのは初だが、この見た目は――そうとしか思えなかった。有難く助力を受けつつ、俺は何とか、身体を起こして再び態勢を整える。
 もう一人は、秋白。…大丈夫!? と少し慌てた様子で真っ先に俺に呼び掛けていたのは、彼の方。
 何となく、目を瞬かせてその顔を見る。
 彼が来ていたのは、俺のすぐ傍ら。

「…秋白、か?」

 呼んだ途端に、秋白のその顔には安堵が満ちる。

「良かった…!」
「…何故」

 そんな風に俺を案じるのか。

「静四郎さんの大事な弟さんでしょ」
「…」

 納得した。
 これが秋白か、と思う。…兄上が――静四郎が気に懸け、その心に添う事をした、少年。彼が静四郎の義弟である俺を案ずると言う事は、彼にとって義兄が――兄上が、大切な存在になっている事の表れでもある、と思う。

 思うが。

 それで何故今、俺の方に来るのか、とも思う。今は兄上の方とて炎からの防御対策で消耗している状態の筈――そちらを放ってこちらに来るのは何か理由があるのか。…兄上に頼まれたのだろうか。思う間にも、秋白は何やら、思うところがあるように朱夏の事をじっと見ている。

「…やっぱり駄目だ。戻せない」
「ならば、やるしかなさそうですね」
「…何を」
「貴方がなさろうとしていた事を、です」

 蓮聖は、当たり前のように俺に向かってそう続けて来る。…それは、つまり。
 今の炎の化身と化した朱夏の事を、力に訴えてでも止めて、鎮める、と言う事だろう。

 だが。

「…秋白も…か?」
「ええ。…「静四郎さん」の為だそうですよ」
「…」

 …朱夏はそもそも、秋白の手から離れる為にこうした、と言ってはいなかっただろうか。
 何故そうしたかと言えば、蓮聖と龍樹を苛む道具として、使われないようにする為。
 その秋白と蓮聖が今、連れ立ってここに来て、俺を助けたと言うのは――朱夏にとっては、どういう事になる?

 考えつつも、思わず朱夏を見てしまう。

 朱夏は、何処か驚いたような貌で――僅か目を瞠って、蓮聖と秋白の二人を見ている。
 …そうしている間にも、変わらず、朱夏の纏う炎は、荒れ狂い、周囲を舐めている。

 そんな中で。





 朱夏、と。





 改まって、呼ぶ声がした。

 ………………蓮聖の。



 そこまでを、認識したところで。

 不意に、現実味の薄い、遠い声が聞こえて来た気がした。その時点で、この局面で自分は何をしているのかと俄かに焦る――今にも、次に来るだろう炎の圧を止めなければならない状況下になっているのに、その状況がやけに遠く感じる錯覚。このままでは拙い、と思う。「力」が足りないまでも、戻らなければ、と思う――思う間にも声は続いた――嫌でもそちらが先に耳に入る。





 誰も汝を認めぬのならば、不死鳥の名に於いて汝を認め、茨の夢へと導こう。
 炎の内より何度でも甦るが我が印。
 生と死の狭間に惑う者、汝の守護を担い、汝の心に応えよう。





 そんな、何かの口上のような、何処か次元の違う、異質な声が耳の中に響いて感じられた。
 何事だろうと思いつつも、それが何事かを確かめる術もまた思い付かない。
 ただ、その口上の内容については――今の俺には、到底無視できなかった。

 今この場で不死鳥と言われれば、まず朱夏の事を連想する。翼のように展開する、あの纏う炎の様や、『灼熱の朱鳥』と言う――朱夏のこの様を指しているのだろう、秋白の言っていた言葉もある。
 そして、今の口上も考え合わせれば。
 守護聖獣、も連想される。不死鳥――フェニックス。

 そういう事なのだろうか、と思う。
 …この「声」は、朱夏の守護聖獣の、声。

 そうなのではと思った途端、肯定されたような気がした。





 ――――――汝は朱き夏に応えるか





 続けて響いた「声」はそれ。

 その声に、もう「応えて」いるつもりだ、と俺は自然と答えていた。…問われたのだろうと、そう思った。「応える」と言うなら、朱夏の願いにだろう、と思う。止めて貰う事を望んでいるあの炎の化身を、力に訴えてでも止めてやろうと、斃れるまで力を尽くそうと「応え」続けた。

 だが、今は。
 少し…揺れている。
 朱夏の言い分、そちらの理屈で見たとしても、考える余地が、出て来たのではないかと思えて来た。

 蓮聖と秋白の姿と、それを見ての朱夏の様子がその根拠。
 ならば、他にも、「応え」ようはあるのかもしれない。

 兄上を悲しませずに済む方法が。
 慎十郎への借りを返せる方法が。

 考える事で新たな道が拓けるのならば、力に訴えるよりも、俺も考える事をしたい。

 …朱夏の、為にも。
 そう、思う。



 不意に、一気に感覚が戻る――戻った時点で、慌てて現状を把握。蓮聖が改まった語調で朱夏を呼んだところまでは認識できていた。父上様、と返す声――その声だけで、何か万感の想いが籠められているように感じたのはこれも錯覚だっただろうか。ただ、そう呼び返したところで、蓮聖が、頷いて。
 朱夏も蓮聖も、互いに覚悟して――動こうと、したのだと…思う。

 が。

 朱夏が、新たに炎を攻撃の形に練り上げようとした、その時に。

 がくん、と。

 朱夏の身から。
 一気に、力が抜けるようにして。
 朱夏はその場で、崩れ落ちて――いや、今にも崩れ落ちようと言う、ところで。俺は、崩れ落ちようとする朱夏のその身をせめて支えようと、受け止めようと――殆ど反射的に手を伸ばしていた。

 …伸ばせていた。





 つまりその時にはもう、朱夏のその身体に、圧力染みた灼熱の炎が纏わりついてはいなくて。





 考えるより先に、支えようと手が伸びていた訳で。
 そうしてしまったのは、俺だけでは無くて。

 …多分、蓮聖も秋白も…同じだったのだと、思う。


【灼熱の朱鳥、収束(成功)】



××××××××
 登場人物紹介
××××××××

■視点PC
 ■3434/松浪・心語(まつなみ・しんご)
 男/13歳(実年齢25歳)/傭兵

■同時描写PC
 ■2377/松浪・静四郎(まつなみ・せいしろう)
 男/28歳(実年齢41歳)/放浪の癒し手

■NPC
 ■朱夏

 ■秋白
 ■風間・蓮聖

 ■佐々木・龍樹

(名前のみ)
 ■夜霧・慎十郎

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