■旅籠屋―幻―へようこそ■
暁ゆか
【3106】【グレン】【冒険者】
 宿泊施設としてだけでなく、食堂兼酒場も営む『旅籠屋―幻―』。
 暖簾をくぐり、戸を開ければいくつかのテーブルとそれぞれに4つずつの椅子が並んでおり、奥のカウンターには女将、夜が食事の下準備をするために動き回っている。
 少し目線を左へと移せば、テーブル1つを陣取って、見た目では少年とも少女とも分からぬような姿をした、この旅籠屋の用心棒、誠が暇そうに窓の外を眺めていた。
 食堂の奥には2階へと続く階段があり、その先は宿泊施設となっている。

 聖都エルザードに辿り着いたばかりで、宿を探し中の冒険者諸君。
 こんな旅籠屋で、一日を過ごしてみるのはいかがだろう?

■ 旅籠屋―幻―へようこそ 〜グレンの場合〜■

 夕暮れ時の大通り。
 商店やカフェなどは店じまいをし、酒場に明かりが灯る頃、グレンは街中を歩き回っていた。
 ……というのも、食事の出来るところと宿屋を探しているのだが、大衆食堂はもう閉まっており、素泊まりの宿屋であれば大丈夫なのかもしれないが、食事の取れる宿屋となると酒場と兼業しているところが多く、彼の見た目の幼さから『子どもの来るところでない』と何軒も入店を断られてしまっていた。
「申し訳ないけど、子ども1人で入店させたとなったら、何言われるか分からなくてねぇ……」
 何軒目かの店先で、女性店員に断られて、グレンは肩を落とす。
 そろそろ日も暮れようとしていた。
「そういえば、何処かの裏通りにひっそりと佇む宿屋があると聞いたことがあるね。食事処も兼業してるって言ってたような……」
 肩を落としたままおグレンに、女性店員が独り言を呟くように、そう口にした。
「それ、本当!?」
「いや、私も、客から聞いた話だから、確かな情報じゃあ、ないんだけどねぇ」
 勢いよく顔を上げて、訊き返してくるグレンに、女性店員はたじろぎながら答えた。
「それでも充分だよ、ありがとう、おばさん!」
 グレンは感謝の言葉を述べてから、その店先を後にした。そして、表通りから適当な路地を選んで入っていく。
 
 *

「……ここ、かな?」
 裏通りにあるという食事処兼酒場を探し始めてから、暮れかけていた日が完全に沈みきった頃、グレンは1軒の店の前に立っていた。
 扉の前には、『幻』と書かれた暖簾が掛かっていて、窓からは明かりが漏れていて、曇りガラスなのではっきりとは見えないけれど、何人かの客が入っているのか、人影が映っており、賑わう声も聞こえてくる。
「入ってみよう」
 意を決して、扉を開けて、グレンは中へと一歩踏み入れる。
「いらっしゃいませー。……ボク一人?」
 すると、彼に気付いた店員――如月誠が声をかけてきた。
「そう。ゴハン食べたいのと、1泊したいんだけど……」
「そうなんだね。夜ー、1名、食事と宿泊のお客さんだよ。食事の前に、荷物入れとく?」
 グレンの言葉に、誠は1つ頷いてから、奥にあるカウンターの内側にいる女性――闇月夜に声をかけた。それからグレンへともう一度声をかけてくる。
「あ、先にゴハンを注文しておいてから、部屋に案内してほしいな」
「りょーかいっ。ではゴハンの注文は? ……といっても、うちは特にメニューが決まってなくて、夜のその日の気分で作られる御膳料理とか、一品料理とか、おつまみとかしかないんだけど」
 通常であれば、メニュー表でも差し出すところなのだろうが、それがない、と誠は告げる。
「それならオススメの御膳料理で」
「……承りました……」
 グレンがカウンターの方に向かって、そう注文すると、夜が頷いた。
「じゃあ、用意してもらってる間に部屋に案内するね」
 言いながら、誠は「こっちだよ」とグレンを奥へと案内する。

 案内された部屋に荷物を置いてから、食事処の方へと戻ると、カウンターの方に席が用意されていた。
「あっちは、酔っ払いのオジさんたちがうるさいくらいだからね」
 テーブル席の方をチラリと見ながら誠がそう言って、グレンに席に着くよう促す。
 席に着いたグレンの前に、盆に乗せられた御膳料理が出された。
 白飯に汁物、焼き魚、野菜の煮物、和え物など、東方の料理が盆の中に並べられている。
「わあ、美味しそう。いただきます!」
 それらを一度見回して、早速、グレンは勢い良く食べ始めた。
 街中を歩き回ってお腹が空いているのもあり、食べ盛りなのもあり、次々とおかずを食べていく。
「白ご飯はおかわりできるからね」
「それじゃあ、おかわりッ!」
 誠の言葉を聞き終わらないうちに、茶碗が差し出された。
「……はい、どうぞ」
 茶碗を受け取った夜は、サービスとばかりに、山盛りに付けて、グレンへと渡す。
「ありがとう!」
 驚くこともなくそれを受け取ったグレンは、早速食べ始めた。
「そういえば、旅してるみたいだけど、どんな旅をしてきたの?」
 そして、ひとしきりご飯を食べた頃に、誠が訊ねる。
「えっとね……」
 グレンは、誠の問いかけに、これまでの冒険のことを話し始めた。
 そして、千差万別な性格の兄が3人居て、彼らに憧れて、冒険者になったことを話す。

「……なんて。あ、これ、兄ちゃんたちには内緒ね」
 一生懸命話していたこともあって、頬を上気させたグレンは、ふと我に返ったように、照れ笑いを口元に浮かべながら、そう告げた。
「まあ、ボクも夜も、口は堅い方だから大丈夫!」
 誠も笑って答える。
「……えーっと、ごちそうさまッ!」
 照れた勢いで、残りのゴハンを食べ切ったグレンは、箸を置いた。
「とっても美味しかったよ」
「……気に入ってもらって、何より。……明日の朝も、楽しみにしてて……」
「うん! お腹いっぱい食べたら、眠くなっちゃった……。僕、部屋に戻って寝るね」
 ふわっとあくびをしつつ、グレンは先ほど案内された部屋へと向かう。

 そうして、旅籠屋―幻―での一夜が更けていくのであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【3106 / グレン / 男性 / 9歳 / 冒険者】

NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 この度は、ご依頼ありがとうございました。
 そして、大幅に遅れてしまい、申し訳ございません。

 お気に召していただけましたら、幸いです。


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