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【墓前にて、願い、祈り、誓う】
■蘇芳 防斗■

<クリステル・シャルダン/アシュラファンタジーオンライン(eb3862)>

●墓前、切に祈る
 世に亡き人が存在の証として現世に唯一残す、石造りの墓標を前に跪いては佇む一人の見た目幼い少女‥‥耳が人間のそれよりも長い事からエルフと判断出来る彼女は今、静かに祈りを織っていた。
(「院長先生、今まで本当にありがとうございました」)
 それは日が昇った頃から、頂点に差し掛かりつつある今まで続き‥‥漸く気が済んでか、クリステル・シャルダンは立ち上がると墓標を見つめたままに笑みを湛え、先に織った祈りの一部を口にして訂正する。
「教会と孤児院の最高責任者なのでしたからクレリックとなった今の私なら神官長様、と呼ぶべきなのかも知れませんね」
 穏やかな声音にて紡がれたそれが響くと同時、周囲に風が舞えば彼女はたなびく金髪を押さえ、感慨深げに晴れ渡る空を見上げ‥‥遠く、遠くを見つめ呟いてはやがて吹く風に身を任せて再び墓標を見つめ、瞳を閉じると一時だけ、今に至るまでの過去を振り返るべく大空へと想いを馳せた。
「しかし私にとっては何時までも、院長先生ですね。あの時、この教会の門前で捨てられていた私を拾ってくれた時から‥‥そして、これからも」

●回想 〜過去、一時〜
 何時だったか、私がこの教会を見上げてはふと、自身がどうして此処にいるのか疑問を覚えた子供の頃‥‥もう大分、昔の話。
「‥‥どうしましたか?」
 その時に声を掛けてくれたのは院長先生だった‥‥静かだが穏やかで安らぐ声の主で、種族が違い独り立ちするまでに人の何倍もの時間が掛かるエルフを躊躇わず拾ってくれた人。
 そして私を慈しみ、育ててくれた人。
「どうしてお父さんとお母さん、いなくなっちゃったのかなって」
「その事、ですか‥‥そう言えば貴女のご両親から言伝を頂いていた事を思い出しました‥‥えぇと、貴女の為に必要な物を買いに行かなければならないとの事で暫く此処に留まっていて下さいと、ね」
 声を掛けられてから私は院長先生へ向き直り、抱いていた想いの内を素直に打ち明けると‥‥頭上を見上げ、言葉を濁しながらも院長先生はそう答えてくれた。
「そうなの‥‥?」
「えぇ。そうですよ」
 今にして思えば明確な嘘と分かるのだが‥‥生憎とまだ幼かったその頃、真偽を判断出来る程に私は経験を重ねておらず首を傾げては院長先生へ尋ねると彼はすぐに頷き、微笑む。
「でもそれならどうして私だけ、置いていったのかな?」
「大事だからこそ、ですよ‥‥きっとね。ほら、中へ行きましょう。外も冷え込んで来ましたから風邪でも引かれたら貴女の事を大事に想ってくれている皆が、困りますよ」
 だがそれならそれで、他にも気になる事が増えた私は子供ならではの純粋な疑問を持って尋ねれば‥‥しかし、最初とは違う抑揚を持って院長先生が言葉を響かせると私の頭に大きな、温かい掌を置いては自身が羽織っていた外套を私に掛け手を握っては揃い教会の方へ歩き出した。

 それから暫くして院長先生は私に真実を告げてくれた。
 赤子の頃、教会の前に捨てられていた事と手紙や両親に繋がる手掛かりが何も無いと言う事も。
「まだ子供とは言えやはり、嘘はつけませんからね」
 そう言って笑う院長先生の表情は何処か悲しげだった事は今でも鮮明に覚えている‥‥そして次には笑顔を湛えて小さな私の頭を撫で、抱き締めてくれた事も。
「ですがわざわざ教会の前に置かれていたのです、だからご両親もきっと貴女の事を捨てたくて捨てた訳では無いでしょう。それだけは信じてあげて下さいね」
「‥‥うん」

 確かな愛情を注いでくれたから、両親を憎む事無く育つ事が出来た。
 直接父と呼ぶ事は無かったけれど、『父』と言われて私が後にも先にも思い浮かぶのは他の誰でもない、この人だけだった。

●掛けられた声
 クリステルが吹く風に身を任せ、瞳を閉じては想いを馳せ始めてよりどれだけ時間を経ただろうか。
「やはりまだ、冒険者として旅に出るのは早くないですか?」
 果たして背後より掛けられた声に、漸く瞳を開いては優雅に振り返れば‥‥自身の背後にいたのは更にその後ろにそびえる教会の『今の』神官長たる壮年の男性。
「いいえ、院長先生にも言いましたがこれでも遅い位です。それに‥‥」
「それに?」
「‥‥‥」
 『昔の』神官長たる男性と同じ様な、穏やかに響いたその問い掛けにクリステルは否と首を左右に振り、その最後を淀ませると無論気になって神官長は再びに問い掛けるが‥‥それには沈黙だけ返す彼女。
(「‥‥この孤児院にお金を送る為にはその内、危険な依頼を受ける必要があるかも知れない事を今になって口には出来ない。誰かが病気になった時にすぐ医者に掛かれる様、学校に行きたいと言う夢を叶える為、当たり前の事を出来る様にしてあげる為に私の命を賭す事を」)
 内心でだけ、密かに抱いていた真意を改めて固くすれば‥‥その意が表情にも出てか、神官長たる彼は何事か察したからこそ微笑を湛えたままに口を開く。
「‥‥まぁ、いいでしょう。それに今更引き止めたら貴女の旅出をお許しになった神官長様に怒られてしまいますからね」
「‥‥ありがとうございます」
 その穏やかな声音と、今はいない『昔の』神官長の顔を立ててくれた事にクリステルは改めて、彼へ深く頭を垂れれば最後に一度だけ墓標を見つめる。
(「院長先生、ごめんなさい。でも‥‥本当にありがとう」)
 そして贈る、最後の言葉‥‥それが果たして天上へ届いたかは知れずとも、彼女は自身の傍らに置いていた荷物を手にし、『今の』神官長へ向き直れば
「気を付けて、行くのですよ‥‥」
「‥‥またね!」
「えぇ、皆‥‥またね!」
 彼と、何時の間にか集っていた孤児院の子供達が別れと再会を願っての言葉を受けると‥‥最後に紡いだ言葉は踵を返すと同時、一筋だけ流れた涙を見せまいと背を向けた後に場へ響けば何時までも子供達の声が背中にぶつかる中、クリステルは穏やかな風を全身に受けて旅立つのだった。

 〜冒険者に、幸あれ〜




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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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