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【ふたりのカタチ】
■言の羽■

<アゲハ・キサラギ/アシュラファンタジーオンライン(ea1011)>
<陸堂 明士郎/アシュラファンタジーオンライン(eb0712)>

 さく、しゃく、さく、しゃく。
 周囲に立ち並ぶ木々から離れ落ち、まるで上等な毛皮の敷物のように地面を埋め尽くす色とりどりの葉は、アゲハと明士郎が歩みを進めるたび、静かな森にその音を響かせる。ふたりは至極当然のように手を繋いでおり、歩みの幅と速度はアゲハのそれに合わせられている。繋いでいないほうの手にはそれぞれ弁当の包みと茣蓙を持っている事から、彼らが何をしにこの森を訪れたのかは、自ずと知れよう。
 紅葉狩りだ。
「は〜‥‥綺麗だねぇ。ね、明士郎さん」
「ああ、本当に。少し時期に遅れたかと思ったが、なかなかどうして」
 頭上にも足下にも紅葉が広がっている、絶妙な頃合に森を訪れた二人。とても幸運であるのだろう。
「でもね、アゲハ。――あの紅葉よりも何よりも、君のほうが、綺麗だよ」
「明士郎さん‥‥」
 見つめあう互いの瞳に、熱い炎が灯る。夫婦となって子供も出来た二人であるが、まるで明士郎が想いの丈を告白した時のように胸が高まっていくのを抑える事ができない。体温が急上昇していく。
「やぁーだ、もうっ♪ 明士郎さんってばぁっ♪」
 どすっ。
「ごふ!?」
 抉りこむように放たれた拳は、しっかりと明士郎の腹部に埋まった。持っていたはずの弁当はいつの間にやら下におろしてある。
 不意をつかれたとはいえ、明士郎ほどの猛者ならばアゲハの拳など容易に受け止められるだろう。だがあえてそうしないのは、その拳こそが彼女の愛の証であるからに他ならない。
(このキレのよさ‥‥機嫌はいいようだ。紅葉は気に入ってもらえたのだな)
「ねーねー、おなかすいちゃった。お弁当食べよー?」
「あ、ああ、そうだな‥‥」
 先に惚れた弱みであろう。げほげほと咳き込みながらも、明士郎はアゲハの為に茣蓙を敷く。そして彼女のほうもそれを普通に受け入れる。
「ありがとっ♪ じゃあ座ろうか」
 勿論、感謝の気持ちを伝える事も忘れないが。

「はい、あ〜ん♪」
「あ〜ん♪ ‥‥うん、美味しいよ、アゲハ」
 箸で一口ぶんほどの量の惣菜をとり、慣れた手つきで相手の口に運ぶ。基本的にはアゲハから明士郎に対しての行為であるが、子供達を知人に預けての久方ぶりのでぇとの為か、いつも以上にでれでれとした明士郎からも、「あ〜ん♪」がアゲハに届けられる。
「んん‥‥ほんとだ、我ながらいい出来」
 随分上達したものね、と彼女は一人でこくこく頷いているのだが――そういった何気ない所作のひとつひとつが、明士郎にはどれだけ可愛らしく見えているというのか。彼の鼻の下は伸びっぱなしである。
 江戸に出てきて初めての酒場にて、可憐な舞姿で周囲の視線を惹きつけていたアゲハをひと目見たその時から、全く変わっていないかもしれない。
「それにしても、季節を一緒に味わうって素敵な事だよね。結婚する前にもお花見や蛍見物したけど、そのたびに明士郎さんを近くに感じる気がするよ」
 茶に口をつける合間に上向いてみると木漏れ日が降り注いできて、アゲハは思わず目を細めた。
「わかるよ。同じ時を共有して同じものを感じる事で、二人の距離がどんどん縮まるのだろうね」
 明士郎は躊躇なく、彼女の前方に手をかざしてやる。影が作られて、彼女の感じた眩しさはやわらいだ。
「その割には、出逢ってたったの一週間なんていう超速度で告白してきたよねー」
「うっ‥‥」
 振り向いた彼女の表情はまるで悪戯小僧のよう。
 電撃告白の記憶は、お互いにとても色濃く残っているのだ。アゲハの中にはとにもかくにも電撃加減により、そして明士郎の中には秘めきれなくなった想いの爆発として、刻まれている。
「あはは、わかってるって。それだけボクへの想いが強かったんでしょ?」
 なぁんちゃって、とアゲハは続けて言おうとした。が、できなかった。小首を傾げる彼女に対し、明士郎がとても柔らかい微笑を浮かべていて、なんだか恥ずかしくなってしまったからだ。
「えー‥‥っと」
「ん?」
「そんな顔されると照れる!」
「照れて赤くなっているアゲハも可愛いよ」
 夫婦間の力関係としては、基本的にアゲハのほうが上の、いわゆるカカア天下なのだが。こういう時はどうしたって明士郎のほうが優勢になる。朱どころか紅にまで届きそうな色に染まった妻の頬に手指を添えて、逃げられないように上向かせた状態で固定する。
「‥‥まあ正直なところ、本当にびっくりしたし、『なんでボク?』って思いもしたけど‥‥明士郎さんのそんなまっすぐさに惹かれたんだもん。今もすっごく幸せで、なんていうか‥‥こういうのを、充足感って言うのかな」
「自分もそうだ。アゲハの笑顔を見て、子供たちの寝顔を見て、あの時の誓いを‥‥良き夫、良き父になろうという誓いを、何度でも心の中で繰り返しているよ」
「そうなの? ああでも、そういうのって、明士郎さんらしい」
 風が吹いた。落ち葉が巻き上げられて、カサカサカサッと耳をくすぐる音楽を鳴らす。小さな竜巻の様相を呈するそんな落ち葉達の横で、瞼を閉じた二人の唇がぴったりと重なっていた。
 あ、とアゲハが何かに気づいたのは、弁当もそろそろ空になるという頃合だった。
「どうした?」
「‥‥胸が張ってきた。あの子達もおなかすかせてるかも」
 離乳食を始めているとはいえ、子供たちが最も希望する食事はまだ母乳だった。
 母親というものは想像していた以上に大変な仕事であったけれど、美味しそうに吸い付く子供達を眺めていたら、どんな疲れも吹き飛んでしまう。産む前、あんなにも大きくて重い不安を抱えていたのが、夢であったかのように思えるほど。
 完全な乳離れはまだもう少し先になるだろうが、そうなったら自分は寂しさを覚えるのだろうか。
「かもしれない。けれど、それが子供が成長したという事で、親の役目なのだと思うよ」
 アゲハの言葉にそう答えた明士郎もどこか寂しそうなのは、いつか来る巣立ちの時を想像しての事なのか。
「ではもう少ししたら帰ろうか。段々と冷えてきたようだし」
 さりげなく着ていた上着を脱ぎ、アゲハの肩にかける明士郎。だがアゲハはそれをつまんでやや考えた後、もそもそと動いた。移動先は明士郎の膝の上だ。
「ほら、これもう一回自分の肩にかけて。で、ボクごと包んでくれればいいよ」
 いつも以上にぶっきらぼうな言葉はやはり照れ隠しらしい。明士郎からは彼女の表情が確認できないが、ちょんと出ている耳は、先ほどの彼女の頬のように色づいている。
「ちょっとだけ。あともうちょっとだけ、このまま」
 子供達の事が気にならないわけではないが、今この場を離れがたいのも事実。
 そしてそれについては明士郎も同様だったようだ。言われたとおり包み込むようにして、アゲハを背中から抱きしめた。
「了解しました、お姫様」
 彼女の耳元で囁くのは、落ち着いた、深みのある声。
 きゅぅっと胸の締め付けられる感覚に心震えたアゲハが軽く手を握ると、その過程で指に一枚の紅葉の柄が絡まった。風に押されて茣蓙の上まで来たのだろう。
 綺麗な、淡い、それでいてしっかりと色づいている紅葉。今日の記念に、子供達への土産に、持って帰ろうと決めた。




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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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