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【フェリクス・フォーレの日記〜収穫祭の月、某日〜】
■紡木■

<イヴェット・オッフェンバーク/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>
<フェリクス・フォーレ/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>

  収穫祭の月 某日
 本日は、久方振りの休暇である。
 昨年から世情騒がしく、現在とて予断は許され無いが、最近は敵も目立った動きを見せない。嵐の前の静けさかも知れないが、折角の収穫祭。人々の心の休息の為にも、暫くは何も起こらないことを願うばかりだ。私自身は、数日後に遠方への視察が予定されている。その前最後の休暇であるので、予定もないし、自宅で休養しようと考えていた。
「ごきげんよう、フェリクス卿」
 そこへ訪ねて来た、ブランシュ騎士団橙分隊長、イヴェット・オッフェンバーグ殿。同僚ではあるものの、分隊長の任期を鑑みると、私の先輩に当たる。
「部下に、ジャパンで食い倒れツアーなるものを経験したと聞いた。様々な料理と酒を食べ歩いて交流を深める物らしい。折しも収穫祭であるし、最近分隊長になった貴方とじっくり交流を深める良い機会だと思って、お誘いに上がった」
 表には出なかったが、一応昨年から分隊長ではあった。よって、それを『最近』と言えるかは分からない。しかし、他の隊長達と交流する機会が無かった事は事実だ。親交を深める事に異存は無い。飲み歩きというのにも心惹かれた。しかし、その『部下』という言葉が少々気になった。それは、妙な方向にジャパン被れした、副隊長殿の事ではなかろうか? と。
「お互い忙しいから、回るのはパリ内にしよう。では今日一日『クイダオレ』経験だ。楽しく過ごすとしようか。フェリクス卿」
 そう言って、にっこり微笑み、その後に、ふと考える表情になって、
「‥‥いや、今日はフェリクスでいいかな」
 と言った。私に異存は無い。こちらもイヴェットと呼ばせて貰う事にした。イヴェット、と最初に呼びかけた時、彼女の眉が跳ね上がったように見えたが、条件反射だろうか。普段は、上司等一部を除いて、男に呼び捨てを許さないのだ。今回は、自身がフェリクスと呼ぶ以上我慢する、といった所だろう。

 まずは、シャンゼリゼで一杯。私は、ワイン。イヴェットは、チキンとニョッキとゼリー。始からこれでは、と思ったが、彼女の胃袋に関しては心配するだけ損なので、何も言わなかった。
「次に行く店だが、知っている場所を教えてくれないか?」
 上品な仕草にそぐわない速さで皿を空けつつ、イヴェットが言った。私は基本的にパリにはあまり寄り付かず、方々へ旅に出ている事が多かったので、パリの飲食店に関してあまり明るくは無い。だから、イヴェットの方が詳しいでしょう、と言った。
「む‥‥そうか。そうだな、例えば、蜂蜜が何とかとか‥‥」

 『蜂蜜亭』は、普通の酒場だった。夕方にもならない時分に行った為、閑散としていた。料理も酒もそれなりで、値段にしては満足できた。常連のつきやすそうな店だ。イヴェットは、
「良い店だ」
 と言っていた。料理の事もあろうが、ここの給仕(十人程度)は、全て若い女性。客が少なかったせいだろうか、立ち代りやってきて、何かと世話を焼いてくれた。その事に大変満足したらしい。私は、どうにも見張られているような、常に視線が注がれているような気配がして、落ち着かなかったのだけれど。しかし去り際に、今度是非お友達とご一緒にいらしてください。おまけしますから! ‥と言われた。こう言われては、何となくそれきりにはし難いものだ。今度、副隊長か、灰分隊長辺りを誘うことにしよう。
「さて、次はどうしようか。そういえば、ヤギがどう、とか‥‥」

 その店は、ヤギの店だった。店名は掲げられておらず、看板にはヤギの絵。中では、まるごとやぎさんを着込んだドワーフが給仕をしていた。小柄な彼らが動き回る様子はなかなか愛らしく、店の盛況ぶりにも納得できる。しばらく滞在していると、宣伝に出ていたらしい一団が戻ってきた。彼女らの衣装はヤギ以外、うさぎ、きたりす‥‥ほえーるまで様々だ。
「この店の料理もなかなかだ。そして、集客方法も素晴らしい」
 イヴェットは、陸に上がって右往左往しているほえーる(女性)や、それを慰めるハトさん(女性)や、舞台から落ちそうになったメリーさん(子供)に熱い視線を注ぎ、何と愛くるしい、と呟いていた。
「‥‥ん、次か? そうだな、最近出来た、薔薇の店とやらに行ってみるか」

「おや、フェリクスの仲間がたくさんいるぞ」
 『気高き薔薇組パリ亭』前にて、第一声。流石に、彼ら‥‥彼女ら? を『仲間』とされるのは‥‥遠慮申し上げたいと思った。筋骨隆々たるジャイアントが、派手な化粧を施し、煌びやかな薄い衣装を身につけ、甲高い声を上げているのだ。
「男が女性の格好をしているではないか」
 私は女装をしたことがある。しかし、それは変装の手段であり、『極力目立たない』『素顔がばれない』ことを目して行ったのであって、このように五百歩離れても見間違えないような格好は論外なのである。それに、あれは、背中を曲げ続けたり、布を何枚も重ねたり、結構な苦労が伴うのだ。思いのままに振舞う人々と一緒にされるのは、少々心外だ。そう告げた。
「そうなのか?」
 しかし、理解を得る事は難しいようだった。パーティーの度に騎士の正装でご婦人の手を取り、男性パートを踊り続けて平気な顔をしている彼女には、伝わり難い感覚だろう。
 店内を覗き込んでいると、店員に声を掛けられた。肩に置かれた手が、とにかく大きい。そして、‥一見中肉中背だけどお兄さんかなり鍛えてる・わ・ね‥と言われた。一目で見抜くとはなかなか、と感心していたら‥そういう人、大好物・よ♪ ‥と流し目を‥‥。悪寒が走ったので、隣で店内を見回していたイヴェットにかこつけて、連れがいるので、失礼‥と告げて、場を離れた。この店は、女人(本物)は禁制らしい。
「女が入れないとは知らなかったな。次は、蝶がなんとか、とか‥‥」

 足を踏み入れた途端、‥おかえりなさいませ、ご主人様‥と言われ、面食らった。『華麗なる蝶パリ亭』。ここを私の家とした覚えは無いのだが。声を掛けてきた女性は、馴れた仕草で私とイヴェットをそれぞれ案内した。店内は、上品な調度で統一されており、酒場とは思えない落ち着いた雰囲気が漂っている。給仕達もよく訓練されており、そのまま貴族の屋敷で雇えそうな者も見られた。どうやら、客を『貴族の主人』として扱うという趣向らしい、と思い当たった頃には、私の前には、きちんとした食事と、酒、そして妙に裾丈の短いお仕着せを着た女性が用意されていた。‥ご主人様は、始めてのご来店ですのに、自然なお振舞いでいらっしゃいますね。生まれ持った気品がおありです‥だそうだ。一応貴族の端くれであるので、自然に振舞えなければ問題なのだが、そんな事を口に出すのも野暮だろうと思い、大人しくゴブレットを傾けた。酒の質も良好だった。
「ずるいぞ」
 自宅にいるような心持で寛いでいた私の前に、眉を顰めたイヴェットが現れた。彼女と私は、店内の別の場所に案内されていたのだ。
「何故、私の所にはもやし男しか来ないのに、フェリクスは愛らしい女性に世話を焼かれているのだ」
 それは、そういう趣向の酒場だからなのだが、イヴェットにそれを説明するのも、イヴェットの性向を店に説明するのも煩わしかったので、一緒に食事をしたい、という理由で、イヴェットと私の卓を同じにして貰った。女性の給仕を侍らせた彼女は、実に満足げだった。
「あなたの脚は大変美しいな。しかし、それでは風邪をひくのではないか? 大丈夫、足を隠したくらいで、あなたの輝くような魅力は全く衰えないとも」
 私ではなく、イヴェット(素面)の台詞だ。
「それにしても、フェリクスは飲みすぎではないか? この店だけで、もう5杯目だろう。さっきの店でも‥‥。飲んでばかりでは、酔いの回りが速いぞ。少しは食べた方が良い」
 そうは言われても、目の前で三人分のコースが着々と消費されているのを目の当たりにしていると、食欲も衰えるというものだ。それに、今年のワインの出来は中々好み。収穫祭の時期に楽しまないのは、勿体無い。

「さて、次はどうしようか」
 既に相当数を回っていた。
「酒場はハシゴが基本だぞ‥‥あぁ、ハシゴというのは、穴を降りる為の道具ではなくて‥‥」
 知っている。店をたくさん回る事だ。
「知っていたか。意外と物知りなんだな、フェリクスは」
 誉められている気がしないのは何故だろう。そう考えている間にも、イヴェットは周囲を見回しながら、さくさくと通りを進んでいった。
「屋台巡りも良いな。‥‥あぁ、ひとつ唄ってもらおうか」
 そして、吟遊詩人(女性)に声を掛けていた。彼女はレスローシェという街で流行っているという恋の歌を歌った。イヴェットは真面目な顔で拍手を送ると、礼に、と屋台で購入したばかりの肉料理(三人前)を差し出した。
「え、いらない? ‥‥じゃあフェリクスが食べるか?」
 丁重にお断りすると、イヴェットは不思議そうな顔をして、再び歌い始めた吟遊詩人を眺めつつ、それらを綺麗に平らげた。吟遊詩人は、‥『ノルマン演芸ダンサーズ』を宜しく。是非広場まで〜‥と言い残して、雑踏の中へ去っていった。収穫祭の時期だけあって、通りに屋台が立ち並び、踊り子や歌い手は辻という辻に立ち、賑やかだ。
「おや、これはさっきの‥‥」
 衣料を扱っている露天商の前で、イヴェットが立ち止まった。
「ヤギの店で、使われていた物だ。暖かそうだが、動き難そうだな」
 店主と、言葉を交わす。
「まるごと、というのか。じゃあ、一度着てみるか。そうだな‥‥これにするか」
 潔くマントを脱いで、まるごとに腕を通した。
「どうだろう? 悪くないなら買っても良いんだが」
 まるごとすのーまん、というらしい。収穫祭で売るのは、早いような気もしたが、聖夜祭を見越しての商売だろうか。悪くは、無いと思ったので、そう告げた。事実、なかなか可愛らしかった。 「そうか。それでは、貴方は何を着る?」
 遠慮申し上げたら、
「私ばかり着ても楽しくないだろう」
 と言われた。至極真面目に。
「貴方には、何を買おうかな」
 ごそごと探し回った挙句、
「これにしよう。身に着けて体当たりしたら、強力そうだ」
 と、私の返事も待たずに会計を済ませてしまった。それにしても、すのーまんが、はりねずみを抱えている図は、かなり奇抜であった。図らずも私の物(という事になるのだろう‥‥)の代金を支払わせてしまった。後から返しても、受け取ってもらえないだろう。
「なんだ、結局フェリクスも買ったのか」
 だから、私もひとつ購入することにした。

「さて、夜もすっかり更けてしまったな」
 何本目か(数えるのも難しい)の串焼きを平らげてから、イヴェットが月を見上げた。彼女は料理を、私は飲み物を、それぞれ屋台で購入し、楽しんでいた。そして広場の賑わいを眺めているうちに、随分と時間が経っていたらしい。この時期は、夜が更けても町は賑やかである。しかし、お互いに明日の仕事がある身であるから、今日はお開きということになった。
「『クイダオレツアー』とはなかなか良いものだ。フェリクスは『ノミダオレ』だったようだが。私がその量を飲んだら、文字通り倒れているぞ」
 それは、私も同じ事だ。もし、彼女の健啖家(という程度では無いが)振りを知らぬ者が付き合ったりしたら、間違いなく倒れる。 「また、機会があったら一緒に楽しもう」
 にっこり、笑顔を浮べた。今日一日、驚きも多かったが、楽しかったのは事実であるので、そうですね、と答えた。そして、このようなツアーを紹介してくれた部下殿に、と、先程購入したまるごとを渡した。是非、彼にこれを着て街を歩いて欲しい、と付け加えて。
「部下に対するお気遣い、感謝する。‥‥きっと、大喜びで着るだろうな」
 上司の言う通りか、それとも、真っ当な感覚で拒否するのか、気になる所だ。まるごとたいぶつ。ジャパン人が信仰するというそれに、彼はどのような反応を示すだろうか。

 徒然と書いているうちに、随分長くなってしまった。流石に飲みすぎだろうか。私は酒が入ると、口とペンとが多少滑りやすくなるらしい。ともあれ、一日見て回った街の様子は、どこもかしこも賑やかで、皆楽しそうであった。収穫祭。人々に、大地に、全てに感謝を捧げる祭。ならば、私は人々が笑顔であれる事に感謝を捧げよう。そして、それを全力で守る事を改めて誓う。それこそが私達の使命なのだから。

 最後に、そのような町に連れ出してくれたイヴェット殿にも、感謝を。

〈終〉


●マスターより
 いつもお世話になっております、紡木です。
 今回は、イヴェットさんを書く、という事だったのですが、私が彼女を書こうとするとどうにも上手く行かず‥‥色々と考えた後、フェリクスの目から見たイヴェット、という形を採らせて頂きました。楽しんで頂けたら幸いです。  この度はご発注を頂きまして、誠にありがとうございました。





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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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