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【In drowsiness】
■風華弓弦■

<相沢 セナ/Beast's Night Online(fa2478)>
<セシル・ファーレ/Beast's Night Online(fa3728)>

 部屋の中をあっちからこっち、こっちからそっちへと横断して、セシル・ファーレはガスの元栓や窓の戸締りなどを確認する。
 一人で住むには少し広い3LDKの高級マンションは、彼女の兄が日本に滞在していた際に使っていた部屋だ。『GANG』の一員として日本での活動が多くなってきたのを機に、セシルはここへ引っ越した。
 でも今は、しばしの留守に備えて部屋をチェックしている。
 全ての確認を終えたセシルは、小ぶりなトランクの持ち手に手をかけて。
「いってきます」
 無人の部屋に声をかけてから、玄関の扉を閉め、施錠する。それからエレベータで地下へ降りてオートロックの扉を抜け、駐車場で待機していたタクシーの後部座席へ身を滑り込ませた。
 今日から数日は久しぶりのオフで、それを利用してドイツへ帰郷する。
 だから、今は‥‥いってきます。
 遠ざかる、既に見慣れた風景を、セシルは車の窓から眺めた。

   ○

 大きな窓ごしに、晩秋の穏やかな陽光が部屋へと差し込む。
 暖かな陽だまりに置かれた椅子で、相沢 セナは瞼を閉じていた。
 耳を澄ませばピアノの音と、愛すべき歌声が蘇る。
 部屋の真ん中に置かれた、一台の白いグランドピアノの前に『彼女』は座っていた。
 規則正しく並んだ白鍵と黒鍵を、白く細い指で操りながら、彼のために歌う。
 そんな‥‥束の間の淡い白昼夢を、無粋な電子音が引き裂いた。
 ポケットから携帯電話を取り出し、表示されている番号に首を傾げる。心当たりがない番号ながらも、彼は不機嫌さを微塵も出さず、通話ボタンを押した。

 扉を少し開けて部屋の中を窺っていたセシルは、白いピアノの向こう側にいる兄へ声をかけられず、ためらっていた。兄と、亡くなった兄の恋人との思い出が、このピアノ室には詰まっているからだ。
 どうしようかと迷っていたところ、静かな部屋に携帯の着信音が響いた。携帯を取り出した兄は電話の向こうの相手と短い話をし、通話を切る。その仕草を見たセシルは、思い切って声をかけた。
「あの‥‥」
「ああ、おかえりルイーゼ。どうした?」
 彼女の本名を呼ぶ兄へ、セシルは母親から言付かった伝言を伝える。
「今からみんなで里帰り、するって」
 僅かに思案する沈黙が、部屋に降りた。しかしセナは何も言わずに椅子から立ち上がり、妹と二人で準備に向かう。
 だが一瞬浮かべた表情で、兄が今一つ話に乗り気ではないことが、セシルにはすぐ判った。
 ‥‥そのせいだろうか。
 母親の実家へ到着したセナは、誰にも何も言わず、リュートを片手にふらりと外出した。
 そんな彼の姿を見かけたセシルが、気になって後をつけたものの、程なく兄の姿を見失い。
 人込みの中で、セシルはただ途方に暮れた――。

   ○

 そんな妹の『災難』も露知らず、一人でセナは観光街道を渡り、スイスとオーストリアの国境に広がるボーデン湖に浮かぶマイナウ島まで、足を運んでいた。多くの熱帯植物が植えられた温暖な島は全体が庭園公園となっており、別名『花の島』とも呼ばれる。美しい紅葉の下を抜けたセナは、人々が足を運ぶ伯爵家の城ではなく、聖マリエン教会へと向かった。
 バロック様式の小さな教会では、一人の老人が彼を待っていた。
「連絡、ありがとうございます」
 セナが会釈すると、老人は気にするなという風に身振りで示す。
「頼まれた事だからの。ほら、これがあんたへの預かり物だ」
「ありがとうございます」
 老人は小さな紙袋を差し出し、礼と共にセナはそれを受け取った。

 老人と別れたセナは、西に傾いた日の光が照らす教会の椅子に座り、袋から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出す。
 ――かつて、セナは恋人とこのマイナウ島を訪れた事があった。様々な花が咲き誇る島を二人で歩き、いろいろな話をした事を覚えている。その際、『彼女』は先ほどの老人へ、彼への『預け物』を頼んだらしい。どうして全くの赤の他人へ彼宛の物を託したのか、何故そんな回りくどい事をしなければならなかったのか、今となっては彼には判らないが‥‥。
 丁寧に包装紙を外して箱を開けば、中からジュエリーケースが現れた。蓋を開くと、白い台座の上にサイズの違う二つの指輪が並んでいて、夕暮れの光を反射している。
 それを目にしたセナの脳裏で、不意に島を訪れた時の恋人の言葉が蘇った。

 ――私はこう‥‥花が咲き乱れる場所がいいと思うの。
    ずっと‥‥ずっと、花に包まれて。あなたと暮らせたなら――。

 ‥‥その日、結局セナは家族の待つ家へ戻らず。
 近くの街で、ホテルに泊まった。

 翌日、開園時間を待って彼は再びマイナウ島へ足を運んだ。
 まだ人の少ない庭園のベンチに腰掛け、持ってきたリュートを膝の上に置く。音が合っているかを確かめてから、静かに弦を弾く。
 時を忘れて、しばし音色を奏で。
 ふわりと、頬を撫でた風に顔を上げる。
 色付いた木立の間、額に特徴的な一本の角を頂いた歌姫が、彼へ微笑みかけた。
『彼女』の姿にセナは笑みを返し、再び演奏を続ける。
 木陰に佇んだ、帰らぬ恋人の幻のために。

   ○

 一晩『無断外泊』し、二日近くも『行方不明』になっていたセナは、母親の実家へ戻った途端、心配していたセシルからこっぴどく叱られた――。



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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