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【ずっとこのままの君でいて】
■桜紫苑■

<中松百合子/Beast's Night Online(fa2361)>
<蓮城久鷹/Beast's Night Online(fa2037)>

●嵐が去って
 台風一過。
 不意に浮かんだ言葉を噛み締めながら、連城久鷹は晴れ渡った空を見上げた。晩秋の空は高く、どこまでも澄んでいる。降り注ぐ太陽の光は優しく、冷たさを含んだ風は身を引き締めてくれるようだ。
「い〜天気だ」
 腕を思いっきり伸ばし、肺の隅々まで新鮮な空気で満たす。
「ヒサ君」
 耳に甘く、柔らかな声が彼の名を呼んだ。ゆっくりと振り返る。秋風に髪を揺らして佇むのは、想いが通じ合ったばかりの最愛の人。
「ユリ」
 手を差し伸べ、久鷹は笑んだ。かの人は静かに近づいてくる。そっと伸ばされた、少し冷たく細い指先が久鷹の手に触れた。そして。
 ぺちり。
 軽い音を立てて、手の甲を叩かれた。
「現実逃避しないのよ、ヒサ君」
 わざとらしく舌打ちして、久鷹は肩を竦めた。
「現実逃避したいんじゃないかと思ったんだよ、姉御が」
 悪戯っぽく覗き込んで来る久鷹の瞳に、ユリも微苦笑を返す。確かに、久鷹の言う通りだ。
「そうね、逃避出来るものならしたいわね」
 ええ、その通りですとも。
 大袈裟に嘆いてみせるのは、そこに久鷹しかいないと分かっているからだ。小さく笑って、久鷹もユリの甘えを受け止める。
「ま、仕方ないよな。仕事なんだし」
 ぽんと肩を叩き、久鷹は思わず目を逸らしてしまった惨状に視線を向けた。
 嵐が過ぎ去った後という表現がぴったりと当てはまる。チープでベタなセットをコンセプトにして作った大道具は無惨な形で引き倒され、赤と白の造花は踏みにじられている。そこで撮影を行っていたはずの若手アイドル達の姿はない。嵐に巻き込まれ、どこかへ流されたらしい。
「連れ攫われてたらどうしようかなあ」
「彼らは馬鹿じゃないわ。ここでは迷惑になると思って、それぞれにスタートしたんじゃないかしら。カメラは渡しているのよね?」
 ユリの言葉に、久鷹は頷いた。
 アイドル達にはグループに1台、ハンディカメラを渡してある。勿論、それは彼らのより自然な表情を撮る為のもので、メインの映像は久鷹のカメラで追いかける事になっていた。
「じゃあ、皆の自発的な記録に期待して、私達は私達で必要な絵を撮っておきましょう」
 後で編集すれば、どうとでもなる。
 頷き合って、2人はオリエンテーリングのコースへと足を踏み入れたのだった。 

●約束
「ねえ、ヒサ君」
「何ですかぁ、姉御」
 肩で息をしながら、ユリは久鷹が差し出した手を取った。
「オリエンテーリングって、こんなサバイバルな競技だったかしら」
 幼い頃、学校行事の一環でやった事があるが、遠足の延長のようにのんびりしたものだったはず。それとも、それは自分の記憶違いだろうか。
「さて。地域によって違うのかもしれないし。うちの地域じゃ、落とし穴があったり、上から槍が降ってきたり、巨大な岩が転がってきたりはなかったな」
「わ‥‥私の地域もよ」
 ズタボロになりながらも笑顔を向けてくるユリに、久鷹は軽く目を細めた。
 世の中、表面だけを綺麗に磨いている者は多い。全身を隙なくブランドで固め、汚れる仕事を嫌がる者達。大物芸能人のみならず、駆け出しの新人までもが「服が汚れる」「髪が乱れる」と文句をつけているのを、久鷹は何度も見てきた。
 スタイリストという仕事柄、煌びやかな服や小物に囲まれているユリは、自分にはブランドや値段ではなく、一番似合うものをチョイスする。ユリが身につけているのは、ユリ自身のこだわりによって選ばれた服や靴だ。
 なのに。
「ユリ、髪に葉っぱがついてる」
 彼女の緩やかに波打つ髪にしがみついている葉を取ると、久鷹はそのまま指を走らせた。
「ヒサ君?」
 柔らかな髪は絡まりあい、乱れ放題だ。それでも、ユリはいつものユリのまま。
「後で、髪を梳かしてやるよ」
「自分で出来るわよ?」
 自分の手から、髪を奪い返そうとするのを遮って、久鷹はそのままユリを引寄せた。
「ヒサ君!」
 抗議の声を聞きながら、久鷹はその形のよい耳に唇を近づける。
「‥‥今度、俺が服をプレゼントする」
 ユリの動きが止まった。
 振り返った瞳に、面白そうな、からかうような光が宿っている。
「ヒサ君が?」
「俺が。あ、でも選ぶのはユリがやってくれ。俺は女の服の事なんて、よく分からないし」
 小さく笑う気配がした。
 軽く久鷹の胸を押して離れると、ユリは服についた泥を払い、髪を撫でつけて整えて久鷹へと向き直った。
「じゃあ、お給料1ヶ月分ぐらいは覚悟しておいて貰わないとね」
「は? ちょっと待て。服だけだぞ」
「服だけよ」
 にっこりと笑うユリに降参と手を挙げる。うんざりといった雰囲気を醸しながらも、久鷹の頬は自然と緩んでいた。
「なあに? 何がおかしいの?」
「別に。それより約束だからな」
 見るからに上機嫌の久鷹に、ユリは訝しそうに首を傾げた。約束、は服を買う事だとしても、久鷹の上機嫌の理由が分からない。
「ヒサ君、言っておきますけど、服を買いに行くだけですからね?」
「分かっているが?」
 しばし見つめ合って、互いに首を傾げる。
 ユリには久鷹の機嫌の良さか、久鷹にはユリが何を案じているのかが分からない。
「もういいわ。とにかく、今はさっさとやる事をやってしまいましょう」
 このままでは埒があかないと、ユリは久鷹に背を向け、木の枝に吊されているパンチへと手を伸ばした。ぶら下がっているパンチを引き下げ、カードに押す事によって、そのコントロールを通過したと証明されるのだ。
 一連の作業を記録する為にカメラを構え、久鷹は息を呑んだ。
 パンチを引き下げた事で、必然的にそのロープの反対側が上がり、そして、その先にあったものは‥‥。
「ユリ!」
 カメラを投げ捨てて、久鷹はユリへと駆け寄った。

●君が君らしく
 カメラを持ったユリを背負い、久鷹は山道を下っていた。この先にあるゴールに、ばらばらになった仲間達が集まっているはずだ。無事に辿り着いていればの話だが。
「全く。俺達だから、この程度で済んだんだぞ。普通の人間だったら今頃は」
「ヒサ君、恥ずかしいから降ろして」
 何度めかのユリの抗議に、久鷹は長く息を吐き出した。
 最後のトラップで、ユリは足を捻挫してしまったのだが、頑なに自分で歩くと主張し続けているのだ。
「ユリ、背負われるのが恥ずかしいなら、お姫様抱っこにするか」
「‥‥‥‥このままでいいわ」
 それこそ冗談じゃないと、ユリは押し黙った。
「‥‥」
「‥‥‥‥」
 会話が途切れ、ただ久鷹が土を踏む音だけが響いていく。
 その状態に耐えられなかったのか、ユリは躊躇いがちに口を開いた。
「ヒサ君」
「ん?」
 背負われた状態では、久鷹の顔は見えない。だからこそ聞ける事もある。ユリはずっと気になっていた事を尋ねた。
「さっきの約束なんだけど」
「ああ」
 久鷹の様子に変化がないのを確認して、ユリは続けた。
「私の服を買いに行くのに、どうしてヒサ君、あんなに嬉しそうだったの?」
 久鷹の足が止まる。
「ユリ」
「な‥‥に?」
 肩ごしに振り返った久鷹の視線に、どきりと心臓が脈打つ。平静を装って、ユリは彼の返事を待った。
「俺が嬉しそうに見えた‥‥のなら、それはきっとユリがユリだからだろ」
「え?」
 分からないならいい、と久鷹は再び歩き出した。
 その晴れ晴れとした横顔に、ユリはただ首を傾げるしかなかった。



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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