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【暴走ラビリンス】
■神無月まりばな■

<セレスティ・カーニンガム/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1883)>
<シュライン・エマ/東京怪談 SECOND REVOLUTION(0086)>
<モーリス・ラジアル/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2318)>
<藍原・和馬/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1533)>
<直江・恭一郎/東京怪談 SECOND REVOLUTION(5228)>

前哨戦■今日も今日とて勇者は巻き込まれる

 かたや、全異世界に支店を持つ謎の旅行会社オリジナルツアー・マジックキングダム・カンパニー(略称OMC)。
 かたや、二頭身の黒やぎと白やぎをマスコットとする、ちょっぴり都会でかなり田舎な謎の街、寺根町。
 季節ごとに提携してはイベント企画を繰り出してくるOMCと寺根町の共通点は、どちらも謎が多すぎるということだ。
 何しろリンスター財閥総帥セレスティ・カーニンガムと、草間興信所が誇る有能調査員シュライン・エマが手分けして調べてさえ、現在までに判明しているのは、どうやらOMCの本社は北海道にあるらしいということだけなのである。
 ……恐るべし異界、北の大地。
 10月上旬。そんなOMCから、コンパクトサイズなのにやたら重い小包が異界宅配便にて届いた。
 宛名はそれぞれ【リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガム様】、【草間興信所気付、シュライン・エマ様】となっている。中身はなんと、この秋、寺根町にオープンした、巨大スポーツレクリエーション施設「寺根スポーツワールド」略称テラスポが無料で利用できる招待券であった。
 いや、招待券というだけなら珍しくもないので「なんと」とか気合い入れる筋合いもないのだが、その量が半端ではなかったのだ。なんと7000枚。
「つまりこれ、草間興信所に登録してる調査員全員に配れって言いたいのかしらね」
 自分宛に届いた小包をテーブルの上に置き、シュラインはため息をつく。
「お知り合いが7000人いると思われたのかも知れませんね。OMCから」
 ソファに腰掛けたセレスティは、招待券を1枚抜き取って細い指先に挟み、優雅にゆらめかせた。総帥がそうやっていると、草間興信所のあちこち破れかけたおんぼろソファーが、まるでヴィクトリア様式のアンティークヴィンテージレザーであるかのように見えてくるから不思議である。
 その隣ではモーリス・ラジアルが、持参したセレスティ宛ての小包を解いて、招待券の仕分けを進めていた。
「全部で14000枚ですか。100枚くらいは調査員の皆さんの『ご自由にお持ち下さい』用にして、あとは、お世話になっている異界の皆さんに差し上げるにしても、相当の枚数が余りますね。それに、書留で届いた例の分は――」
「あれは、私たちで使うことにしましょう。そろそろメンバーも揃う頃合いですし」
「わかりました」
 主従が意味深な目配せをし、頷き合ったとき。
「ちはー。お疲れっす。何か券が余ってるんスか?」
 タイミング良くというか悪くというか、調査依頼帰りの藍原和馬が顔を出した。
「……なんだテラスポか。この招待券、バイトでさんざん配ったなァ。でもそういや、自分の分もらってねェや」
 ご自由にお持ち下さいコーナーから、ひょいと3枚つまみ上げる。
「恭一郎も持ってけば?」
「私は特にいい。スポーツ施設は、ちょっと……」
 和馬と同じく、依頼をこなしたばかりの直江恭一郎は、レオタード姿の白やぎたんがプリントされた招待券をちらっと見るなり、慌てて目を逸らして鼻を押さえた。知らないものが見れば、「やぎたん萌え……?」と思ってしまう光景であるが、別に恭一郎は特殊なご趣味を有しているわけではなくて、単にスポーツ中の薄着の美女を連想してしまっただけである。
「そか。じゃ、俺たちはこれで」
「お先に失礼する」
 和馬と恭一郎は、挨拶もそこそこに草間興信所からダッシュ逃げしようとした。
 なにせ和馬の野生の勘が、なンかやべェ、セレスティさんと目ェ合わせないようにしないと、と、告げているし、同様に恭一郎も、青白いオーラのように不穏な罠がひたひたと近づいてくる気配を感じ取ったのである。
 しかし残念ながら、総帥様は見逃してはくださらなかった。
「ああ、おふたりとも。調査依頼が終わってお時間も空いたことですし、今、お暇でしょう?」
「へ? いや全然暇じゃないッス。ええと、バイトが……。そうそう師匠に店番頼まれてンですよ、もー忙しいのなんのって」
「私も、そ、そうそう、デパートの夜間警備の仕事が控えてて。これからすぐに向かわないと」
 びくびくしながら後ずさりするふたりに、セレスティは追い打ちをかける。
「そういうことでしたらご心配なく。和馬さんのお師匠様と恭一郎さんの警備会社には、私から連絡しておきますので。予備の人員の手配もさせていただきます」
 セレスティはステッキを持ち直して立ち上がる。モーリスが支えた。
「さあ。それではメンバーも揃ったことですし、そろそろ出発しましょうか? いいですね、モーリス」
「はい、セレスティ様」
「シュラインさんも、準備はよろしいですか」
「大丈夫。いつでも出かけられるわ」
「そういうわけなので、和馬さん、恭一郎さん、まいりましょう。もうすぐ、テラスポ直行の臨時やぎバスが裏の駐車場に到着しますから」
「は?」
「え?」
 和馬と恭一郎は、揃って口をあんぐり開けた。
「ちょ、どこでどうして何でそういうわけになるんすかァ!」
「メンバーって、何のこと……かな……?」
「小包とは別に、名前入りのプラチナ招待券が5名分、別途書留で届いていたのですよ。私とモーリス、シュラインさん、和馬さんと恭一郎さんの分が同封されていました」
「いやその、だからって」
「どうして私たちまでが」
「テラスポの地下には秘密の大迷宮がありましてね。広大なラビリンスを使用して、有志100組によるカーレースが行われるのですけれども」
「えとセレスティさん?」
「聞こえてますか、私たちのささやかな抵抗の声が」
「参加者はジープに乗り、ゴールへとひた走ります。優勝者には賞金100万エン――『円』ではないでしょうね、賞金として安すぎますから――と、テラスポ提供の豪華ディナーコース招待券がいただけるとのことです。が、食事や飲み物などは私が最上のものを用意いたしますので、賞金や賞品などはお気になさらず、楽しく参加なされば良いと思いますよ」
「迷宮でジープでカーレースぅ?」
「参加確定ですかそれ? 本人の知らない間に?」
「おふたりのために存在するような企画ですので、申込みは済ませておきました。そうですね? モーリス?」
「万事ぬかりなく。セレスティ様とシュラインさんと私は、特別鑑賞席で応援いたします。頑張ってください」
「あ……」
「う……」
 万が一の望みをかけて、和馬と恭一郎はすがるような涙目でシュラインを見たのだが。
「健闘を祈るわ」
 あっさり笑顔でスルーされた。
 
 かくして。
 口からエクトプラズムが出ちゃいそうな和馬と恭一郎は引きずられるようにやぎバスに押し込まれた。セレスティ・カーニンガム様ご一行は東京を離れて、一路寺根町を目指すこととなったのである。
 何かこんな光景、デジャヴ〜? とか思っても、突っ込まないのがお約束。

決戦■ダンジョンをジープで走れ

 連続ワープでもかましたような速さで、やぎバスは正面ゲートに到着した。
『熱烈歓迎! 寺根スポーツワールドへようこそ』とでかでかと書かれた横断幕の両端が、巨大白やぎ像と黒やぎ像によって持たれているのが見える。
 バスはスピードを落とすことなくゲート下を突っ切った。急カーブを描いて、大食堂の奧にあるVIP専用エレベーターにぎゅいぃぃんと滑り込む。
「したへまいりまーす」
 待ってましたとばかりに、エレベータガールの服を着た黒やぎが地下99階のボタンを押す。
 フリーフォールのような勢いでエレベーターは急降下する。もの凄い振動とともに、がたがたがったんと止まった先が、地下秘密迷宮カーレース会場であった。
「着いたわよ?」
 前のめりになった拍子に前席の背もたれに頭を打ちつけ、気を失いかけている和馬と恭一郎に、シュラインが声を掛ける。
「……帰りてェ」
「何かこう……ひととおりレースが終わった気分だ……」 「ちょっと揺れましたね。正面ゲートやエレベーターを使わずに、地下遺跡を利用した秘密通路を通ってここに来ることもできたのですが」
 セレスティが首を傾げ、モーリスが頷く。
「そうですね。ただ、遺跡はときどき落盤があったり、罠が仕掛けられていたり、モンスターが潜んでいたりすることがありますし、このルートで良かったのでは。セレスティ様やシュラインさんに危険が及んでは大変ですから」
 あーのー。俺たち私たちに及んでる危険はどうすればいいんでしょうか〜。
 和馬と恭一郎は、もう声も出ず、口をぱくぱくさせる。
「おや、おふたりはお腹が空かれているようですね。食事を用意しておりますので、レースに赴かれるまえに、心おきなく召し上がってください」
 セレスティは優美な仕草で特別鑑賞席の方向を指し示し、和馬と恭一郎、シュラインを先に降ろしてから、モーリスの手を借りてゆっくりとやぎバスを退出した。
 会場に足を踏み入れた一同を、びしっと黒服で決めた白やぎが出迎える。
「おまちしておりました。せれすてぃ・かーにんがむさま、しゅらいん・えまさま、もーりす・らじあるさま、あいはら・かずまさま、なおえ・きょういちろうさま。おせきまでごあんないいたしますので、こちらにどうぞ」

 リンスター財閥総帥の手配だけあって、特別鑑賞席に並べられたメニューは素晴らしかった。
 栗の冷製ポタージュ。タスマニア産オーシャントラウトと帆立貝のタルタル仕立て。北海道ビーツと茄子のソテー。うずらとフォアグラのフォンダン。オマール海老のフリカッセ。活蝦夷アワビのステーキ。栗のコニャック風味ブランマンジェ。
「おォ! さっすがセレスティさん。こうこなくっちゃ!」
「…………豪華だ………!」
 スープも前菜もメインディッシュもデザートも一気に乗せられたテーブルを見て、和馬も恭一郎も、ようやく元気を取り戻した。
「料理に合わせてワインも選んではあるのですが、おふたりはこれから車の運転をなさるので……。ソフトドリンクで許してくださいね?」
「いやもう水で十分っス」
「う、美味い!」
 喜び勇んで食べ始めたふたりを、セレスティは微笑んで見つめる。
 飴と鞭は適度に使いわけしませんとね、と呟いた声は、当然、どちらの耳にも届いていない。
 
 ++ ++ ++

「みなさんこんにちはー。あなたのあいどる、しろやぎですぅ」
「おまたせしましたー。あいどるはわたしのほうです。くろやぎです」
「なんですってー!」
「いいからしごとしごと。こほん、わたしたち『てらすぽむすめ』は、ただいまより、せれすてぃさまのために、かーれーすをぴんぽいんとでじっきょうさせていただきます」
「つまり、かずまさんときょういちろうさんのじーぷをちゅうしんに、れーすのどうこうをおつたえすることになります」
「さて、おふたりはさきほど、がくがくぶるぶるしながら、じーぷにのりこみました」
「むしゃぶるいでしょうか? ごかつやくがきたいされますね」
「ひゃっくみどうじに、いせきのひみつつうろからのしゅっぱつです」
「『わな』も『もんすたー』も『ぼうがい』もいっぱいですが、がんばってくださいねー」
「それでは、れでぃ、ごー!」

 ゴスロリメイド服を着込んだ白やぎと黒やぎが、司会者よろしく大きなマイクを持ち、レースに突入した和馬&恭一郎受難コンビの解説を始める。
 それが合図であるかのように、黒服な白やぎがしずしずと、テーブルにワインを運んできた。
「あら。『イル・パラッツォーネ』の『ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ』」
「シュラインさんのお口に合うとよろしいのですが」
「飲むのが勿体ないほどのヴィンテージワインね。私だけ、悪いみたい」
 この場合「悪い」と思っている相手は、決して受難コンビのほうではなく、貧乏暇無しの某怪奇探偵を指している。
「今は、浮き世のことは忘れて、迷宮のカーレースを楽しみましょう」
 白やぎからワインボトルを受け取ったモーリスが、それぞれのグラスに注いでいく。
 行き渡ったところで、セレスティがグラスを持ち上げた。
「それでは、乾杯しましょうか」
「何にかしら?」
「ロマンチックな冒険に旅立つ、ふたりの勇者に」
「そうね、勇気あるふたりに」
「魔物と罠と陰謀をくぐり抜け、表彰台に立つことを祈って」

 ――乾杯。

 ……とか何とか、特別鑑賞席は優雅なものだが、当事者の和馬と恭一郎はロマンチックどころの騒ぎではなかった。
「うぉぉぉーー! 出発したとたん、いきなり落盤かよォォーー」
「……! うまい。よぐよげられだな」
「喋らなくていい。揺れが激しいから舌噛むぞ」
「お、おい! あぞごにいるのモンズダーじゃ」
「やたら強そうなドラゴンが4匹か。ちっくしょう! やっと瓦礫の山を超えたと思ったら」
「呪符結界を使っで、捕縛じでおごう」
「頼む。戦って時間を取られるよりは、振り切ったほうがいい」
「……あれ?」
「どうした?」
「よぐ見だら人が乗っでだ。ドラゴン警備隊の連中が揃っで一休みしでだだげだっだ」
「紛らわしいぞコラァ! そんなところで休憩するなぁ〜〜〜!」
「もう結界張っでじまっだぞ」
「ほっとけ。あいつらが悪い」

「かずまさんときょういちろうさん、『いせきのひみつつうろこーす』をとっぷでつうかです!」
「でも、どんどんおいぬかれてます」
「ふたりのじーぷが、みんなのみちをひらいてしまったんですね」
「さあ、これからふたりは、『ごっかんのひょうじょうこーす』にとつにゅうします」
「はやいです! こおりのうえをはしるというより、すべってますが」
「ちょうこうそくですべりぬけて、ふたたびとっぷにかえりざきました」
「つぎは、『しゃくねつのようがんこーす』です。……ああっ、またも、どらごんです」
「こんどは、しょうしんしょうめいのもんすたーです」
「ひをふいてます」
「きょういちろうさんが、どらごんをほばくしました」
「そのすきに、かずまさんが、じーぷをたくみにすすめています」
「ぜつみょうのこんびねーしょんですね」
「もんくなしのとっぷで、ようがんこーすをつうか!」
「とうとう、『ほそいいっぽんばしこーす』にさしかかりました」
「うまくわたれば、ごーるへのちかみちです」
「ですが、じーぷがはしからおちれば、あらたに、『いのちがけのすいじょうこーす』へちょうせんしなければなりません」
「……あ、おちちゃった」
「……おちちゃいましたね」

 ++ ++ ++

「沈むっ! ジープごと沈むぅぅぅ!」
「くっ。わかった、すぐに捕縛を」
「ジープをか? 意味ねーぞ」
「……そうか」
「うわァあああーーー! 水がァァァ! もうたんま。降参! 勘弁!」
「助けてくださいーー! セレスティさーん! モーリスさーん! シュラインさーん!」

 ++ ++ ++

「水中をジープで爆走しながら、何か叫んでいらっしゃいますが……。ここからでは遠くて聞こえませんね」
「手を振ってるみたいですよ」
「余裕ねえ。振り返してあげましょう」
 特別鑑賞席の3人は、受難コンビにひらひらと手を振りながら、談笑を続ける。
 空になったグラスには新しいワインが注がれ、再び乾杯の音頭が取られた。

 ――はたして。
 和馬と恭一郎は見事優勝し、賞金100万エンを手にすることができるのか?
 っていうか、生きて戻ってこれるのか?
 それより『テラスポ娘』黙っちゃったけど、肝心なところをちゃんと実況してくれよ。

 謎が謎を呼びながら、カーレースは続く。
 勝負のゆくえは、誰も知らない。

 
 ――Fin.




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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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