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【Rojo】
■EEE■

<クレア・サーディル/アシュラファンタジーオンライン(ec0865)>
<ロザリー・ベルモンド/アシュラファンタジーオンライン(ec1019)>
<アヤカ・レイフォード/東京怪談 SECOND REVOLUTION(6087)>

 シャンデリアの影が、そこに立てられた蝋燭の動きにあわせてゆらゆらと揺れている。
 蝋燭の光といえばそれほど明るくないものだが、それはあくまで数が少ない場合のみ。十字を象るシャンデリアには数十本の蝋燭が立てられ、贅を尽くしたホール内を艶やかに彩っていた。
 その下には、やはり己の身を様々な衣装で彩った者たちが、あるものは会話を、あるものはダンスを楽しんでそれぞれの時間を過ごしていた。

 その中で一人、小さく溜息をつくものがいる。半ば壁の花と化している彼女は、少々憂鬱そうにその光景を瞳に映していた。
「…こういうところには、仕事抜きで来たいものですわね」
 呟きは人々の喧騒に消されていく。
「仕方がありませんよ。これも仕事です」
「分かっていますわ。分かっていますけど…」
 そして再びの溜息。それにつられて、彼女を彩る鮮やかな青が揺れる。
 そんな彼女の気持ちも少しは分かるのか、表情こそ変えないものの話しかけてきた女性がその隣に並ぶ。
 女性のそれは、隣の彼女とは違っていたってシンプルな純白のもの。その場には寧ろ不釣合いともいえる、露出の少ない清楚なロングドレス。プリンセスラインの隣人とはいかにも対照的で、しかしだからこそ二人はお互いを引き立たせているようにも思える。
「本当に来るのでしょうか…」
「来なければ来ないでいいじゃないですか。それに越したことはありません」
「全くですわ。それなら私たちもあの中に入れますものね」
「…私は、別に」
 純白の女性はそういう場をあまり好まないのか。しかしそんな彼女を見ながら、青の女性は小さく笑う。
「あら、気付いていませんの? 殿方の何人かはクレアさんをよく目で追っていますわよ」
「…冗談は困ります、ロザリーさん」
 そういって困ったように純白のクレア・サーディルは視線をそらす。実は照れているのかもしれない。
「仕事が終わったら、クレアさんを紹介しなければいけませんわね」
「紹介って、何処にですか」
「勿論殿方様方ですわ」
 思わず振り向いたクレアは、ロザリー・ベルモンドに満面の笑みが咲いているのを目にしてしまう。そして、多分逃げられないのだろうと察して肩を落とすのだった。





 それから暫く。また二人は離れて仕事を再開していた。
 彼女たちが受けた依頼は単純なもの。パーティに襲撃者が現れるので、その不届き者に対する警護と撃退を頼むというもの。
 一体何処から垂れ込みがあったのかは分からないが、兎も角そういうことらしい。まぁこのご時世、どのような者が居ても不思議ではない。ならば主催者がそちらに気を回すのも当然といえば当然なのかもしれない。
 勿論ギルドを通しての依頼である以上、警護についているものは彼女たちだけではない。ただ、うまく招待客に紛れているのか、その姿は見ただけでは確認できなかった。

「……少し失礼します」
 ふと何かを見つけ、しつこく声をかけてきていた貴族に軽く頭を下げてクレアは歩き始めた。
(今のは…)
 偶然目に入ったもの。それが随分と印象に残っている。そしてそれは、程なくして再び彼女の前に現れた。

 血のような真紅。どす黒くも艶やかに、見るものに鮮烈な印象を抱かせずにいられないその色。
 そしてそれに身を包むのは、まだ年端もいかぬ少女の体躯。だがしかし、それもまた見るものの視線を釘付けとするだけのものを持っていた。
(…見とれている場合じゃありませんね)
 軽く頭を振り、クレアは再び歩き出す。
 その少女に感じたものは、それだけではなかったから。

 それだけ目立つ存在であれば、当然ただそのまま空気になる、ということは出来ない。
 数多くの貴族たちが我先にと少女に声をかける。そしてそれは、益々クレアの違和感を膨れさせていく。

 どうにも彼女の動きが不自然なのだ。
 それは何も誰かを襲おうとして殺気だっているとかそういうことではなく。つまり応対が下手なのである。
 この場に招待されるのであれば、それ相応の立場であるはず。ならばそういった礼儀作法には少なからず精通しているはずなのだ。
 しかし彼女にはそれがない。その姿はそう…先ほどの隣人を思い浮かばせる。彼女は言葉遣いこそお嬢様そのものなのに、なぜか礼儀作法といったものはさっぱりなのだ。
 冒険者というのはえてしてそういうものである。そしてそれは即ち自分たちと同じということになる。
 だがしかし、彼女の姿などその場で見ていない。彼女ほど印象深い人物であれば、例え一度だけの対面でも必ず覚えているはずである。

 何処の馬の骨とも知れぬものをいれるほど、彼らの猜疑心は腐っていない。
 ならそこから導き出される答えは?



「…ッ!」
 その思考が、不意に途切れる。少女の姿がバルコニーへと消えていったのだ。
 一瞬とはいえ彼女から目を逸らしてしまったことを悔い、すぐにそれを振り切ってクレアは走る。

 バルコニーには夜風を当たるために出ている者がいるかと思われたが、そんなことはなかった。
 そこにはたった一人、その少女が立っている。その姿はあまりにも無防備で、何もないかのような錯覚を受ける。
 だがしかし、クレアは仕事を請けてここにきている。よって彼女に油断はない。
 少女はまだこちらに振り向かない。
「すいませ――」
 声をかけようとした一瞬、クレアは何が起こったのか分からなかった。

「ぁっ…」
 キリキリと、『何か』が音を立てて絞まる。
 見れば、クレアの腕が不自然に闇夜へと向けられていた。
 自分の意思とは全く違うそれが、痛みを伴ってクレアを締め上げる。
「これは…」
 何も見えない。しかし、そこには確かに何かがある。
 その矛盾、その恐怖。それは彼女の思考を乱すのに十分なものだった。

 クスっと。確かに聞こえた小さな笑い声。
 少女がクレアへと振り向く。そこには、妖しげな色を湛えた笑みが浮かんでいた。
「やはり、貴女が…」
 一瞬で理解する。彼女と自分の関係を。
 ならばやることなど一つと決まっている。それをやろうとクレアは、
「だぁめ」
 その口を塞がれていた。

 ほっそりとした指が自分の口を塞ぎ、そしてもう片方の手が自分の胸元へと伸びてくる。
 清楚なドレスの胸元が少し裂け、白磁の肌が冷たい空気に晒される。
 そこに当たる冷たい感触。それは少女の手ではなく、いつの間にか長く伸びた爪。
「……!!」
 クレアは、自分の胸に走った熱い感覚に身を捩じらせた。





「……?」
 ふと、何かの匂いと共に風がロザリーの髪を揺らす。
 誰も気付いてはいないが、バルコニーへと続く扉が開きっぱなしになっていた。その先から漂っている匂いに釣られ、ロザリーはその場を後にする。

「…これは」
 思わず息を呑む。人気のないバルコニーに広がっていたものがあまりにも鮮烈だったから。
「……まだ時間は経っていませんわね」
 それを手に取り確かめる。まだ乾いていないそれは、そのまま点々と広がりながら道を作ってある方向を目指している。
 月の光にもはっきりと分かる、血の続く道。それは確かに森の中へと続いていた。
 バルコニーはさほど高い位置にあるわけでもなく、簡単に降りることが出来る。恐らく犯人はここで誰かを襲った後、その人物をつれて森へと入っていったのだろう。
「…罠…」
 小さく声が漏れる。だがしかし、それは確かにロザリーを導くかのように続いているのだ。
 誰かが連れ去られたかは分からない。だがしかし、仲間であろうと招待客であろうと助け出さなければいけないのは事実。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「…………ぁ…」
 小さな声が、何も聞こえない森の中に響く。それと同時に、また小さく血飛沫が舞った。
「ふふっ…ねぇ、痛い?」
 少女は答えも聞かずにまたその爪を振るう。美しく彼女を彩っていた小さなそれは、もはや見る影もなく長く伸びて禍々しい姿となっていた。
 それが振るわれるたび、目の前の純白のドレスは柔肌と一緒に引き裂かれ、溢れ出す赤い雫がドレスを同じ色へと染めていく。
「ふふっ、いい色」
 余程赤が好きなのか、少女は満足気に笑みを浮かべる。

 既に一刻。クレアは目の前の少女に嬲られ続けていた。
 激痛を伴うそれは、しかし命を落とすほどの激しいものでもなく。それが殺すつもりではないということだけは理解できた。
 血を流しすぎたのだろうか、若干思考が白くなっていく。
 しかしそんな状態でも一つだけはっきりと分かっていることがあった。
(…私は、人質ですか)
 そう、人質なのだ。

 幾ら異常性癖の持ち主などであろうと、少し考えればあることに行き着く。
 あの場にあれだけ派手な血痕を残してきたのだ、すぐに誰かが追いかけてくるであろうということは。
 ならば、すぐにでも自分を殺して逃げるだろう。普通ならば。
 それをしないということは、彼女は待っているのだ。その後から追ってくるであろう者を。
 何のためにそんなことをする? クレアにはそれが分からない。
「簡単なことよ。でも教えてあげない」
 そんな疑問に答えるように、少女はまた爪を振り上げる。

(駄目…)
 クレアは、屹然と前を見据える。
(このままでは、きっと仲間たちに…ロザリーさんに迷惑がかかる)
 そこには強い意志が込められている。
(ならば私は、騎士としてその誓いを果たして死のう)
 何よりも誇り高い騎士の誓いが彼女の顔を動かし、
「駄目だって…そんなことさせない」
 そんな誓いすら踏み躙るように、少女の手がクレアの口を覆っていた。
 クレアの口に猿轡を噛ませ、少女はまた爪を振るい始めた。
「私、貴女みたいな人大嫌いなのよ。カッコつけちゃって、そんなもの糞の役にも立たないって言うのにね!」
 それは先ほどまでとは全然違う。手加減をなくした、明確な殺意を抱いたもの。
「だからね、それを踏み躙ってあげるの。徹底的に、滅茶苦茶にしてあげるの。
 だってただ殺しちゃ楽しくないじゃない?」
 クレアは見た。少女に今までにない昏い笑みが浮かんでいることを。
「だから、貴女が自分から命乞いして叫び声をあげて、そして殺してというまで殺してあげない。それまで徹底的に嬲ってあげる」

 絶望という色が、クレアの誓いを染め上げていく。
 今までに味わったことのない屈辱と痛み。自分の体と心を犯されていくという感触。

 抗えないかもしれない。
 今はまだ耐えられている。だがしかし、これはまだまだ続くとしたら?
 想像は、現実の痛みを持って現実味を帯びていく。
 これならいっそ自ら死を選んだほうがましだ。しかしそれは、腕を縛り上げる何かと猿轡に実行すらさせてもらえない。

 あげてしまいたかった。叫び声を、泣き声を。
 どうしようもないほどみっともなく。でもそうすれば、きっと彼女は満足するのだ。
 だがしかしそれは出来ない。それだけは出来ない。

「いい顔ね」
 不意に、細い指が頬を触れる。
「今、自分の中で色々な葛藤に苛まれているでしょう?
 そう、その顔がいいのよ」
 言い返すことも出来ない。そしてやはり理解する。

 この少女に、慈悲などというものはありはしないと。

 少しずつ少しずつ、絶望という名の夜が侵食していく。
 恐らくは、このままいけば出血と激痛から死ぬことも出来るだろう。
 だがしかし、それは何時? 何時になったらその救いがやってくる?
 ならばいっそ、
(それだけは…出来ない…)
 その思いを頭を振って打ち消す。
「素直になりなさいよ…ねぇ!」
 分かっている。そのどちらが先かなど、火を見るよりも明らかなのだ。

 きっと抗えない。そうクレアは理解していた。
 だからこそ彼女は、自らの死がただ早く来てくれることを祈るのだった。それすらも、恐らくは叶わぬと知りながら。
「そうよ、そして死になさい…蹂躙された惨めな姿で…!」
 少女は、アヤカ・レイフォードは感情の赴くままに彼女を踏み躙っていく。





「やめなさい!」
 彼女の精神が限界を迎えようとしていた頃、森の中に若い女性の声が響く。
 アヤカが手を止めて声のほうを見れば、闇夜にも鮮やかなアクアブルーが揺れていた。
「あら、お仲間?」
 その手に持っているものをみればその正体など知れるというもの。それにアヤカはまた小さく笑う。
「クレアさん…」
 声に反応する様子はない。真紅に染まった彼女は、もはや何処を見ているかも分からないほどに憔悴している。
「あら、駄目よ。近づいたら殺すわよ?」
 駆け出そうとした足が止まる。クレアの命は、確かにその少女に握られていた。

「そうそう、素直なのが一番よ。さぁどうしようかしら…?」
 優位は自分にある。そうアヤカは信じきっていた。
 事実としてそれはそうなのだが、彼女は少し勘違いもしていた。
 それは、
「じゃあ貴女も彼女の仲間入りしなさい」
 アヤカの右腕が振るわれる。何も持たないそれは、しかし『何か』を確かに放つ。
「……!」
 それはクレアを縛り上げ、自由を奪ったもの。クレアには全く見えなかったそれは、ロザリーには確かに見えている。蜘蛛の糸のように細く、それでいて強靭な何か。
 彼女の失敗。それは、クレアとロザリーを全く同じと見ていたこと。
 クレアには見えずとも、ロザリーには彼女にない優れた動体視力がある。そして、回避をほとんど知らぬクレアと違ってその身の翻し方もロザリーは知っている。
 その有無が全てを分けた。

「なっ!?」
 驚愕の声を上げたのはアヤカのほうだった。闇夜に紛れて青いドレスの女を縛り上げるはずだったそれが軽々と避けられていたから。
 先ほどの女とは違うその動きに、アヤカの動きが一瞬止まる。その隙がロザリーに貴重な時間を与えた。
「はぁ!!」
 ロザリーのレイピアが宙を切る。その鋭い一撃は真空の刃となって、優位であるはずの距離をもったアヤカの左肩を切り裂いた。
「何よそれ…!?」
 アヤカには理解できるはずもない。ソニックブームと呼ばれるそれは、我流である彼女にとっては見たこともないものなのだから。
 痛みにその場を飛びのけば、それまで縛っていた左腕のそれが切れたようにクレアの体が地面へと落ちる。
「クレアさん!」
 その彼女に、何かの小瓶が投げられた。鈍い光を放ちながら彼女の腕に落ちたそれを、クレアは一気に飲み干す。
「やって、くれましたね…」
 飲み干したことで、彼女の傷が塞がっていく。完全とはいえないが、それでも動くには十分すぎるほど体力の回復をもたらしてくれた。
「貴女が誰かは聞きません、この場で倒します…!」
 先ほどまで嬲られ続けたことに対する怒りか。クレアが邪魔なスカートを破けば、その下に隠されたナイフが空気に触れる。
 クレアが集中すれば、一瞬その体が淡い赤に包まれる。そしてそれがナイフへと収束されていった。
「覚悟して下さいませ」
 ロザリーが挟み込むようにアヤカへの距離を詰める。
「ちっ…」
 舌打ちが漏れる。ここにきて、状況は2対1と逆転していた。

 怒りがアヤカの中に満ちていく。全てうまくいっていたのに、あの青い女がきてから全てが狂ってしまった。
「ムカつく…!」
 それは、自分の左肩に満ちる痛みからか。それとも計画を破綻させたあの女に対してか。
 それとも、自分に対してか。

 そんな彼女に対して、二人はじりじりと距離を詰めていく。その様子に、今度こそ一切の油断はない。
 目の前の少女は見た目こそ手折りたくなるほど可憐だが、その中身が違うということはもう嫌というほど理解している。
 危険なのだ。ならば油断など出来るはずがない。

 小さく震えていた少女の体が、徐々に大きく揺れ始める。
「ふっ…はは…」
 そしてそれは、大きな笑い声に変わっていった。
「…何が、おかしいんですか」
 少女にとっては絶望的な状況であるはず。少なくとも、優位はこちらにあるのは確かだ。
 その状況に及んで、何故笑うのか。
「笑いたくもなるわよ、あんたたちの莫迦さ加減にはね」
 その顔には勝ち誇った笑みが浮かぶ。
「あんたたち莫迦? 護衛であるあんたたちがあそこを離れたら、誰だって襲いたい放題じゃない。
 今頃仲間たちが襲って別の宴が始まってるわよ」

「ふっ…」
 しかし、今度はロザリーが笑う。同様にクレアにも同じような色が浮かんだ。
「な、何笑ってんのよ…絶望的すぎて気でも触れたの!?」
 そこには愕然とした表情が浮かばなければいけないのだ。なのに何故目の前の女たちは笑うのか。
「失礼…あまりにお粗末すぎもので」
 その言葉は、今までにないほどアヤカを激昂させるに足るものだった。
「お、お粗末…!?」
「えぇ、お粗末ですね。貴女は本当に私たちだけがあそこの護衛だと思っているのですか?」
 しかし、今度は怒りではなく別のものがその熱を下げた。
 その言葉の意味。その真意を理解して。
「ギルドの仕事ですもの。わたくしたち二人だけなどということはありませんわ。
 気付きませんでしたでしょうけど、あの場に完全に溶け込むほどの技量を持った仲間たちがまだいるということですわ」
 それはつまりどういうことか。
 罠に嵌めたと思った自分は、真実その罠に自分から足を踏み込んでいたのではないか?
「つまり端から計画は破綻していたということです。私たち二人をどうにかしたところでそれは結局覆らない」

 再び体が震えた。
 先ほどよりもはるかに大きな怒りと屈辱。傷つけられるわけでもなくそれを思い知らされた少女は、髪を乱しながら頭を振る。
 殺意だけが膨れ上がる。行き場のない怒りが殺意へと変わっていく。
「殺してやる…あんたたち絶対殺してやる!!」
 しかし、完全な優位に立った女たちは揺るがない。一切の油断もなく言い放つ。
「この状況で命を落とすのは恐らく貴女だと思いますが」
「自分の状況を見落としてしまうほどですものね」

 何時も自分が見せていたはずの余裕を見せ付けられる。既にアヤカのプライドはボロボロとなっていた。
 だから、
「ふざけんじゃないわよ、何よ何なのよこれは!?
 許さない、絶対殺してやるわあんたたち、この屈辱だけは忘れない…!!」
 滅茶苦茶に頭を振って、アヤカはその手を振るう。
 ロザリーがそれを避ければ、それは大樹にかかりアヤカを引っ張った。
「今度会った時は絶対に殺してやるわ!!」
 それだけ言い残し、鮮やかな少女は闇夜の中へと消えていくのだった。





「負け惜しみだけは一人前ですわね…と、クレアさん大丈夫ですか?」
 それを見送ると、クレアはその場に膝を着く。
 肉体的なダメージは幾分か収まっているが、それでも先ほどまで味わっていた精神的な苦痛はそうそう治るものでもない。
「すいません…少し、大丈夫とは言い難い状態です…」
 少女を前にして、持ち前の気力で立っていたのか。それすら尽きたのか、クレアに何時もの屹然とした様子はない。
「来るのが遅くなってしまい申し訳ありません…お詫びというわけではありませんが、屋敷までは手伝いますわ」
 差し出される手。それを素直に受け取って、クレアは手を伸ばす。
「そうしてください。悪いと思っているなら、キエフに戻った後何か奢ってください」
「…あまり高すぎるものでないなら」
 思わず苦笑が漏れる。そんな彼女に、心底安心したのかクレアは遠慮なく体重を預けた。
「折角のドレスが台無しですね…」
「あぁ、なら替えのドレスがありますわ。奢りはそれ、ということで」
「それは遠慮します…」

 そうして二人は歩き出す。暫く歩けば、屋敷のほうから声が聞こえた。恐らくは自分たちの仲間の声だろう。
 それに安堵して、二人は一緒に笑いあった。そこにもう不安の色は一切ない。





「殺してやる、絶対に…!!」
 だがしかし、少女を染め上げたものは落ちていなかった。
 その腕を振るえば、何か温かいものが飛び散っていった。
 憤怒と憎悪が、夜を赤く染めていく――。





<END>



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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