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【なんでも屋、春のえんそく騒動記】
■神無月まりばな■

<桐月・アサト/東京怪談 SECOND REVOLUTION(6735)>
<ヴィルア・ラグーン/東京怪談 SECOND REVOLUTION(6777)>
<雪夜星・蝶鼓/東京怪談 SECOND REVOLUTION(6915)>
<姫川・皓/東京怪談 SECOND REVOLUTION(6262)>
<陸玖・翠/東京怪談 SECOND REVOLUTION(6118)>

ACT.1■ハンディカムを回す前に
 
 雑居ビルの屋上に位置し、ボロと風流が絶妙のバランスを保っているほったて小屋――それが、『なんでも屋』の事務所である。
 鷹揚かつお気楽な所長の桐月アサトは、草の根を分けて探って掘り進んだ結果何も見つからなくても、飄々とした態度を崩さないタイプの、ある意味、草間興信所の某所長よりも大物であった。
 彼の人柄を慕って、集まる人々は多い。
 なんでも屋に住み込んで、無給で事務を引き受けている雪夜星蝶鼓も、オールマイティにあらゆる『運び屋』をこなす、美青年にしか見えないヴィルア・ラグーンも、正義感の名を借りた好奇心とティッシュペーパー的軽さに溢れ、さんざんアサトにエセ弁護士と言われつつ、ふと気づけばそこらへんで女性を口説いている姫川皓も、面倒くさい、ああ面倒くさい、面倒くさいと韻を踏んで呟いておきながら、結局は友人の頼み事を引き受けてしまう陰陽師、陸玖翠も――みな、そんな仲間たちである。
 それは、新芽が息吹き、桜のつぼみがほころび始める季節のこと。
「よし、えんそくだ!」
 アサトの鶴の一声により、その計画は決定した。
 オリジナルツアー・マジックキングダム・カンパニー(略称OMC)という、全異世界に支店を持つ謎の旅行会社がある。そのOMCが、日本縦断お花見・食い倒れバスツアーを企画したのだ。
 テラヤギ公園に集合し、長距離観光仕様の貸し切りバスで移動。『通り抜け』で有名な桜並木で競歩ラリーをし、お好み焼きの新たな地平を開拓する『闇お好み焼き』を堪能。熱海で温泉に入ったあとは東京で『ラーメン行列』と『心霊夜桜見物』。一路、北の大地北海道へひた走り、ラストは花見でジンギスカンという、盛りだくさんな内容である。
 この機会にみんなでそれに参加し、所員とお得意様による『春のえんそく』を執り行おうという趣旨だった。
 一も二もなく賛成した蝶鼓が、緑の瞳を明るく輝かせる。
「じゃあ私、おむすびつくりますね」
「お弁当作ってくださるんですか! それじゃ蝶鼓さん、僕は梅干しおむすびをお願いします」
 すかさずそう言ってから、皓はアサトから手渡されたパンフレットを眺める。表紙には、二頭身の黒やぎ&白やぎが温泉に浸かって桜を見上げているイラストがあった。
「熱海の温泉って、混浴なんですね!」
 大変なことに気づいたという風に、皓が叫び、
「いいねえ、混浴」
 ふふっとヴィルアが笑った。温泉に入るときには、男の身体にならなければ、などと思いながら。
「第2お花見会場は、国営の霊園なんだね。夜桜も見に行きたいな」
 日程を確かめながら翠が言ったのを受け、
「……混浴って恥ずかしいですけど……。でも、温泉で暖まってから、浴衣で夜桜見物って、いいですね……」
 蝶鼓が呟いて、だいたいの押さえどころは決まったのだった。
 
 ++ ++ ++
 
 そして出発当日。
 5人は誰ひとり遅れることなく、8時30分にテラヤギ公園白やぎ像前に集合した。
 ハンディカムを回すのは夜桜見物のときからと決めていたアサトだったが、二頭身の白やぎが各班の点呼を取るさまが珍しく、つい、少しだけ撮影することにした。
「てんことりまーす。『なんでもや《はるのえんそく》』の、きづき・あさとさん?」
「はーい」
 少し手がブレて、白やぎの顔が大写しになる。
「おなじく、う゛ぃるあ・らぐーんさん?」
「はい」
「おなじく、ゆきよぼし・ちょこさん?」
「……はい」
 ヴィルアの端正な横顔と、正面からおっとりと微笑む蝶鼓が、並んで映り込む。
「おなじく、ひめかわ・こうさん?」
「はぁい。ところで、白やぎさんって可愛いね。女の子でしょ? 絶対そうだよね? 彼氏とかいる?」
「それはひみつです。おなじく、りく・みどりさん?」
「はいよ。……皓。飛ばしてるね、初っぱなから」
「そんなぁ、褒めないでくださいよ、翠お姉さま」
「わかっててボケてるんだと思うけど、褒めてない」
 白やぎ車掌を口説きにかかった正義(自称)の弁護士と、呆れ果てた陰陽師の顔もまた、同じ画面に映ったのだった。

ACT.2■混浴パニック?

 バスは軽快にひた走る。
 翠は、禁煙席に移動して煙管をふかし、懐から出した酒を友にしていた。一同の旅は、さしたるトラブルもなく順調に進んでいった。
 第1の花見会場の『通り抜け競歩ラリー』では、なんとか全員、おばちゃんに押し出されずにすんだ。
 大阪迷物(?)『闇お好み焼き』については……。なかなかハードな局面が展開されたのだが、まあ、どんな凶暴な食材であろうと、なんでも屋関係者の面々に逆らおうというのが間違っているのだ――とだけ、言っておこう。誰かが、ロシアンたこ焼きに当たったはずなのだが、それについては闇から闇に葬られた。
 そして、一路東京を目指したバスは、途中、熱海の温泉に立ち寄った。

「やっぱり混浴って……。恥ずかしいです、タオル巻いてても」
「広いから、離れてれば平気だよ。男同士、女同士固まってれば」
「そうですね……。あ、でもヴィルア様。そんな……近すぎます……」
「ほんとだ。近すぎですよ、ヴィルお姐さ、じゃなかったお兄様、もっとこちらの方へ移動なさっては? ……ところで今、どっちの姿(ひそっ)」
「黙れ、皓っ!」
「わあ……。陸玖様ってスタイルいいんですね」
「蝶鼓殿のように、女らしい体型じゃないですよ」
「ごふっ」
「きゃあ! アサトさん、大丈夫ですか?」
「……だい……じょうぶだ……。少し、のぼせただけ……」
「やだね所長。女性たちに悩殺されて、温泉で溺れるなんてしゃれになんな……おい!」
「アサト? しょうがないな、世話の焼ける。よいしょっと」

(※以上、旅行終了後に確認したところ、なぜか音声のみが記録されていた)

ACT.3■夜桜と肝試し

 怪談と言えば東京。東京と言えば怪談。というわけで、第2花見会場は、約26万平方メートルの面積を誇る国営墓地であった。桜の名所と心霊心霊スポットを兼ね備えた一粒で二度美味しい場所であり、だからこそOMCもツアーに組み込んだのであろう。
 春の夜空に輝くのは、上弦の三日月。
「蝶鼓サン。その浴衣似合うね」
「そんな……。ヴィルア様こそ」
「ああ、翠お姉さま。何という華麗なお姿!」
「簡素な浴衣を選んだんだ。あんまりオーバーなことを言うな」
 墓地での夜桜見物とあって、蝶鼓は男性に化したヴィルアが、翠は皓がエスコートしていた。幽霊系のかたがたと遭遇したとき、ナイトとしてレディを守るためである。
「……………いいなあ」
 ひとりあぶれてしまったアサトは、提灯片手に先を行き、がっくりと肩を落とす。
 満開の桜がこぼす花びらは、ときにちらりはらりと、ときに降りしきる雪のように、5人の前に薄紅の幕をつくった。
 提灯の淡い炎は、幻想的な光を放って前方を照らす。
 桜の幕が、切れた。
 とたん、提灯は大きな墓の影と、そのとなりにすうと立つ、白い着物を着た女の姿を浮かび上がらせた。
 美しいが、青白い顔の女だ。腰から下が――透けている。
「「「「「あ、出た」」」」」
 異口同音に、5人揃ってぼそりと言う。
 ――こんばんは。
「「「「「こんばんは」」」」」
 ――皆さん、仲が宜しいんですね。どちらから、いらしたんですか?
「「「「「東京から」」」」」
 ――偶然ですね。わたしもなんですよ。
「「「「「……あはは」」」」」
 どうやら、あまり害のない幽霊のようである。そうとわかったとたんに、さっそく皓が口説きにかかった。
「何て魅力的なひとだ。透きとおるような肌、はかない仕草、哀愁を帯びた瞳。まさしく、この世のものとは思えぬ美しさ」
 ――まあ、お上手。
「ここでお会いできたのも何かのご縁。夜桜を眺めながら、少しお話しませんか?」
 ――楽しいかたね。是非、わたしのお友達にも紹介したいわ。よかったら、向こうのしだれ桜の下に行きません?
「行きます行きます地の果てまでも!」
 皓はあっさりと幽霊のあとについていった。エスコート中の翠を置き去りにして。
「……失礼な」
「ナイトは移り気のようだ。翠は、俺がエスコートしよう」
 腰をかがめ、アサトは茶目っ気たっぷりに腕を差し伸べる。
「いいけど、提灯ちゃんと持てよ?」
「はいよ」

 ++ ++ ++

 歩を進めた5人は、知らず知らずのうちに、広大なこの墓地の最奧に到達していた。
 そして、その古い桜の木に遭遇したのだ。
 まったくそれは――なんという桜だったろう。
 天を隠さんといわんばかりの、紅雲のような花霞。
 あたりを覆うように張った枝と、太い幹のたくましさ。おそらく樹齢1000年以上は経ていると思われる。

 急に、風が強くなった。
 渦を巻いた桜吹雪が、ごう、と音を立てて5人を包む。

(よくも)
(よくも農民ごときが、恩賞欲しさに我の首級を)
(許さぬ)
(許さぬぞ)

 ――悪霊が、いた。
 妖しのものに好まれそうな、その巨樹の下に。
 
ACT.4■お祓いと宴会と

 おそらくは、落ち武者であろう。
 戦乱の世、敗者となった武士は、いつの日にか再起を願いながらも、身を隠しながら命からがら落ち延びて――
 そして、狩られたのだ。所持品や恩賞目当ての農民に。
 桜吹雪が、凄まじいほどに唸る。
「許さぬッ!」
 らしからぬ叫び声を上げたのは、アサトだった。
 禍々しい影が立ちのぼる。いつも鷹揚でお節介な『なんでも屋』所長の形相が、鬼のように変わっていた。
 アサトの背後にぼんやりと、二重写しに見えるのは、落とされた自分の首級を右手で抱えた鎧武者だ。
「アサトさん!」
 蝶鼓が青ざめ、大きく息を吸った。
「悪霊に乗り移られたんだ。七夜!」
(承知!)
 翠の式、黒色の猫又が、鋭い爪をきらめかせ、空間を切る仕草をした。鎧武者とアサトを分離させたのだ。
「ヴィルア。七夜は戦闘力ないからここまでだ。あと宜しく」
「そう言わずにご主人様は戦おうよ。舞台はまだ終わってないんだからさ。ま、手伝うけど?」
 浴衣のどこからどうやって取りだしたのかは永遠に秘密な2挺拳銃を、ヴィルアは鎧武者に、そして桜の木に向けた。
 拳銃が、火を噴く。
 鎧武者も、桜の木も、断末魔のさけびを上げ――やがて、静かになった。

 ++ ++ ++

 蝶鼓は、篳篥(ひちりき)を奏でる。
 悪霊になってしまった魂の、供養のために。
 桜は慟哭するように、はらはらと花を落とした。

 ++ ++ ++

「あれ? 今、何があったの? ずいぶん騒がしかったけど」
 1ダースほどの女幽霊を引き連れて、皓が合流した。
 なんとか自分を取り戻したアサトは、ようやくため息をつく余裕ができた。
 皓と、幽霊美女軍団を交互に見る。
「……落ち武者の霊に取り憑かれて大変だったんだ。見えなかったのか?」
「落ち武者? 男の幽霊だろ? そんな無駄なものが、俺の目に映るとでも?」
「ものすごく皓らしいね。私を置いていった罰だ、お酌するように」
「はいっ、翠お姉さまのためなら喜んで」

 かくして。
 桜の木の下で、賑やかな夜の宴会が始まった。
 蝶鼓がお弁当を広げ、飲みものを並べる。
 皓が連れてきた幽霊美女たちは、害があるわけではないし、いちいち祓うのも面倒くさいと翠が言い――

 なんでも屋の春のえんそくのクライマックスは、大勢の幽霊と一緒に、盛大な乾杯と相成ったのである。


 ――Fin.



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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