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 Side Midori
 〜はじまりはひとつ おわりはふたつ〜






         
         
   


Missing the eye 〜 失われた左目を取り戻せ! 〜



 3人の青年と1人の少年がゆっくりとその場に立ち上がる。
 一人は青髪。もう一人は白髪。最後の一人は黒髪の男だった。
 青髪の男と白髪の男は、まったく同じような表情――例えるなら不機嫌一杯とでも言おうか――で左目を押さえている。
 しかし黒髪の男はと言うと、表情の変化に乏しく、傍目から見ても動揺や、青と白の青年のように行き成り呼ばれてしまった事に対しての不機嫌も見て取れなった。
 あまりの動揺に感情がフリーズしてしまったのか、はたまたこういった状況に慣れているだけなのか。
 黒髪の男、伊達・剣人は、抑えていた左目から手を離し、白い背広の襟を正すようにすっと手を入れるとすっくと立ち上がって辺りを見回した。
「…………」
 青髪の男――ゼクス・エーレンベルクは、隣に居る白髪の男――ツヴァイレライ・ピースミリオンの顔が徐々に緩んでいくさまを見て、嘆息気味に目を細めた。
 そう、ツヴァイレライ・ピースミリオンというこの男。大の女の子好き。どうせ鏡に映った隻眼の女の容姿を思い出しているに違いない。
 確かに、助けてと口にした女の容姿は、半身が霞掛かってはいたものの、美しく神秘的な女だったと思う。
 少年はと言えば、片手で顔を抑えるようにして身体をかがめ、ぎりっという歯軋りだけが耳に届く。
 どうやらかなりご立腹らしい。
 ゼクスはすっくと立ち上がり、霧が立ち込め少々空気が薄いような気がするこの場所で、とりあえず目の前の大きな扉に向かって叫び始めた。
「何処の誰だか知らないが、勝手に呼びつけて助けろとは、図々しいにも程がある! まず名を名乗れ!!」
 ふんっと鼻から息を出すさまは、まさに赤を見つけた牛の如し。
「まぁいいじゃん。そんなに怒るなよ。彼女美人だったし」
 ゼクスが虚空に向かって啖呵を切ったさまを見て、ツヴァイがにやにや笑顔で宥める。しかし、そんなツヴァイの言葉に少年がばっと鬼の形相で顔を上げた。
「美人なら何やっても良いっていうの!?」
「ん?」
 声は高く、その顔つきも美少年然としているが……
「マリアート…サカか?」
「あ、あれ? ゼクスじゃない」
 そう、少年と思っていた1人は、ただ少年のような格好をした少女――マリアート・サカだったのだ。
 あんたもか。お前もか。などなどの言葉が混ぜ込まれた視線の中、状況説明全てがそこに集約される。
 まるで見詰め合うかのような二人に、ツヴァイがぐいっと割って入った。
「大丈夫。彼女も君も僕がちゃんと守ってあげるから」
 すっとナチュラルにリマの手を取って引き寄せるツヴァイに、後方から薄く影がかかる。
 ツヴァイはゆっくりと振り返った。
「ジーン!」
 どこか嬉しそうなリマの声とは裏腹に、ツヴァイは見方を変えれば怒っているようにも見えなくも無いような男を見て、軽く肩を竦め、ひょいっと両手をスタンダップ。
「…………」
 けれど、ジーンこと怜仁は、無言で二人を見下ろしていた。
 そう、青年は3人ではなく、4人いたのだ。ただ、ジーンの影が薄すぎて、最初のカウントからすっかり忘れさられていただけで。










「ふざけんじゃないわよー!!」
 リマの叫びが辺りに響き渡った。
「ふん。わざわざ宝珠を持って来るたぁ見上げた根性だ!」
 男の叫びが響いた後、宝珠を奪ったとされる兄弟の弟、回禄の術がそこかしこから飛び回り、一同はもう逃げるしかない。
 しかし、思い返せば、先制攻撃を受けてしまっているのも―――

『はい。このおさきに、あの兄弟がいるはず…』
 そう、どうやら最初のゼクスの叫びが聞いたのか、この場所へと呼んだらしい女――名をヒミコと言う――と声が繋がり、ここが崑崙という場所の頂であり、左目がこの世界に囚われてしまったらしいという事と、どんな因果か分からないが、その代わりに宝珠が左目に埋め込まれていることが分かった。
『宝珠が次元の隙間に落ちたのも、これも導き……』
 宝珠の力には宝珠でしか対抗できない。
 けれど、自分は最初の攻防で半身を失い為す術を失ってしまっていた。
 声だけではあったが、ヒミコは5人の登場にいたく感動しているようだった。
「ふん。さっさと終わらして帰るぞ」
 ゼクスにとって、食べ物がなさそうな場所に用は無い。
「ばっちり任せて。ヒミコちゃんのためにがんばるよ」
 ツヴァイの言葉からは、下心が見え隠れしている。
「そうだな。下は行き先が見えず、扉が一つならば扉を開け、その兄弟を倒す」
 その伊達の一言で、一同は扉を開け、崑崙の中へと入り、そして――――

「どりゃぁ!!」
 兄弟の兄、祝融の雄たけびの元先制攻撃を受け、先ほどのリマの叫びへと繋がる。
「敵の本拠地に真っ向から突っ込むんだし、これくらいは予想しとくべきだったなぁ」
 口元に引きつった笑みを浮かべてツヴァイは走り回り、ヒミコちゃーん助けてーなんて思っている。
 とりあえず、一通り攻撃されれば、今度はこちらが反撃する番だろう。
 リマは攻撃の合間を縫って、走り混む。
「直接手を下すまでも無いな」
 ツヴァイは見た目からして物理攻撃に弱そうな回禄を攻撃するため、祝融に視線を向ける。床を手当たり次第に壊している祝融の方が、ESPっぽいものを操っている回禄と比べれば操りやすそうだ。
 まずは手始めに行動を止めてしまえ。
 ツヴァイの瞳が行動操作の力を行使するため、見開かれる。

―――止まれ!

「あ、あれ?」
 気がつけばツヴァイは床に倒れこんでいた。
 目の前には伊達が自分を庇うように立っている。
「ぼけっとするな!」
 先ほどまでツヴァイが居た場所には、祝融の剣が雄たけびと共に床に食い込んでいた。
「あ…ありがとう。って、あんた!」
 伊達の肩からは血が流れ出していた。
 祝融の動きは一向に止まる気配を見せない。
「何をやっているんだお前は」
 ツヴァイを見下ろすゼクスの目は“みおろす”ではなく、どう考えても“みくだす”かのよう。
「世話をかけた」
 ばらすつもりはサラサラ無いが、一応不詳の親族が見知らぬ人間の世話になったのだ。礼くらい言っておいても損にはならないだろう。
 そして、ゼクスは、直ぐに治してやる。と、伊達の肩に手をかざす。が―――
「…………」
 ドクドクドクドク……
「「…………」」
 いつもならば直ぐに治り始める傷口が、なぜか一向に治る気配を見せない。それどころか流れ出る血の量は先ほどよりも多くなってきているような気さえする。
「今日は調子が悪いようだ」
 ゼクスはすっと手を下ろした。
「あ…あぁ、そうか?」
 伊達はどこか哀愁を漂わせながら背を向けたゼクスの態度が良くわからず、適当に言葉を返す。
「治療PKが使えないあんたなんて…」
 役立たずの何者でもないとでも言いたいのか?
 ツヴァイは、哀れみを込めた目線をゼクスに投げかけ、すっと伏せるかの如く視線を逸らす。
 ピキっと米神に何かが走った気配と同時に、ゼクスの口から言葉がポロリとついて出た。
「人の事言えるのかお前はっ!」
 大方、先ほどテレパスでも使おうとして失敗したのだろう。と、遠まわしな言葉に込めてチクチクと攻め立てる。
 まさに、カチーンと言う言葉が良く合うような状態で、ツヴァイが動きを止めた瞬間だった。
「きゃぁあ!!」
 回禄に突っ込んだらしいリマは、とっさの機転でリマを庇ったジーンの腕の中、じたばたと回禄に向けて届かない拳を放つ。
「何でESPが使えないのよ!」
 責任者出て来い! とでも言い出しそうな剣幕でリマは虚空に向かって叫ぶ。
「やはり使えないのか!」
「いや、あんたさっき調子が悪いって言っただろ!」
 そうじゃないかと思っていた。と、わざとらしく頷くゼクスはさておき、
「武器もないのにどうやって戦えっていうのよ!」
 と、未だ叫ぶリマの言葉は尤もなもの。
「ESPが使えない。武器も無い。ならば生身で戦えって事だな」
 元々多少拳法の心得もある伊達は、白いジャケットを脱ぎ捨てる。

『心配おまへん』

「ヒミコ!」
「ヒミコちゃん!」
 トーンの違う叫びを上げたツヴァイは、ギロリと周りににらまれるが、そ知らぬ顔で視線を逸らす。
『あなた方の左目には宝珠が宿っているのですから……』
 ヒミコの声と共に、今まで冷たいようにさえ感じていた左目に微かに熱が灯る。
『さぁ、今こそ宝珠の力を引き出すのどす!』
 ヒミコの声が一同を激励する。
「宝珠の力って―――…何!?」
 宝珠の力は何かと問おうとしていた言葉が、今自分の身に降りかかっている状況に対して、何? と、問う言葉へと変わる。
 声を呼び水として、宝珠は力を解き放つ。
「たとえ5つの宝珠の力を引き出せても、こちらには7つの宝珠がある! 無駄だヒミコ!!」
 兄弟の周りに浮いていた宝珠が闇色に染まり、流れ出る力が祝融の剣に注がれる。
 祝融は力任せに剣を振り下ろした。
 ―――ザクッ!
「何!?」
 生身を切り伏せたのではない。何かに剣が食い込む鈍い音。
「む?」
 ゼクスはゆっくりと目を瞬かせる。
 部屋の中ではあったが、それ以上になぜか暗いような気がして顔を上げた。
「樹…か?」
 そう、ゼクスの足元から生えた樹が祝融の剣を絡めとり、その一撃を防いだのだ。
「青い申。……っぷ」
 噴出したツヴァイの声に、ゼクスは半眼で振り返る。そこに居たのは、ツヴァイではなく―――
「何だ? 白い戌」
 ゼクスは白い戌に歩み寄ると、その場に軽く腰を降ろし、すっと手を出した。
「??」
 白い戌は不思議そうにその手を見ている。
「お手」

 ちょこん。

「…っふ」
「…っ!!」
 そう、白い戌は、もうお分かりの通りツヴァイだ。
 どうやらゼクスが申の宝珠を宿し、ツヴァイが戌の宝珠を宿していたらしい。
 戌の宝珠の力によって戌になってしまったツヴァイは、つい思わず自然と手が出てしまったのだ。戌の獣人と言うか、まさに戌。
「俺は寅か…?」
 視界の中に持ち上げた手が、なにやら山吹色の毛皮地に黒の縞が入っているものに変わっているように見える。
 まだ何かしら強そうな…いや、戦えそうな宝珠が宿っていてくれたことに、伊達はほっと胸をなで下ろした。
 もし宝珠を手に入れ、力を引き出せていたとしても、あの兄弟を倒せる力を持っていそうな宝珠じゃなければ、持っていても意味が無いからだ。
「リマちゃんは?」
 兎とかだったら、バニーガールとかになるのかな? なんて、淡い期待を抱いてツヴァイはぐるぅりとリマの姿を探す。
「ちょっ………」
 座り込んでいたのは、ふわもこの未。その名もマリアート・サカ。
「何よこれぇ!!」
 まさにちゃぶ台が引っくり返らんが如くの形相。しかし未。凄味は無い。
 そして、いつも何処かしらやる気のなさそうなゼクスが、申になってから何故だか少しドキドキしているように見て取れる。
「…申か」
 自分の姿を鏡で確認できないことが少々残念だが、もしかしたらこれで、あの伝説の宇宙最強戦士に返信できるかもしれないと、どこかドリーム気味。
「草食獣でどうやって戦えって言うの!?」
「確かに俺は違うが、奴らにしてみれば、捕食される側だな」
「……ゼクス…」
 ポン。と、何気なしに肩に置かれた手に、落胆の色を濃くする。
 そう、片や戌。片や寅。
 どう考えても、雑食と草食獣では勝ち目が無いような気がする。いや、戦ったら明らかに仲間割れだが。
「………」
 自分が今どうなっているのか、いまいち理解していないジーン。
 けれど、なぜかこの場を見下ろしているような状況なのはどうしてだろうか。
「でかっ!」
「一番でかいな…」
「微妙な目立ちっぷりだ」
 なびく鬣。ゆらゆらと揺れる尻尾。頬から生える長い髭。
 今までライターでさえも忘れかけていたジーンは、辰の宝珠を宿していたらしく、ゆらゆらとその場に浮いている。
 そんな一同の変貌っぷりに、どこか同情色を帯びた視線が向けられていた。もちろん向けたのは祝融と回禄。
「動物の姿で宝珠を取り返そうとは、面白い奴らだな」
 だが、見逃してやる気はさらさらない。
 祝融と回禄にしてみれば、ここで5人を倒せば、最初ヒミコに邪魔をされ失くした残りの宝珠を、全て手に入ることが出来るのだから
 祝融の手にもたれていた剣が形を変える。
 あれは―――棍か。
 確かに、床ごと叩き割るような攻撃を仕掛けてくる祝融には、剣よりも棍のほうが力を発揮できるかもしれない。
「ヒミコ! 聞こえてるんでしょヒミコ!」
 答えなさいよー! と、蹄の両手を振り上げて、ふわもこは地団太を踏む。
「本当にこんなんで対抗出来るんでしょうねぇって、きゃぁあ!」
「リマちゃん!」
 駆け出すツヴァイ。しかし、大きくなったジーンの方が早い。リマを尻尾の先で庇っているさまを見て、ほっと胸をなでおろす。そして、祝融に振り返ったツヴァイは吼えた。
「ワン!!」
「何!?」
 棍を振り上げて、飛びかかろうとしていた祝融の動きが緩慢となる。
「き、効いた?」
 狛犬の鳴き声には邪を払う力があるという。
 鳴き声の効果か……それとも?
「さぁて、どんな力があるか分からないが、サボるわけには行かないな」
 寅の姿になった伊達は、そのしなやかな四肢を走らせ、祝融に走りこむ。
 一つ一つがなぜかコマ送りのような動きになってしまった祝融は、苦渋に顔をゆがめる。
 伊達は背中に回りこみ、その鋭い爪を振り上げて飛び掛った。
 兄を庇うかのように回禄の術が飛ぶ!
 けれど―――
「っ!?」
「ほう。便利な力だ」
 どうも現状申の宝珠の力を手に入れたゼクスが、一番その力を引き出せているらしい。
 術を放とうとした回禄の手を、止めるように巻きついている蔦。けれど、回禄が苛立たしげに手を払えば、蔦は簡単に千切れて落ちてしまった。強度はあまり無いらしい。
「とりゃあ!」
 振り下ろした伊達の一撃に宿る何か。
「ああぁあああ!!」
 閃光のような光を伴った一撃が祝融を襲う。
 これは、雷か!?
 ぎりっと回禄がジーンを睨み付ける。
 ただその場で浮いている状態のジーンは、その視線の意味が良くわからずに心の中で瞳を瞬かせた。もちろん、表面上に何かしらの変化はない。
 だが、それも一瞬のことで、回禄はまた印を組む。
 青い宝珠と緑の宝珠から回禄に力が注ぎ込まれる。
 放たれた氷柱は、鋭く尖った切っ先を一同に向けて、突風に乗り襲い来る。
「はあっ!!」
 伊達の背より放たれる雷の矢。
 氷柱と矢がぶつかり合い、辺りに水蒸気を発生させる。
 雷を使った遠距離攻撃、というか、身体全体が雷で出来ているかのような伊達の寅の身体。
 ツヴァイは一歩踏み出した。
 祝融の時のように回禄の動きも遅くすることが出来れば、労なくして攻撃を当てることが出来る。
「吠えるだけで動きが遅くなるなら、幾らでも吠えてやるさ!」
 しかし、対象の動きを遅くする力を持っているのは、戌の宝珠ではなく……
 ツヴァイの声を背に受けて、伊達はぶるりと身震い一つ。神鳴の矢が天井を突き破り地上へと落とされた。
「ん?」
 祝融に偶然にも放った雷と比べて、今回禄に落とされた雷は強さが増しているような気がする。
「戌の宝珠め……」
 回禄の呟きが何を意味しているのかは分からない。
 けれど、自分たちがなにやら不思議な力を発しているのは宝珠の力に加え、どうやら戌の宝珠の力も関係しているようだ。
 すっと回禄は祝融を庇うように立つ。
 ゆらりと揺れる瞳が、鋭い眼光を放った。
「何を怒っているんだ。あいつは」
 ゼクスは腕を組んで回禄を見る。
 回禄の前で、一瞬にして渦を巻く焔。
 渦を巻いた焔から礫のような炎が飛び掛る!

―――ジュ…

 え???
 避けた回禄の炎は中ったもの全てを溶かす。
「おいおい、攻撃力上がってないか?」
 軽い跳躍力で炎を避ける伊達は、解けた床や壁を見やり、肩を竦めるように苦笑する。
 ゼクスは単純に身を守るため樹の盾を創ろうかと考えたが、如何せん、樹は炎を増徴させる。ちっと軽く舌打ちし、仕方が無いので身軽になった身体で炎を器用に避け始めた。
「あ、あれ?」
 ツヴァイは目を丸くして、回禄に吠えるのを止める。
 遅くなると思っていたのに、術の速度も回禄の速度も一向に下がる気配を見せない。
「吠えていろ!」
「え? はい??」
 雷で回禄と立ち回っていた伊達はツヴァイにさっと視線を向け、叫ぶ。しかし、ツヴァイにとって見れば、どうしてそんな事を言われているのか分からない。
「とりあえず、吠えるんだ!」
「あ、ああ」
 納得は出来ないが、吠えていると何やらいいらしい。ツヴァイはまた吠え始めた。
(やはりそうか)
 ツヴァイが吠えた瞬間から強くなる伊達の雷の力。
 どうやら戌の宝珠は、他の宝珠の力を増幅させる力を持っているらしい。
 リマはジーンの尻尾の中、じっと一連のやり取りを見つめる。
「あの動きを遅くした力…、彼になければあたしかジーンが持ってる宝珠の力ってことよね……」
 そうなれば、こんなギリギリで避けるような状況なんて簡単に打破できる。
 リマは駆け出した。ジーンも後を追うように揺ら揺らと飛び回る。
「……っ」
 どうも体積だけではなく面積も増えているジーンは、周りの皆が中らない場所で被弾する。そう、ジーンの頭に炎が当たろうとも、上過ぎて見えていないのだ。
 が、どれだけ炎が中ろうとも、中ったそばから癒えていく。
 ジーンはこっそり自分に宿った宝珠の力を理解した。
「さぁ、遅くなって頂戴!」
 走りこんできたリマの姿を確認し、回禄は軽く舌打ちすると、さっと身を引く。
 逃げ遅れた宝珠がまるで手品のようにその場に留まり、炎の礫の動きも止まる。
 実際は止まっているのではなく、極端に動きが遅くなっているだけなのだが、その変化は止まっているようにしか見えない。
 ゼクスは一歩引いた位置から辺りを見回し、祝融の姿を探す。
 祝融は棍を手にその場に蹲っていた。ところどころに雷で受けた火傷を負ってはいるが、瞳の色は失せていない。
 まさかとは思いたいが、何かしら大技でも放つため、力を蓄えているような……、そんな仕草に見えなくも無い。
「ふむ」
「!!?」
 ザザザザ! と、祝融を取り囲むように生える樹木。それはまるで、木で作られた牢獄。
「貴様ぁ…!」
 恨みがこもった祝融の声に、伊達と……回禄が振り返る。
「避けろよ!」
 祝融を捕らえている木の牢獄のそばに立っていたゼクスは、伊達の声にとっさに反応が出来ず、視線を向けたのみ。
 天を劈くような一振りの神鳴。
 ジーンは、絶対的な癒しの力でもって、痛みも気にせず、ゼクスをその尻尾に巻きつけ、その場から離れる。
 雷は、祝融を取り囲む木々目掛けて落ちた。
「兄さん…!」
 誰もが目を見開いた。
 回禄が、祝融に向けて手を伸ばす。
 巻き…込まれる!
 辺りは閃光に包まれた。










 炭化した肉の匂いではない。それはまるで、焼けた砂。
 人の形をした砂は、その形を崩す。
 そして、閉め切ったはずの部屋の中で、まるで一陣の風に攫われるかのように流れて飛び散っていった。
「熱っ」
 伊達は左目を押さえ蹲る。そんな小さな声を皮切りに、他の3人も左目に熱を感じて手で押さえるが、ジーンだけが、ただ微かに眉根を動かしただけの反応だった。
 5人が感じる左目に埋め込まれた宝珠の熱と共に、光を失い床に転がっていた残り7つの宝珠が、呼応するように光を取り戻す。
 全てが揃い、崩壊しかけた時間と空間は、この瞬間から正常を取り戻し始めていた。
 けれど、
「左目…戻ってない?」
 全ての宝珠がこの場にそろった事で、本来の力を発揮できるようになった宝珠の熱が、未だ左目から消えていない。
 兄弟を倒せば左目は戻ってくるのではなかったのか?
「どうゆう事よ、ヒミコ!」
 答えなさいよ! と、リマの悪態が響き渡る。
 しかし答えは返ってこない。宝珠の力を手に入れてさえも戦闘型だった伊達は疲労に座り込んでいるし、ゼクスとツヴァイはそれぞれどっちが役に立たなかったかを、五十歩百歩なレベルでお互い言い合っているような状況。
 リマだけがヒミコに向かって怒り心頭で怒鳴り散らしていた。

『うるさいのぅ、小娘』

 声と共に、部屋の作りが変化していく。天上から、まるでパズルを外すかのように空が顔を覗かせ、今まで兄弟の後ろにあったはずの壁が地面に吸い込まれていく。
 そして、雲の階が階段のように部屋の床に光をともした。
 階を渡り降り立ったのは、触れれば刺さるような美貌を持った女性。
 そんな美女の登場に、ツヴァイが顔を輝かせる。
「ヒミコちゃん、身体治ったんだね!」
 これならデートも簡単だ。と嬉しそうに口にしたものの、どうも様子がおかしい。
 自分たちを呼び込んだヒミコは、半身を失ったと言っていた。だが、今目の前に居るヒミコは五体満足で、加えて、どこか威圧的な視線を自分たちに向けている。
「憎らしき名を口にするでないわ。小童」
 紳士然とした面持ちで歩み寄ったツヴァイを、ヒミコ……いや、ヒミコに面持ちが似た美女は一蹴する。
「わらわの名はジョカ。間違えるでない」
 名乗りを上げた美女は辺りを見回し、見慣れた存在がいないことに目を細める。
「泣けぬ……か」
 初めて悲しみに彩られたような声音で、ジョカは顔を伏せる。だが、それも瞬きの出来事。
 ジョカは、何事も無かったかのように顔をあげ、その口元を吊り上げた。
「祝融と回禄を倒したか。じゃが、その程度でわらわを倒せると思うでないぞ?」
「そう云うって事は、あんたが親玉か」
 駆け出しかけた伊達をゼクスが手で制す。
 伊達は目を細めゼクスを見返すが、ゼクスの瞳は一直線にジョカを見つめたままだ。
「止めるな」
「女の腕、見ろ」
 云われるままに伊達はゆっくりとジョカの腕に視線を向ける。
 そこにあったものは―――
「あれは俺たちの目か!?」
 如何せん宝珠の力を引き出すことで申になってしまっているゼクスが、どれだけまじめな表情で語ろうとも緊張感に欠ける。
 そんなことはさておいて、ジョカの腕にまるでブレスレットのように付けられた5つの玉のようなもの。それは、紛れも無く人の目であり、今此処で考えられる可能性として、自分たちが失った左目である可能性が高いと思われた。
「なら、仕方ないけど、彼女を倒さないといけないって事になるじゃないか」
 どう考えても自他共に認めるフェミニストたるツヴァイに、ジョカを攻撃できるかどうかと問えば、できないと言いかねない。
「今度こそ、あたしの左目、返してもらうわよ……」
 未の姿で思いっきり凄味が消えたリマだったが、その内に秘めたる怒りの炎は未だ健在だ。
「やれるわね?」
 リマはぐるぅりとツヴァイを振り返る。
「え?」
「殺 れ る わ よ ね ?」
 敵であろうとも女性が殴られたりする姿は見たくないので、目を逸らしているうちに終わらないかなぁなんて思っていた。しかし、リマに真正面から詰め寄られ、少々後ずさる。
 が、覗き込んできているのは美少女だ。孤高の薔薇を摘み取る楽しみも確かにあるが、結局は世界の違う女性。と、なれば、リマの言葉に応えたほうが、その後、同じ世界で待つ幸せが増える気がする。
「勿論。君のために」
「OK。やるわよジーン」
「…………」
 ツヴァイの言葉が全て終わる前に、リマはジョカに向き直る。その後ろで、リマの言葉にジーンが小さく頷いた。
「よし、ものどもやれ!」
 ゼクスはジョカを指差して叫ぶ。位置は、一番後ろから。まるで先頭から皆を引き連れているかのごとく。
「…………」
 誰もが、はぁっと息を吐く。
 しかし、ジョカを倒すという皆の思いが一つになった瞬間でもあった。
 光を取り戻した7つの宝珠は、5人を守るかのように浮かび上がり、その周りをくるくると回る。
「宝珠の力を使いこなすか?」
 ジョカはすっと口の端を弓なりに吊り上げ、黄金比で創られた美貌で微笑む。誰もがドキリと一瞬鼓動が高鳴った。
 が、女神も時には魔女となる。
 灼熱を抱えた左目。
 宝珠の光が辺りを埋め尽くす。

 未の宝珠がジョカの時を絡めとり
 丑の宝珠より放たれし冷気は、子の宝珠が創りし刃に宿り
 ジョカを切り刻まんと氷の刃を縦横無尽に振り回す
 時の合間に放たれた衝撃は、申の宝珠が植物の盾で防ぎ
 そして
 兎と戌の宝珠の力を借りた寅の宝珠は
 時の楔より解き放たれし雷の矢でジョカを貫き
 全てを無に還すべく、酉の宝珠が焔を彩る
 巳の宝珠は悼みの雨を世界に降らせ
 辰の宝珠は崩れ去った全てを戻す
 最後、亥の宝珠は喜びの花を空に咲かせ
 午の宝珠が生みし風は
 その喜びを、世界に届けるだろう―――――










 気がつけば、辺りが真っ白な空間に倒れていた。
 元々の世界に戻れたわけでもなく、かといって、ヒミコがいた世界でもない。
 どうやら空間の狭間に飛ばされてしまったようだった。
 それは、時間と空間を操る宝珠の力が解放されたせいだろうか?
「……大丈夫か?」
 宝珠の熱と光のよって、生きていた右目は目くらましを喰らい、まだ少しチカチカと光が踊る視界で、伊達が起き上がり辺りを見回す。
「ああ、何とも無い」
「何だったのよアレは」
 幾分か冷静なままのゼクスと、視界をはっきりさせようと首を振ったリマが、似たようなタイミングで答える。
 ツヴァイは一度仰向けに転がり、真っ白なままの天上を見上げて、ゆっくりと上腿を起こした。
「ちょっと惜しかったけど、仕方が無い…な……?」
 苦笑混じりに口に仕掛けた言葉が、瞳をぱちくりとさせながら、ゼクスの顔を見るなり止まる。
 無駄に見つめられていることが気に喰わないゼクスは、怪訝そうに眉根をよせ、売られた喧嘩は買うとばかりに睨み返す。
 だが、ツヴァイはそんなゼクスの視線に、やれやれとため息一つ。ゼクスの口元がぴくっと震えた。
「気がつかないのか?」
「何がだ?」
 全く気がついた素振りのないゼクスに、ツヴァイはちょんちょんと自分の左目を指差す。
「ああ、そういえば。妙に視界が開けたと思っていた」
 きっと左目を取られた影響で、右目に未知なる力でも宿ったかと思い始めていたゼクスであった。
 だが、そんな素っ気ないような、あっけないような返答にガクッと肩を落として、伊達が苦笑する。
「左目が返ってこれば、確かに視界は開けるな」
 いや、視界が開けたのではない。元々持っていた視界を取り戻しただけなのだが。
『おおきに…』
「ヒミコちゃん!」
 いち早く反応したのは、やはりツヴァイ。
 左目を取り返し、とりあえずは終わったのだと納得したリマだったが、ヒミコに対する敵愾心はそのままに食って掛かる。
「このままここに閉じ込められるなんて事、ないわよね」
 来る時はゴール手前に連れてこられたのだから、帰る時だって同じことが可能なはずである。それをこんな何もない白い空間に連れてこられてしまったのだから、本当に帰れるのかと考えてしまうのも当然。
『心配には及びませぬ』

 ―――いっぺん眠られ、次に目を覚ました時には、元の世界へと戻っとることでしょう。

 ヒミコの優しい声が響く。
「傷を癒すために眠れという事か」
 祝融と回禄、そしてジョカと対峙し負った傷は、獣化が解けた今もその身に残っている。
 伊達は出来れば暖かいベッドで眠りながら帰りたいものだと思いながら、組んだ指を枕にしてその場に寝転がる。
『申し訳ありませぬ』
 妾の力がもう少し残っていれば……と、ヒミコの言葉が響く。
「いや、あんたを責めたわけじゃないさ」
 まさかそんな返答をされるとは思わずに、伊達は大丈夫だと手を振る。
「宝珠の力を手に入れるとかは良かったけど、どうしてあたし達の左目が取られたのかって謎のままよね」
 眠れといわれて、直ぐに寝られるほどリマは器用なわけでもない。
 それに、何のために戦っていたのかと言う部分の理由が不明瞭なままだった。けれど、
『…………』
 顔を伏せるように届けられた沈黙。
 リマのため息が響く。
「眠れないなら、添い寝してあげようか?」
 にっこにこ笑顔のツヴァイの一言を、リマは一睨みで一蹴すると、適当に腕を枕にでもして寝転がる。
「ジーン、後お願いね。いろんな意味で」
「…………」
 リマの言葉に頷くジーン。ジーンはじっとツヴァイを見る。
「あっれ、俺信じてもらってない!?」
「ふ……、日ごろの行動の結果がこんなところで“も”反映されたな」
「“も”ってどういう意味だ?」
「言葉のままだ」
 馬鹿にするようなゼクスの顔に、ツヴァイが笑いを引きつらせる。
 やれやれと云わんばかりにあからさまに両手を広げ、首を振ったゼクスに、ツヴァイが瞳を細めてぼそっと呟く。
「カウントされてないよりましだけど」
 この言葉に、ゼクスの動きがピタリと止まった。
 ゼクスにとって見ればそんなことはどうでもいいのだが、どこか小馬鹿にされているような言動が気に入らない。
 ギンッと、二人の目線が火花を放つ。
 どうやら二人の関係はこれ以上どうにもなりはしないらしい。
 小さな小競り合いを続けつつ、いつしか二人も眠りの褥に落ち、最後、忠実にリマの命令に従っていたジーンが、うつらうつらと漕いでいた舟を止める。
 突如、ぐにゃりと、白い空間に色をつけるかのように渦が巻く。
 微かな衣擦れの音。
「………」
 半身を失ったままのヒミコが、空間の狭間に降り立つ。
 そして、眠る一同に向けて、深々と頭を下げた。





―――御前様方は、涙を流すことがでけるどすか?
―――きっと、それがみなの答えにございまする







End.


◆ ラ イタ ー 通 信 ◆
ご参加ありがとうございました。

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Live OMCmini Session 4th / クリエーターオリジナル商品

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