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【桜の舞散る頃に……】
■藤杜錬■

<オーフェリア・イヴ/サイコマスターズ アナザー・レポート(0556)>

●朝の一コマ
「おはよう……、お母さん」
 眠そうな声と共にゆっくりと階段を降りてくる足音が聞こえてくる。
「あーおはよう姉貴」
 階段から降りてきた少女、森嶋イヴの事をテーブルについて朝のニュースを見ながらパンを齧りながら、その双子の弟である徒武(ただたけ)が声をかける。
 イヴと徒武は外国の血を引いた父親の影響で日本人には珍しい銀髪をした姉弟であった。
「……あれ……?徒武なんでまだ家にいるの朝錬は?」
 まだ寝起きで頭が回っていないかのようなどこか訥々とした口調で、イヴは目玉焼きを焼いている母親に向かって話しかけた。
「ああ、今日は朝練は休みなんだよ、姉貴」
 パンを齧りながらそうイヴに徒武が答える。
「……それじゃ今日は一緒に行けるね」
「ああ、そうだな。結構久しぶりじゃないか?姉貴と一緒にいくのって」
「そうなる……かな?
 自分もテーブルにつきながら、ボツリと呟くようにイヴは答える。
「姉貴ー、いつも言うけど、そんな風に明るくないともてないぞ」
「関係ない……」
 からかうように言った徒武を一瞥すると、イヴは焼けたばかりのパンにバターを塗りもくもくと食べ始めた。
「やれやれ、でもそんなんじゃ本当に先輩には……」
 その後続いた徒武の呟きの言葉はイヴの耳には届いていなかった。

「おーい、姉貴ー早くしろよー」
 玄関を出てまだ家から出て来ないイヴの事を徒武が呼んだ。
「そんなに焦らないでも大丈夫だから……」
 靴をしっかり履いてからのんびりとイヴが出てくる。
「全く姉貴はいつもいつもなんでこうのんびりしてるのかね……」
「そんな事言っても、私にとってはこれが普通だから……」
 あくまでもマイペースにイヴは玄関の扉を閉める。
「徒武の方こそもっとちゃんとした方が良いと思うわ……。シャツのボタンかけ違えてるよ……」
 ため息でもつきそうな感じの徒武にイヴが言い返す。
「え?本当か?」
「冗談……」
  あわてて着ているシャツのボタンを確かめる徒武だったが、続いたイヴの言葉にガクリと徒武は肩を落とすのだった。
「ま、いいか、それじゃ行こうか」
 地面に下ろしていた鞄を肩に持ち直して徒武は促した。
 イヴは小さく頷きゆっくり歩き始めた。
「おはよーっ!!」
 二人が学校への道を歩いていると二人に後ろから元気そうな声がかかる。
 声のした方を二人が振り向くと、同じ学校の制服に身を包んだ少女が手を振って駆け寄ってくるのが見えた。
「あ、河原、おはよう」
 徒武が声をかけてきた少女、河原博美に返事を返し、イヴは小さく手を上げて挨拶をする。
「……おはよう」
 やっぱり抑揚の小さな声で博美にイヴは挨拶する。
「二人が一緒に登校なんて珍しいね」
「そういうお前だってこんな時間に珍しいじゃないか」
「ははっ、まぁね」
 博美は徒武の所属するサッカー部のマネージャーなので、いつももっと早い時間に学校に向かっていたからイヴと登校中に会うのは久しぶりであった。
「あ、そういえば週末の例の件は大丈夫?」
 二人の横まで来ると博美は思い出したように徒武に聞いた。
「ああ、大丈夫だよ。今のところは特に予定はないから」
「そっか、それじゃ参加だね」
「そういう事にしておいてくれ」
 二人のそんな会話をキョトンとした顔でイヴは聞いていた。
「週末……何かあるの?」
 イヴのその問いに博美が何かを思いついたような、いたずら心満載といった笑みを浮かべる。
「……博美ってば……なにその笑いは……」
 判らないといった顔でイヴは博美を見つめる。
「ねぇ、イヴは週末あいてる?何か予定ある?」
「え……、特には予定はないけど……」
 少し考えた後、博美の方を向いてイヴはそう応えた。
 その答えをきいて、博美の瞳が一瞬キラリと徒武には輝いたような気がした。
「それで……週末がどうしたの?」
 イヴが博美に聞き返す。
「あー、それなんだけどね。週末に徒武とかとかと一緒にお花見に行こうかって話をしてたんだけど、良かったらイヴもどうかな?って思って」
「お花見……?」
「そうそう、徒武も問題ないよね?」
「あ、俺は構わないけど……。でも先輩とかどうおも……うがっ?!」
 急に蛙の潰れたような声を上げた徒武の足をしっかりと博美の踵が踏みつけていた。
「……徒武?」
 そんな徒武の事を不思議そうにイヴが見ていたが、イヴに気がつかれない様に博美が徒武に顎をしゃくってサインを送る。
 それを見て徒武も博美の言いたい事がわかったのか痛みを隠すようにごまかし笑いを浮かべた。
 そんな二人を不思議そうにイヴは見つめたのだった。

●学校にて
 その日の授業の終わりを示すベルが鳴り響いた。
「ああ、それじゃ午後は部活あるから」
 徒武がイヴにそう話す。
「私も今日は部活あるから……」
「そっか、それじゃあまた家でな、姉貴」
「……うん」
「じゃあ、博美ー、行こうぜ」
「あ、待ってよ、徒武ー、あ、朝の件考えておいてね」
 博美は先に出た徒武を追いかけて走って行こうとするが、一瞬振り返りイヴにそう話かけた。
「……んっ」
 小さくイヴは頷くと走って出て行く二人を見送った後、ゆっくりと荷物をまとめると教室を出て行った。
 教室を出たイヴは文芸部の部室である教室に向かって歩いていた。
 その途中で、上級生の教室のある上の階から走ってきた人影がのんびり歩いていたイヴに後ろからぶつかった。
「……あっ……!!」
 倒れこもうとしたイヴの腕をぶつかってきた人影がつかんでその体を引きとめた。
「大丈夫?」
 イヴはあわてて、声のした方を自分の耳を確かめるために振り向いた。
 振り向いたその先に心配そうにイヴの事を見つめていたのは、イヴの予想したとおりの人物だった。
「あ……先輩……」
 イヴの事をつかんでいたのは、徒武の部活の先輩である森木直志であった。
「……よっと」
 軽く力を込めて、イヴの事を直志が引き寄せ、イヴの事を丁度抱き寄せる形になった
「……え?」
 イヴはその顔が自然と紅潮してくるのがわかりあわてた。
「あ、……え、えーと、大丈夫ですから……」
 イヴは慌ててその体を引き剥がし距離をとった。
 やれやれといった風に直志は頭をかくと、安心したような笑みを浮かべた。
「まぁ、怪我がなかったのなら良かったよ」
「大丈夫ですから……」
 イヴはそういうと紅潮している顔を見られないように反対側を向くと、慌てて反対側に向かって歩き始めた。
「本当にごめんね、イヴさん」
 その去っていく背中に向かって放たれた言葉を聞いて、イヴは喜びをかみ締めていた。
 そして直志の事が見えなくなると、校舎の壁に寄りかかり、胸に手を当てて小さく呟いた。
「こんな顔……見られなかったかな……」

●桜の酒宴
 そしてそんなこんなで一週間が過ぎ一同は約束の桜の咲く公園へと集まっていた。
「……私が来ちゃって良かったの?」
 春物の薄い青い色の丈の短いスカートに薄手のジャケットをはおって、どこか所在無さげにイヴが周囲を見る。
 クラスメイト関係でのお花見だと思っていたのだが、どうやらサッカー部の部員によるものだったようだったからだ。
「あー、大丈夫大丈夫、サッカー部のっていっても私たちの学年のだから、イヴが考えてたようなのと余り変わらないから」
「うん……」
 そういった博美の言葉にイヴは頷いた。
「それじゃまだゲストは来てないけど、そろそろはじめようか。みんな近くにあるコップを手にとって」
 徒武がそう言って皆に促す。
「それじゃかんぱーい!!」
 その後を継ぐ様に博美が乾杯の合図を取り、皆がそれにあわせてグラスを掲げた。

「イヴちゃーん、楽しんでるー?」
 ちびちびとジュースを飲んでいたイヴの後ろからぬっと博美が体重を預けるようにやってきた。
「う……、うん、楽しんでる……よ」
「それは良かったのらー!?」
 何が楽しいのか異様にハイテンションでカラカラ笑っている博美を見て、イヴはどこか困ったように小さく笑みを浮かべた。
「博美……、ひょっとして……」
「ん?飲んでるよー。折角のパーティだもん、楽しまないとー」
 そう言って、博美が手に持っているカクテルの瓶をイヴに見せる。
「ようやくゲストのご到着ー」
 そこへ徒武の声が周囲に響いた。
「先輩遅いですよー」
「ごめんごめん、ちょっと家の手伝いをやる事になってしまってね」
「遅れた罰としてこれの一気ですよ、先輩」
 やってきたのはどこか困ったような表情を浮かべている、サッカー部のエースの直志だった。
 なにやらジュースの缶を手渡しつつ、楽しそうに皆が直志の事を出迎えた。先輩とはいえ気兼ねなく皆が話しかけてることから判る様に後輩からも慕われている先輩であった。
「あ……」
 突然現れた直志の姿にイヴが呆然としていた。
 直志の事を見つめていて博美から意識が移ったのを見て、博美は小さく笑みを浮かべる。
 その笑みはどこか小悪魔のような笑みであった。
 手に持ったカクテルの瓶の中身をそっとイヴに気がつかれないようにイヴの持っているカップの中に注いだ。
 カクテルはイヴの持っていたオレンジジュースに溶け込み、ひとつになった。
「先輩こっちがあいてますよ、どうぞどうぞ」
 そう言って徒武が、直志の事を案内してくる、そして直志は空いていたイヴの隣に座る。
「先輩ー、こんにちわー」
 イヴから離れた、博美がそう挨拶するとすっと立ち上がる。
「それじゃ私はちょっと向こうの方で風に当たってくるねー」
「……行ってらっしゃい」
 イヴは博美に手をふって『行ってらっしゃい』という仕草をする。
 席を博美がはずすとその場にいるのはイヴと直志の二人だけになった。
「…………」
 二人きりになり、イヴは言葉を続ける事が出来なかった。
 自分が赤くなっている事を感じていたイヴは直志が自分の事を見ていないか、ただそれが心配であった。
「イヴさん……だったよね?確か徒武君のお姉さんの」
「……は、はい。そうです……、あの……私の事を知って……」
「ん?ああ、よく徒武君が自慢げに話してくれるんですよ、『俺の姉貴はー』ってね」
「……え……?」
 少しおどけながら話す直志のその言葉にイヴは驚きの声をあげたが、その心では徒武に感謝していた。
『後で……徒武にお礼……言わないと……ね……』
 そう心の中でイヴは呟いた。
 再び二人の間を沈黙が支配するが、ふと直志が声をあげる。
「……今年も……桜は綺麗だね」
「……は、はい……そうですね……」
 突然の直志の言葉に応えるが、イヴはその次のことばを続ける事が出来なかった。
 二人の間に無音の時間が続く、周囲では楽しそうな歓声が聞こえてくるがそれが果てしなく遠い出来事のようにイヴには感じられた。
 二人の間に流れる沈黙に耐えられなくなったイヴは手に持ったコップの中身を一気に煽り飲み込んだ。
「……あれ?」
 不意にイヴが妙な声をあげる。
「……え?」
 そんなイヴの事を直志は見つめる。
「あれ……なんかふらふらします……」
 視線が定まらず、ふらふらとするイヴの事をそっと直志が肩を抱いた。
 ぼーっと紅くなった顔でのイヴと直志は思わず見詰め合う形になる。
「……先輩……好き……です……」」
 イヴの口から小さく言葉が放たれ、ふっとイヴの体から力が抜ける。
「……あ……」
 そのままイヴの体が倒れ込み、直志の膝の上に倒れ込む。
「お……おい」
 そのまま小さく寝息を立て始めたイヴの事を見て、直志が困ったように頭を掻いた。
 そしてふと先ほどイヴが口をつけたコップが視界に入る。
「一体……、何を飲んだんだ?」
 コップを手に取り、そっと中身を確かめる。
「これ……お酒……か?酔っ払っちゃったって訳か……」
 やれやれといった様子でイヴの事を直志が見つめる。
 そして桜の花を見つめながら眠っているイヴの髪をそっとすいた。
「……ん……」
 イヴが身じろぎをした。
「まるでこう見ると子猫みたいで可愛いな……」
 ふっと小さく直志がまんざらでもないといった様な笑みを浮かべた。
「せんぱーい、そろそろ切り上げますんで……」
 徒武がそう言って声をかける。
 その声でゆっくりとイヴが瞳を開いた。
「ん……徒武……うるさい……」
 少し不機嫌そうな声でイヴが呟く。
「イヴさん目が覚めた?」
 イヴの事を覗き込んで直志が話かける。
「え……せ……先輩?」
 状況が理解できずにイヴは呆然とする。
「姉貴ー、一体何やってるんだよー?」
「そうそうイヴも大胆だねーー」
 ひょこりと徒武の後ろから博美が顔を出す。
 二人とも、わかってますという風な笑顔を浮かべていた。
「……ち、違うの……これは……」
「まぁ、酔っ払ったイヴも可愛かったと思うよ?」
 博美のその言葉で現状をようやく理解したイヴがあわてて起き上がり、弁明しようとする。
「あの……、俺の事は全然気にしなくて良いよ、嬉しかったしね……、それからあの言葉嬉しかったし……」
 そこへ直志の言葉がさらにイヴの頭を真っ白にした。
「え……、あの言葉……?」
「うん、君の告白」
「……え?こ、告白?」
「その答はこれで変えさせてもらえるかな?」
 そう言って直志はそっとイヴの事を抱き……、そのままイヴの唇に自分の唇を重ねた。
 そのままイヴは呆然とする。
 唇をそっと離した直志はイヴの事を見つめる。
 イヴは頬を赤らめながら、小さく呟いた。、
「先輩……、大好きです……」
 そう言って、そのまま直志の胸にイヴは飛び込むのだった。
「あーあ、まさかここまでうまくいくとはね」
「ホント、見てるこっちが恥ずかしくなるよね」
 徒武と博美はうまくやれたという笑みを浮かべあって、満面の笑みを浮かべ抱きしめあっている二人を見守るのだった。
 風に煽られた桜の花びらがそんな二人の事を祝福するかのように舞散るのだった。


Fin

2007.04.23.
Written by Ren Fujimori



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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