『真夏の2人〜眼下の海〜(前編)』
そっと隣を見上げれば、大好きな兄の姿がある。
2人きりの時間。
知っている人は誰もいなくて。
2人だけで過ごす、休日だった。
「あのお店で水着売ってるかな、お兄ちゃん」
高揚する気持ちを抑え切れず、葉山鈴音は兄、葉山龍壱と繋いでいた手を離して走り出した。
風で飛びそうになる帽子を押さえながら、遠くに見える店へと。
「慌てなくても水着は逃げないぞ、鈴音」
大好きな兄の声に、鈴音はくるりと振り向いた。
「少しでも長く、お兄ちゃんと遊びたいから」
軽く息をつき、僅かに笑みを浮かべて龍壱が自分の傍に歩いてきて。また、2人肩を並べて店へと歩き出した。
「いらっしゃい」
浜辺近くのその店の店頭には、水着や浮き輪が並んでいる。店の中にも、海遊びに使える品が沢山揃えられている。
「水着……これはちょっと……かな」
少し、背伸びをしたくて取ってみたハイレグの水着だけれど。やっぱり恥ずかしいかな、と鈴音は迷った。
龍壱はこういう水着、好きだろうか? 海で、露出度の高い水着を着た美女を見たら、自分ではなく、その美女に目を向けてしまうのだろうか。
迷いながらハイレグの水着を戻して、鈴音は続いてリボンのついた可愛らしいビキニの水着を手に取った。
「それは少し早いだろ」
言って、龍壱が紺色の水着を鈴音に差し出す。それはまるでスクール水着だった。
「そ、それは卒業したのっ。もう、お兄ちゃんたら」
向きになった鈴音の言葉に、龍壱は不思議そうに眉を顰める。
「そうか」
紺の水着を元の位置に戻し、龍壱は男性用の遊泳用の水着を選ぶと会計に向かって行く。
「それじゃ……これにする」
迷いに迷って、鈴音が選んだのはワンピースタイプの花柄の水着だ。
「あと、ゴムボートに乗りたいけど、買ったら持って帰れないかな?」
「そうだな。どうしても乗りたいのならレンタルするか?」
「うんっ」
鈴音は微笑んで手を伸ばして、龍壱の腕をぎゅっと掴むのだった。
旅行で南国の島を訪れた2人は、1日目はガイドと共に島を回って楽しみ、2日目の今日は2人きりで海で遊ぶ予定だった。
「カキ氷食べてもいいかな?」
「構わないが、急いで食べて体冷やすなよ?」
「大丈夫、子供じゃないんだから」
鈴音はカウンターに向かい、カキ氷を2つ注文する。
「お兄ちゃんはシロップ何にする? 私は苺かなー」
「何でも」
「それじゃ、宇治金時で! 私、宇治金時も食べたいから、ちょっと貰っちゃおっと」
シロップをかけてもらい、代金を支払うと、鈴音はカキ氷を2つ受け取り、宇治金時の方を龍壱に渡した。
店内の木の椅子に腰掛けて、2人はカキ氷を食べ始めた。
苺のカキ氷も美味しいけれど、やっぱり兄のカキ氷も食べたいな……と目を向けると、何も言わずとも龍壱はカキ氷を差し出してくれた。
鈴音は喜んでスプーンストローで宇治金時をすくって口に運ぶ。
そして代わりに自分の苺のカキ氷を差し出すと、龍壱も鈴音と同じように、鈴音のカキ氷を一口食べた。
「ゴムボート乗った後に、もう一度このお店に来て、浮き輪やビーチボール借りて遊ぼうね、お兄ちゃん」
鈴音は遊ぶ前から、嬉しい気持ち一杯だった。
「陽射しも強い。ほどほどにな」
「そうだよね、お兄ちゃんが真っ黒になったらイメージ変わっちゃうしね……」
複雑そうな顔でそう言い、鈴音は空になったカップを潰すと龍壱の手からもカップを受け取ってゴミ箱へ向かった。
「更衣室借りて着替えよっか」
そう微笑むと、龍壱は無言で頷いた。
それぞれ荷物を持って、別々の更衣室に向かうことにする――。
女性用の更衣室には、鈴音より少し年上の女性2人が水着姿で談笑をしていた。とても仲の良い友達同士のようだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶をしあった後、特に話すこともなかったため、鈴音は気を使って更衣室の奥を利用することにした。
窓から暑い陽射しが射し込んではくるが、曇りガラスなのでシルエット程度しか見えはしないだろう。
それでもちょっと恥ずかしいかな、と鈴音が窓から少し離れて壁に寄ったその時。
足元から、黒い影が現れて鈴音の足に絡み付いた。
「!?」
声を上げるより早く、影に口を塞がれる。
必死に壁を叩くと、女性2人が気づき、顔を出すも悲鳴を上げて走り去ってしまう。
「抵抗するな、ここでの仕事はお前で最後だ。爆破をする。取り残されたくはないだろ」
影……不可解な生物が、声と思われる音を発っする。
「……やめっ、お、兄……ちゃん……こな……でっ」
それでも鈴音は抵抗しながら、声を発する。
影が、鈴音の体に絡みつきながら、鈴音の首を締め上げる。
「や、だ……」
死にたく、ない。
お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。
もう、声は出せない。
もがくことも出来なくなり――意識を失った。
* * * *
「うっ……」
暑苦しい部屋の中、痛みで目を覚ました。
締め付けられた首は、触れるだけで痛い。
殴られたわけではなさそうだが、体の節々にも痛みを感じる。
締め上げられ、運び込まれたせいだろう。
大きく息をついて、体を起こして。
ぐるぐる回っているだけで、正常に働こうとしない頭を強く振って。
鈴音は窓に近付いた。
ガラスも嵌められていない小さな窓。
窓の外に見えるのは――青。
空の青さと、海の青さ。
ここは崖の上のようだった。大地は全く見えはしない。
「もうすぐ、船が着く」
唯一存在するドアの外から、男達がぼそぼそと話す声が聞こえる。
「それなりの値がつきそうだな」
「ああ、能力を持っているようだしな」
「特に今日手に入れた銀髪の少女。高値で売れると思うぜ」
鈴音はドアから離れて、壁に背をつけてぺたんと座り込んだ。
人身売買、だろうか。
ここは、学園から遠く離れた南国の島。
船で連れ去られて運ばれた先なんて……誰にもわかりはしない。
震える体を抱きしめながら、大きく呼吸を繰り返して――窓の外を見た。
体を乗り出して、下に目を向ければ、案の定険しい崖だった。
海。
兄と遊ぶはずだった海に――。
飛び下りれば、逃げれるだろうか。
多分、逃げられるだろう。
だけれど、この高さから飛び込んだのなら、崖に触れずとも――生きてはいられないだろう。
「お兄……ちゃん」
か細い声で言って、両手で顔を覆った。
爆破は、本当に行なわれたのだろうか。
どうか、無事でいて……お兄ちゃん……。
涙が一筋、零れ落ちた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 専攻学名】
【mr0676 / 葉山龍壱 (ハヤマリュウイチ) / 男性 / 24歳 / 幻想装具学】
【mr0725 / 葉山鈴音 (ハヤマスズネ) / 女性 / 18歳 / 禁書実践学】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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なつきたっ・サマードリームノベル「真夏の2人(前編)」にご参加いただだき、ありがとうございました。
ノベルは三人称ですが、発注PC視点で書かせていただきました。
龍壱さんの方もご確認の上、難しい状況ですが、後編にもご参加いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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